第149話 北の魔貴族
朝六時半を少し回ったところ。
普段より少し早いカミンからの定時連絡の着信があった。
『おはようございます朱王様。重要なお知らせです。先程魔貴族のアイザック卿と接触しました』
「おはようカミン。魔貴族と接触って大丈夫なのか? 誰か怪我人は?」
『戦闘にはなりませんでしたので全員無事です。我々が朝の身支度をしていたところにアイザック卿自ら挨拶に来て頂けました。本日の十時に貴族領へと向かう事となりました』
「そうか。危険はないのか?」
『はい。こちらに危害を加えるつもりはないそうです。我々の話が聞きたいとの事でしたので』
「わかった。もし必要であればアイザック卿と私をリルフォンで繋いでくれ。いつでも出られるようにしておくから。この状況は喜ばしい事だが君達の安全が最優先だ。もしもという場合に備えてくれぐれも警戒を怠らないように頼む」
『かしこまりました。良い結果を出せるよう努力致します』
驚く事に魔貴族側から接触してくるとは思ってもみなかった。
しかしカミン達の警戒を掻い潜って接触して来た時点で実力は相当なものと予想できる。
毎日連絡を受けているが、アイザックの領地では人間と魔族が共存しているとの事だ。
先代魔王ゼルバードの望んだ人間と魔族の共存する国がそこにあった。
その報告だけでも充分な収穫だが、今日この後に魔貴族とカミン達とで話し合い、今後どうなるか期待も高まる。
カミンから得ている情報から考えればアイザック卿は人間族に対して敵意を持っていない。
仲間内のみ人間族を認めている場合も考えられるが、敵対する必要も特にはないだろう。
アイザックを通してディミトリアス大王に掛け合ってもらえれば早いのだが、そう簡単に話が進むとは思わないでおこう。
感触としては今のところは悪くない。
カミンに期待しよう。
それと千尋達にも話しておくべきか。
朝食中にカミンからの連絡について話をする。
「今朝カミンからの連絡があったんだけど、今日この後魔貴族アイザック卿との会談になるそうだ。アイザック卿の領地には人間も住んでいて共存出来ているって事だから争いにはならないと思う。もしかしたら私にも取り次ぐかもしれないから今日も留守番するよ」
「朱王さん。魔貴族とは何の事でしょうか?」
エレクトラはパーティーに入って間もない為、カミン達の任務については知らない。
すでに行動に出てしまっている事もあり隠す必要もないだろう。
クイースト王国でフィディックを部下としたところから順を追って説明し、今後北のディミトリアス大王との和平交渉を目的としている事までを話した。
まだ魔族と会った事のないエレクトラにとってはどれ程の脅威かもわからないかもしれないが。
一通りの説明を受けたエレクトラも考え込む。
人間にとって脅威となり得るだけの力を持つ魔族との和平交渉。
もし仮に魔族との戦闘となればその被害は甚大だ。
和平を結ぶ事ができるのであればそれ以上の関係はないかもしれない。
ノーリス王国の王女でありながら、世界について自分は何も知らないのだと思い知らされるエレクトラだった。
とはいえこの件について知る者はごく少数であり、国の上層部、それも朱王がこの旅で訪れた国のみしか知られてはいない。
「オレも魔貴族とどうなるか気になるし今日は邸でくつろごうかなー」
「そうだな。カミンさんを通して魔貴族が見れるかもしれないしな」
「魔族と暮らしてる人間も気になるわよね」
「魔貴族のごはんも気になります!」
「ミリーさん…… 食事しながら連絡はして来ないと思いますよ」
カミンから連絡があるまでそれぞれ時間を潰す事にした。
いつものようにリゼとアイリとエレクトラは蒼真先生の授業を受ける。
千尋は朱王の書斎で車の資料を読み漁りながら、今後作る自分の車を想像している。
ミリーは朱雀と一緒に覚えたてのビリヤードで遊び、朱王は暖炉の前でデータの処理。
そして昼前になるとカミンから着信があった。
「やあカミン。連絡を待ってたよ」
朱王は通話と同時に全員のリルフォンに接続し、千尋達にもカミンの姿が脳内視野に映し出される。
『おや? 私の知らない方がいらっしゃいますね。ご挨拶は後程させて頂きますのでご容赦を。朱王様、アイザック卿にリルフォンをお渡ししましたのでお繋ぎしてもよろしいですか?』
「ああ、繋いでくれ」
全員の脳内視野にマーリン、メイサ、フィディック、レイヒムと、加工された魔獣の装備を着た魔族が映し出される。
朱王と同じ赤い角膜(黒目)に白い結膜(白目)の眼をした魔人だ。
小柄でおっとりとした表情の男性で、これまで見てきた魔族とは違った印象を受ける。
『私は北の魔貴族が一人、アイザック=ゼラーだ。この地を領主として納めている辺境伯であるが、それほど大きな領土を支配しているわけではないのでな。気軽に接してくれて構わない』
「私は王族でもなんでもないが、人間族の各国に組織を持つ商人、そして先代魔王ゼルバードの意思を継ぐ者、緋咲朱王だ。こうしてお目にかかれて光栄ですよ、アイザック卿」
『アイザックで構わん。其方がゼルバード様の意思を継ぐという事は我が国の在り方を良しと考えるという事でいいのだな?』
「人間族と魔人族、お互いが歩み寄り、手を取りあって生きていくのが私の望みだ。北の国ではすでに人間と魔人族が共存しているという認識だがそれを確認したい」
『南と東の人間族はすでに滅んでしまったが、北の人間族は現在我々と共に生きる事を選び共に生活している。カミン卿に確認してもらえばわかるはずだ』
カミン達はアイザックの領内に招かれて人々の生活を見せてもらった。
文化の発達は人間領に比べて遅れているものの、魔人族と人間族が共存した朱王が望む関係が築かれていた。
朱王がカミンに目を向けると真剣な表情でコクリと頷いた。
間違いなく人間と魔人が共存している国だと判断した朱王。
「アイザックさん。貴方は私達が北の国の魔人族と和平を結びたいと申し出た場合どうする?」
『私の判断では何とも言えない。ディミトリアス大王陛下が決める事だ』
「取り次いでもらえたりはしないかな」
『私でも陛下にお会いするのは数年に一度。このリルフォンといったか? これを手土産に持って行けば興味を示すかもしれないがな』
アイザックもカミンからリルフォンを受け取った直後は驚いたものだ。
人間族と魔人族での文字の違いはあるが、魔力の質によって自動的に表示される文字が変換されるように設定が組み込まれている。
文字に関してはフィディックを通じて朱王が翻訳済み。
単純に文字が違うだけで発音や言葉自体は同じなのでそれ程苦労もなかったが。
アイザックとカミン、マーリン達ともテレビ通話をしてその性能に驚き、写真機能や映像の録画、文章の送信などの様々な機能に興奮が隠せなかった。
朱王との通話では平静を装ってはいるが、心の中ではリルフォンを絶賛したい気持ちでいっぱいだ。
「リルフォンは魔貴族用にいくつか渡してあるからディミトリアス大王とその幹部達に渡せばいいと思っているよ。それ以外にも手土産は持たせてあるしね」
『リルフォン以外の手土産? これ以上の物だったりするのか?』
「娯楽のアイテムだからディミトリアス大王と一緒に見ればいいんじゃないかな? たぶん気に入ってくれると思うし」
『なるほど、期待しよう。では明日陛下の元へ向かう事にするがここから数日はかかる。それともし御目通りが叶わなくても悪く思わないでくれ』
「取り次いでくれるだけで感謝するよ。そうだ、レイヒムー! アイザックさんに美味しい料理をご馳走してあげてくれるかい?」
『お任せください朱王様!』
料理を頼まれて嬉しそうにするレイヒム。
「マーリンとメイサは魔獣を狩って来てね。カミンとフィディックは領内を見てデータを送ってくれるかな?」
『『『『はい、朱王様!』』』』
通話を切って一呼吸。
思い掛けない程に話が上手く進んでいる。
裏がないとも限らないが、魔族は基本的には嘘が苦手な種族だとフィディックは言っていた。
問題はないはずだ。
「思ったより弱そうな魔貴族だったな」
「なんか優しそうで良かったじゃん」
「強そうな魔貴族を期待してたんだが……」
きっと蒼真は戦ってみたいのだろう。
「朱王、なんだか嬉しそうですね」
「まぁね。魔族と良い関係が築けそうなんだ。嬉しくないわけないだろう」
朱王の目的である人間族と魔貴族との共存ができている北の国魔人領。
カミンが実際に見て確認しているのだ。
それだけでもゼルバードの願いは叶っていたと思い、自然と笑顔が溢れる。
「フィディックも元気そうで安心したわ」
「リゼさんは魔族の方と仲がよろしいのですか?」
「フィディックはあの図体で私よりずっと年上なはずなのに子供みたいなのよ。魔族領に向かったんだから少しは心配するわ」
魔族を目の敵にしていたリゼだが、フィディックに対しては優しさを見せる。
魔族のイメージを全てぶち壊すフィディックならわからなくもないが。
「カミンがずっとソワソワしておったのぉ」
「朱王さんともっと話したかったんじゃないですか?」
「トイレに行きたいのではなかったのか」
「…… たぶん」
朱雀は一体何の話をしているのか。
さすがにアイリも困るのだが。
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