第164話 嗜虐趣味

 珍しく怯えるリゼと獲物を前にした今にも襲い掛かりそうなアヴァ。


「其方はそんなに怯えていて戦えるのか? 得物は随分と大きいようだが」


「だってあなた朱王さんより強いんでしょ? それになんか見た目が優しそうじゃないし!」


「勇ましいと言え。別に私は弱者を甚振る趣味はないから安心してかかって来い」


「手加減してくれるのね!?」


 魔力を練って全身を強化するアヴァは、地面から水を引き出して鎧のように全身を覆う。


 リゼは魔力を練り上げルシファーに水と冷気を纏わせ、腰を低くした抜刀の構え。


 アヴァが駆け出すと同時にリゼは体を捻るようにして抜刀を発動。

 その瞬間にアヴァはゾクリとした寒気を感じて左腕を前にして体を逸らす。

 放たれた神速の剣尖はアヴァも視認する事が出来ない程の速度で左腕を貫くと同時に、氷の散弾を辺りに撒き散らす。

 腕を貫かれ、氷の散弾に水の鎧ごと突き刺されたアヴァは口から血を吐き出した。


「グフッ…… グゥ…… 本当に其方に手加減の必要はあるのか?」


「だって私はか弱い女の子よ!!」


 数百メートルにまで達したルシファーを引き戻し、左右に薙いでアヴァへと駆け出す。

 ルシファーによる冷気の乱撃と氷槍による散弾を浴びながら水の鎧を大きく広げて耐えるアヴァ。

 冷気によって氷結する水の鎧、氷槍は水の鎧を貫いて内部から凍りついていく。

 ルシファーによる乱撃が凍った鎧を砕き、その体積を削り落としていく。

 肉体を守る為次々と地面から水を吸い上げるが、次第に供給が追いつかなくなるだろう。

 耐え忍ぶアヴァも身動きの取れないこの状況に苛立ちを覚える。


「ぬうぅぅぅう! 舐めるなあぁぁぁあ!!」


 掌から取り出した巨大な槍に水を纏わせてルシファーを払う。

 冷気を纏ったルシファーに触れると湯気が上がる事から高温にしてあるのだろう。


「舐めてなんかないわよ! 一気に叩き潰すのが私の戦闘スタイルよ!」


「では最初に怯えていたのはなんだ!?」


「油断させる為でしょうが!!」


「其方自分が卑劣だとは思わんのか!!」


「でも怖いのは事実よ!!」


 好き勝手言うリゼだが人間が竜族に挑む時点で怯えるのは当たり前。

 魔力量、力の差は歴然なのだから。




 最初の連撃で倒せなかった事に歯噛みしつつ、ルシファーを薙いで自分の周囲に展開するリゼ。


 対するアヴァは巨槍を形状変化させ、長い銀の鞭として風切音を鳴らしながら振るわれる。

 さらに水を地面から吸い上げて三体の水のゴーレムを作り出し、形状を整えられるとアヴァと同じ姿となった。


「ちょ、ちょっと…… 分身なんて卑怯じゃない!」


「其方に卑怯と言われる筋合いはないだろう!」


 四方に散ったアヴァの水鞭が同時にリゼを襲う。

 リゼはルシファーを振るい、冷気で水鞭の先端を凍らせながら全て叩き落とす。

 アヴァの水鞭は弾くに留まるが、分身体の振るう凍った水鞭は水から崩れ落ち、また新たに先端の形状を再生する。

 アヴァの攻撃は一撃では終わらない。

 四方からの音速を超える連撃がひたすらにリゼに襲い掛かり、全てルシファーで防ぐものの反撃に転じる事は出来ない。

 防御を訓練してきたリゼだがやはり防御は苦手。

 それこそ返し技など持ち合わせてはいない。


 この危機的状況だがアヴァはまだ手加減してくれているのだろうとリゼは思う。

 100万ガルド前後の魔力量を持つ竜族の攻撃がこれ程軽いはずはない。

 それならばと下級魔法陣ウォーター、アイスを発動し、ルシファーを覆うように氷の刃を錬成。

 大きくなった氷刃で水鞭を薙ぎ払うと同時に、四方に立つアヴァへと斬撃を放つ。

 回避するアヴァと分身体。

 リゼは敢えてアヴァへは向かわずに分身体へと氷の乱舞で切り込む。

 一体を切り刻み、そこからルシファーを薙いで囲みこむように二体目に攻撃を仕掛けるが跳躍して回避。

 リゼは腕を振り上げて即座に下ろし、跳躍した分身体を頭上から叩き切る。

 三体目に向かおうとしたところでアヴァと分身体が向かって来る。

 アヴァと分身体の水鞭を氷の巨剣で一薙ぎに切り払い、直接アヴァへと右袈裟に切り掛かる。

 しかしアヴァの手元から放たれた水弾がリゼの腹部を直撃し、肺から息を漏らして後方へと弾き飛ばされた。


 息が出来ずに苦しむリゼは地面に転がったまま蹲る。




「其方はその武器に頼り過ぎている。其方の場合は氷も使うようだが、水魔法というのは多彩な攻撃、防御が可能なのだ。もっと柔軟に考えるといい」


 咳き込むリゼは言葉を返す事も出来ないが、アヴァはアドバイスと思って言葉を続ける。


「例えばそうだな。水廊として相手を包み込む事で窒息を狙ったり、炎が相手であれば消火する事もできる。雷は水にとっては厄介な属性だが、水の中の不純物を取り除く事で雷を流さないようにもできる。それに毒魔法も水魔法の一種だ」


「ゲホッ、ゲホッ…… そうね…… もっと柔軟に考えないといけないわね……」


「ちなみに私に毒は効かんし氷魔法も使えるぞ。それと其方は水と氷の二精霊を使役しているようだが、実は上級精霊は同じものだ」


「そ、それは知らなかったわ。シズクとリッカが上級精霊になれるといいけど……」


「その二精霊を掛け合わせれば出来るのではないか? 今は出来ないだろうが精霊が真に望めば上級精霊と成るかもしれん」


「どっちかが居なくなっちゃうじゃない!」


「まあ二精霊が一精霊になるから居なくなると言われればそうかもしれん。あとは其方の想いに関係なく精霊次第となるがな」


「え、そうなの? 私がシズクとリッカに一緒にいて欲しいって思ってても!?」


「精霊が望めば其方の意思は関係なく統合される。あとは上級精霊へと進化させるのは其方だが」


「シズク、リッカ! 別に進化しなくていいのよ!」


 ポカンとリゼを見つめるシズクとリッカ。

 話は理解しているかもしれないが進化しなくていいと言われるとは思っていなかった。

 精霊からしてみれば進化は望むところなのだが。


「進化を望まぬ契約者も珍しいがな」


 変な者を見るような目をするアヴァ。

 リゼにとってはシズクもリッカも大事な精霊であり、どちらかを失ってまで上級精霊と契約したいという気持ちはない。

 記憶が統合されるとしてもやはりシズクはシズク、リッカはリッカだと思うリゼ。




「まあいい。呼吸は整ったな? そろそろ続きを始めよう」


「待っててくれたのね。じゃあ行くわよ!」


 氷刃の解除されたルシファーを鞘に納めて再び抜刀の構え。

 下級魔法陣を発動し、辺りに散らばる水に魔力を流し込んだところで気付く。

 アヴァの魔力によって操作されようとする水が多くある事に。


 アヴァは全身に水を纏って巨槍を作り出す。

 自由自在に形を変えられるその武器はこれまで見たどの武器よりも異様に映る。




 一拍の間を置いて抜刀を発動するリゼと、巨槍で神速の剣尖を受けるアヴァ。

 大量の水を巻き込んだ剣尖の重さは凄まじく、巨体のアヴァでもその質量に押されて50メートル程後方へと引き摺られた。

 受け止められる事も予想の上、リゼは水を先端に集めるのと同時に自分の質量を軽くしてルシファーを一気に縮める。

 ルシファーの性能を利用したリゼの高速移動方法。

 アヴァがルシファーを受け切ったところに振り被ったリゼの右袈裟が振り下ろされる。

 剣尖からを持たせつつ、形状を巨剣へと戻す事で変化に富んだ斬撃だ。

 アヴァもこの攻撃には驚きつつも巨槍で受け、直角に曲がったルシファーの刃がアヴァの背中を切り付けた。

 同時に水球を複数上空に作り出し、氷魔法も練り上げながらリゼの変則的な斬撃が続く。

 アヴァはこの異常とも言える動きをする斬撃に戸惑いつつも体捌きを駆使してなんとか受け躱す。

 リゼの攻撃は受けたところから直角に曲がり、斬撃がそのまま伸びるのだから恐ろしい。

 斬撃を受けて伸びる剣尖を回避したとしても、回転するように斬撃を放つ事で逆側から狙われ、防戦を強いられるアヴァ。


「其方は攻撃をさせると恐ろしいまでに生き生きとしているな」


「千尋が言うのよ! 苦手を克服するよりも得意な事を伸ばす方が強くなるって!」


「ふむ、間違ってはいないが返し技は覚えておいた方がいいぞ。こんな風になっ!!」


 ルシファーを受けて剣尖を回避した直後に腹部へと蹴りを入れるアヴァ。

 巨槍に纏わせた水に粘性を持たせる事でルシファーを粘着して絡めてある。

 これは氷魔法でも応用が可能だが、実力で上回るアヴァは氷魔法を使う気はない。




 アヴァとの距離が開いたリゼは腹部を押さえてルシファーを氷結し、粘着部を凍らせて破壊する。


「ううっ…… お腹ばっかり攻めて酷いわよ……」


 涙目のリゼはやはり打たれ弱い。


「顔を蹴っては可哀想だと思ってな。では次からは顔を蹴ってやろう」


「あ、いや、顔はやめて!! できれば攻撃しないでほしいわ!!」


「一方的に嬲る嗜虐趣味でもあるのか其方は!? 反撃しないなど絶対に嫌だ!!」


「ケチ!! もっと強くなりたいのに!!」


「では反撃も覚えよ!!」


 わがままなリゼとまともな事を言うアヴァ。




 この後もリゼは攻め続け、アヴァはあの手のこの手で反撃をし、ひたすら腹部を蹴られるリゼ。

 蹴られるたびに涙目になるリゼだが、アヴァには悪気はないし文句を言われる筋合いもない。


 涙目になりながらも新たに攻撃の手を考え、少しずつ技術を磨いていくリゼと、懲りないなと感じつつも上達していくリゼに感心するアヴァだった。

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