第132話 ノーリス王国へ

 ゼス王国での仕事三昧の二週間を過ごしこの日ノーリス王国へと旅立つ事にする。


 サフラ達眠そうな幹部に見送られ、巨大車庫のエレベーターを作動させて地下へと降りていく。

 また同じ事を思うのだが、秘密基地のようで子供心がくすぐられる。


 地下通路へと降りると車を走らせる。

 運転は千尋、流れる曲も千尋が用意した魔石からだ。

 転々とした白い光の回廊を走り進み、緑色の線の通路に入ったところで朱王が窓から魔力球を飛ばす。

 正面方向に外の光が見え始め、速度を落としながら外の世界へと飛び出す。

 やはり滝のような出入り口となっており、車が通過した事でゆっくりと扉が閉じ、滝が元の姿に戻っていく。


「すっげーかっくいー!」


「でっしょー!」


 大喜びの千尋と嬉しそうに答える朱王。

 助手席左に座る蒼真はやはりまだ眠いようだ。

 朱王の手作りアイマスクを付けて寝てもらおう。

 今となっては千尋も魔力量に余裕があるし、朱王と二人で交代すればいいかと車を北へ向けて走らせる。




 しばらくは田畑の広がるゼス王国領内の為、魔獣の危険性も少ない。

 時々現れる魔獣も、近隣の街や町の冒険者によって討伐されている。

 今現在ではその稀に出る魔獣に殺された冒険者に子供がいた場合、役所からクリムゾンに連絡、そして引き取っているとの事。

 クリムゾンで子供を引き受けるとはいえ、子供達には可哀想な話ではある。

 それでも奴隷として生活するよりは遥かに良いのだとも思う。


 はっきり言えば朱王の目指す平和も、全てを救う事などできはしない。

 ただ、自分達で救える者がいるというのであれば絶対に救う。

 そしてその救った者の未来を明るいものにする事がクリムゾンにとっての人々の救済だという。


「そう言えばさぁ、バルトロさんが言ってた主の裁きってなんなの?」


「あ、あぁ…… あれはね、朱王の朱の字とクリムゾンの主人である事をかけて朱の裁きって呼んでるらしいんだけどね……」


 朱の裁き。

 クリムゾンと貴族間で囁かれる言葉だが、かつてまだ奴隷制度が残っていた頃、悪逆非道な行いをしていた貴族や金持ち達に朱王が裁きを与えた事がその名をつける事となった。


 奴隷とは物や道具と同じと考える者達も多くいた為、奴隷救済とともに貴族や金持ち達の実態の調査、潜入捜査を行った事により信じられない程の奴隷達が命を落としている事が判明した。

 朱王は国王の指示の元調査し、現場を直接見ている為この者達を許す事はできなかった。

 しかし朱王は一般の商人である為貴族を裁く権利はない。

 直接貴族の人間に手を下す事は許されないのだ。

 怒りに震える朱王は国をも滅ぼす程の殺意を放っていた為、国王もやむなくその罪人貴族達の邸を破壊する事を許可した。

 貴族など金の上に立っているだけの者も少なくない。

 私財は全て没収、邸も破壊されたとあっては没落するしかない。


 罪人貴族の邸の者達と他の善良な貴族達が見守る中、朱王による邸の破壊が行われた。


 一撃。


 空高く舞い上がった朱王は、全力で強化した拳一つで隕石の如き一撃を邸に打ち込んだ。

 邸は瓦礫とはならず、巨大なクレーターとなって跡形もなく消し飛んでいたのだ。

 邸を破壊した後の朱王を見たがそこに笑いなどない。

 呼吸すらできない程の殺意を放って罪人貴族の横を通り過ぎていく。

 その後も罪人貴族達の所有する邸を全て破壊して尚も収まらない怒り。

 貴族達がその怒りの朱王に恐怖し震える中、奴隷の子供達の言葉で元の優しい朱王に戻ったのだ。

 それを見た国王と貴族達は奴隷制度の撤廃を決意する。

 怒れる朱王を収めたのだし奴隷の子供達には褒美をやらねばなるまい。

 あのままではゼス王国そのものが滅びてもおかしくないとさえ思える出来事だったのだ。


 その後の罪人貴族達は国王の命令により死罪。

 邸の者達諸共全員処刑となった。


 その全てをまとめて【朱の裁き】とされているとの事。


「いやぁ、あの時は私も怒りが収まらなくてねー。とりあえず貴族全員本気で殴ってやろうかと思ったもん」


 といった感じに朱王の話では軽く語られているが、実際の朱の裁きは上記の通りだ。


「朱王さんてさ、平和を求めるわりには人を殺そうとしたりするんだねー」


「救いようのないクズは死んだ方がいいよ。私は聖人なんかじゃないし、どちらかと言えば魔王寄りだしさ」


「平和を求める魔王ってのも変だけどね! でもいいね! 朱王さんが皆んなに好かれるのがよくわかるよ!」


「千尋君にそう言ってもらえるなら嬉しいよ。私も自分が正しいのかよくわからなくなる時もあるからさ」


 朱王にとっては千尋と蒼真の関係性が羨ましい。

 信じられる友人がいつもそばにいる。

 孤独を知る朱王にとっては何よりも欲していたものなのかもしれない。

 だが今はミリーがいる。

 自分を信じ、常にそばにいてくれる相手だ。

 歓楽街に遊びにいく事は許してくれそうにないが、ミリーが言うなら仕方がない。

 諦めよう。


「当然です!!」


 後部座席から叫ぶミリーは何故わかったのだろう。

 再び板チョコを齧りながら映画に夢中になるミリーだった。


「うんまっ!」




 そうこうしているうちに北の門街が見えてきた。

 街はやはり活気があり、店内にはゼスの者よりも暖かそうな服を着た人も多く見える。

 ノーリスの国民だろうと思うが雨季が来ないうちに国に戻れるのだろうか。

 雨が降る中でも雨具を着て道行く人達が車を見て驚愕している。

 まぁこれもいつもの事なのであまり気にならない。

 ゆっくりと人々を掻き分けて車を走らせ、門番に手を振って北門を抜けた。

 門番は朱王の車の事を知っているようだ。


「北門からずっと道なりに行くと大きな川があるんだ。そこの川には石でできた橋が架かってるんだけど、大雨が三日程降るとそれも水の中に沈んじゃうんだよね」


「あの街にいた人達は間に合わなくない?」


「まだ雨は本降りじゃないから間に合うのかな。雨の中を何日も歩いて旅するのは辛いだろうけど」


 ゼス王国の北門からノーリス王国までは車でおよそ六時間程。

 距離としてはそれ程ないが、歩きとなれば何日掛かるかわかったものではない。

 しかもノーリス王国は高地にある為登り坂が続く。

 その高さ標高およそ4,000メートルの位置にある王国だ。

 標高が高くなるにつれて気温は低下、そして雲の上に出る為雨も降らないのだと言う。


 しばらく行くと大きな川に長い石橋が架かっている。

 人口的に作られているがコンクリートなどではない。

 巨大な岩を切って敷かれた石の橋だ。

 強度的に心配があったのだが、石は綺麗に加工されているようでしっかりと嵌め込まれている為揺れる事もない。

 およそ500メートルはある橋を渡り終えると少し雨脚も強くなってきた。


「朱王さん、ちょっと疲れてきたー」


「そろそろ運転代わろうか」


 車を停めて運転の交代だが、この雨の中外には出たくない。

 運転席が真ん中の車なので車内で入れ替わろう。

 千尋が運転席から降りて朱王の膝に座る。

 そして朱王が千尋と入れ替わろうと千尋の肩に手を回すと後部座席から叫び声が。


「ちょっと千尋!? なに朱王さんに抱きついてるのよ!?」


 とお怒りのセリフを吐くリゼの顔は何故か嬉しそう。


「ふおぉぉぉお!! 朱王もなんで千尋さんを抱きしめてるんですか!?」


「え!? え!? 私からは見えないです! 見たい! 見せてください!!」


 ミリーは怒りの咆哮をあげ、アイリは朱王の後ろの席の為全く見えない。


「ん? なに勘違いしてんの? 運転代わるだけだけど?」


「うん、雨降ってるから車から降りたくないもんね」


「じゃあ早く入れ替わってくださいよ!! いつまでくっ付いてるんですか!!」


 千尋にまでヤキモチを焼くミリーはどうなのだろうか。


「うーん…… あれ…… またこれ夢か…… ?」


 アイマスクをズラして目を開いた蒼真だが、千尋と朱王を見て夢だと思ってまたアイマスクをして寝てしまった。

 どんな夢を見ているんだろうか気になるところだ。


 千尋と朱王が入れ替わって運転再開。

 リゼはリルフォンで映像処理を始めたのか真剣な表情で一点を見つめている。

 そしてミリーは不機嫌そうにまた映画を見始め、二分後には忘れたようだ。




 二時間程山道を登り続け、昼食を摂りたいのだが外は雨。

 仕方なく車の中で食べる事にした。

 蒼真も起こしての昼食は、アルフレッドが詰めてくれたお弁当。

 いつも美味しいアルフレッドの料理は弁当でも美味しい。

 冷めても美味しいように工夫されており、温めなくても満足のいく味だ。

 そして寒くなってきているので用意してもらっていた魔法瓶。

 魔法の詰め込まれた真空層に熱が遮断される事により、温度が下がりにくいというアイテムだ。

 まぁ地球にもあるのだが。

 中身はスープが入っていて、こちらもアルフレッドの作ったもの。

 とても美味しく戴きました。




 弁当を食べたあとは蒼真と運転を代わり、蒼真の膝の上に朱王が乗る形に。

 ここではアイリが大興奮。

 今度はリゼが見えないと騒いでいたが。

 ミリーは朱王と蒼真であれば怒る事はないようだが、やはり千尋だと女性に見えてしまうからだろう。


「さっきのは夢じゃなかったのか……」


 と蒼真もちょっと思い出していた。




 蒼真が車を走らせる事三十分程で雲の中に突入した。

 雲の中は真っ白で何も見えず、朱王の車の特殊装備で視界を確保。

 風の魔石を前方に噴射する事で雲を飛ばすのだ。

 視界が確保された事で快調に進み、雲を抜けてそこからまた一時間程でノーリス王国にたどり着いた。


 別名、天空の王国ノーリス。

 単純に雲より標高が高い国というだけだが、呼び名はなんだかかっこいい。

 やはり他の国同様農村の田畑が広がっているのだが、ノーリスでは斜面が棚田のように何枚も連なっている。

 その景観は美しく、どこか神秘的にも感じられら為魅入ってしまう。

 少し景色を楽しもうと車を降りるがやはり寒い。

 いや、痛いほど、凍える程に寒い。

 車にある荷物から防寒用に買った装備を着て景色を見る事にした。

 さすがは耐寒装備といっていいだろう、寒さが軽減どころか全く寒くない。

 ミスリルウェアは購入してすぐに着るようになったので、今の装備がノーリス仕様だ。


 しばらくこの景観楽しむが、やはり棚田は空から見てみたい。

 飛行装備を広げて空へと舞い上がり、棚田を見下ろしつつノーリス王国を見る。

 山の斜面に段々と建てられた家々と、その奥の高台には貴族街があり、巨大な邸が点々と建っている。

 さらにその奥の最も高い位置にあるのが王宮か。

 市民街であろう場所の建物は全て土色をしており、派手さはないがその統一感が美しくも見える。

 貴族街の邸は緑色や灰色をした建物が多いようだ。

 どちらも魔獣対策だとは思うのだが、この統一感は色彩豊かなゼス王国にはない美しさがある。




 空からの景観を楽しんだ後は車に戻って街に向かって走り出す。

 農村がところどころにあり、その敷地内にはカトブレパスなどの魔獣が見える。

 テイムの魔石を与えられた食肉用の魔獣なのだろう。


 市民街に入り、いつものように街人から驚愕の表情で見送られ、貴族街の街門の兵士に挨拶をして通り抜けた。


 貴族街の邸の敷地はザウスやクイーストに比べると狭いが、大きな邸である事に変わりはない。

 広場の店も派手な作りのものは無いが、美味しそうな匂いが漂っている。

 朱王の話では外観こそ派手さはないが、店内は他の国に負けない綺麗な作りだという。


 そしてたどり着いた朱王の邸は王宮の裏手に建つ巨大な建物だった。

 邸から見下ろす景色は足がすくむ程の断崖。

 だが飛行装備を使って空を自由には飛び回れる為、それほど恐怖は感じないのだが。

 邸の敷地内に車を停めて降りると、そこには獣耳を頭から生やした老齢の執事が立っている。


「おかえりなさいませ。お客様もようこそいらっしゃいました。ノーリス王国クリムゾン執事、ムルシエと申します。よろしくお願い致します。御用があれば何なりとお申し付けください」


「やぁムルシエ。久し振りだね。しばらく世話になるよ」


「お仕えできる事を光栄にございます。お荷物は私共でお運び致しますのでどうぞ。こちらへ」


 ムルシエに促されて邸へと向かう。

 やはりゼスに比べると小さく見えるが、自分達の感覚もだいぶおかしくなったなと感じる千尋達。


 玄関は二重扉となっており、外の空気を遮断する。

 邸に入ってまず目に入るのは暖炉。

 暖かそうな暖炉が赤い炎を上げながら室内を柔らかく暖める。

 木目を見せる壁が一層暖かさを与えてくれる。

 左を見ると暖炉を中心としたテーブルがあり、囲むようにソファが並ぶ。

 その横には地球で見たような娯楽道具、ダーツやビリヤードなどが置かれている。

 バーカウンターなどもあり、朱王の趣味で作られたのだろうと一目でわかる。


 一つ扉を開けて進むとそこには皆んなでくつろげる広いロビー。

 ここも木で作られた室内となっており、統一された家具がまた雰囲気にも合っている。


 部屋はロビーから全て繋がっており、クイースト同様二階が客室となっている。

 また自由に部屋を選んで一休み。

 ムルシエから出されたのはお茶と大福だった。

 お茶は発酵させない茶葉を使用している為緑茶な事、大福は豆の栽培が盛んな為、あずきのような物が食文化にあるのだとか。

 米は輸入品となり、大福は少し高級な甘味だそうだ。

 久し振りに食べる和菓子の味は美味しく、地球でもっと食べておくんだったと感じる千尋と蒼真だった。

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