第163話 タイマン

 朱王とエリオッツのタイマン。


「朱王が武器を持ってくるとはな。以前来た時は武器など要らんと言っておったのに」


「うん、なんか普通のミスリル製武器に惹かれなかったんだよねー。以前買いに行った時にこれじゃ奴に勝てないだろうなって思ったら買う気にならなかったんだよ」


「ではその剣はどうなのだ?」


「ふふっ。これは千尋君に作ってもらった最高の刀だよ。この朱雀丸ならエリオッツにも勝てると思う」


「お前わかっておるのか? 私もまだ武器を見せておらんというのに勝てるつもりか?」


「まあやってみればわかるよ。レベルも上がったしまずは素手で挑むけどね」


「望むところよ。その鼻へし折ってやる」


 朱王とエリオッツは全身を強化して向かい合う。

 装備が部分的に緑色に光る朱王に少し戸惑いながら見つめるエリオッツだが、ただ魔力に色が着いて光っているだけだ。


 構えもなくただ二人は歩み寄る。

 お互いに拳を握り締め、顔面目掛けた朱王からの左右正拳突きからの左下突き。

 両腕でガードするエリオッツ、ボディに意識を向けつつ右上段回し蹴りを打ち込む朱王。

 蹴りを左腕でガードしたエリオッツだが、朱王の蹴りの重さがガードごと体を吹っ飛ばす。

 飛ばされながらも着地して堪えたエリオッツに距離を詰めた朱王の左回し蹴り。

 右足を軸にして同じようにエリオッツも左回し蹴りを打ち込み、双方右腕でガード。

 お互いの蹴りが威力を相殺する事で弾き飛ばされることはない。

 ガードした右腕に痺れる感覚がありながらもそのまま右正拳を突き出すエリオッツ。

 それを前に出て拳を潜り抜け、朱王はエリオッツの顎を狙った上げ打ち。

 エリオッツは体を強引に捻って回避し、体勢が崩れながらも腹部を狙って膝蹴りを打ち込む。

 朱王はそれを躱さず腹部に受け、振り上げた拳を拳鎚打ちに右肩に打つ。

 ゴキリと鈍い音をさせながらも膝を振り抜き、朱王とエリオッツの距離が開く。


 エリオッツは腕の力を抜き、筋肉を操作して外れた肩関節を嵌め治す。

 朱王は腹部を少し摩りながらそれ程ダメージがない事を確認しつつ再びエリオッツに歩み寄る。


 目を見ながらの右の前蹴りで腹部に蹴り込み、左、右と正拳突きを打ち込んでからの下顎を狙って左回し打ち。

 そして左脚を軸に右踵を打ち込む後ろ蹴り。


 顎にもろに食らったエリオッツだが、この程度で脳震盪を起こすような竜人ではない。

 追い討ちに左振り打ちを打ち込む朱王に合わせてエリオッツも左頬に拳を叩き込む。

 蹌踉めきつつも左右の拳で殴り合い、お互いの拳を受け、弾き、躱しながら意地と根性で相手を打ちのめそうと拳を振るう。

 朱王の予測と操作と確定はエリオッツには通用しない。

 エリオッツの高い身体能力が朱王の操作を不確定へと捻じ曲げてしまうのだ。


「相変わらず無茶苦茶な性能だね」


「お前には言われたくないぞ」


 お互いに認め合う程の実力者でありながら、対等の力を持つ目の前の相手が何となく気に入らない。

 どちらも全力で拳を振るい、相手を捩じ伏せようと思考を凝らす。

 想像は新たな攻撃パターンを生み、技術となり、拳舞へと昇華されていく。






 どれだけ拳打を打ち続けたのだろう。

 遠くの空から重く響く轟音が鳴り響き、目を向けると巨大なキノコ雲が上がっている。


「あれは…… アリー達のところか?」


「そうだね。ミリーとアリーの戦闘だと思う」


 拳を止めて遠い空を見つめる二人。


「あれじゃお前の恋人も死ぬんじゃないか? 行かなくて大丈夫なのか?」


「ミリーなら大丈夫だよ。そう簡単に死ぬような子じゃないからね。向こうも盛り上がってるみたいだしそろそろこっちも本番いっていみようか」


「やっと得物を抜く気になったか。言っておくが私の真竜剣【ルゥ】の一撃はお前の想像を遥かに超えるぞ」


「私の朱雀丸も妖刀と呼べる最強の刀だよ」


 やはり朱王は抜刀の構え。

 魔力を練り上げて火炎を、魔力をさらに込めて火焔とする。


 エリオッツの右掌から剣が伸びるように排出され、大きな両手剣、真竜剣ルゥをその手に握る。

 左下方にルゥを構えたエリオッツは朱王の攻撃に備える。


 前傾に動き出した朱王に合わせてエリオッツも駆け出す。

 一瞬で距離を詰めた朱王の神速の抜刀は、エリオッツの左袈裟斬りを遥かに超える速度で向けられる。

 しかし肉体性能、反射性能も尋常ではないエリオッツは、咄嗟に斬撃ではなく体を捻ってルゥでの防御に切り替える。

 しかしそれでも速度で上回る朱王の抜刀はエリオッツの腹部を裂き、火焔でその傷口を焼きながらルゥごと弾き飛ばした。


 後方に弾かれたエリオッツは体を翻して着地し、直後に振り下ろされる右袈裟を強引に受け止める。

 これ程の威力を想像していなかったエリオッツは、魔力のみで朱王の火焔を相殺した為その放出量は莫大だ。

 通常の魔法の数十倍ともなる魔力を放出して朱王の一撃を相殺する事となった。


「私の朱雀丸はどうだい!?」


「ぐぬぅ…… むんっ!! 確かにとんでもない武器だな。私の真竜剣にも劣らん」


 鍔迫り合い状態から力任せに剣を薙いで朱王を払うエリオッツ。

 腹部の火焔も払って傷口に魔力を集中して竜鱗のような魔力で覆い隠す。




 刀を右上段に構える朱王。


 エリオッツも魔法を錬成するがその魔法は不明だ。


 右下方に構えたエリオッツは一息に朱王との距離を詰め、右逆袈裟にルゥを振るい、朱王は右袈裟に刀を振り下ろす。

 燃え上がる火焔もエリオッツの真竜剣には伝わらない。

 地属性強化でもない不思議な感覚が朱王の手に残る。

 力に任せたエリオッツにわずかに押される朱王だが、続く剣戟を重ねる度に違和感がつのる。

 しかしエリオッツの剣はお世辞にも優れているとは言い難く、剣を手にした数少ない竜族の鍛錬では技術の発達が低いのだろうと考えられる。

 今は朱王が攻勢に出ており、エリオッツはギリギリで捌ける程度。

 元々攻勢に出ると圧倒する朱王は、予測と操作と確定を利用しての攻撃で、相手の防御さえも操作するのだ。

 拳では強引に操作を不確定に持ち込めたエリオッツでも、技術の発達していない剣術では上手くいかないようだ。

 それでもなんとか捌けるエリオッツの性能は他を遥かに凌駕すると言っていいだろう。


「エリオッツは剣術がまだまだだね。さっき言ってた真竜剣の一撃は放てそうかな?」


「ぐむぅ…… 剣術では勝てぬか…… しかしルゥの一撃は強いのだ!」


 すごく悔しそうなエリオッツの表情に朱王はなんだか嬉しそう。


「今後人間の剣術を学んだらいいんじゃない?」


「私より力の劣る人間から学べだと!?」


「そうは言うけどさ、何万とも言えるが自分を上回る相手を倒す為に研鑽し続けた剣術だ。それをが振るえばどうなると思う?」


「…… もしかして私はもっと強くなるのでは?」


「今とは比べものにならないだろうね」


 魔獣が闊歩するこの世界において、人間族はとても弱い種族と言える。

 その弱い人間族が魔獣をも上回る程の力を手に入れたのも事実。

 何百年何千年と受け継がれてきた技術や知識が今もまた研かれ、見直され、進化していく。

 竜族は竜人となって八百年程も経過するが、鍛錬は積むものの新たな技術は生まれにくい。


「それならばなんだ…… 人間に教えを請うのは御免だが教えさせてやってもいいだろう」


「なんで上から言うんだ。とりあえず君弱いからその自信のある一撃を振るってみてよ」


「グムムムムムッッッ!! お前弱いと言いおったな!? ルゥの一撃でぶっ飛ばしてくれるわ!!」


 すごく悔しそうなエリオッツだが、攻撃には絶対の自信を持っているようだ。

 魔力を練って真竜剣へと流し込み、自身の魔法へと錬成していく。

 炎でもなく水でもない。

 風でも雷でも氷でもない。

 先程の衝撃から地属性でもないだろう。


「私は竜王となって己の属性を捨てて一つの力を得た。最も単純で最も強い魔法。魔力を力そのものに変換する魔法だ。お前のその炎とて受け切れるものではないぞ」


「力そのものにねぇ…… 魔法をエネルギーとして発動するって事かな? それだと炎や風、雷みたいな魔法よりも威力が高そうだね」


 通常の魔法、例えば朱王が放つ火焔もエネルギーと考えた場合に、大気をも熱してしまうという消失が存在する。

 風も音になり大気にも散る。

 雷も轟音や熱へと変換されるし地面へと逃げてしまう。

 力そのものへと変換される魔力であれば、消失のない純粋な力として相手に伝える事ができるだろう。




 右中断に構えた竜王エリオッツの放出する魔力をリルフォンで計測する朱王。

 その魔力幅は20万ガルドを超える程。

 精霊と同等の魔法を発動し、そして強大な魔力量を誇る竜族であればその数値も頷けると言うもの。

 しかも属性としての消失のないエネルギー魔法を放つと考えれば朱王の全力でも耐え切れない可能性がある。

 しかしそれ程の魔力を放出していようと半分以上は肉体の防御、強化に当てるのが普通だ。

 自分の魔法が相手の魔法を上回ったとしてもその反動に耐え切れない為だ。


 朱王は上級魔法陣インフェルノを発動し、翼を広げて紅炎を身に纏う。

 大気や地面を一瞬にして焦がし尽くす程の熱量が朱王を中心に巻き起こった。

 地面は溶け出し、数秒で蒸発する程の朱王の紅炎。

 その出力はやはりエネルギーの消失に他ならない。

 朱雀丸を鞘に納めて抜刀の構えでエリオッツに備える。


「ふははっ。とんでもない化け物だなお前は」


「君のその魔法を受けるならこれくらいは必要でしょ?」


「お前になら全力で放てそうだな」


「上等、いつでも来なよ」


 すでに足場は無くなり巨大なクレーターとなった大地。

 内部はドロドロの溶岩と化している為エリオッツも翼を展開している。


 エリオッツは翼を羽ばたかせて爆風とともに朱王へと向かう。

 一瞬にしてその距離を詰め、エリオッツの右袈裟と朱王の抜刀が交錯する。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ムクリと起き上がったエリオッツ。

 体が燃えていないところを見ると朱王の紅炎を相殺する事は出来たのだろう。

 しかし両腕に全く感覚がない程にはダメージを受けているようだ。

 辺りを見回しても朱王の作り出した巨大クレーターが近くに無い事から、相当な距離を弾き飛ばされた事がわかる。

 立ち上がるも真竜剣を拾う事が出来ない為、ぶら下がる右手を真上から向けて体内に取り込む。

 魔力にはまだ余裕はあるがこのままでは戦闘の再開は不可能と判断するエリオッツ。

 朱王を探す為、翼を広げてゆっくりと飛び上がる。




 一方で朱王は。

 エリオッツと同じく遥か後方へと飛ばされて地面に転がっていた。

 右腕は複雑骨折しているようで、おかしな方向に曲がっている為戦闘の続行は不可能そうだ。

 背中や腹部にも痛みを感じるが、筋繊維が随分と切れてしまったのかもしれない。

 ミリーも戦闘をしていただろうし回復してもらうのも悪いなと感じつつも自分の体を確認する。

 とりあえず欠損はないし朱雀丸を回収して飛行装備を展開。

 エリオッツの無事を確認する為空へと飛び立った。






 クレーターまでおよそ五分。

 再開した二人はこの惨状とお互いの状態を見合うと苦笑い。


「あれを受けて生きているとはな」


「そっちこそね」


「今日はこれでやめておこうか…… 腕の感覚が戻らんし全身が痛む」


「エリオッツでも痛みは感じるんだね…… 私も首まで痛みだしたよ」


「あー、美味いものが食いたい」


「早くミリーに会いたい。戻ろうか」


 光柱へと向かって飛び立つ二人だった。

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