第165話 剣術道場
嬉しそうな蒼真はマヌエルと対峙する。
「お主はもしかして戦闘馬鹿か? 竜人とこれから戦おうというのに嬉しそうにしおって」
「まあ否定はしない。実はランが目覚めてからまともに戦ってないんだ。今日は楽しみで仕方がない」
『ふっふっふー! 私と蒼真が相手なのよ! 竜人と言えど私達の敵じゃないわよ!』
マヌエルに指差して宣言するラン。
「しかし大きな精霊だの。頭は悪そうだがその実力はどれ程のものか」
『頭悪そう!? そんなわけないでしょ!
「最後のは
『…… どれもよくわかんないけど私の場合は戦士虐殺でいいのね!?』
ランが知っている言葉ではないだろうが蒼真の記憶から引き出したのだろう。
滅多に使わないような言葉も蒼真の頭には入っているようだ。
そしてランの言葉を聞いてやはり頭は悪そうだと納得するマヌエル。
「ふむ。蒼真の事はわからんがお主の精霊の事はよくわかった。頭はさておきその実力見せてみよ」
「じゃあ全力できてくれるか? 上手く加減出来ないかもしれない」
「自惚れるなよ」
蒼真は普段通りランの風の鎧を纏い、風刃を納めた抜刀の構え。
対するマヌエルは両掌から双剣を取り出し、巨大な体を低く構える。
蒼真同様風の鎧を纏って出方を見る。
風が止むかのように音も無くマヌエルとの間合いを詰める蒼真からの神速の抜刀が放たれ、マヌエルは咄嗟に左右に交差させた双剣で受け止める。
しかし蒼真の抜刀の威力は尋常ではない。
放たれた風刃はマヌエルの巨体を襲い、数十メートルにも渡って弾き飛ばすとともに両腕に深い傷跡を残した。
肉薄する蒼真の右袈裟斬り。
風を纏わせた左の剣で受け、その強力な一撃に押し込まれながらも右の剣で蒼真の腹部に切り込むマヌエル。
風の鎧に浮力を持たせ、精霊刀を軸に前方回転して躱し、振り向きざまの左逆袈裟に斬り上げる。
前方に転がるようにして回避するマヌエルだが、放たれた風刃がその背中を襲う。
風の鎧によって横へと逸らされる風刃だが、マヌエルの巨体をも弾き飛ばす威力はある。
弾き飛ばされた体を堪えて立ち上がるマヌエル。
追い討ちに備えて腕を交差させて蒼真に備える。
自分の実力は見せた。
次はマヌエルの実力を見ようと蒼真は正眼に構える。
蒼真の考えに察したマヌエルは爆音とともに蒼真との距離を一瞬にして詰める。
風を纏った右薙ぎを受け流すも、渦を巻いた斬撃は力の方向を捻じ曲げて蒼真の体ごと後方へと飛ばす。
足元が浮き、地の利を失った蒼真に左の逆袈裟が追い討ちとして向かう。
刀で受けると再び体を飛ばされ、蒼真の上体が右に傾く。
そこへ右上段からの唐竹に振り下ろされ、受けた蒼真は地面に叩きつけられる。
その後に続く斬撃も逆袈裟の連続。
確かに剣を使う者であれば体勢を維持させないこの攻撃は有効な手段だ。
背を向ければ受ける手段も無くなる。
蒼真は風の鎧の出力調整と刀での受け流しを変える事でマヌエルに背を向ける事はないが、この地に足の付かない状態は戦いにくい。
今後相手の隙を作るのにいいかもしれないと思いつつマヌエルの攻撃に耐える蒼真。
しかしただ受け続ける蒼真ではない。
この対策も考えなければ今後危機的状況においては命取りとなる。
単純に風渦の刃を相殺してみるが、マヌエルの腕力が蒼真の体を浮かせてしまう。
次に弾く事で打破出来ないかと試みるもすぐに距離を詰められて同じ状況となる。
飛行装備を使えば抜け出す事も可能だが、マヌエルの速度が飛行装備を展開する事を許さないだろう。
だが蒼真にとってマヌエルには弱点がある。
わざとそうして見せているのかもしれないが、敢えてそこを突いてみる。
マヌエルの技術の低さを突く。
人間では考えられない程の身体能力、魔力強度によってカバーしてはいるものの、蒼真から見たマヌエルの剣術はお世辞にも優れているとは言い難い。
蒼真が受けに回る前、マヌエルの攻撃動作をする直前に剣を風刃によって弾く。
自分が磨いてきた技があっさりと崩されてしまう事に驚くマヌエル。
今度は蒼真の風渦の刃がマヌエルに向けられた。
受けたマヌエルは体を浮かされ、風渦の剣舞がマヌエルを襲う。
左右の双剣でも受け切れない蒼真の剣舞は速さだけではない。
マヌエルの受けられるギリギリの位置に斬り込まれ、宙に浮かびながらも必死で受け続ける。
最後に右袈裟に振り下ろされた斬撃がマヌエルを後方へと弾き飛ばすと刀を下ろす蒼真。
「ぐぬぅ…… 確かに自惚れではないようだ。お主は強い」
「マヌエルは剣術が荒いな。もしかして一人で鍛錬しているのか?」
「普段は一人でだが竜人同士で稽古をする事もあるぞ。皆武器が違うし戦い方もそれぞれだがな」
「それでか。もしかして竜人全員そうなのか? だとすれば朱王さんとか千尋には勝ち目ないと思うぞ」
「儂らは全員好きに生きておるからな。朱王と千尋は強いとしても女達はそれ程でもないのか?」
「いや、ミリーははっきり言って朱王さん並みの化け物だ。オレも勝てるかわからん。リゼの場合は武器が特殊過ぎて判断に困るが臆病だからな。もっと攻守バランスが取れれば相当強くなると思う。あとアイリは速いし強いが能力に頼って返しが上手くない。ルエは雷竜だったからもしかしたら気付かせてくれるかもしれないな」
「ほほう。あの娘等の師らしく把握できているのだな。他の二人は…… 片方は精霊だったか、どうなのだ?」
「エレクトラはまだオレ達のパーティーに入ったばかりだからまだまだ精霊魔導に慣れてない。竜人相手じゃかなり厳しいだろうな。それと朱雀はわからん。いつも相手に合わせて出力を変えるからな。ただ剣術は超が付くほど一流だ」
「あの子供精霊が一流の剣術をか。ふーむ…… それなら儂も学んだら強くなれそうだのぉ」
「よし、まだ三日程滞在する予定だからな。竜人を集めて訓練をするか」
「おお! 皆喜ぶだろう!」
「マヌエルは強くなったらまたオレと戦ってくれるよな」
「むっふっふ。勿論だ!」
強くなった自分の姿を想像するマヌエルは嬉しそうだ。
剣術を身に付けた竜人と戦える事を楽しみに思う蒼真も今後を期待する。
その後蒼真によるマヌエルの特訓が始まった。
魔法の発動はなく強化と操作のみ。
剣術による攻防をひたすらに繰り返しながら、マヌエルに染み付いた斬撃の癖を修正していく。
途中遠くの空で爆発する音が二度程大気を揺らしたが、そう簡単に死ぬような仲間ではないとあまり気にせず訓練を続けた。
昼食後は場所を移動して亜空間入り口である光柱のすぐ近くで訓練とした。
最初にテオが空を飛んで光柱へと戻って来て話をする。
やはりエレクトラは苦戦を強いられているようだが、なかなか根性があるとテオも褒めていた。
光柱からエマの洞窟へ戻ってエレクトラの目覚めを待つそうだ。
しばらくするとルエも空を飛んで戻って来る。
アイリも同属性である雷竜には苦戦しているようだ。
蒼真からマヌエルが剣術を習っている事に不思議に思ったルエ。
「マヌエルが認めるくらいだからおまえも相当強いのだろうが…… 竜人が人間に教えを請うなどあってはならんだろう!!」
「ん? ルエから見てアイリはどうだった?」
「強いぞ! あのまま育てばわたしと本気で渡り合える程に強くなれるかもしれん!」
「ルエはマヌエルより強いのか?」
「いや、本気で戦った事はないが同等だと思う」
真面目に剣を振るって自分の技を磨くマヌエルは、ルエと蒼真の言葉も耳に入らない程に集中している。
以前見たマヌエルの斬撃よりも無理のない綺麗な斬撃。
たった一振りの斬撃をしっかりと体に覚えこませるように何度も何度も繰り返す。
ルエも何となく思う。
ズルいと。
「明日から竜人達とオレ達の合同訓練をしようかと思ってるんだけどルエは嫌か?」
「わたし達は竜人だぞ! 人間に教えを請うなど!」
「オレは戦える相手が強いと嬉しいんだが」
「わたしより強いつもり!?」
「まあ現状でならオレの方が強いだろうな」
「言ったな!! どれ、その実力試してくれよう」
ニヤリとする蒼真。
完全にルエとの戦闘も狙っていたようだ。
風の鎧を纏った蒼真。
精霊刀乱嵐に風刃を纏わせて抜刀の構え。
相手は雷竜、アイリと同じように風よりも速い攻撃が予想される。
二十個のプラズマ球を作り出したルエ。
棍を両手で握り締めて蒼真の攻撃に備える。
蒼真はルエのプラズマ球を見てある程度の使用方法を予想する。
朱王の瞬間移動を見ているのでそれと同じ事をあのプラズマ球でもできるのではないか。
そしてプラズマ球そのものでも攻撃が出来るのではないか。
千尋同様魔力を練らずに魔法を発動出来るのではないか。
様々な使用方法が予想されるがまずはルエの実力を見てみようと蒼真は動き出す。
搔き消えるかのようにルエの背後へと移動した蒼真の神速の抜刀。
蒼真の風刃が咄嗟に棍で受けるルエを数十メートルも弾き飛ばす。
同時に背中にも浅い斬り傷が残り、転がっていくルエに一瞬で詰め寄った蒼真の唐竹割り。
プラズマ球と位置を入れ替えたルエだったが、振り返ったところに蒼真はいない。
そしてルエの頭上から風刃が放たれ、棍で受けながらも地面へと叩き付けられる。
地面をバウンドして肺から息を漏らすルエ。
蒼真の斬り上げた斬撃は風の刃の竜巻となり、上空に配置したプラズマ球を破壊してルエごと吹き飛ばした。
竜人を圧倒する蒼真はこれまで下級魔法陣すら発動していない。
上級精霊ランによる精霊魔法のみでこの強さを発揮する。
ルエの前に蒼真と戦ったマヌエルだったが、これ程までの実力を隠し持っているとは思ってもみなかった。
地面に伏すルエも驚愕の表情。
体を見るとそれ程傷は残っていない事から竜人の強度を貫けない為か…… それとも蒼真が加減した為か。
精霊刀を鞘に納める蒼真は汗一つ流していない。
上手く起き上がれないルエは自分の手が震えている事にここで気付いた。
初めて感じる多種族への恐怖。
それ以上に自分より強い者に出会った事への喜びが大きい。
「そ、蒼真!! わたしにも教えてくれるか!?」
「ああ。ルエもアイリを鍛えてくれてるみたいだしな。みんなで強くなろうか」
「なるっ!! 蒼真は凄いな!!」
とルエに懐かれる蒼真だった。
その後目覚めたアイリとエレクトラ、テオも一緒に亜空間へと戻って来て六人で訓練をした。
アイリとエレクトラも自分の欠点を実戦で学んだ事もあり、この後は剣術のみの訓練でも大丈夫だろう。
蒼真に従うマヌエルとルエに首を傾げつつも、テオも二人が訓練するならと一緒に剣を振るった。
蒼真先生の剣術道場はこの日から始まるのだ。
そんな剣術道場もただ単に蒼真の戦闘相手を強化したいが為でもあったりするのだが。
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