第155話 竜族の谷へ

 映画の日の二日目上映を終え、時刻は二十一時。


「明後日から竜族の谷に行かない? 明日は私も仕事を片付けちゃうから」


 竜族の谷に行くとすれば数日間は仕事をしている時間もないだろうと、明日は仕事をする事にした朱王。


「行く! 竜族会いたい!」


 真っ先に食いついたのは蒼真。

 しばらくスノーボードで遊びまくっていたのでそろそろ戦いたいなと感じていたところだ。


「竜がいっぱいいるのかなー。楽しみだね!」


「ちょっと怖い気もするわね」


「竜族の谷!? ノーリス王国でも立ち寄ってはいけないとされる地ですよ!?」


「そうなんですか? なんでですかね?」


「危険だからじゃないんですか?」


 楽しそうに言う千尋と不安そうな顔をするリゼ。

 エレクトラは竜族の谷を少し知っているようだ。


「私は以前行った事があるし大丈夫だよ。ノーリス国王には一応連絡いれておくけどね」


 どんなところかと問うが行ってからのお楽しみという事で教えてくれない朱王。

 明後日には行けるのだから期待を膨らませておこう。






 翌日は朱王は仕事で邸に籠っているし、千尋達は役所に行ってクエストを受ける事にした。


 受注したのは難易度9のスティンクラット討伐だが、名前からして蒼真がすごく嫌そうな顔をする。

 直訳すると悪臭鼠…… 絶対に近寄りたくないが、急募の張り紙と注意事項に大量繁殖の恐れありとの事で即討伐する事に。

 大量繁殖すると王国内にも入り込み、田畑だけでなく民家や街の人々までもが襲われる可能性があるとの事。

 怖気が走る蒼真だが、嫌でも早めに討伐する必要がある。




 結果としてはクエストはすぐに片付いた。

 洞窟を掘って住む生物らしく、巣穴を見つけたら一匹ずつ対処する必要があるらしいのだが。


「じゃあ私がやるわよ?」


 すでに悪臭漂う穴の前でルシファーを抜くリゼ。

 蒼真は鼻を押さえて隠れている。

 エレクトラもこの臭いに嫌な顔をして蒼真の後ろに隠れる。

 大気から大量の水を作り出して巣穴へと流し込み、一分程して討伐完了。

 バジリスクの毒を流し込んだそうだ。

 難易度が9というのは納得のいかない数値だが、毒魔法など使える冒険者はいない為、これ程簡単に片付くクエストではない。

 穴の中から次から次へと飛び出してくるラットをひたすら切り捨てなくてはならない為、数も予想できず危険も多い事から高難易度となるのだ。


 蒼真はランを介して一気に香水の匂いをばら撒いて空気を浄化し、千尋が地属性魔法を地面を通して流し込んで魔石を回収して終了した。

 その数320匹。

 楕円形の光沢のある茶色の魔石がゴキブリに見えるようで、また蒼真は背筋に怖気が走る。

 アイリは今回のクエストに怯える蒼真を見て嬉しそうな表情を見せる。

 蒼真の普段とのギャップが堪らないのだろう。


 ミリーもエレクトラも全く出番は無かったが、こんなにも臭い鼠を叩く気にも斬る気にもならないのでリゼがやってくれて良かったなと。




 役所で報告して、報酬は640万リラと高額だ。

 前回のベアトロルといい今回のスティンクラットといい、クエスト達成が早すぎるパーティーに役所の職員さんも驚いていたが。

 クエストの難易度はほぼ関係なくなりつつある千尋パーティーなのだ。






 翌朝は誰もが早起きだ。

 竜族の谷へ向かうとなれば蒼真でさえも早起きする。


 朝食を摂って装備に着替えたら荷物を車に運び込む。

 どうやら車で向かうようだ。

 車に乗るのが初めてのエレクトラは大興奮。

 荷物を運び込むよりも座って触ってハンドルを握ってと王女らしくもなくはしゃいでいた。

 ただし、エレクトラは魔力登録をしていないので動かす事はできないのだが。


 リゼの和服装備もすでに完成しており、今回は黒地に花柄の着物に臙脂色の袴を履く。

 羽織は飛行装備に合わせて白とし、ピンクの小さな花柄を金の縁取りで袖と胸元に入れてある。


 車に積み込むのは僅かながらの食料と大量の調味料。

 お土産にとムルシエに用意してもらった多くの和菓子擬きを積み込む。

 そしてルーフにはミスリル板を数枚載せているあたり、竜族の谷にもモニターを設置するつもりなのだろう。


 朱王が運転して千尋と蒼真が助手席に、女性陣はいつものように後部座席に座るが、朱雀は荷物が多い事もあって刀の中だ。

 しかし朱雀はリルフォンを介して刀の中でも映画を観れるので問題はない。

 残念ながらお菓子は食べれないがそこは我慢してもらおう。


「じゃあ行くよ!」


「いざ竜族の谷へー!!」


 また音楽を流しながら運転し、後部座席では映画を観ながら目的地へと向かう。




 王国領の田畑地帯を抜けて西へと向かい、しばらく直進すると下り坂が始まる。

 この方向にも貴族領があるようで道はそれ程悪くはない。

 右へ左へと続く道を通って一時間程で貴族領が見えてくる。

 貴族領とは言うものの、向こうの領地は雲の上でどう進めばいいかもわからない位置にあり、貴族の邸は天空の城と言っても良さそうだ。


 しかし貴族領には向かわずに道なりに進んで行き、下り坂を進んで雲の中に突入する。

 前回同様風の特殊装備で雲を吹き飛ばして道を進んで行く。

 しばらく進むと雲の下へと抜け、道の右側は底が見えないような大きな円形の穴が空いている。

 直径200メートルはありそうな大きな穴だ。


「よし、ここからは映画観も終わりね。すぐに竜族の谷に入るから」


「んん? 谷はどこ?」


「なんとなく嫌な予感がする」


「竜族の谷はどこですかー?」


「まだ山の上ですよね?」


「もうここは立ち入り禁止区域なはずですがそんなに近くにあるんですか?」


「この先また下り坂みたいね……」


 竜族の谷がどこにあるのかわからないがもうすぐ着くらしい。


「じゃあ入るよー」


 と右にハンドルを切り、同時にガクンと下方向へと傾く車。

 車内では悲鳴があがり、そのまま穴の中に落ちて…… いく事はなく、縦穴の壁面を走らせる。


「この車には重力の魔石が積んであるからね。車に掛かる重力を壁面方向にする事で落下せずに済むんだ」


「ふおぉぉぉお!! 怖いじゃないですか!! 最初に言ってください!」


「スカイダイビングより怖かったです……」


「車の中じゃ逃げ場がないものね……」


「この車も飛ぶのかと思いました」


「焦ったな」


「崖まで走れるとはね……」


 さすがに崖を下るとは予想していなかった為全員手に汗を握る事となった。




 縦穴をしばらく下っていくと石柱が立って…… 生えており、その石柱に朱王が魔力球を飛ばすと前方に巨大な魔法陣が現れた。


「この魔法陣を展開させないと竜族の谷には行けないんだ。元々の竜族の谷に入れる道は私が破壊したからね」


 道を破壊したとはどういう事か。

 目的がなければ朱王もそんな事はしないはずだが、魔法陣はすぐ目の前。

 質問する間もなく魔法陣を通過すると、光の帯が車を覆って魔法が発動する。


 強烈な光が車を覆ったかと思うと、ズシリとどこかに着地したような感覚に捉われる。


「さぁ、着いたよ。ここが竜族の谷だ」


 目を開くと車外に見える景色は洞窟内のようだ。

 ゆっくりと車を走らせて光の差し込む方へと進んで行く。

 眩しい程の日の光に照らされて、目を細めながら辺りを見渡す。

 ノーリス王国よりも北の大地、それも標高の低い土地であるはずなのに太陽が大地を照らし、緑広がる美しい風景だ。


 少し景色を楽しもうと車から降りるよう促す朱王。

 千尋と蒼真が車から降り、朱王も続く。

 後部座席からもリゼ達が降りて景色を見渡す。

 日の光によって温められた空気、青々とした草木や可憐に咲く花々。

 山と山に挟まれた、確かに谷と言える場所ではあるが想像した竜族の谷とは少し違うような気もする。


「ここはね、北の大地でありながら年中温暖な気候の場所なんだよ。他の土地よりも高濃度な魔力が含まれているから自然を無視した土地とも言えるね」


「自然を無視って?」


「正確には高濃度な魔素が含まれてるって事らしいけど、魔素が多く含まれた空気や地面っていうのは意思を持ってるかのように自然を操るんだって。自然を操った場合には魔素ではなく魔力って呼ぶらしいけど、ややこしいから潜在してるのが魔素、魔法として使用されるのが魔力で良いかなって思う」


「魔素と魔力ねー。自然を操るとどうなるんだろ」


「ここみたいに豊かな大地になるんじゃない? 地面が必要とすれば雨が降るし草木が光を必要とすれば雲は晴れるし」


「すっげー! ここに住めたら最高じゃん!」


「そうだよね。だからここの地を隔離しても問題なかったんだよ」


 そう、朱王が竜族の谷への入り口を破壊したと言っていた。


「朱王さんが勝手に隔離したんじゃないよね?」


「うん、ここの住人に頼まれて隔離したんだ。人間領の奴隷制度を廃止するまではここから出られないようにした方が良かったからね」


「もしかして……」


「誘拐は許さないよ」


「なるほど」


 朱王がこの地を隔離した理由は、ここの住人達を攫わせない為だ。

 元々奴隷制度のある全ての王国ではこの地に住まう住人を攫い、奴隷にしたいと考える金持ちや貴族が多かった。

 今では朱王の組織、クリムゾンが各地で目を光らせている為、奴隷や人攫いなどそうそう出来るものではない。

 もし仮に奴隷など見つかろうものなら朱王の逆鱗に触れる事になる。

 各国で極悪な貴族や金持ち達を滅ぼした朱王だ。

 朱王の恐怖は力のある者達にはしっかりと刷り込まれているだろう。


 今回訪れた理由の一つに竜族の谷と人間領を繋ぐ道を開通させる事がある。

 魔法陣による転移が可能だったのだ、わざわざ道を作らなくても魔法陣の位置を変えれば良いだけなのだが。

 しかしそれも朱王の独断ではなく、住人と話し合って決めるべきだろう。 


 ひとまず竜族の谷の風景を眺めてから車に乗り込み、人里の方へと車を走らせるのだった。

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