第133話 ノーリス王国ってどんなところ?

 朝目が覚めるとまだ外は暗い。

 リルフォンに表示される時間は五時を少し回ったところだが、冬の訪れが近いのか、それともここが北の国ノーリスの為か。

 部屋にはトイレや洗面所もないので、着替えて歯磨きをしに洗面所へと向かう。

 ロビーを通って一階の手前側、千尋が寝ている客室下が洗面所とトイレがある。

 その奥が洗濯場や乾燥室、さらにその奥には厨房や食堂がある。

 反対側は執事や使用人達の住む部屋となっており、十人が常時邸内にいるそうだ。

 クリムゾンの宿泊施設は別にある為、休みの日はそちらに戻るとの事。


 顔を洗って歯を磨き、魔力訓練はどこでしようか……


「おはようございます、千尋様。如何なさいましたか?」


「あ、おはようムルシエさん。どこか魔力制御の訓練できる場所はないかな?」


「それでしたら寒いですがバルコニーなど如何でしょう。耐寒の毛布と炬燵を用意致しますよ」


「おー! コタツあるの!?」


「では準備しますのでこちらへどうぞ」




 バルコニーに出てもまだ外は暗い。

 耐寒毛布のお陰で寒さはそれ程感じることもないが、これがないと痛い程に寒い。

 耐寒毛布と言っても袖やフードも付いており、首元で止められるように紐も付いている。

 これは緊急時など使用人達が着替えなくてもすぐに外に出られるようにする毛布なのだとか。

 バルコニーにテーブルと椅子が用意され、テーブルの上に中央に穴の空いた耐寒毛布を掛けて、天板を乗せて完成。

 天板にも中央に穴が空いており、そこに魔石を入れて暖めるようだ。

 コタツに入ると外の寒さとの温度差で、身を竦めるようにして暖かさを受け止める。


 ムルシエから受け取ったコーヒーを飲み、金色の光を発しながら魔力制御を始める千尋だった。

 以前とは違う千尋の魔力制御。

 金色に光って見えるのは肉体強化の練度を上げているのだ。

 それと同時に魔力球の個数を増やそうと訓練しているが、集中力が二分される為なかなか上手くはいかない。

 現在体外魔力球の数も四十二個となり、強化がなくてもそうそう増やせるものではないのだが。

 しかしこの制御の同時進行は強化には効果が高く、無意識で強化していられる状態が安定する。

 クイーストでの魔族戦ではガクによる強化だけで魔族の軍団長クラスとも戦えたのだが、今現在ではそれ程の強化は使えない。

 大地の怒りベヒモス。

 その名の通り千尋の怒りの魔力によって地属性強化がその能力を跳ねあげたのだという。

 今は上級魔法陣を発動してもあれ程の強化は不可能だが、通常時の強化練度が上昇する事でガクの強化もその能力が高くなるとの事。

 この日も同時進行の訓練に意識を集中するのだった。


 その後はミリーとリゼ、アイリも起きて魔力制御を始める。

 毛布無しに飛び出したミリーは叫びながら室内へと戻っていたが。




 朝食はノーリスでは少し軽めのメニューだ。

 一つ一つの栄養価を考えられているのか、量よりも質といった料理が並ぶ。

 和食ではないがイメージとしては近い。


 朝食を終えて玄関ホールでコーヒーを飲みながらくつろぐ。

 暖炉を囲んだソファに座ると暖かく、目を閉じると気持ちよくて寝入ってしまいそう。

 さっそく蒼真は寝ようとしているのでアイリが頬を突いて起こす。


 さて、ノーリス初日はどうするか。


「まずは最初に仕事関係終わらせちゃわない? 早く終わればその分後は遊び倒せる!」


「そうだな、聖騎士達には早いとこ精霊魔導に慣れてもらってオレの相手もしてほしいしな」


「千尋君は聖剣改造もするんでしょ? とりあえず今日は聖騎士の強化して国王への謁見をお願いして来ようか」


「それより暖かい服が欲しいです」


「それでしたら行商人のルーボルを呼びましょう。午前中にはこちらへ来ると思いますし、国王様への謁見をお願いしには私が行って参ります」


 ムルシエにお願いして午前はルーボルが来るまでダラダラしよう。

 暖炉の前でウトウトする蒼真はソファに横になって寝始め、千尋と朱王はビリヤード。

 ミリーとリゼ、アイリはビリヤードは難しいという事で、簡単に楽しめるダーツで遊ぶ。

 ダーツをただ楽しむだけではなく、お菓子を賭けて勝負するあたりは彼女達らしい。

 ビリヤードは千尋と朱王の器用勝負と言っていいだろう。

 エイトボールだろうがナインボールだろうが高レベルな戦いが繰り広げられる。

 ここに素人の女性三人が混ざっても何も楽しくはないだろうと思われる。

 あえて左右逆の手でやったらいいかもしれないが。




 お昼前になると行商人のルーボルが邸にやって来て、全員で服選びをした。

 寒い地方の為かニット素材の服が多く、柔らかい毛質で肌触りも悪くない。

 千尋や蒼真もニットのトップスを複数購入。

 朱王もラフなデザインのトップスを購入していた。

 リゼとミリー、アイリは三人で着回しするのも良いと、様々な種類の物を購入。

 ニットのトップスやワンピース、そしてVネックやUネック、ボトルネックなど、種類や色、柄や編み模様まで大量に購入。

 荷物になるよなとも思うがこの三人なら似合うので何も言うまい。


 ついでに帽子も購入する事にした。

 頭の防具もいいかもしれないが、頭は防具の上から帽子で良いだろうと選び始めた。

 千尋は髪を結っているので、髪を出せるようにターバン風の白いニット帽を選択。

 蒼真は黒と青のつば付きのキャスケット。

 ゆるめの物を選択し、頭の上に付けている額当てもすっぽりと収まる。

 リゼはシンプルにポンポン付きのピンクのニット帽。

 深く被れてサイドにも配されたポンポンが可愛らしい。

 ミリーは獣耳のように二つのポンポンが付いた、黒いコットン帽子でちょっと子供っぽく。

 アイリは黒いゆるゆるのビーニー帽に、防具として付けている髪留めを固定する。

 朱王は真っ黒なロールアップ帽で、大量にリングの装飾が取り付けられたパンクなデザイン。

 朱雀は朱王のをコピーするので必要ない。




 服も買えたし昼食を摂ったら聖騎士訓練場にでも行こう。


 昼食は蕎麦のような麺類だった。

 キノコや山菜の入ったこの世界の蕎麦といったもので、味は全く違うがこれはこれで美味しいと感じた。

 あとは煮物や漬物など、全然味付けの違う和食がノーリスの料理のようだ。

 醤油や味噌がない為味付けが違うのだろう。

 美味しいけど味が違う。

 リゼ達は美味しいと言って食べているが、地球、それも日本から来た千尋や蒼真にとっては違和感がすごい。

 朱王もその表情を見て苦笑いするが、ムルシエに料理の魔石を渡して厨房の調理師に渡すよう頼んでおく。

 醤油の再現はクイーストのレイヒムのが上手かったなと今思い出す。

 レイヒムにリルフォンで連絡を取る朱王だった。

 できる事なら今後は味噌も作ってほしいものだが。




 昼食を終えて聖騎士訓練場へと向かう。

 聖騎士訓練場は王宮を挟んで反対側にあるが、それ程遠くはないのと少し景色を楽しみたいので歩きで向かう。

 朝は寒さが痛い程に感じられたが、日中は日差しが強くて暖かい。

 それでも空気は冷たいので耐寒装備は必須だ。


 朱王の邸から王宮を右回りに進んで行くと、眼下にはノーリス王国の家屋敷、そして遠くには田畑や農村が見える。

 空気も澄んでいるし雲よりも高いこの国では遠くまで景色が見渡せる。

 これまで見てきた景色にはない美しさ。

 人口的な物ではあるが、自然が作り出す色との調和が取れていてとても美しい景色だと思える。


 王宮沿いにさらに右方向へと進み、貴族街を通り抜けてしばらく進んだ先に聖騎士訓練場が見えてくる。

 他国と比べるとはるかに大きな訓練場だ。

 朱王の話によるとノーリス王国の王国騎士の訓練場はここのみとの事。

 他には貴族領ごとに兵士の訓練場があり、兵士の訓練や管理などは貴族達で行うそうだ。


 ちなみに今回は王国領のみの旅という事で、貴族の管理する領地にはこれまで訪れた事はない。

 それぞれの領地に特産品や名物などもあるそうだが、朱王の邸は全て王都にしかないのだとか。

 貴族領には街があり、他にも安全な区域に街や村もあるのだと言う。

 アルテリアやカルハ、デンゼルなども安全な区域に築かれた街となり、貴族領では貴族ごとに街に税がかけられ、アルテリアなどの街は王国からの税が課せられる。


「そうだ、皆んな戦う準備しておいて。ノーリスの聖騎士は私達みたいな余所者を歓迎してくれないからさぁ、実力を見せないと受け入れてくれないかも」


「そうなの? もしかして強い?」


「君達なら平気だとは思うけど身体能力が高い種族だからね。普通の人間よりはかなり強いよ」


「それは楽しみだな。ランは…… まだ起きないけどいけるか」


「ムルシエさんみたいな獣人ですか?」


「そそ。あの耳は形だけなんだけどねー。進化の過程での名残りなんだってさ」


「…… レミリアもここの出身なのかしら」


「レミリアさんも可愛い耳が生えてましたね!」




 そうこう言ってるうちに訓練場にたどり着き、入り口に立つ警備兵に話しかける。


「聖騎士に用があって来たんだけど、ワイアットはいる? 朱王が来たと伝えてほしい」


「スオウ? …… おお、朱王様!? 少々お待ちくださいませ!」


 朱王は知らない兵士だったが向こうは知っていたようだ。

 少し待つと警備兵と男が一人やって来る。


「朱王様! お久し振りです! ノーリスに御出でになるとは聞いておりましたがご挨拶に向かえず申し訳ありません!」


「久し振りだねワイアット。私も昨日来て連絡をしてなかったからね。今日は私の友人達を連れて来たんだけど中にいいかい?」


「皆様はじめまして! ノーリス王国聖騎士クリムゾン幹部のワイアットです! よろしくお願いします! ではこちらへどうぞ!」


 ハキハキとした礼儀正しい青年のようだが獣耳は生えていないようだ。




 ワイアットに続いて訓練場へと入って行くと、腕を組んで待ち構える獣耳をした男達が立っている。


「久し振りだな、朱王殿。それと客人もよく来た。某はノーリス王国聖騎士長のカルラと申す」


 続いて聖騎士クガウエ、サムナミ、ソガイア、キラヒミ、ライゼン、フレツと名乗っていく。

 ノーリス王国の聖騎士は六人だけのようだ。


「おお! なんかかっこいい!! オレは姫野千尋! よろしくね!」


「高宮蒼真だ。獣人の男達か…… 強そうでオレも嬉しい」


「ミリーです! その耳可愛いですね!」


「わぁ! その耳動くんですね! アイリです!」


「リゼよ。その耳、切り取って千尋に付けたいわね」


「朱雀じゃ。この国は大福が美味かった」


 とても自由な自己紹介をするメンバー。

 耳責めの女性陣に聖騎士達の耳がピクピクと動く。


「か、可愛い…… だと? 何を言っておるのだ! よく見よ! 男らしく反り返っておるだろう!?」


「なんだかちょっと卑猥だね」


「何が卑猥か!? 我々獣人の耳とは反り返ってこそ男! 可愛い耳とは垂れ下がった耳の事を言うのだ!」


「レミリアは…… ピンと立ってたわね」


 レミリアの場合はノーリス王国で育ったわけでもないのでその辺は気にしないのかもしれない。


「ふん、まぁいい。朱王殿の客人とはいえその実力を試させてもらおう。一人ずつ前に出られよ」


「戦うのか? では我からやるぞー!」


 こちらの先鋒は朱雀。

 だが朱王の精霊である朱雀はやる必要はあるのだろうか?

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