第159話 この地も楽しむ

 モニターの前には複数のエルフが集まっており、外界から来た千尋達が設置した不思議な黒い板に興味深々のようだ。

 竜人やクラウディア達が姿を現わすとエルフ達は頭を下げて場所を開ける。


「何を映そうかなー」


「今日はミリーが戦えないだろうから映画を映したらどうだ? 車にある魔石を再生すればいいだろ」


 ミリーはエルフの怪我人達を回復した為、魔力を随分と使ってしまっている。

 それも何年も前の傷を治すという高度な回復だった為魔力の放出量も多かった。


「よし。じゃあエルフ族の皆んなはコーンを持って来てくれるかな? ついでに容器になるような大きな葉も人数分摂って来て欲しいね」


「エルフ族って何人いるの? 自分の使う飲み物の容器も持って来てよ! あといろんな果実も欲しい!」


 千尋は車に積んである炭酸発生容器でジュースを作るつもりだ。

 コーンはやはり映画を観る時欲しくなる。


 竜人達やエルフの上位者には車に積んであるポリ容器でいいだろう。

 まだそれ程普及していない為高額な容器だが、朱王には優先的に卸してくれるそうで邸には大量に置いてある。

 車には使う分としてある程度積んであるだけだが。




 朱王は竜人達を連れて山にある木の伐採に向かった。

 映画を観る際のベンチを作る為だ。

 快適な環境のこの竜族の谷であればそう簡単に朽ちる事もないだろうし、エルフ族はそれ程人数も多くないので作ってしまおうと考えた。

 数本の木を切り倒し、両肩に担いで運ぶ朱王に負けじと普段働かない竜人達も同じように運ぶ。

 朱王は魔法を駆使して生木を乾燥させ、刀で斬り裂いて大量の板を作って行く。

 竜人達にはまた木の伐採に行かせたが、ブツブツと文句を言いながらも運んでくるあたり映画を楽しみにしているのだろう。

 今度は加工が終わった大量の木の板と背もたれのある丸太の表面を焼き仕上げをする。

 水魔法と風魔法を使用して表面の炭を落として材料は完成。

 丸太を等間隔に配置して板を固定。

 竜人達に指示を出しながら背もたれ付きの多くのベンチが完成した。

 背もたれの部分には背後の人が利用できるテーブルも取り付けてあるので飲み物も置けるだろう。

 最前席は竜人やクラウディアの席となり、肘掛けとドリンクホルダーも作ってある。




 フローリアンには先ほど渡した調味料を持って来てもらい、エルフ族から受け取ったコーンを蒼真の風と朱雀の熱でポップコーンに変えていく。

 側から見ると手品師みたいだなと千尋は思う。

 熱されたポップコーンに塩やコンソメを投入し、エルフ達を並ばせて円筒状に丸めた葉の容器に定量ずつ分けていく。

 その精緻な魔法に竜人やエルフ達も驚いていたが。


 ポップコーンを受け取ったエルフ達はリゼが作った氷をコップに入れて、ミリーとアイリ、エレクトラからは甘い炭酸水をもらって、最後に千尋が果実を絞ってジュースにしていく。

 全員に行き渡ったところで自分達の分も準備し、早速映画を楽しもう。




 映画を再生するとワッと歓声があがり、見た事のない世界やストーリーに大盛り上がりをみせた。

 偉そうにしている竜人達も映画の前では皆同じ。

 登場人物の心理状況や話の流れに心を揺さぶられ、笑いや驚き、悩みや喜びを感じながら映画を楽しんだ。

 映画を見ながら一口食べたポップコーン。


「なんという美味さじゃ! 手が止まらん!」


 と声をあげたアニーに、映画に夢中になっていた他の竜人達もなんとなく口に入れてみる。

 熱して膨張したコーンに味をつけただけのポップコーンであるはずなのに、絶妙な塩加減とコンソメの深い味わいに驚いた。

 アニー同様全員の手が止まらなくなるなるのだった。

 そして乾いたポップコーンに喉も潤したくなる。

 初めて飲む炭酸飲料に驚き、ビリビリとした刺激が喉を潤すと共に満足感を与えてくれる。

 甘くて美味しい果実のソーダも竜人やエルフ達に驚きと幸福感を与えてくれた。




 およそ二時間かけて映画を観終え、その物語の内容を思い返しながらみんなで感想を語り合う。

 映画を観た後というのは何故こうも話をするのが楽しいのだろうか。

 やはり同じ感動を味わいながら共感、それぞれの思いを語れるからこそ楽しいのかもしれない。

 誰もがポップコーンも果実のソーダも空になり、映画と同時に楽しんでくれたのだろう。




 時刻は十六時を過ぎている為夕食の準備もしなくてはならないが、ポップコーンにこれ程喜んだという事はそれ程料理の味は期待できないだろう。

 それならばと畑で採れた野菜と保存してある魔獣肉を大量に持って来てもらい、バーベキューを楽しもうと考える。

 エルフ達と協力して手頃な大きさの肉と野菜を大量に切り分け、串に刺して準備を進める。

 鉄板がないので高度の高い巨大な岩を切り出して石の上に乗せ、加工したミスリルを組み込んでヒートの魔石で石板を熱し、温まったところに油を引く。

 複数の石板で焼くのでエルフ達にもすぐに行き渡るだろう。


 じゅうじゅうと焼けていい匂いが立ち込めると、竜人達も気になって仕方がない。

 焼き加減を調整しながらひっくり返すよう指示を出すと自分の串焼きを育て始める八人の竜人達。

 これまでこんな仕事みたいな事は一切やらなかった竜人達が自分の串焼きを嬉しそうにひっくり返す様は、エルフ達にとっては異様な光景に映るのだろう。

 串焼きを焼く以外のスペースでは野菜を焼く。

 そして車の冷蔵庫に蒼真が入れてあった麺を持って来て焼き始める。

 まさかの焼きそば作りを始めた蒼真だが、何故車に積んであるのか。


「もしかしたら竜族の谷では美味しいご飯がないんじゃないかと思ってな。メルヴィンさんからたくさんもらって来た。お好み焼きも作れるがまた今度にしよう」


 抜かりのない蒼真だった。

 朱雀も「さすが蒼真じゃー」と嬉しそう。

 朱王よりも蒼真に懐いているのは気のせいだろうか。




 完成した串焼きと焼きそばに誰もが満足そう。

 美味しい食事は種族の違いなど忘れさせ、人間を嫌うエルフ族も次第に打ち解けていった。

 あんな食材が、こんな食材がと料理について話しかけてくるエルフには、お土産に持って来た調味料を渡していろいろと試してもらうのもいいだろう。

 女王の許可もあり、料理をしたいエルフ達も喜んでいた。


 串焼きに齧り付き、焼きそばを頬張る竜人達はというと…… 感動していた。

 肉の柔らかさと焼かれた事で甘さの出た野菜に震え、自分が育てた(焼いた)串焼きの美味さに感動したようだ。

 まあ自分が大事に大事に焼き上げた串焼きだ。

 それは美味しいだろう。

 そして焼きそばを口に含むとその濃厚なソースの旨さに勢いよく掻き込んだ。

 そして竜人とは思えぬ一筋の涙を流すエリオッツ。


「うめぇ……」


 他の竜人達も同じく涙を流す始末。

 エルフ達も焼きそばを食べると同時に涙を流していた。

 もしかしたらアースガルドの人間以外の種族は自分の理解を超える出来事があると涙脆いのかもしれない。

 まあ美味しそうでなによりだ。




 十九時からはまた映画を観る事にした。

 食後という事もありデザートも無かったので、ポップコーンは甘いキャラメル味にした。

 普段甘い食べ物など果実しか食べた事のないエルフや竜人達にとっては雷に打たれたような衝撃が走る。

 映画が始まってすぐ、まだ序盤で主人公が何するでもなく登場人物が増えていく段階で涙を流し始めたエルフ族。

 最前席で顔の見えない竜人達も目を擦っているあたり涙を流しているのだろう。

 映画の何でもないシーンで泣き出す彼等にちょっと引く千尋達だった。

 実際は甘いキャラメルコーンに感動していたのだが。




 映画が終わって九時を過ぎ、今夜はどこで寝ればいいのだろうと今更ながらに気付く。


「前回来た時はエリオッツと何日か殴り合ってたからね。どこか寝泊まりできるとこないかな?」


「私の城に泊まるといい。十程ベッドはあるから寝るだけなら問題ないだろう」


 ヴァイス城に泊まっていいそうだ。

 シャワーやトイレは人間領で見るような一般的な物がある事に驚いたが、以前朱王が来た時に一つだけ設置したそうだ。

 それを模した物が各家やエマ城にも設置されており、上下水道も完備。

 下水に関してはこの地の特殊な魔素が作用する事で浄化を早め、大地へと還る事で綺麗な状態が保たれる。

 汚い物が苦手な蒼真にとっては重要な問題だが、朱王の説明を聞いて安心して過ごす事ができるだろう。


 交代でシャワーを浴びてブロー魔法を施し、クラウディアにも魔法のヘアオイルでブロー魔法を掛けるとその匂い、その手触りに喜んでいた。


 ベッドはやはりそれ程質の良いものではなかったが、今後この地に遊びに来る機会があれば良い物を用意したい。

 全員同じ部屋で話しをする事もできるが、明日からの竜族との戦闘に備えて早めに寝る事にした。

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