第142話 千尋と朱王
「じゃあ朱王さん、オレ達も始めようよ!」
「そうだね。今日は悪ふざけ無しでやろうか」
向かい合う千尋と朱王。
まずは手始めにとお互いに肉体強化のみ。
千尋は両手にエンヴィとインヴィ、ガクとエンが魔剣を持つ四刀流で構える。
そして朱王は鞘に込めた抜刀を試すべく、納刀状態からの居合い斬りの構え。
魔力強度から考えればまだ朱王に部があるが。
お互いに間合いを詰め、朱王の抜刀が発動する瞬間に千尋は全ての剣でガード。
それでも防ぎきれずに弾き飛ばされ後方に仰け反るも、朱王の追撃を防ぐべくガクの右薙ぎとエンの唐竹で十字切り。
朱王はそれを背中越しに躱して突きを放ち、千尋はその切っ先をインヴィで打ち上げて、エンヴィを右袈裟に振り下ろす。
同時に朱王の後方からガクとエンでの段違いの横薙ぎで斬り込むが跳躍して躱される。
着地した朱王に向かってガクとエンの左右袈裟斬り。
剣戟が重なるまで引き付けてから朱王は逆風に斬り上げる事で防ぎ、続く千尋の右袈裟を受け流して左突きを掴んで後方へと千尋ごと投げ飛ばす。
体を翻して着地する千尋と、追い討ちを防ぐ為に向かわせたガクの右薙ぎを受ける朱王。
「千尋君はやりにくいなぁ。君は手数を増やそうと思えばもっと増やせるだろうしほんと油断ならないよね」
「あはっ。やっぱり警戒してるよね。でもチャンスを狙ってるけど朱王さんは隙がないからなー」
「今はまだ通常強化でしょ? そろそろ精霊使ってきなよ」
「朱王さんも火炎使っていいよ!」
ここまで肉体を淡く輝かせていた強化だが、ガクの精霊魔法により鮮明な黄色のオーラへと変化する。
そして魔法のイメージで作られた獣耳も黄色に輝く。
朱王も朱雀丸から火炎を放ち、緑炎と同じように装備も緑色に光を放つ。
再び間合いを詰めた朱王の左薙ぎを左右の剣で受け、ガクとエンの十字斬りで反撃する千尋。
右薙ぎのエンを刀で防いでガクを躱し、続く千尋の左袈裟を受けて押し退け、右の逆袈裟を下から切り上げる事で受け流す朱王。
「一振りじゃ足りないね」
朱王は右の中段蹴りでガクを弾き、後ろ回し蹴りでエンを弾き飛ばす。
蹴り技を繰り出す朱王に千尋はエンヴィの左薙ぎとインヴィの唐竹斬り。
千尋の右側に回り込む事でその双刃を回避。
お互い背中越しに回転しながらの朱王の右袈裟と千尋の右袈裟、そしてガクとエンの左右逆袈裟。
互いの右袈裟がぶつかると同時に朱王は後方に飛んでガクとエンを躱し、距離を取って千尋を見据える。
千尋の精霊強化でも朱王の炎の斬撃を受け止めるのは容易ではなく、両手の剣で受けてもなお押し退けられる程だ。
手数を増やして一撃に重さを乗せる事が出来ないように立ち回る。
朱王が下級魔法陣ファイアを発動し、火炎を火焔に、そして魔力を高めて豪炎を放つ。
デヴィルやサディアスとでさえ渡り合える出力の朱王の魔導。
千尋も下級魔法陣グランドを発動し、更なる強化を図る。
強化のみでは攻撃魔法のような出力は稼げないものの、その素早さや強度、重さを上乗せする事で攻撃魔法にはない地力が底上げされる。
朱王は刀を納めての抜刀で豪炎を放ち、跳躍して回避した千尋は二段構えの唐竹割り。
そのまま前に出る事で千尋の剣を躱した朱王は振り向きざまの右袈裟を振り下ろし、それを受けるガクとエンは豪炎により激しく吹っ飛ばされる。
千尋の左薙ぎのインヴィを左逆袈裟で受け、右袈裟のエンヴィを左に上体を寄せて回避。
朱雀丸を滑らせるようにして千尋を流し、回転しながら左薙ぎに斬り込む朱王。
同じく回転しながら右袈裟に振り下ろす千尋。
威力で劣る千尋だが、速度で勝る事で朱王の豪炎のタイミングを狂わせる。
一振りの刀と四本の剣が激しく剣戟を重ね合うが、その戦いは剣術による呼吸や拍子を読むなどという事は一切ない。
間隔のない連続した衝撃音が剣と刀の打ち合いを物語るのみ。
朱王は千尋の手を解析する為、千尋は朱王の予測を掻い潜る為に新たな手を模索しながら攻撃を緩める事はない。
千尋が引けば豪炎が、朱王が引けば千尋の次の手が襲うというどちらも拮抗した状態だ。
ここまで朱王の予測と操作、確定ができていない事から、千尋の手の内は朱王の予測を上回る手がまだまだある事がわかる。
そして千尋も朱王がこの状況を一瞬でひっくり返せるだけの能力を持つ事もよくわかっている。
どちらも下手に動くに動けないのだ。
双方ともに強化の練度は並みの人間を遥かに上回る。
その運動量に対し、衰える事のない体力は尽きる事がないかとさえ思える。
そして強化を極めた戦いは魔力の消費も少なく、長時間戦闘でも力尽きる事はない。
打ち合う事数十分。
朱王が千尋の攻撃を予測し、攻撃パターンを限定させていく。
それをさせまいと千尋も切り札である魔力球を炸裂弾に変換して朱王に向けて放つ。
朱王と千尋を取り囲むように爆発が巻き起こり、永遠に続くかとも思える剣戟にも間隔が生まれ始める。
炸裂弾と豪炎、消火するサイレントキラー、そして豪炎を飲み込む圧縮。
サイレントキラーを上回る魔力の豪炎を圧縮で圧し潰す事で全て掻き消す。
その間にも続く剣戟と交錯する精緻な魔法の連続。
そして朱王の特大の豪炎が放たれ、千尋はサイレントキラーと圧縮で抑えつつ炸裂弾で霧散させて距離を取る。
飛行装備を広げてエンヴィとインヴィを浮かせてベルゼブブを抜き、大量の魔力球を元に炸裂弾を錬成。
土煙の中の朱王へと発砲し、朱王は抜刀からの豪炎でその全てを上空へと吹っ飛ばす。
天を緑色に染める豪炎と上空へ飛ばされた炸裂弾が金色の爆発を起こしながら打ち消し合う。
翼を広げた千尋目掛けて朱王も爆風を放って一瞬で斬り込む。
朱王の豪炎によって吹っ飛ばされた全ての剣が手元にない。
素手で朱王を迎え討つ千尋は、前に出て柄頭を受けようとしたところで右の上段蹴りを見舞われる。
なんとか左腕でガードをしたが朱王の蹴りは剣戟並みの威力。
激しく地面に叩きつけられ、石畳を破壊しながら転がっていく。
左腕は痛みでまともに感覚がわからない。
「いってぇ…… 折れたかなぁ……」
「うん、折れてると思うよ。また今度やろっか」
「えー。まだ上級魔法陣使ってないのにー」
「怪我酷くなると困るからね。それに千尋君は破壊してもいい場所じゃないと本領発揮できないでしょ?」
「まぁそうなんだけどさぁ。今度また相手してね?」
千尋は地属性魔法を得意とし、ベルゼブブでの発砲も本来であれば岩や石を利用した物量弾を放つ事でその威力を発揮する。
通常攻撃時でさえ岩を浮かせて四刀流にさらに手数を増やす。
訓練場のような整備された場所では、千尋が本気で戦おうとすれば全てを破壊する行為となってしまうだろう。
ミリーに回復してもらいながら、今日の戦闘を思い返して今後の策を練る千尋。
絶対に受けきれないだろうと思っていた超高速四刀流さえ通じなかったのだ。
流石に千尋もショックを受けた。
剣速だけで考えればアイリには劣るものの、蒼真にさえ劣っていない。
それを四刀流で振るっているにも関わらず完封されてしまったとあれば勝ち筋がなかなか見えてこない。
「千尋さんらしくない戦い方でしたね。途中までは良かったんですけど焦りすぎです」
「むぅ。朱王さん相手に余裕なんてないからさー。やっぱ焦っちゃうよ」
「でもあの朱王が必死でしたからね。もっと落ち着いて上手くやればまだいけましたよ」
「そっかー」
ミリーの見立てでは千尋はもっと戦えたという見解。
圧倒しようと功を焦ったせいで普段通りの戦いができなかったのだろう。
「千尋は初めて朱王さんとまともに戦ったわね。いつもふざけてたのに」
「だって朱王さんだよ? 以前はネタで挑んだ方が面白いと思ったんだよ」
「ネタで挑む相手じゃないわよ!」
朱王は抜刀を試せて満足し、千尋は腕を折られたとはいえ自分の強化が朱王とも渡り合えるだけの強度がある事を確認できた。
まだ勝ち筋が見えてこないものの、四刀流による攻撃は朱王の予測に対して有効な事が判明した。
あとはミリーが言うように功を焦らず落ち着いて対処すればもっと良い戦闘ができるようになるだろう。
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