第166話 ステゴロ

 千尋とフィンが向かい合う。


「なぁ千尋。お前の精霊はベヒモスともう片方は何なんだ? なんか竜に似てるんだが」


「えーとね、深淵の魔龍バハムートっていう神獣らしいよ。精霊とは違ってアースガルドの創生から存在するんだって」


「え…… しんじゅう…… 神獣…… ふむ。よくわからんがベヒモスと同じく契約しているという事は上級精霊と同格と見ていいのか?」


「たぶんそうかもー」


 《ぐむぅ…… 我はもっと上位の存在であるのに……》


 バハムートが拗ねているが、魔法を発動した感じとしてはベヒモスと同等かそれよりも扱いづらい。

 上級精霊ベヒモス、神獣バハムートと同時に契約できたのは喜ぶべき事ではあるが、契約者である千尋自身がまともに魔法を扱えないのではその能力は半減してしまう。

 まずは魔族との戦闘での自分自身の強さを思い出し、肉体強化のみでの優れた能力を手に入れようとベヒモスの強化に専念してきたのだ。

 そしてバハムートの陰の魔法と言われても何が起こるかわからなかった為、これまで使用を控えてきた。

 深淵魔法を試した事はあったが、魔力の消費が大きい上に触れた物が消滅してしまうのでは使用を躊躇うというもの。

 しかしここが亜空間であると考えればいろいろと試すには絶好の場所と言っていいだろう。

 フィン相手に陰魔法を試すわけにもいかないので、この戦闘訓練に関してはベヒモスの強化のみで戦うつもりだ。


「上級精霊を二体も契約した者など前代未聞だな。そんなお前が相手だ。手加減してやるつもりはないぞ」


「うんっ! じゃあまず素手で相手してくれる? ベヒモスは素手でもめっちゃ強かったからオレも試したいんだー」


「構わん。いつでも来い」




 魔力を練り上げたフィンが肉体強化を施すと、体の表面に薄っすらと鱗のような魔力を纏うのが見える。

 強化自体に竜としてのイメージを加えているのだろう。

 拳を握り締め、腰を落として構える。


 フィンのイメージを加えた強化に驚きつつも、千尋もガクを介した普段訓練している強化を施す。

 千尋の強化は全身を黄金色に輝かせ、拳を開き、右手を後方に引いた構え。


 大地を抉りながら駆け出す千尋は強化だけとは思えない程に速い。

 全力で振り抜くような右の正拳突き。

 フィンに当たる瞬間に拳を握り込む事で正拳突きの速度を上げる。

 顔をガードするように左腕で受けるフィンに、続く左の正拳、そして腹部への前蹴りを食らわす千尋。

 普段の千尋らしくない朱王のようなコンビネーションでの攻撃だ。

 後方に飛ばされたフィンに左拳での振り打ち、右腕でガードされるも腰を入れて強引に振り抜く。

 上体を逸らされたフィンの腹部目掛けて右の掌底を打ち込む千尋。

 肺から息を漏らすフィンだが千尋はそのまま顎下から蹴り上げる。


 仰け反るように倒れこんだフィンに歩み寄る千尋。

 ムクリと起き上がったフィンが瞬時に足を払い、宙に舞った千尋をさらに蹴り上げる。




 着地して口の血を拭う千尋と背の汚れを払うフィン。


「思ったより強いな」


「あれ、もしかしてダメージないの?」


「多少は痛いぞ」


「オレめっちゃ痛いのに!?」


 フィンに数発食らわせた千尋だが多少痛む程度、対する千尋は口内を切って血を出している。

 千尋の強化がまだフィンよりも劣っている事がよくわかる。


「千尋は強化にイメージを込めていないだろ。俺達竜人は竜としての強度を組み込んであるからな」


「イメージは何でもいいのかな?」


「自分が強いと思えるものであれば何でもいい」


 フィンの言うイメージに込めるものを考える千尋。

 強くてかっこよくて最強……




 イメージを固めた千尋は再び強化をかけ直す。

 全身からは放出するような黄金色のオーラ。

 そして時折見せる放電現象が千尋のイメージを込めた強化のようだ。


「変わったイメージだな。どんな生物なんだ?」


「ん? アニメキャラに決まってんじゃん! この世で最強って言ったらこれしかない!」


「ふむ。よくわからんが最強の生物か」


 千尋のイメージしたアニメキャラはもちろん金髪に変身する◯悟◯。

 しかしそのイメージは強化にしっかり乗るのかは不明だ。




 フィンは最強生物のイメージを込めた千尋が相手ならと全力で強化。

 竜鱗が目に見えるようにフィンを包み込む。


 千尋は金髪にならないながらもこのオーラに満足し、フィンの攻撃に備えて上体を低く構える。


 大地を揺らす程に踏み込んだフィンが一瞬で距離を縮め、右の振り打ちが千尋の左頬へと目掛けて振るわれる。

 左腕でガードした千尋からの下突きを首を捻って回避するフィンは、続く左の拳を打ち込む。

 拳を振り上げた千尋はガードができないが、頭突きをする事で拳を回避。

 強化されたお互いの額がぶつかり合う。


「痛った!! 竜の頭固っっった!!」


 フィンの攻撃が続く為額を押さえている場合ではない。

 左右からの連続した拳打と時折振るわれる蹴り技が、千尋の強化を貫いてガードした体に響く。

 イメージを込めて強化自体は強くなっているが魔力量で不足している。

 ここで下級魔法陣グランドを発動し、更に強化を高める千尋。

 大きく広がるオーラは強化を高め、フィンの攻撃にも耐えられるまでになった。

 千尋はフィンの拳を右頬に受けつつも回転するように裏拳をこめかみに叩き込む。

 強度が上がった事でフィンの一撃も痛みはするがダメージとしてはそれ程でもない。

 体の軽さ、体のキレ、体の強度、この感覚は以前の魔族戦の時の感覚に近い。

 千尋が目指していた状態に近付いている事に嬉しさを覚えつつも、魔力消費の少ない強化での肉弾戦をこのまま数時間に渡って繰り広げる事になる。




 遠くの空から二度程大気の揺れを感じながらも戦闘を続ける千尋とフィン。

 この拮抗した実力での戦闘は自己の技を高め、感覚を研ぎ澄ませ、新たに力を身に付けていく。






 リルフォンにセットしていたタイマーが十六時を知らせるまでひたすらに殴り合った二人。

 多少の息は上がるものの、それ程疲労感は感じない千尋。

 息に乱れの無いフィンはさすがは竜人と言ったところか。


「ねぇ、武器での戦闘はどうする?」


「んー、あいつらを多少待たせてもいいだろ。武器も試そうか」


「じゃあ連絡するねー」


 千尋はリルフォンを操作してメールを送る。

 返ってきたメールには夕食を用意しておくとあったので剣での戦闘を始める事にする。




 先程までの肉体強化に四刀流の千尋。

 低く構えてフィンに備える。


 フィンは左掌から巨大な両手剣を取り出す。

 地属性の為かゴツゴツとした剣というより鈍器に近い。

 左肩に担ぐようにして構えて千尋と向き合う。


 フィンの一歩は大地を揺るがし、千尋の真横から左薙ぎの斬撃が向けられる。

 フィンとの距離を一歩詰めて右のエンヴィで巨剣を受け、左袈裟と同時にガクの右薙ぎと少しズラしてエンの左逆袈裟が襲う。


「うおぉぉぉお!?」


 後方に転がるようにして回避したフィン。

 フィンを追いエンヴィで右袈裟に斬り掛かる千尋と右薙ぎのガク、そして左袈裟のエン。


「ふおぁぁぁあ!?」


 またも転がるように後方に回避するフィン。

 インヴィでの突きがフィンの顔に向かい、巨剣で受けるも左右からのガクとエンと右袈裟と左袈裟斬り。


「ぎゃぁぁぁあ!!」


 巨剣を捨てて這うように逃げるフィン。

 首を傾げて追うのをやめる千尋。


「ちょっ、ちょっと待て千尋!! お前のそれはズルいんじゃないか!?」


「えー、ズルくないよ。これがオレの四刀流だし」


「三人がかりじゃないか!!」


「そうは言ってもなー。じゃあガクとエンは待機してもらうよ」


 インヴィとエンヴィを納めてエクスカリバー、カラドボルグに持ち替える千尋。

 双剣を構えてフィンと再び向かい合う。


 間合いを詰めた千尋の右袈裟斬りを巨剣で受け流し、左が振るわれる前に翻して左袈裟に振り下ろす。

 回転するようにフィンの左へと移動した千尋は巨剣を躱し、左のカラドボルグを左に薙いでフィンの背中を斬り裂く。

 咄嗟に前方に逃げたが背中には切り傷が残る。


 千尋の攻撃は終わらない。

 唐竹に斬り込まれた右の斬撃を受け止め、左の右逆袈裟を受けた剣を引き下げて受ける。

 千尋にとっては隙だらけのフィンだが敢えて回転しながら右薙ぎにフィンの腹部に斬り付ける。


 左に巨剣を薙いだフィン。

 千尋は伏せるように回避し、フィンの右脛を斬り付ける。

 全力ではない、表面を傷つける程度の浅い斬撃だ。


 それも構わず右袈裟に振り下ろすフィンに余裕はない。

 スッと右前方に立ち上がる千尋はフィンの首筋に刃を当てて勝負は決した。




「フィンは剣術がまだまだだね。もしかして拳の方が強いんじゃない?」


「なっ…… そんなはずは……」


 竜人達で武器を振るった戦闘はこれまでも幾度となくしてきた。

 しかし拳では拳での戦闘、武器では武器での戦闘をしてきた為、実際拳と武器でどちらが強いかと考える事はなかった。

 竜族として竜の姿であったのなら武器を使用する事なく己の爪と牙、魔法のみ。

 肉体性能が武器を振るっても技術力をカバーしていた為気付く事はなかったようだ。


「今日はもうやめて明日とかウチの蒼真先生から剣を教えてもらうといいよ。蒼真は教え方上手いからフィンも強くなるよー」


「…… む、むっ!? 強くなれるのか!?」


 相当なショックを受けて落ち込み気味だったフィンだが、強くなれると聞いて我に返る。


「結構訓練必要だとは思うけどね。ただ剣を振るうよりも一流剣術学んだ方が強いのは当たり前じゃん」


「そうなのか!! よし、明日は蒼真から習ってみよう!」


「強くなったらまた相手してね」


「え…… お前の四刀流の相手をするのか?」


「うん。朱王さんとかなら相手してくれる」


「朱王はあれを捌けるのか!?」


「捌けるどころかこっちが押されるよ……」


「あいつ凄いな。俺もできるだろうか」


「できるでしょ。剣術使う竜人とか超強そうじゃん!」


「そうか!? では頑張るぞ!」


 明日からは竜人の剣術稽古をする事にした千尋。

 教えるのは面倒なので…… 得意ではないので蒼真に任せる事にした。


 千尋は明日からは自分の隠魔法を試そうと密かに考え中。

 今日も強化にイメージを込める事で更なる強化が出来た事だし上達したと言っていいだろう。

 フィンと戦えて良かったなと感じながら光柱に向けて飛び立った。

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