第158話 竜族

 今回この竜族の谷にはエルフに会いに来ただけではない。

 竜族と出会い、朱王はレベルアップを兼ねての戦闘訓練をしに来たのだ。

 エルフ達との話し合いも一通り済んだので、隣にあるエマ城へと向かう事にする。


 エマ城には竜族が住んでいるが、建物の管理や食事の用意などはエルフ達の仕事との事。

 エルフ族は人間族に追われてこの地にやって来たのだ。

 いざという時は竜族に護ってもらう事ができる為、エルフ達は竜族と共存しているのだという。

 竜族はエルフよりもさらに長い時を生きる為、多くの時間を退屈を感じながら生きている。

 エルフ族を保護するのとは名目だけで話し相手を求めていただけなのかもしれない。




 竜族に会えると期待する千尋や蒼真。

 しかしエマ城の大きさから考えるとそれ程大きな竜ではない気もする。


 エーベルハルト達守護者に続いてエマ城へ入ると、城の中は誰もおらず薄暗い大きな部屋があるだけ。

 その奥にある大きな扉を開いて中へと入る。


 城の中ではない、城の背後に聳える山の洞窟だろう巨大な空間が広がり、光の魔石がところどころに埋めてある。

 エーベルハルト達と共にさらに奥へと進んで行き、光の魔石が多く埋められてある広い空間へと出る。

 そこには仕切りのない九つの部屋が設けられ、その中央の椅子に腰掛ける八人の男女。


 一際豪華な作りとなる正面の部屋に向かって進み、エーベルハルト達は声を発する事なく跪く。


「マーヴィン。その者達は客人か?」


「はっ。朱王様とそのご友人達でございます」


「朱王か。懲りずにまた我に挑みに来たか」


「そうだよエリオッツ。またその顔をヘコませてあげるよ」


「クハハハッ。我に勝てぬ小僧が言いよるわ」


 珍しく相手を挑発するようなセリフを吐く朱王。

 しかし嬉しそうに言い返すエリオッツ。

 竜族に会いに来たはずだが、整った容姿に大柄な体のエリオッツは人間のように見える。

 特徴があるとすれば目の瞳孔が縦長の形をしているくらいか。


「ねえ朱王さん。竜族はどこ?」


「ここにいる彼等が竜族だよ。元々は千尋君が想像するような巨大な竜だったみたいだけど、今は人型に進化して小さくなったんだって」


「人型になったら退化じゃないの?」


「我等は自ら望んで人型となったのだ。これは退化ではなく進化である」


 千尋の疑問もわからなくもないが、竜族が人型になったのには理由がある。

 エリオッツの話しによると、かつて自我を失うと共に進化してヴリトラと化した先代の竜王ルシアン。

 頭から尾の先まで300メートルにも上る体長を持つ魔竜へとその姿を変貌させ、翼を広げたその姿は全てを破壊し尽くす災厄そのもの。

 ヴリトラとなって絶大な力を得た竜王は自我を失った事で暴れ回り、竜族の谷から飛び立った。

 その後魔族領内でヒュドラに襲い掛かり、圧倒的な力で葬り再び暴れ回ったそうだ。

 数千ともなる魔族の攻撃はヴリトラの表皮に弾かれ、爪の一振りで虚しくも散っていく。

 魔貴族や上位魔人もヴリトラを相手に善戦するが、深い傷を負わせる事なく一撃受けるだけで沈んでいく。

 他の竜族達の力でも止める事が出来ない程に強化されたヴリトラは、敵味方区別なく破壊の限りを尽くしていた。


 止めようとした竜族の全てを叩きのめしたヴリトラだったが、その後現れたたった一人の魔人に敗北を喫する事となる。

 それが若かりし頃の魔王ゼルバードだ。

 ゼルバードは上位魔人の中でも飛び抜けた魔力量を持っており、精霊剣を扱う上位魔人であるのにもかかわらず素手でヴリトラに挑んだのだという。


 ヴリトラとゼルバードの戦いは七日間にもおよび、休む事なく殴り続けるゼルバードと、ゼルバードを捉え切れないヴリトラ。

 ヴリトラの一撃は大地をも引き裂く強烈なもの。

 それに対するゼルバードの拳も巨大なヴリトラを仰け反らせる程の威力を持つ。

 ダメージを蓄積させ、身動きを取れなくなったところに超威力の魔法が放たれてヴリトラは地に伏した。


 長時間の戦闘だったというのに、ヴリトラを圧倒したゼルバードにエリオッツも戦慄を覚えたと言う。

 巨大な体と全てを破壊する程の力を持ったヴリトラでさえもゼルバードに傷一つつける事は出来なかったのだ。

 竜族の、それも竜王の進化したヴリトラが圧倒される。

 竜の最終進化した姿でさえ全く歯が立たない現実に、竜族として新たな力を手にすべきと考えたそうだ。

 それが竜族の人化であり今の姿だと言う。

 竜族の持つ強大な魔力を抑え込み、半精霊としての自己の姿を再編すると共に超速再生と武器の固体化に成功した。

 ヴリトラとの戦闘で見せた上位魔人を模したのだ。

 ゼルバードの強さは全くの未知数。

 素手でヴリトラを圧倒するのだし測りようがない。

 同じ上位魔人の更なる高みに至ったのがゼルバードだとすれば、他の上位魔人を模す事でその領域まで達する事が出来るだろうとの思いからだ。


「我々竜族は竜人族へと進化してからおよそ八百年の時を経て、かつてのヴリトラと化したルシアン様をも超える力を手に入れたのだ」


「おお! すごいじゃん! 結構強そう!」


「これは期待できそうだ」


「ヴリトラ以上って私達勝てるの!?」


「言っておくけどエリオッツが言ったように私も素手の彼に勝てなかったからね。今回は朱雀丸で挑んでどうなるか……」


「朱王が勝てないんですか!?」


「そんなの無理ですよ!!」


「あの…… もしかしてわたくしも戦うのでしょうか?」


 嬉しそうな千尋と蒼真とは違い、不安そうな表情をする女性陣。

 仲間達の中でも圧倒的な強さを誇る朱王が勝てないと言う竜族を相手に不安を感じるのも当然だろう。


「威勢がいいな小僧。俺はフィン。千尋と言ったな。お前の相手は俺がしよう」


 左の部屋にいた男が立ち上がって千尋に声をかける。

 訓練相手に名乗り出てくれたようだ。

 朱王が千尋の名前を出しているのでフィンも覚えていたようだ。


「一応名乗っておくよ! 姫野千尋だ! よろしくね!」


「む。高宮蒼真だ」


「名乗るの? リゼ=フィオレンティーノよ」


「ミリー=アルヴレヒツベルガーです!」


「アイリ=ミアです」


「エレクトラ=ノーリスですわ」


 竜族が指名してくれるというのであれば名乗るべきだろうと、全員名前を告げる。


「では儂の相手は蒼真だな。儂の名はマヌエル。退屈だし戦闘ついでに外界の話しでも聞かせてくれ」


「よろしく頼む」


 一人称が儂と言うマヌエルだが見た目は若い。

 人間として見た場合では二十代中頃といったところだが、実際はどれだけ生きているのかは不明だ。


「私はアヴァだ。リゼの相手は私がしようか」


「ちょ、ちょっと! 手加減してくれるんでしょうね!?」


 アヴァという女性。

 竜族の女性もエルフに劣らない程美しい容姿をしている。

 ただ体が大きいのは竜族故か。


「妾はアリーじゃ。名前が似ておるしミリーは妾が相手をしよう」


「なんか他の人より大きくないですか!?」


 アリーという妙齢の美しい女性。

 エリオッツを除いた全ての竜人よりも大きな体をしている。


「アイリと言ったな。わたしはルエ。暇つぶしに遊んでやろう」


 ルエは竜人にしては小柄な女性だ。

 時折見せる放電が雷竜である事を伺わせる。


「エレクトラの相手は僕がするよ。僕はテオ。よろしくね」


 テオは少年のような様相をしているが若い竜人だろうか。

 しかしその内包する魔力は他の竜人にも劣らない程に強大なもの。


「困ったな。オレが溢れてしまった」


「では我と遊んでくれぬか? 朱王と契約する精霊、朱雀じゃ」


「精霊? 肉体を持つ精霊…… まあいいだろう。オレはリュカ。暇つぶし程度に遊ぼうか」


 燃え上がるように現れた朱雀に少し驚くリュカ。

 リュカも大きな体をもつ美丈夫で、ややおっとりとした性格のようだ。




 全員の戦う相手を決まったところで、各々連絡を取り合う事もあるだろうとリルフォンを配る。


 人型であるためイヤーカフを耳に付けるのも問題ない。

 文字もエルフから習っているのか読む事ができるようだ。


「なんだこれは…… すごいな…… 頭の中に絵が出るぞ!」


 普段退屈している竜族にとって、またこの世界の住人にとっては面白いアイテムだろう。

 地球のスマホの進化版だが、検索機能やその他楽しむための機能がない。

 朱王や千尋達にとっては少し物足りない性能だ。

 今後リルフォンのセキュリティ面を強化しつつ、情報の活用をできるように考えていくつもりではあるが、しばらくはこのままでもいいだろう。

 リルフォンを普及させる為には朱王と千尋がひたすら魔石作りをしなくてはならないのだから。


 脳内映像に喜ぶ竜人達に指示を出して蒼真が拍子をとって時間を合わせ、それぞれマニュアルを確認しながら操作方法を覚えてもらう。

 この場にいる全員で魔力登録を行い、エルフの女王クラウディアやフローリアン他直属の部下達とは、守護者であるマーヴィン達を介して魔力登録を行った。


「コール…… クラウディアか? エリオッツだ、私もリルフォンという物を貰ったのでな、魔力登録をしてくれ! これでいつでも皆と話ができるし楽しいな! む? グループ通話? 全員にできるのか。右上に…… これか。あとは通話したい相手を選ぶ、と…… おお!! 全員の姿が見える! すごいな! おいフィン! お前らにも繋ぐぞ!」


 嬉しそうに通話するエリオッツ。

 会話の内容からクラウディアはいろいろと機能を試して勉強中なのだろう。

 でかい図体をした美丈夫が嬉しそうにキャッキャしているが、竜王の威厳はどこにあるのだろう。

 他の竜人達も嬉しそうにリルフォンでの通話を楽しんでいる。




 しばらくして通話を切ったエリオッツ。


「ふぅ…… これ程楽しいと思ったのはいつ振りか。素晴らしい贈り物に感謝せねばな」


「竜人も暇なんでしょ? 外にモニター設置したから今後週末に映画を観れるよ」


「もにたー? えいが? なんだそれは」


「えーとね、映像で物語が観れるんだよ」


「物語をみれるとはよくわからんな」


「説明めんどくさっ! ちょっと外に行こうよ!」


「ではクラウディアも呼ぶか」


 また嬉しそうにコールするエリオッツと竜人達を連れて外のモニター前に行く。



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