第161話 朱雀とアイリが頑張る

 朱雀と竜人リュカが向かい合う。


「その炎の翼…… お前は何の精霊だ? 初めて見るぞ」


「フェニックスらしいがのぉ。炎の精霊と思ってくれて構わんぞー」


「フェニックス…… やはり知らないがまあいい。その実力試させてもらうぞ」


 朱雀は紫色の火焔を放ち、肩に担いだジェイドを右手で握って構える。


 リュカも得体の知れない朱雀を警戒して剣を掌から出し、炎を放って右に立てて構える。


 駆け出してすぐに跳躍した朱雀は大きく振りかぶってリュカの頭上から唐竹に斬り込む。

 剣を真横にしてジェイドを受けるリュカだが、炎を散らして押し込む朱雀。

 咄嗟に剣を下げると同時に体を後方に引いて後退するリュカに、着地した朱雀が再び距離を詰める。

 肉薄する朱雀はジェイドを右手で左薙ぎに振り、受け止められた直後に翻して両手で右逆袈裟に斬り上げると同時に火焔を爆破。

 その速度になんとか堪えたリュカだったが、強烈な爆破に剣ごと弾き飛ばされた。

 左手をついて回転しながら着地したリュカの顔面目掛けた突きが放たれ、剣で受けながら右へと払うと朱雀の右蹴りが顔面に炸裂する。

 転がるリュカと楽しそうに歩み寄る朱雀。

 珍しく圧倒しようとする朱雀は朱王を感じさせる強さを持つ。

 普段は相手の実力を見ようと戦う朱雀だが、強敵を前に自分の力を確認するように剣を振るっているようだ。


「子供の姿をしていながらとんでもない強さだな。そんなお前に敬意を評してオレの力を見せてやろう」


「期待してるぞー」


 魔力を高めたリュカの体から炎が噴き出し、炎の翼と炎の尾、火竜として魔力を具象化する。

 竜の顔が後方に引き、前に突き出すと同時に炎のブレスを吐き出す。

 それに対して朱雀も魔力を高めたブレスで相殺。

 炎の翼を羽ばたかせて一気に距離を詰める。

 朱雀の火焔を纏った斬撃とリュカの竜炎を纏った斬撃が交錯し、お互いの火力が拮抗する。

 一合二合と必殺の斬撃を重ね合わせながら、相手の力を上回ろうと次々と斬り込んでいく。

 空へと舞い上がり、炎を噴き出しながらの死闘。

 重ねられる剣戟はどこまでも続き、大気を焦がしながら上昇気流を生み出していく。

 上昇気流は渦を巻きながら炎の戦闘を覆う。


 一時間以上もの間剣を振るい続け、リルフォンの時計を確認すると朱雀が手を前に突き出して戦闘を止める。


「どうした? 何かあるのか?」


「もう十時を過ぎておる。おやつにしよう」


 ちょっと力が抜けるリュカだが、朱雀にとってはおやつの時間は大事な時間。

 朱王に作ってもらった魔法のバッグからお菓子を取り出してリュカにも渡す。

 その小さなバッグのどこにこれ程のお菓子が? と思える程の量が出てくる。

 以前朱王にもっと大きなバッグが欲しいと言ったところ、朱王がイメージから空間拡張バッグとして改造してくれた。

 朱雀は喜びつつも、この男は本当になんでもありじゃなと呆れもしたものだ。


「のぉ。リュカは水を出せるか? 手が洗いたいのじやが」


「まあ元は火竜とはいえ受肉した精霊だからな。全ての魔法は使えるぞ」


 魔法の洗剤も取り出して手を洗い、お菓子とジュースで一休み。

 何も用意してなかったリュカだが、朱雀達の食べ物はとても美味しい事を知っている。

 朱雀からこれまで見てきた人間領の話しを聞きながらおやつの時間を楽しんだ。


 取り出したおやつを食べ終えるとまた戦闘を再開し、お昼には今度は弁当を食べたりするのだが。






 アイリから見た竜人ルエは小柄な女の子。

 人間であるアイリよりも背が低い竜人だ。


「ルエさんは他の竜人さんよりも小さいですね。人間と変わらないくらいなのは何でですか?」


「アイリも雷属性を使うのならわかるだろう。雷撃の威力は質量を必要としないからな。速度を優先すれば体が小さい方が戦い易いだろう」


「なるほど。もしよろしければ雷属性について教えてくださいませんか?」


「それはアイリの実力次第だ。わたしが満足すれば教えてやってもいいぞ」


「頑張りますね!」


 魔力を高めた雷の放出がルエの体を浮かび上がらせ、ただそれだけでも雷竜としての強さを物語る。

 白と黄色の混じった強力な雷を纏ったルエがアイリを見下ろす。


 下級魔法陣サンダーを発動して魔剣クラウ・ソラスを構え、左右に雷狼を配して紫電を放つアイリ。


「むむ? アイリの雷は何故紫色なのだ?」


「あぁ、このブレスレットのおかげです。魔力に色が付くアイテムなんですよ」


「そーか、綺麗だな。わたしもそれが欲しい」


「朱王さんにお願いすればもしかしたら作ってくれるかもしれません」


「あとで頼んでみよう」


 両手を広げて掌からプラズマ球を作り出すルエ。

 二つ、四つと増やしていき、二十ものプラズマ球を空へと浮かび上がらせる。

 バチッと放電すると共にルエの背後へと移動したアイリは、迅雷を込めた雷刃を背中に斬り込む。

 その瞬間にルエの姿が消え、目の前にプラズマ球が現れる。

 そのままプラズマ球を斬り付けると同時にルエが雷となってアイリに落ちてくる。

 アイリの雷刃を超えるルエの雷撃がクラウを通して流れ込む。

 咄嗟にイザナギを引き寄せて雷撃を相殺するアイリ。

 右掌に火傷を負うも、雷刃である程度打ち消していた為それ程のダメージはない。

 放電して自己の電流で手の痺れを払いつつ、ルエの次の攻撃に備える。


「むぅ。わたしの手も痺れたぞ。あの犬はなかなか威力が高いな。雷竜であるわたしに雷撃でダメージを与えるとは」


「イザナギの一撃で手が痺れる程度ですか……」


「わたしは普通の雷撃では全くダメージを受けないんだぞ? 充分誇っていい威力がある」


「褒められてるみたいですがまだまだこれからです!」


 再びルエの背後へと回り込んだアイリ。

 またルエとプラズマ球が入れ替わり、今度は上空へ向けてソラスを振り上げる。

 イザナミの速度はアイリの剣速に連動している為、雷程の速度はない。

 ルエに向かって放たれたイザナミをルエは放電して回避し、拳を握り締めてアイリに向かって雷撃として落ちる。

 プラズマ球へ落ちるのではなくアイリに直接雷撃の拳を叩き込み、迅雷を纏ったクラウで受け止める事でその威力を相殺。

 プラズマ球に落ちるよりも威力が低い。

 クラウに打ち込んだ拳がギリリと押し込んだ瞬間、ルエの背中に強烈な雷が落ちる。

 放たれたイザナミが紫電となってルエに落ちたのだ。

 イザナミによって痺れとダメージを負ったルエに雷刃で襲い掛かるアイリ。

 堪らずプラズマ球と入れ替わろうとするが痺れによって集中できない。

 全力の放電で雷刃の方向を変え、アイリの連撃を全て回避する。

 イザナミによる追加効果を相殺しきると再びプラズマ球と入れ替わる事で距離を取る。


「ぐぅ…… 人間がこれ程やるとは…… さすがに素手ではこれ以上は無理か」


 ルエの予想を遥かに超えるアイリの実力。

 腕を伸ばしこれまで以上の電流を迸らせながら、掌から現れたのは長い棍。

 切る事を目的としない打撃武器だ。

 雷撃を放つルエであれば打撃武器でも問題はないのだろう。


「私達冒険者にとっては珍しい武器ですね。長物も始めて相手にしますし楽しみです!」


「楽しめる物ではないかもしれないぞ?」


 放電すると共にアイリの背後に一瞬で移動したルエ。

 アイリにお返しとばかりに背中から棍を打ち込む。

 咄嗟にソラスで受け流し、クラウで突きを繰り出そうとしたところで棍の反対側が顔面目掛けて打ち込まれる。

 伏せるように躱すが続く頭上からの一撃が襲い来る。

 後退してギリギリで躱し、棍を打ち付けた衝撃のままに飛び掛ったルエの左薙ぎの棍をクラウで受ける。

 間を置かず受けた瞬間に右薙ぎの棍が向かい、ソラスで受け流すと今度は逆風に顎下から棍が襲う。

 攻撃が速過ぎる。

 棍を持った腕を引く、腕を押す、そして相手の体制を崩せば長く持って打ち込むといった様々な打撃技で、アイリの剣速をも上回る連撃を繰り出してくる。

 近中距離をあらゆる角度から自分よりも速い攻撃で打ち込まれ、アイリも防戦一方だ。

 思考を停止させたら一瞬で決まる。

 この状況を打破する為、これまでの経験、知識の中から対応策を考える。

 自分に剣術を教えてくれた蒼真は刀一振りで、自分を上回る速度の双剣を全て捌ききる。

 きっと千尋の四刀流相手でも自分の最大限持てる技術で捌ききるだろう。

 朱王と千尋の戦いを思い返せばどうだろう…… 駄目だ、朱王は普通の戦い方をしない。

 しかし朱王も蒼真も体捌き、足捌きが上手いのはわかる。

 アイリもそれを真似ようと日々努力はしているし、イメージを固めて今こうして受け、受け流し、回避とルエの攻撃に耐える事は出来ている。

 しかし一歩踏み出せない。

 この防戦一方の状況をひっくり返すには何が必要なのか。


 戸惑いながらも防御に徹するアイリにルエは極端な雷撃を放たずに様子を見る。

 せっかくこれ程の実力を持つアイリだ。

 自分と対等に渡り合えるだけの実力を身に付けてもらい、ルエ自身の全力を引き出すのに協力して欲しいという思いからだ。

 竜人となる事で強くなった事はわかる。

 しかし竜人同士での戦いではお互いが全力を出せば共倒れとなるのは確実。

 アイリが対等の相手となれば、同じ雷属性として全力の一撃を打ち合おうともある程度は相殺ができる。

 死線を潜り抜ける中で自分の全力を出す事ができればまた一つ強くなれる、そんな予感がするのだ。


 どこまでも続くルエの連撃に必死に堪えるアイリ。

 しかし少し違和感を感じる。

 蒼真のような崩しを作る変拍子がないのだ。

 以前朱王から言われたアイリの攻撃はリズムが狂う時がある。

 それは隙であり埋めるべき弱点だ。

 しかし蒼真は敢えてそのリズムを狂わせて自分の流れを強引に作り出す。

 朱王の場合は自分のリズムから相手の行動を限定、確定する事で相手の流れを奪う。

 アイリが出来るとしたら蒼真の方法だろう。

 ルエの攻撃をひたすら受けると同時に見続け、呼吸を合わせて耐えている。

 そうだ、呼吸だ。

 呼吸の間を一拍堪えて返せばいい。

 しかしこの危機的状況で呼吸を一拍崩すのはキツい。

 そしてタイミング、体の運び、全てを高次元で狙いつつ強烈な一撃が必要だ。

 こんな難易度の高い技術を当たり前のように繰り出している蒼真はやはり凄い。

 どんな相手であろうとそれを上回る一手を完璧に決める。

 普段から蒼真を尊敬するアイリだが、ここに来て改めてその凄さを思い知る。

 自分もその領域に辿り着きたい。

 そして蒼真のすぐ横に立ちたい。

 今この時が一歩踏み出す絶好の機会だ。

 追い詰められた状況でありながら更に集中力を高めて返すタイミングを計る。


 そしてその時がくる。

 ルエの左右の連打から弾かれての唐竹割りを左に躱し、左薙ぎに打ち込まれる直前に棍を下薙ぎに斬り上げる。

 ふっと息を吐きつつ全力の雷刃で斬り上げた事で棍の軌道が変わり、息を止めたままソラスで突く。

 腹部を掠めながらも棍を引き戻して突きを受け、今度はアイリが全力を持って斬り掛かる。

 乱れた息を整えながら攻撃の手は休めない。

 汗を流し、必死に耐えていたアイリだが、この一瞬の返しだけでも汗が大量に噴き出した。


「凄いぞアイリ! 今この瞬間お前の成長が見えた! 今後わたしの好敵手となるに相応しい!」


 嬉しそうなルエの表情にアイリも少し微笑み返す。

 剣戟はとめどなく続くもまだまだルエの方が一枚も二枚も上手。

 再び攻防が入れ替わるも食らいつくアイリ。

 更に返してみせつつルエも負けじと奪い返す。

 ひたすら繰り返すがアイリの体力は竜人のそれには遠く及ばない。

 呼吸もままならなくなりながらも耐え続け、意識を失って倒れ込む。

 地面に倒れる前に支えるルエ。


「よくやった。今はゆっくり休むといい」


 アイリの体が淡くなり、エマの洞窟へと転移された。

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