第162話 爆炎と黒炎
ミリーとアリーは再び飴を口に含んで向かい合う。
「アリーさん、ベルィー味はどうですか?」
「とても美味いぞ。ミリーのアポー味はどうだ?」
「酸味と甘味が堪りません! アリーさんも如何ですか?」
「これを舐め終えたら頂こう」
ミリーはミルニルを握り締めて下級魔法陣ファイアを発動し、顕現した精霊ホムラは背中に掴まってミリーの横から顔を覗かせる。
ミリーから放出される魔力量に反応したアリーは、腕を伸ばして掌から長大な斧を出す。
巨大な刃のついたハルバードのような武器だ。
歩み寄る双方は、お互いの間合いに入ると同時に相手を打ちのめす為に動き出す。
右袈裟に振り下ろすミリーとアリー。
七色の爆焔と赤黒い炎が交錯し、互いの強烈な一撃が大気を割るかのような爆発を引き起こす。
派手な爆発ではあるが相殺し合ったお互いの武器を更に打ち付け合い、連続した爆発音がまるで映画の爆撃のように亜空間の空へと響き渡る。
アリーの赤黒い炎は爆発ではなく炎の黒炎化、質量のある炎をイメージしたアリー特有の魔法だ。
黒炎魔法は武器の大きさも相まって絶大な威力を誇り、ミリーの範囲魔力を巻き込んだ爆焔でなんとか相殺できる程。
ミリーは一撃目から決め技で挑み、アリーは自身の強大な魔力を得意魔法に乗せて打ち込んだ。
アリーは大きな体ではあるがその速度は凄まじく、ミリーの反撃の回数も少ない。
全力の爆焔でさえも相殺に留まるのだから決め手がないのだ。
それはアリーとて同じ事。
黒炎魔法には絶対の自信を持っていたアリーだが、今こうして相殺されているという事はミリーが自分と同等の威力を出せるという事。
攻手に回ってはいるものの、威力で劣るはずの防御でアリーの攻撃が全て捌かれている。
反撃に打ち込まれる一撃は防御のそれよりも威力が高く、アリーの方が弾かれる。
現在攻手に出ているのは体の大きさから繰り出す一撃がミリーの速度を上回るからだ。
何百という必殺の攻撃を打ち付け合い、互いの力が拮抗する状況が続く中、アリーは少しずつ準備を始める。
頭上の高い位置に魔力球を作り出し、黒炎球として形状を維持。
さらに攻防の中から割り振れる魔力を黒炎球へと集めていき、一層、二層と覆う事で少しずつ巨大化させていく。
ミリーは気付く事なく攻防を繰り返し、黒炎球に集中するアリーのわずかな隙に全身の魔力を爆破。
怯んだところにミルニルを叩き込む。
巨斧で受けるものの、態勢の仰け反った状態ではまともな防御など出来ずに弾き飛ばされ、追い討ちを仕掛けるミリーの乱打にダメージを蓄積させていく。
爆焔を巨斧で受けると腕に強烈な痛みが走り、体を掠めた爆焔は内臓へと衝撃を伝える。
それでも黒炎球の維持に集中力を割くアリー。
自ら隙を作って誘い込み、後方に体重を流しつつミリーの大振りの一撃を受け止める。
派手に吹っ飛ばされたアリーはミリーの攻撃力を見誤る。
多少のダメージを追ってでも距離を取るつもりが、上腕が折れて肉が捲れ上がり、腕が今にも千切れそうな程のダメージだ。
痛みに耐えつつ超速回復を試みる。
だがダメージを負ったものの、距離を取る事はできた。
ニヤリの口角を釣り上げるアリーとその表情に違和感を覚えるミリー。
ミリーがふと頭上に目をやるとそこには巨大な黒炎球が完成していた。
気付かれてしまったがもう遅い。
アリーの必殺の一撃がミリーへ向けて放たれる。
完全に命を奪えるだけの威力を持った黒炎球。
それどころかこの周囲一帯を焼き尽くす程の威力がある、質量を持った炎だ。
アリーが無事な左腕を振り上げてミリーへと巨斧を振り下ろすと同時に黒炎球は放たれる。
ミルニルを正眼に構え、ミリーは上級魔法陣エクスプロージョンを発動すると共に巨大化したホムラをその身に纏う。
七色の爆炎の翼が広げられ、ホムラの口内から超特大の球状ブレス、爆轟が放たれた。
ミリーの目の前にまで迫った黒炎球と爆轟がぶつかり合い、爆轟を飲み込まんとする黒炎球がそのエネルギーを収縮させる。
黒炎球によって収縮される爆轟だが、膨張しようとすると力は止めどなく膨れ上がり、黒炎球は大きさを変える事なくその形状を維持。
黒炎球の強度の限界を超えるとともにこれまでにない程の超破壊力を持った爆発が起こる。
一秒もにも満たない僅かな時間の出来事だが、黒炎球の器としての高い強度は爆轟の爆発力をさらに高める結果となった。
アリーからわずか10メートルの距離での爆発、そしてミリーの目の前での爆発に双方無事では済まないだろう。
アリーは全力で強化しつつ巨斧を翳して黒炎を放出して防御するも、その破壊力は凄まじく数キロもの距離を音速を超える速度で弾き飛ばされた。
地面を抉るように叩きつけられるも、アリーの上を爆音と爆風、熱波が通り過ぎていく。
数分間も続く爆風と熱波に身動きが取れないアリー。
爆発に巻き込まれた事で全身が痛み、呼吸もままならない程の衝撃を全身に受けている。
竜人たるアリーでさえもこれ程のダメージ。
超近距離でその爆発に巻き込まれたミリーでは肉体の強度が耐えきれないだろう。
地面に倒れたままミリーとの戦いを悲しむアリー。
勝利した事による喜びはない。
ただ自分の全力をぶつけられる相手と戦いたかった。
死んで欲しいわけではない、ただただ自分の力を受け止めて欲しかった。
竜種とは同じ竜種でさえ全力で戦う事はできない。
全力で戦えばあらゆる物を破壊しつつ、必ずどちらかが死んでしまうからだ。
ミリーの実力は自分と対等であり、全力を振るわねば自分の命さえも奪われてしまうだろう。
わずか八人しかいない竜人である自分が生き残る為、ミリーの命を奪う事になったとしても本気で挑むしかなかったのだ。
アリーの目から一筋の涙が零れ落ちた。
爆風と熱波が収ると立ち上がるアリー。
戦闘していたはずの場所からは巨大なキノコ雲が立ち上り、放たれた一撃の破壊力を物語る。
悲しみを感じながらも足を引き摺り、巨斧を杖にして歩き出す。
意識しなくとも発動する超速回復だが、咄嗟の防御に多くの魔力を放出した為かそれ程回復は早くない。
息耐えたミリーの姿を探す為、傷を回復させながらゆっくりと戦闘していた場所へと近付いていく。
すでに体は爆散して五体満足に残ってはいないかもしれない。
それでもミリーを探さなければ……
ミリーを探して弔ってやらなければ……
悲しみを堪えながらキノコ雲の中へと入って行く。
砂塵を巻き込んだ雲は摩擦により稲光を発しながら渦を巻いている。
真っ黒な雲は黒炎を巻き込んだ為だろうか。
外の光を一切通さない雲は稲光のみが雲の中を一瞬照らすのみ。
光が無くてはこの雲の中でミリーの姿を探す事ができない。
衣服や肌についた血はそのままに、傷はある程度癒えたが心まではそう簡単には癒えるものではない。
自分のこの手で殺してしまったのだが……
雲を見上げていると中心から僅かに光が射し込んでくる。
これでこの黒雲の中も探す事ができる。
そう思ったと同時に射し込む光に違和感を覚える。
「なん…… だ?」
黒雲に丸く穴が開き、空が見えるのと一緒に七色の光が降ってくる。
超高速で降ってくるそれは抉られた地面の岩などの無機質なものではない。
七色のドラゴン、爆炎竜だ。
「まさか…… な…… ミリーなの…… か?」
驚愕の表情で爆炎竜を見上げるアリー。
垂直に降りてくる爆炎竜がアリー目掛けて向かってくる。
接近すると共にミリーの姿を確認し、涙を拭って巨斧を握り締るアリー。
全力で魔力を放出しつつ黒炎を纏ってミリーに備える。
そして超高速落下からのミリーの唐竹割り。
「痛ーーーーーっっっっったいんですよ!!!!!」
ミリーの一撃がアリーの巨斧に打ち付けられると共に超強烈な爆焰が炸裂する。
地面をさらに深く抉りながら数十メートルも沈み込むアリーと押し込むミリー。
お互いに血塗れの姿を確認しながら生きていた事に安堵、そして笑顔が溢れてしまう。
魔力を収めて巨斧を消すアリー。
ミリーも放出していた魔力を回復に回してミルニルをベルトに下げる。
「ミリー、生きてて良かった」
「何を言ってるんですか!! あれは本気で殺そうとする一撃でしたよ!? まあとは言え爆発の原因は私なんですけどね!」
「妾も本気でやらねば死んでしまうだろう? 手加減など出来るものか!」
「本気でも殺さないように戦うんですよ! 私がその辺みっちり教えてあげます!」
「また本気の妾と相手をしてくれるのか? 妾は手加減などせぬぞ?」
「さっきの連発するのはダメですよ…… さすがに私の魔力が持ちませんから」
「あれはそうそう連発出来るようなものではないからな。ミリーの方こそさっきの爆破魔法はなんだ! 威力が高すぎるだろう!」
「私の超必殺技です。それよりも私飴ちゃん食べますけどアリーさんも食べますか?」
「ああ、アポー味をくれ」
「じゃあ私はミキャン味を食べます」
「なに!? 何種あるのだ!?」
「全部で八十二種あります!」
「…… あり過ぎじゃないか?」
「干し肉味とか食べますか?」
「それなら干し肉を食べる」
飴を舐めながら元来た光柱へと飛び立つミリーとアリー。
魔力を相当量使ってしまった為、本日の戦闘は困難と判断した為だ。
光柱からエマの洞窟へと戻り、倒れているアイリとエレクトラを回復するミリー。
ルエとテオも座り込んで二人の意識が戻るのを待っていたようだ。
「アリーはもう終わり?」
「うむ。今日は魔力を多く使ってしまったしな。明日またミリーに稽古をつけてもらう」
「…… 立場逆転してない!?」
「ミリーは強いからな。殺さない戦い方を教えてもらうのだ」
「アリーに強いと言わせるとか……」
「とんでもないね」
そうこうしている間にアイリとエレクトラの回復が終わり、お礼を言って立ち上がる二人。
またルエとテオと共に亜空間へと飛び込んで行った。
その後ミリーとアリーは竜族の谷を散策しながら畑で採れた野菜や果物をもらって食べ歩く。
野菜とはいえ塾した野菜は甘くて生で食べても美味しい。
この土地ならではの気候で育った野菜は他では食べられない美味しさを持っていた。
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