第167話 建国

 竜人達との戦闘を終えた千尋達。


 一番最後まで戦っていたのは千尋とフィンペア。

 少し前に戻って来たらしいリゼは千尋に泣き付いていたが、困ったような表情をするアヴァを見て千尋は全てを把握した。


 朱雀とリュカはあの後もずっと戦っていたらしく、十六時になったところで戦闘を終えて光柱へと戻って来た。




 光柱のところでは蒼真先生による剣術道場が開催され、真面目に武器を振るう竜人達が少し新鮮だった。


 アイリは自分の課題を見つけた事で、蒼真にアドバイスをもらいながら自分なりに修正、調整していく事で雷撃に頼らない戦闘方法を確立しつつあるようだ。


 エレクトラは剣術の腕は確かなものの、精霊魔導に慣れていないせいか練り上げた魔力の運用が上手くできていない。

 蒼真の魔法を見ながら魔力量の調整と魔法イメージの強化、上級精霊であるランからのルーシー教育など、精霊魔導を中心としたメニューで訓練を積ませた。


 竜人達は蒼真の教えを受け、しっかりと腰の入った斬撃を一振り一振り丁寧に繰り返す。

 これまで我流どころか力任せに武器を振り回していた竜人達も、蒼真の洗練された剣技に息を飲む。

 一振りの剣戟にさえ感動を覚える竜人達だが、蒼真の剣舞はまさしく舞のように映ったのだろう。

 美しく、流麗に、そして鋭く、刀の握り一つにさえ技術を感じられる。

 その技術を我がものにせんと真面目に訓練に取り組む竜人達。

 蒼真はこれまで様々な強者との訓練をしてきた為、武器の違いがあってもある程度教える事はできた。

 竜人の武器を手に持って振るい、武器のバランスの悪さを感じつつもなんとか肉体の強化で補う。

 竜人が自ら作り出したと言うこの真竜武器も、蒼真の持つ精霊刀に近いものだろうし、朱王や千尋に後で加工してもらうといいだろう。

 残り二日で八人分…… できるかは不明だが。




 千尋との通話で夕食の準備をしておくと言っていたが、竜人やアイリ達がもう少し訓練したいと言うので結局待つ事にした。

 朱王とミリーだけエルフ達と夕食の準備をすると言って先に戻っている。






 光柱を抜けてエマの洞窟へと戻り、夕焼け空を眺めながら歩いて城へと戻って行く。


 城の前では大勢のエルフ達と共に料理をする朱王とミリーがいた。

 今日のメニューはシンプルに数種類のおにぎりと肉巻きおにぎり、肉野菜炒めにトマト系のスープだ。

 一日中訓練や戦闘をしてお腹が空いているだろうと、大量に作れるおにぎりにしたのだ。

 残念ながら海苔などはないが、空腹の千尋達にとっては涎が出る程美味しそうに見える。

 米は竜族の谷でも作られており、温暖な気候のこの土地では二期作、三期作と毎年三度の収穫をすると言う。

 非常時に備えて米は大量にあるのでたくさん食べても問題ないだろう。


 とりあえず食事の前に汚れた体を洗い流しに全員シャワーを浴びに行った。




 夕食時。

 大量にあるおにぎりを両手に持ってガツガツと食べる千尋達。

 竜人達も負けじとおにぎりを頬張る。

 肉野菜炒めも複数のスパイスが効いているし、この土地ならではの少し甘さのある野菜がとても美味しい。

 スープ一つでさえ普段食べる事のないような野菜の旨さが出ており、何杯もおかわりをしながらまたおにぎりに齧り付く。

 肉巻きおにぎりは甘辛いタレがご飯に染みてまた美味しい。

 朱王やミリーと一緒に作ったエルフ達も大絶賛だ。


 ある程度腹が膨れてきたところで蒼真から提案が。


「なあ朱王さん。千尋もだな。竜人達の武器をオレの精霊刀みたいに加工してくれないか? 溜め込める魔力量は高いんだが振られる感じがあって使いづらいと思うんだ」


 蒼真が朱王に提案した事で竜人達も期待の眼差しを向けてくる。


「いいけど全員分やるのかな?」


「オレも構わないけど自分の訓練もしたいなー」


「少し滞在日数を延ばしてくれると助かる」


「んー、じゃあまだいろいろやる事あったけどこっちで済ませるか。エリオッツ、クラウディア女王。この竜族の谷に国名を付けてくれない?」


「そう言えばこの地に名はなかったな。エルフが勝手に竜族の谷と呼び始めただけだし。クラウディアが決めるといい」


「ふむ…… 朱王よ、何の為に国名を付けるのだ?」


 エリオッツはこの地を統治するつもりはなく、竜人として仲間と共に生きていければいいと考える。

 ただし、自分が住むこの地を荒らそうとする者がいた場合にはその限りではないだろう。

 エルフは自分達の世話もしてくれるし、穏やかな性格で揉め事も起こさない。

 話し相手としても良いエルフ達は竜人達も気に入っている。

 そしてそのエルフ達の女王がこの地で国を名乗っても別に構わないみたいだ。


「もう人間族でエルフを攫おうとする者はいないし、とりあえずノーリス王国と国交を結んで欲しい。この地のメリットは技術の進歩と閉鎖空間からの解放だよ」


「本当に安全なのか? 私は仲間をこれ以上失いたくはないのだ。我々エルフの安全が確約されなければ国交を結ぶなどできない」


「人的被害は絶対に起こさせないと私が約束するよ。それと守護者四人の強力な武器も提供しよう。他にもエルフ全員分の武器も運ばせる。戦闘ができないエルフでも、元々魔力練度の高いエルフ族なら精霊魔法も使えるだろうしね」


「え…… もしかして全員分の魔石必要!?」


「千尋君、頑張ってくれるかい?」


「ま、まあいいけど…… 今手持ちが五十個くらいはあるしなんとか……」


「並みの冒険者より遥かに強くなるな」


「逆にエルフの方が脅威の存在になるよ」


「それならば安心…… か……」


 クラウディアの表情からするとまだ不安は残るのだろう。

 精霊魔導の威力を知らないエルフであれば仕方がない事かもしれない。

 朱王が車に向かい、ある物を持ってくる。


「クラウディア女王。エルフ全員にこれと同等の能力を持つ武器を渡します。少し魔法を発動してみると良いですよ」


 朱王が持って来たのは先日ノーリス国王に代替えで渡した直剣だ。

 受け取ったクラウディアは立ち上がって少し離れた位置で魔力を練る。

 そして直剣の魔力の流れの早さ、溜まる魔力に驚く。

 炎をイメージした魔法の出力も凄まじく、ただの魔法が守護者の魔導に匹敵する程だ。

 守護者達にも直剣を渡して魔法を発動させ、その出力の高さに誰もが驚愕の表情だ。


「これを全員にか!? 守護者達だけでなくエルフ全員にこれ程の強さの武器を提供してくれると言うのか!?」


「ん? それまだ精霊も魔法陣も組んでないから出力はそんなもんじゃないよ?」


「これ以上になると言うのか!?」


「王国聖騎士の武器と同等だからねー」


「そ、それならば、うむ。エルフの安全を確保どころかもし何かあっても自分で切り抜けるだけの力を持てると言う事だな!」


 クラウディアからは不安の表情は消え、守護者達ともその威力の高さから自分達もこれが欲しいなどと言っている。

 朱王はそれ以上の武器を用意するつもりなのだが。




 しばらく守護者達、女王付きの部下五人と共に話し合ったクラウディア。


「エリオッツ様。この地を国として名を決めたいと思いますがよろしいでしょうか」


「む? クラウディアが決めるのなら私は構わんぞ」


 言いながら肉巻きおにぎりに齧り付くエリオッツ。

 相当お気に召したようだ。


「竜人とエルフの共存する国、ヴァイス・エマとさせて頂きます。竜王とエルフ女王が共にある国ですので王国とは名乗らずヴァイス・エマ国とします」


「一つの国に王が二人いるわけだしな。王国ではなく国と名乗るのもいいだろう」


 城の名前をただくっ付けただけの国名だが、エルフも竜族もそれでいいなら問題はない。




 簡単ではあるが国名が決まった事で、朱王もノーリス国王に連絡する事ができる。

 娘から連絡が入ればノーリス国王も嬉しいだろうと、エレクトラにメールを送ってもらった。

 内容は竜族とエルフ族の国を建国した為、ノーリス国王にリルフォンで挨拶がしたいとした。


 すぐにノーリス国王から返信があり、この件の橋渡し役となる朱王がリルフォンで全員を繋ぐ。

 こちらは食事中だが、時間的にはあちらも食事中だろうし前回の各国昼食リルフォン会談の前例もあるし構わないだろう。

 脳内視野に映し出されたのは竜人八人とエルフ族上位十人、千尋達八人とノーリス国王と聖騎士長カルラ。

 ノーリス王国の事だからとヴィンセントにも繋いでいる。


「突然の連絡で申し訳ありません、ノーリス国王、それとヴィンセントさん。竜族、今は竜人族ですが、竜人とエルフ族が共存する国を建国した為、報告とご挨拶という事で連絡した次第です。では女王からご挨拶を」


「お初にお目にかかる。エルフ族女王、クラウディア=ヴァイスだ。ノーリス国王、それとヴィンセント殿。我々の国、ヴァイス・エマ国をどうかよろしく頼む」


「うーん、いろいろ言いたい事はありますがいいでしょう。次は竜王どうぞ」


「竜王エリオッツ=フィードラーだ。国に関してはクラウディアに一任してある」


「それだけ?」


「うむ。よくわからんからな」


「…… ではノーリス国王」


「ノーリス王国国王、イスカリオット=ノーリスです。エルフ族クラウディア女王、竜王エリオッツ殿。こうしてお目にかかれる事を光栄に思いますぞ。今日は良き話を聞ける事を期待しております」


「ヴィンセントさんもお願いします」


「ヴィンセント=ノーリスと申します。クラウディア女王、エリオッツ王。リルフォン越しではありますがこうしてお会い出来る事を嬉しく思います」


 簡単な挨拶から始まり、今後の国としての話を進めていく。

 国家として建国したとしても、金銭など持ち得ないヴァイス・エマでは取り引きなど出来るものではない。

 しかし商品として物販で資金を得たい事を告げると、寒い地域であるノーリスでは農作物が限られている事もあり、喜んで農作物の取り引きに応じてくれるとの事。

 これまで保存が可能な米や豆なども大量にある事、農業の規模拡大も可能な事を伝えながらお互いの収支を考えて話しを進めていく。

 金額的な事は朱王が全て頭の中にデータが入っている為、現在の市場価格やヴァイス・エマの農作物の品質を考えて金額を決めていく。


 およそ二時間のリルフォン会談だったが、ヴァイス・エマ国の得られるものはとても大きい。

 技術や知識、生活物資に資産と多くのものが手に入るのだ。

 ノーリス王国もこれまでの食事情の改善が見込める為、この両国の関係としては悪くはないものとなりそうだ。






 このリルフォン会談が長時間に渡ってしまった為、本日の映画の時間は取る事が出来なかったが、今後のこの国を決める内容なのでエルフ達にも脳内視野をモニターに映し出して見せた。

 今後この国の農作物が必要とされている事を知り、明日からは規模を広げて作業を進めていこうと皆んなで話し合いも始めていた。

 人間族が怖いという認識は拭いきれないが、今こうして共にいる千尋達を見る限り楽しい事だらけ。

 恐怖よりも好奇心と期待感が上回る。


 今後のエルフ族の生活の変化を考えながら世界が広がる事への期待を膨らませる夜となった。

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