第156話 竜族の谷に住まう者

 車を走らせる事五分程。


 果実の畑だろうか、それ程背の高くない木から赤い実を採る数名の男女が見える。

 簡素な衣服を纏い、色白で整った顔立ちをした人間?

 いや、耳が長くて先が尖っている。


「あれってもしかしてエルフ!?」


「いかにも異世界って感じだな」


「そうだよ、エルフ族だ。すっごく長命な種族なんだけどその分弱いところもあってね。この地を隔離して欲しいと頼んで来たのは彼等なんだ」


「エルフなんて初めて見ましたよ!」


 車をゆっくりと走らせながら見ていると、エルフ達も当然のようにこちらの車に気付いたらしく、果実を入れていた籠を投げ捨てて走り出してしまった。


「あら、驚かせてしまったみたいだね。悪い事をしちゃったなー」


 このアースガルドにおいてこんなに大きな車に乗って登場したら誰だって驚くだろう。

 あちら側からしたら得体の知れない魔獣が現れたと厳戒態勢をしくくらいしてもおかしくはない。

 エルフ達もこの先に逃げて行ったし、とりあえずこのまま進んで行けば彼等とまた会う事が出来るだろう。


 畑の側には荷車なども置いてあり、中には収穫したばかりの果実が積まれている。

 ちょっと食べてみたい気持ちを抑えつつ道なりに進んで行く。




 すると木や石で作られた建物が見え始め、多くのエルフが武器を持って待ち構えていた。


「おや? 攻撃してきそうじゃない?」


「うん、魔法を錬成してる人もいるね」


「弓も引き絞ってるしな」


 魔法と同時に矢が一斉に放たれ、車の方に向かって山なりに飛んでくる。


「これ迎撃するべきかな?」


「魔法は消してくれると助かるかなー」


 攻撃を受けているというのに軽い会話をする千尋と朱王。

 矢は車の装甲を貫けないとしても、魔法による攻撃はもしかしたら故障に繋がるかもしれない。

 千尋は魔力球を上空から引き寄せて魔法を錬成。

 火属性魔法に対してはサイレントキラー、そして他の魔法に対しては圧縮魔法を当てて飲み込むように相殺する。

 全ての魔法が掻き消され、矢による攻撃は車の強化によって弾かれた。


 驚愕の表情でこちらをみるエルフ達だが、放たれた魔法の威力は相当なもの。

 強化する前の聖騎士達以上の魔法をこちらに向けて放ってきたのだ。


 しかし所詮は通常魔法。

 普段から精霊魔導を近距離で受けている千尋達からすればそれ程脅威ではない。

 いい魔法放つなー程度のものだ。


 攻撃が通用しなかったにも関わらず、二射三射と続けて攻撃を放ってくる。

 全ての攻撃をただ相殺し、車の周辺には矢が大量に転がっていく。

 攻撃を続けるエルフ達の後方に大きな魔力を感じるが、何かまた別の魔法を放つつもりだろうか。


 その様子をしばらく見ていると前方で矢を放っていたエルフ達が立ち位置を譲り、背後で待機していた少し位の高そうなエルフの男が魔法陣の中で木の杖に魔力を流し込んでいるのが見えた。


「あれ魔木を使った魔杖じゃないかしら。もしかしたら精霊魔導を撃ってくるかもしれないわね」


 よく考えたら魔剣や聖剣による精霊魔導は見た事はあっても、この世界で一般的な魔杖による精霊魔導は見た事がない。

 一般的とはいえほとんど使える者へ存在しないのだが。


 魔杖へと込められた魔力は精霊を顕現させ、エルフの男の肩に掴まるように現れたのは火精霊サラマンダー。

 そしてエルフの足元で光る魔法陣は上級魔法陣。

 集中力を高めて呪文を唱えるエルフの男は、サラマンダーへと渡す魔力の量をさらに高めていく。


「精霊魔導ってあーやって使うの?」


「そうよ。魔法陣を維持するのにもすごく集中力が必要だし、魔杖を通してゆっくりと精霊に魔力を渡しながらしっかりとイメージを固めないといけないから難しいのよ」


「ふーん。当たり前のように使ってるからよくわかんないや」


 エルフの男が目を見開いて魔杖をこちらに向けると、魔杖の先端に巨大な火球が出現。

 サラマンダーが口を開くと同時に火球が放たれ、車も飲み込みそうな程の火球が襲う。




 車に乗ったままの千尋達は絶対絶命のピンチ。

 そのわりにその表情は冷静そのもの。

 発動したサイレントキラーで巨大火球もあっさりと相殺された。


 エルフの男は歯噛みしつつも再び上級魔法陣を発動し、魔力を高めていく。

 弓矢部隊が再び男の前を陣をとって弓を引き絞る。


「これいつまで続くんだ? 面倒だからラン。怪我させない程度に蹴散らして来てくれ」


『そうね! あいつらに私の恐ろしさを教えてくる!』


 ランの恐ろしさとはなんだかわからないが任せてみよう。

 姿を消してエルフ達の元へと飛んで行ったラン。

 魔力を高めているエルフの男の足元に描かれた魔法陣を見て、手持ちの魔力でエルフ達の頭上に風球を作り出す。

 そして地面へと向かって風球を落とすと、描かれた魔法陣が掻き消されてエルフの男の魔力が霧散。

 弓矢を構えたエルフや魔法を錬成するエルフ達は突然の背後の風に煽られて前方へと倒れ込む。


 そして彼らの前に姿を現したラン。


『あんた達! 蒼真の邪魔しないで!!』


 身長1メートルもあろうかという上位精霊ジンが姿を現したのだ、彼らも驚かないはずはない。

 ランのセリフなどどうでもよく、精霊が言葉を発した事に驚いた。


「うっぐ…… あの魔獣は上位精霊を従えているというのか……」


『あの魔獣? 何の事?』


「あの魔獣だ! 其方が契約している魔獣だろう!」


 車の方を指差して言うエルフの男。


『え…… 蒼真って魔獣だったの!? そんなの嘘よ! 直接聞いてくる!』


 ランは蒼真を魔獣と言われたと思って泣きそうになりながら車へと戻る。

 泣き顔をしたランが車をすり抜けて蒼真の腕に掴まると。


『蒼真…… 正直に答えて…… 蒼真って魔獣なの? 人間だと思ってたのに…… 私を騙してたの!?』


 涙をボロボロと流しながら問い掛けるランはとんでもない勘違いをしているようだ。


「そんなわけないだろ。あいつらが言ってるのは多分この車の事だ。見た事のない車を魔獣と勘違いしてるんだろ」


『…… ハッ!? あいつら私に催眠を!?』


 蒼真の言葉に納得したラン。

 ピタリと涙は止まり、顔が真っ赤になっている。

 そして自分の勘違いを誤魔化すためにエルフ達が催眠をかけてきた事にしたいらしい。


「彼らも困ってるだろうし私が話を付けてくるね」


 朱王が言って魔力を練り、車の前方、エルフ達の少し手前に魔力球を出現させて自分の体と位置を入れ替える事で瞬間移動をする。

 何故このタイミングで瞬間移動で出て行ったのかは不明だ。

 もしかしたら竜族の谷に入る時の転移の魔法陣を見て思い出しただけかもしれない。




 エルフ達に近付いて行く朱王。

 瞬間移動して目の前に現れた朱王に怯えるエルフ達。


「に、人間!?」


「エルフの皆さんお久し振り。覚えてるかな、緋咲朱王だよ」


「ヒザキ、スオウ? …… おお、朱王様ですか! 以前とは髪色が違うようで気付きませんでした。申し訳ありません。しかしあの魔獣はいったい……」


「あれは車といって私の乗り物だよ。君達も荷車を使うだろう? それを自動で走らせる事ができるんだ」


「そのような物があるとは知りませんでした。ところでこの度はどのよ……」


 車から降りる千尋と蒼真。

 後部座席からもリゼ達が降りて来る。


「人間族! 朱王様! 何故ここに人間族を連れて来たのですか!?」


「慌てなくていいよ。君達も警戒しなくていい。彼等は私の仲間でエルフ族に危害を加える事はない。今日私達が来たのは竜族に会う事なんだけどね、君達にも報告がある。人間族の奴隷制度を全ての国で撤廃させたから今後はエルフ族も安全だよ」


 千尋達を見て身構えるエルフ族に、朱王は警戒を解くよう促す。

 そして奴隷制度を撤廃した事でエルフ族の安全を報告する。


「しかし我々を狙う輩が居ないとは限りません……」


「大丈夫。私の組織が君達の安全を約束する。それに彼等も君達の味方だ」


「こんちわー。姫野千尋、迷い人の冒険者だよー」


「オレは蒼真。同じく迷い人だ」


「リゼよ」


「アイリです」


「ミリーです。獣耳は偽物ですよ!」


「エレクトラ=ノーリス。ノーリス王国の王女です」


 簡単に挨拶をするメンバーだが、エレクトラはこんなところで王女と名乗っていいのだろうか。

 朱王の事を知っているエルフ達は、千尋と蒼真が迷い人と聞いてエルフを攫って行くような人間ではないと安心する。


「私はエルフ族の守護者の一人、エーベルハルト=フォーゲルです。朱王様のお仲間とは知らず攻撃してしまった事をお詫び致します」


 頭を下げるエーベルハルトと他のエルフ達。

 男女問わず容姿が整っており、誰を見ても美形揃いの人種のようだ。

 さすがエルフ!


「朱王様がいらっしゃったのであれば女王様にお会いして頂いた方がよろしいですね。ヴァイス城へと案内しますので少々お待ちください」


 千尋達が敵ではないという事で武器を持ったエルフ族も警戒を解いてまた仕事へと戻って行く。

 先程逃げていたエルフ達もまた果実の収穫にいくのだろう。




 車に乗ってまた走り出す。

 朱王が運転して左の助手席にエーベルハルトを乗せる。

 右の助手席には蒼真が座り、蒼真の膝の上に千尋が座ろうとしたところでリゼが引き止める。


「確かにそれもいいわ! だけどね、私と千尋なら狭くても二人で座れるわよ!」


 確かにそれもいいの意味はわからない千尋と蒼真だったが、リゼが千尋と一緒に助手席に座り、蒼真は後部座席へと移動する。

 千尋とリゼはやや小柄だが、助手席に二人はやはり狭いらしく窮屈そう。

 まあそれでもリゼは嬉しそうな表情をしているので問題はないだろう。

 久し振りに後部座席に座る蒼真は多少の狭さを感じるものの、映画とお菓子と飲み物を楽しめる後部座席はとても快適だった。

 エーベルハルトは初めて乗る車に年甲斐もなくはしゃいでいる。

 とても綺麗な顔をした美丈夫だが、こう見えて数百歳ともなる朱王よりもずっと大人なエルフなのだ。

「すごい! 速い! 景色が後ろに流れていく!」ととても嬉しそうなので窓を開けて楽しませておこう。

 道案内を頼んだところでここは竜族の谷。

 山に挟まれたこの地形を進んで行けばいいだけなのだから。




 それ程スピードは出さずに道なりに進んで行くと、やはり車を見たエルフ達は逃げ出してしまう。

 逃げる方向が自分達の住む場所だとすると、敵を誘き寄せる行為になりかねないのでやめた方がいいと思うが。


 再びエルフ族が立ち塞がるも、エーベルハルトに説明してもらいまたその先へと進む。




 しばらく車を走らせると右側に石でできた大きな城と、その奥にも似たような城がある。

 ここが女王の住む城だろう。


「朱王様は以前来ておりますよね。手前側が我々エルフ族の城、ヴァイス城です。その奥が竜族の方々の城、エマ城となります。まずはエルフ族の女王様、クラウディア様にお会いください」


「懐かしいけどここも変わらないね。お土産を持って女王に挨拶しよっか」


 お土産はお菓子類だけではなく、調味料各種もエルフ達には嬉しいものだ。

 料理の味の幅が広がる事で食事の楽しみも増えるだろう。

 エーベルハルトは先に城の中へと入って数人のエルフ達を連れて来る。

 それぞれ箱詰めされたお土産を渡して女王の元へと運んでもらおう。

 美形揃いのエルフ族。

 その女王に会うのも楽しみだ。


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