第134話 ノーリス王国聖騎士

 先鋒として朱雀が戦う相手は聖騎士ライゼン。

 鋭い目つきをした赤茶色の髪の獣人で、その手に持つのはファルシオン。

 刺突も可能な、幅広く長大な鉈のような刀剣だ。

 切れ味よりも重さで叩き切る武器と言っていいだろう。


「朱王殿とそっくりだな。子供か何かか?」


「我は朱王と契約しておる精霊じゃ」


「成る程。実体化した精霊なぞ初めて見るが、その実力見せてもらおう」


 肉体を強化して、炎を纏ったファルシオンを右に構えるライゼン。

 朱雀はジェイドを担いで揺らめく炎を身に纏う。


 一足で間合いを詰め、右袈裟に切り掛かるライゼンの刃を左に躱し、朱雀はジェイドを唐竹に振り下ろす。

 体を捻るように躱したライゼンの右上段横蹴りを、身を伏せて躱す。

 そこに朱雀の顔面目掛けた左の後ろ蹴り。

 堪らず左手でガードした朱雀は、その蹴りの威力に後方に弾き飛ばされる。

 着地と同時に左薙ぎの一撃が向けられ、朱雀はジェイドで受け流して右袈裟に振り下ろす。

 体を斜に流して躱したライゼンは、ファルシオンを引いて突きを放つ。

 体を捻りながら前に出る事で突きを回避し、同時に左薙ぎにジェイドを振るう朱雀。

 接近した朱雀に対してライゼンは頭突きで返し、朱雀の刃はライゼンの胸元を掠めるに留まる。


「なかなかやりづらい相手じゃのぉ。手足が長い上に素早いとは厄介じゃー」


「全力を出さずに何を言う」


 再び接近する朱雀とライゼン。

 お互いに右袈裟で斬り込み、そこから剣戟を重ね合う。

 剣のみで斬り込む朱雀に対し、剣術と蹴り技のライゼンの攻撃はほぼ互角。

 ライゼンは肉体強化と威力を乗せる為の火属性魔法を使用し、それに対して朱雀は炎での強化のみ。

 強度も重さもない、炎の威力とジェイドの剣としての切れ味だけ。

 そして互角の戦いはいつまでも続く事はない。

 ライゼンの蹴り技に慣れ始めた朱雀は、その剣を弾き、体制を崩しながら蹴り技をも封殺して圧倒する。

 楽しそうな朱雀と限界まで追い込まれるライゼンではその実力差は歴然だ。

 いや、朱雀がこの戦闘を経てさらに戦闘能力を上げたに過ぎないのだが。


「ぐぅ…… 参った!」


 首筋に剣を突き付けられて負けを認めるライゼン。

 それでも最初のうちは朱雀も苦戦していたところを見る限り、ライゼンも相当な実力者と言えるだろう。




 続くミリー対クガウエ戦。

 クガウエは淡い茶色の髪に緑色の目をした大男だ。

 両手にジャマダハルのような拳側に剣先がくるようなデザインの刀剣を持つ。


 魔力を練り上げ、身を低く構えるクガウエに対し、ミリーは構えずミルニルを握って棒立ちだ。


「構えもせぬとは…… 舐めておるのか?」


「やりますね! 飴ちゃん舐めてるのバレましたか」


 ミルニルを両手で持ち直して向き直るミリー。


女子おなごが勇ましくも戦いの真似事か。しかし戦いとはそう甘いものではない事を私が教えて進ぜよう。本気で参られよ」


「本気でいいんですか?」


「手加減は無用。どこからでもかかって来るがよい」


 クガウエに煽られたミリーは、飛行装備を広げて上級魔法陣エクスプロージョンを発動。

 地面に展開された巨大な魔方陣が七色の光を立ち昇らせ、大きく広げた翼は業火を放ってミリーの体を浮かび上がらせる。

 そしてミリーの体を包み込むように顕現するのは炎の精霊サラマンダー。

 しかしその姿はサラマンダーとは言えない。

 七色の炎を纏った火竜、そしてミリーの場合は爆炎を放つ爆炎竜だ。


「後悔しないでくださいね?」


「なっ!? あ!? いや!?」


 ミリーがミルニルをクガウエに向けると、爆炎竜が口を開いてクガウエに狙いを定める。

 口内に魔力が集中し、ミリーの放てる遠距離魔法の準備が完了。

 死を覚悟したクガウエは膝をつき、七色の爆炎竜を見つめて最後の時を待つ。

 スッとミルニルの向きを変え、ブレスが上空へと吐き出された。

 上空へと放たれた爆炎竜のブレス【爆轟】。

 遠く離れた空で大気を揺るがす程の爆発が起こった。


「さすがにこれを人に向けては撃てないですよねー」


 と、七色をした特大の爆発を見ながら言うミリー。

 朱王は爆轟を見て、魔力を調整すれば花火も出来そうなどと考えているのだが本人は知らない。


 クガウエはゆっくりと振り返って爆発を見つめ、震え出した体はミリーに向き直る事ができない。

 止め処なく溢れ出る汗と恐怖からくる震えが思考を停止させ、自分が戦う相手どころか狩られる側なのだと理解するまでしばらく時間が掛かった。


 魔法陣を解除したミリーがクガウエの顔を覗き込む。


「ねぇちょっとクガウエさん! 大丈夫ですか!? 顔色が死んだ人みたいになってますよ!?」


 大量の汗を流して顔が痩け、血の気が引いた肌からは生命を感じられない程に顔色が悪くなっていた。


「ミリー、なんて事してくれるんだ! オレの遊び相手がいなくなるだろ!」


「えー、でも本気で来いと言われたんですよ?」


「他の奴らまで戦意を失ってるじゃないか!」


「ふむ。確かに皆さん垂れ耳になっちゃいましたねぇ。これなら可愛いって言ってもいいんですかね?」


 ミリーの爆炎竜を見て全員戦意を無くして垂れ耳になってしまった。

 しょぼーんと垂れ下がる耳は確かに可愛らしく見える。


「わ、わ、私はもうたたた戦えない! 戦えませぬ!」


 クガウエは怯えまくってミリーとの戦いを拒んでしまった。


「朱王殿!! まさかそちらの全員が今のような力を持っているなどという事は…… あるのですね……」


 聖騎士長のカルラもミリーの爆炎竜を見て驚き、その強さが自分達が試していいレベルを遥かに超えている事を知った。

 朱王の表情が語っているのだ、当然だろうと。

 カルラだけでなく他の聖騎士も全員その事実に恐怖を抱いてしまった。




「よし、次はオレの番だ! 誰か相手をしてくれ」


 次の戦闘を望む蒼真だが、聖騎士側はすでに戦意が喪失してしまって前に出る事ができない。

 それもそのはず、蒼真は見た目から強そうだ。

 先程見たミリーと同等、またはそれ以上に強いだろうと予想してしまう。

 蒼真が一歩前に出るだけで全員が後退る。


「蒼真諦めなさい。私もあの耳は諦めるから」


「リゼさんは本当に切り取るつもりなんですか!?」


「オレ切り取られた耳とか付けられたくないんだけど……」


「くっ…… せっかくの訓練相手が……」


「ワイアットはどうする?」


「…… 彼に挑んでみてもよろしいでしょうか」


 朱王と訓練するつもりだったワイアットだが、蒼真の相手にと前に出る。

 蒼真は嬉しそうにワイアットに握手を求める。


「よろしく頼む!」


「あ、ああ。お手柔らかに……」




 ランが眠ったままの蒼真は強化のみで正中に構える。

 ワイアットが手に持つのは日本刀を模したようなミスリル刀だ。

 シンプルに白木作りの刀のようだが、普通の金属が放つ輝きとは違うミスリルの鈍い輝きだ。

 千尋や朱王が手掛けるような鏡面仕上げをできる鍛治師がいない為、刃のみが研ぎ澄まされた光を放つ。

 蒼真同様に正中に構えて刀に炎を纏わせる。


 蒼真が唐竹に斬り込むとワイアットは右に躱す。

 蒼真のあまりの速さに間一髪で躱した為反撃に出られない。

 続く蒼真の横薙ぎを距離を取って回避するワイアット。

 すぐに後を追う蒼真と回避に徹するワイアットだが、風刃を纏った蒼真の攻撃をしっかりと見て躱している事からかなりの実力者である事が伺える。


「ふむ。ワイアットは刀の戦い方を知っているんだな。だがそれはミスリルの刀だ。余程の事がない限りは刃毀れしないから安心しろ」


「成る程。この剣は作ってもらったばかりで少し心配だったんだが…… だがこの戦い方しか知らない!」


「そうか、それでもいい」


 ボッ! という音を残して蒼真が一瞬で距離を詰めて、真横から左逆袈裟に斬り上げる。

 驚きつつも反応したワイアットも体を捻りながら逆風に斬り上げて受け流す。

 振り上げた刀を右袈裟に蒼真へと振り下ろし、蒼真も同様に右袈裟で受ける。

 そこから始まった二人の剣戟はこれまで見てきた戦いとは別物。

 お互いに振るう刃は空を斬り、切っ先を見切っての戦闘は並みの集中力で出来るものではない。

 本来、日本刀であれば刀を打ち付け合う度に刃毀れし、斬れ味が落ちてすぐに使い物にはならなくなる。

 相手の刀を見切って躱し、隙のできた相手を一撃の元に斬り伏せる。

 ワイアットは刀を使う者の戦い方なのだろう。

 朱王の部下であるのならばそのイメージを見せてもらった可能性も大いにある。

 普段以上にに神経を削られる蒼真だが、それはワイアットも同じ事。

 大量の汗を流しながらも振るう刀とその切っ先を躱す体捌き。

 お互いに自分を高め合う相手として認め、その表情も嬉しそうだ。


 しばらく刀を振るい続ける両者だが、その戦いは鬼気迫るもの。

 普段お菓子を食べて見つめる朱雀さえもその戦いに見入っていた程だ。


 二人が満足するまでその戦闘を続けさせ、およそ一時間もの間刀を振り続けた二人は力尽きて倒れ込む。

 しかしその表情は清々しい程の笑顔だった。

 ミリーは呆れ顔で二人の体力を回復し、お礼を言って起き上がる戦闘狂バカ二人。


「ワイアットはこの戦い方でこれだけやれるんならもっと強くなりそうだな」


「私に合わせてくれたみたいだな…… 出来る事なら今後も稽古をつけて欲しいんだがどうだろう」


「オレも学ぶ事がありそうだしノーリスにいる間ならいつでも付き合うぞ」


 と、意気投合する蒼真とワイアット。

 握手を交わす二人はなんだか暑苦しい。




「うーん、ところで続きやるの?」


 蒼真達の戦闘が終わったので千尋は他の聖騎士に問いかける。


「いや、其方達の実力は充分理解した。蒼真殿も強化のみでその実力…… 魔法を使わずに試すも何もないのでな」


「そっかー。オレも強化だけで試したかったけどまぁいいや。じゃあ早速武器の強化しよっか!」


 武器の強化という言葉に首を傾げる聖騎士達だったので簡単に説明しておいた。

 ミスリル製の武器を精霊の器にする事。

 精霊と契約して精霊魔術師になる事。

 武器に下級魔法陣を組み込んで精霊魔導師になる事。

 そして上級魔法陣も追加して超威力を可能にする事を説明。

 そんな事が出来るのかと疑うのが普通なのだが、ミリーの爆炎竜を見た後では信じるしかない。

 しかしミリーの爆炎竜化は普通の精霊魔導師では不可能な魔法なのだが、ゼス王国国王は竜人化が可能なのだ。

 個人の能力とイメージ力、魔力練度や精霊との関係性など様々な要因が含まれれば竜人化も可能だろう。


 念の為カルラや聖騎士達には得意とする魔法を聞いたのだが、誰もが得意魔法を持たずに地属性強化と、火魔法、風魔法を中心に鍛錬してきたとの事。

 イメージ力が足りないのであれば火や風は攻撃手段としては考えやすいのだろう。

 だが、聖騎士全員が火や風ではつまらないと考える千尋は勝手に個人的な意見で属性を決めていく。


「まずライゼンさんは雷属性でアイリが担当! 次にカルラさんは火属性で朱王さんが担当ね! あとはーフレツさんは風属性で蒼真が担当! クガウエさんは地属性でオレとねー。サムナミさんは水属性、キラヒミさんは氷属性で二人ともリゼが担当よろしくー」


 それぞれ担当が割り振られ、ミリーと朱雀はお菓子を食べながら待つ事になった。


「あのー、私は何属性を?」


「ワイアット? ワイアット…… イアット…… ワット…… 雷属性でアイリとね!」


「やはり名前で決めたんだろ!」


 ツッコむ蒼真だが、自分も同じようにしたかもなと思うのでこれで決定した。

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