第141話 剣豪と蒼真

 ヴィンセントがエレクトラの稽古を忘れて二時間程刀を振るい続け、精霊魔法や魔法陣にも慣れてきたところで蒼真が動き出す。

 わずか二時間で精霊魔導を意のままに操り、飛行装備で空を舞いながらも空中での剣技を編み出そうとするあたりは流石は剣豪と言ったところか。


「ヴィンセントさん。少しオレと手合わせしてくれないか?」


「むっ? 相手をしてくれるのか? 私もこの威力を実戦で試してみたいと思っていたところだ」


「ストーーーップ!! 蒼真ばっかりズルい! オレも戦いたいよ!」


「えー、でもヴィンセントさん刀だしオレがやりたい」


「じゃあ間をとって私が……」


「「どこに間が!?」」


 ヴィンセントと戦いたいと思っているのは蒼真と千尋だけでなく朱王も一緒。

 付与された能力【抜刀】を実戦で試したいのだろう。


「朱王さんも戦うの? それならオレの相手してくれない?」


「いいな。千尋は朱王さんとの方が得るものも多いだろう」


 適当な事を言って千尋を朱王になすり付ける蒼真だが、今の自分の実力を試したい千尋と抜刀を試したい朱王なので利害は一致。

 その提案に乗る事にした。

 二人も剣豪と戦ってみたいという気持ちもあるが、今後また付き合ってもらえばいいだろう。


「それより蒼真はランが寝たままじゃないの? あの威力だと魔導だけじゃ耐えられないかも」


「なんとかする」


 とは言うもののはっきり言って無謀な挑戦だ。

 目の前にいる剣豪ヴィンセントはゼス国王と同等かそれ以上の強さを秘めているだろう。

 その上妖刀鬼丸に付与した能力は威力を高める爆炎だ。

 刀とはいえミリーの必殺とも言える攻撃が自分よりも高い剣技で放たれるとすれば、受け流す事すらできないかもしれない。




 少し離れた位置で向かい合う蒼真とヴィンセント。


「精霊が寝たままと言っていたな。それで戦えるのか?」


「どうだろう。ランが起きてくれる事を祈るさ」


 サラマンダーを顕現させ、下級魔法陣を発動して納刀したまま構えるヴィンセント。

 抜刀による神速の爆焰だろう。


 蒼真は下級魔法陣を発動して風を纏って居合いの構え。

 お互いに抜刀での斬り合いから始めるようだ。


 一息に間合いを詰めると共に両者の抜刀からの斬撃。

 蒼真の速度がヴィンセントを上回り、爆焰のタイミングがずれた事によって弾かれる事はない。

 そこから一合二合と剣戟を重ね合わせ、速度によってヴィンセントの威力を抑え込む蒼真。


「これ程の刀の使い手がいるとはな…… 私も世界を知らぬようだ」


「今はこうするしか受け切れないからな」


 ワイアットとの戦闘から学んだ回避術を駆使し、元々積んできた稽古の足捌きや体捌き。

 己の持てる技術を全て活かして威力で勝る剣豪の刀を捌ききる。

 剣速で上回らなければ一合でも受ける事が出来ない。

 一度態勢を崩されればこの戦闘は一瞬で決まるだろう。

 集中力を高め、ヴィンセントの動き、呼吸、足の運びを全て見極めて刀を振るう。

 まだ慣れない戦闘法、精霊刀に、蒼真の全身から汗が流れ落ちる。


 対して戦闘法に慣れないという点では同じ剣豪ヴィンセント。

 しかしこれまで以上の威力、速度に気持ちに余裕がある。

 その為か普段の刀を振るえていないのもまた事実であり、動きが単調で感覚的にもズレがある。

 普段よりも剣速は速いのにもかかわらず、体の動きが僅かについていかないのが原因か。

 妖刀の性能に対して自分の体を合わせるように少しずつ調整していくヴィンセント。

 その僅かな調整を繰り返す度に自己の能力を更なる高みへと押し上げていく。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 離れた位置で二人の戦いを見守る一行。


「あの方はなんなのですか!? あれ程の威力を高めた師匠と互角に渡り合えるなんて……」


「蒼真さんです。私達にとっての師匠みたいな人ですよ」


「あの若さで皆さんの師匠? それに精霊はどうしたのですか?」


「今訳あって眠っているみたいです。精霊といっても上級精霊と契約していますからね。能力付与無しでもものっ凄い強いです」


「え? 夜桜に付与してくださった暴風もないのですか?」


「そうですよ。今は下級魔法陣だけみたいですねー」


 口元を押さえて二人の戦いを見つめるエレクトラ。

 若干頬が赤いのが気になるミリーだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 妖刀鬼丸による恐ろしいまでの魔法、精霊魔法、精霊魔導に、自分の剣技を重ねるように合わせ込んでいくヴィンセント。

 その動きは単調で直線的になっていた技を滑らかにし、流線的で舞うような剣戟へと昇華する。


 蒼真は一振りごとに鋭くなっていくその鋭刃に必死で食らいつく。

 すでに受ける事がほぼ出来ない程となった斬撃に、切っ先を掠めながらも今この一瞬の剣舞を我がものにしようと前へ踏み込む。

 汗を流し、乱れる息を堪えながらも神速の抜刀を放つ。

 その一撃がヴィンセントの頬を掠めるも、大振りとなってしまった蒼真。

 右袈裟に振り下ろされる斬撃を受けて、爆焰とともに吹っ飛ばされた。


 転がりながら態勢を整えた蒼真は風を放って焰を払い、続く斬撃に備えるもヴィンセントは攻めて来ない。


「むぅ…… 私の負けだ」


 刀を納めるヴィンセント。

 深く息を吸って呼吸を整え、蒼真も精霊刀を納めて戦闘を終えた。


「まだ続けてもらっても良かったんだけどな」


「いや、頬を掠めた時点でお主の勝ちだろう。精霊が居れば私の顔が斬り落とされていただろうしな」


「そういうヴィンセントさんはまだ本来の戦い方を出来てなさそうだ。また相手をしてもらいたい」


「そうだな。またやろう」


 固く握手を交わしてお互いの健闘を讃える蒼真とヴィンセント。

 やはり戦闘狂は暑苦しい。




 戦闘を終えて皆のところへ戻って来ようとしたところで異変が起こる。


 蒼真の精霊刀が光を放ち、爆風とともに天を貫く竜巻が巻き起こった。

 これは上級精霊ジンであるランの覚醒を意味するのだろう。


 竜巻が収まり、そこには大きく成長したランの姿があった。

 1メートル程はあるだろうかという高位の精霊に、ヴィンセントとエレクトラも息を飲む。


『ちょっとーーー!! 何で戦闘をやめちゃうのよ!! 蒼真がピンチになったら飛び出そうとタイミングを窺ってたのに!! 今だ! って思ったら私の負けだ…… って、もっとやりなさいよーーー!!』


 ランの声が全員に聞こえ、その甲高い叫び声がノーリスの空へと木霊する。


「いや、起きたんなら早く出てきてくれよ」


 一応蒼真もツッこむが。


『だってだってだってだってだってーーー!! 蒼真のピンチに私が飛び出したら、やっぱランが居ないとダメだな…… ってなるじゃない!!』


 そうなのかなと首を傾げる蒼真。

 出てきたとしても出力の制御が出来るかわからない為、その場で戦闘を終える可能性もあるだろう。


「ところでラン。オレだけじゃなく全員と話せるようになったのか?」


 耳を押さえるアイリ達を見て、ランの声が聞こえているだろうと判断した蒼真。

 成長したはずのランだが、精神的には成長していないのかもしれない。


『そうよ! 私は風の精霊だし空気を振動させて会話するくらいできるわよ!』


「もしかして前から出来たんじゃないか?」


『ん? …… そうかもしれない!』


 できたらしい。

 何というか、他の上級精霊よりも思考が幼いのは若い精霊のせいだろうか。

 器で急成長したところで子供は子供だなと。


 出るタイミングを逃してお怒りのランだが、その成長には期待できる。


「新しい器だとどうなんだ? 成長したのはわかるが魔剣と精霊剣だとランは何が違うんだ?」


『んーとね、全っ然違うよ? 私の魔法がすっごくなるの!』


 意味のわからない説明を始めたのでまとめよう。


 これまでの魔剣では、蒼真からイメージの込められた魔力をランが魔剣を通して受け取り、精霊魔法や精霊魔導として発動していた。

 そこには伝達するという行為がある為、少なからずとも消失する魔力やイメージの相違というものが存在すると言う。

 その信頼関係や魔力練度により、その消失する魔力やイメージの相違を埋めていくのだが、完全には埋める事は出来ないらしい。


 そして今回精霊刀を器にした事でどうなるか。

 精霊刀は体の一部として魔力が流れる為、精霊刀を介さなくてもランに魔力を渡す事ができる。

 さらにはランが精霊刀に宿っているという事は、蒼真は精霊として、ランが蒼真として発動が可能だと言う。


 魔人族は精霊剣を自分の体の一部のように魔力を放出できるようになるが、吸収した精霊の能力は得られても精霊となるわけではない。

 元々精霊を体内に取り込む理由は自己の能力上昇の為であり、精霊の属性を手に入れるのはあくまでも副産物としてだ。

 しかしそれは精霊の力の一部を手に入れただけであって、本来の精霊に比べればその能力は劣ってしまうのだろう。


『要するに私と蒼真は一つになれるって事よ!』


「オレがランとして…… ランがオレとして……?」


 ランの説明は誰もがよく理解できなかった。

 本人もよくわかっていなさそうな説明をわかっているかのように説明するのだから無理もない。


「つまりは蒼真が精霊になるって事?」


 千尋も首を傾げながら問いかける。


『そうそう! そんなとこよ!』


「じゃあオレとランで別々に魔法も使えるのか?」


『もちろん! 蒼真は敵を倒したい、私は蒼真を護りたい。だから役割も分担できるのっ!』


「なるほどなぁ……」


『まずは試してみましょっ!』


 ランが精霊刀に飛び込むと、蒼真の全身を風が包み込む。

 どれ程の威力かわからないので、飛行装備を広げて空へと舞い上がる蒼真。

 飛行速度もこれまでの比ではない、誰も追従できない程の速度となっている。

 空中浮揚しながら魔力を練り、納刀状態からの居合いの構え。

 抜刀を発動すると共に全力の風刃を放つ。

 超高速で放たれた風刃は空を切り裂いて遥か遠くへと飛んでゆく。


『蒼真ー。今度は私が魔法出すから突きでよろしくねー』


「ふむ」


 刀を持った左手を後方に引き、右手を開いてみねに添えて構える。

 もちろん某漫画の真似であろうかっこいい構えだ。

 ランが魔力を練り、蒼真の突きに合わせて魔法を発動する。

 蒼真の刀が風の渦を巻き、竜巻となって一直線に放たれた。

 距離が離れるにつれて広がる竜巻は、雲を巻き込むと同時に大気によって急激に冷やされ、氷の竜巻となって遠い空で稲光を発している。

 その後すぐに竜巻は消えたのだが、遠くの空に不穏な雲が出来てしまった。




 地上へと舞い降りる蒼真。


「蒼真さん、どうでしたか?」


 アイリが首を傾げる蒼真に問いかける。


「出力がかなり上がったな。魔法陣なしでも戦えそうなくらい強くなった!」


「良かったですね! 蒼真さん!」


 笑顔の蒼真を見てアイリも嬉しそうだ。


「あの、蒼真、さん。わたくしも同じ風精霊と契約したのです。厚かましいとは思いますが風魔法についていろいろと教えてはもらえませんか?」


 エレクトラ王女が蒼真へと教えを請う。

 剣術の師がすぐ側にいるのだが、剣術と風魔法とではまた違った知識や扱いがある為、断る理由もないだろう。

 蒼真は了承し、エレクトラ王女も嬉しそうに頬を染める。

 その様子を見つめるミリーは複雑な気分だ。




 遠くの空がゴロゴロと鳴っている。

 蒼真が作り出した雲が温められた地上の空気を上昇させ、積乱雲へと発達しているようだ。

 それでもノーリスよりも低い位置だしここは大丈夫だろう。

 方角的にも人が住む方向でもなさそうだし問題はないはずだ。




『蒼真! 私のこのお家はなんて名前なの!? 名前がないなら私が付けたい!』


 精霊刀を指差して蒼真に名前を問うラン。


「朱王さん、この精霊刀は名前あるのか?」


「サディアスの剣としか思ってないから何も付けてないよ? その子が付けたいなら任せるけど」


『私付けてもいいのね!?』


「まぁ別にいいけど……」


 少し嫌な予感がしつつも出てきて早々機嫌が良くないランなので名前を付けさせてやるかなと思う蒼真。


『じゃあ精霊刀【らんらん】にする!』


「ぶっほっ!! いや、待てラン。もっとかっこいい名前にしよう」


『嫌よ! 精霊刀らんらんがいい!』


「せめて文字を考えさせてくれ!」


『でも絶対にらんらんだよ?』


「くっ…… 決めさせなきゃ良かった……」


 止むを得ず【精霊刀乱嵐】とした蒼真だった。

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