第129話 戦いたい《カミン視点》
トビーの案内の元、北の国へ向けて進んでいましたが、実はまだ魔族領には入っていないとの事です。
魔王ゼルバード様が亡き後は魔人族達の行動する範囲が広がってきているのだとか。
北の山脈の端から南へと生い茂る森林から魔族領となるらしく、今歩いている草原、ところどころにある森林などは不可侵領域とされていたそうです。
さて、もうすぐ北の山脈の麓、森林に差し掛かろうとしていますが、ここからは西の国の魔族領です。
気を引き締めて行きましょう。
森林に入ってまず感じられたのは、魔族特有の魔力の雰囲気でした。
魔族も魔獣のようにマーキングでもするのでしょうか。
警戒しながら慎重に進もうと思うのですが、トビーは躊躇う事なく先へ進んで行きます。
もしこれが罠だった時は笑えませんね。
仮にそうだったとしたら一時撤退するべきでしょう。
やはり森林の中にもゴーストがいますのでフィディックとレイヒムに対応してもらいましょう。
そうそう、レイヒムは昨日のうちにレベルアップして7になりました。
魔力量は戦闘職ではないですから低めなんですけどね。
それでも18,000ガルド程ありますので並みの冒険者よりも高いくらいです。
そして彼も朱王様の部下ですから魔力訓練は欠かしませんし、幹部の方々よりも高い練度をもっています。
無理かと思われた精霊契約も出来たくらいですから相当なものだと思います。
フィディックはレベルアップこそしないものの、随分と戦闘に慣れてきたようですね。
魔力練度はそれ程でもないのですが、元々高い魔力量を持っていたおかげか精霊契約もしています。
本来であれば魔力練度が低いと精霊は契約してくれないはずなんですが、リゼ様のリッカに急かされたおかげなんでしょうか。
最初はフィディックに怯えていたはずの精霊フラウでしたが、今はフィディックの頭の上に乗っているくらいには懐いているようです。
向かってくるゴーストに対し、フィディックは魔力を込めた冷気の剣で両断していますし、レイヒムも負けじと炎や風を使って一撃で仕留めています。
戦闘向きの身体つきではないですが、遠距離魔法も使えますのでレイヒムにも余裕がありますね。
この日は森林をひたすら歩き続けて、これといった大きな出来事もありませんでした。
ゴースト以外の高難易度魔獣にも何度か遭遇しましたが、マーリンやメイサの敵ではありませんでしたので語る必要もないでしょう。
まぁトビーは彼女達の戦う姿を見て若干怯えていましたが、確かに恐るべき強さと言えますね。
翌日。
森林を歩き続ける事数時間。
「遠くから滝の音が聴こえますね」
「この先に西の国と北の国を隔てる河があるんだ。滝のすぐ横の陸地を通れば北の国に入れるんだけど、危険過ぎて魔人もあまり近付かない場所だから気を付けくれ」
「気を付けるとは? 何かいるんでしょうか?」
「ヒュドラっていう巨大な
ヒュドラですか…… 以前朱王様から聞いた事がありましたね。
魔族領から逃れる際に横切った河でヒュドラに遭遇したとか。
朱王様でも倒す事が出来なかったと言っていましたがどれ程の魔獣なのでしょうね。
朱王様が魔族領から逃げていたという事はこの世界に来て間もない頃、そして怪我を負っていたでしょうし素手で勝てる相手ではなかったという事でしょうか。
しかしそんな魔獣が相手ではとても危険ですので避けて通るべきでしょう。
ただ…… 朱王様から頂いたこの魔剣ティルヴィング、少しその性能を試してみたい気もしますね。
もし戦闘になったとしても飛行装備もあるので何とかなるでしょうし挑んでみたい。
しかし任務を遂行するのが最優先…… しかし試してみたいですねぇ。
戦闘音もこの滝の音にかき消されるでしょうし…… あぁ、戦いたい…… 全力で剣を振るいたい……
「カミン様!? 先程から表情が怖いです!! それにその殺気はなんですか!?」
「まさかとは思いますがヒュドラに挑みたいとか思ってませんか!?」
「マーリンさんもメイサさんも何を言ってるんだ? カミン様は任務を最ゆ…… カミン様…… !?」
「ほんとやめろよ? 魔貴族様でさえ避けて通るんだぞ! それだけ危険な魔獣なんだから絶対ダメだからな!」
おや? 顔に出てましたか…… 気を付けないといけませんねぇ。
皆さんに注意されてしまいましたよ。
「安心してください。もちろん任務を最優先しますよ。ただ襲われた場合は戦うしかないでしょうからその時は許してくださいね」
「「じゃあまずはその殺気を抑えてください!!」」
「はぁ…… 残念です」
「「「「「カミン様!?」」」」」
おっと、心の声が漏れてしまいました。
「冗談ですよ」
信じてくれたでしょうか。
残念ですが仕方がありません。
もしヒュドラに襲われた場合は私が囮になるという
これなら納得してくれるでしょう。
「カミン様」
「なんでしょう」
……
何というか…… 疑いの眼差しを向けるのはやめて頂きたいものです。
すでに十五時に差し掛かろうとしてますし、早く北の国の領地に入ってしまうべきでしょう。
「皆さん、今日は北の国の領地で野営をしますのでまずは川を渡りましょうか」
相変わらず妙な視線を向けられていますがとにかく先へ進みましょう。
草木を掻き分けながら森林を進み、次第に大きくなる滝の音と肌寒いほどの湿気が帯びてきました。
そして森林を抜けると我々が見たこともない程の巨大な滝。
大自然の驚異とも感じられる程の水量が地面を抉って滝壺を形成していました。
その滝壺は巨大な穴となり、地下水路を拡張して再び地面へと湧き出て河となっているようです。
その為滝の前には大地があり、向こう岸へと渡れるようになっています。
そして爆発の如き轟音が鳴り響いていますので会話もままならない状況です。
リルフォンによるメール機能を使って意思疎通を図りますが、リルフォンを付けていないトビーはフィディックに捕まえててもらいましょうか。
しかし巨大な滝ですね…… 幅もさる事ながら高さも数百メートルはあるでしょうか。
そしてこの滝からの水が河となって流れているのでしょう、幅だけでも2、3キロはありそうな広大な河です。
深さはどれくらいあるかわかりませんが、ヒュドラという大蛇が棲まう河ですから相当な深さが予想されます。
真っ暗な地下へと流れて落ちていく滝壺を覗き込みながら陸地を北の国へと向かって歩き出し、膨大な水が生み出した不可思議な風景を眺めると、如何に自分達人間が小さな生き物なのかという事に気付かされます。
人間族と魔人族。
種族の違いで争いを始めるなど、とても小さな事なのかもしれませんね。
傾いてきた日差しは河を黄金色に染め、滝からの水飛沫もキラキラと輝いてとても綺麗です。
川に浮かぶ巨大な大蛇も日差しを浴びて金色に輝き、その体が生み出す真っ暗な影はその巨大さと私達に驚きと恐怖を与えてくれます。
「ぎゃぁぁぁぁぁあ!! 出たぁぁぁぁぁあ!!」
とでも叫んでいるんでしょうね。
トビーは驚愕の表情で大蛇を指差し、大きな口を開けて叫んでいるようです。
滝の轟音で何を言っているのかさっぱりわかりませんよ。
するとメイサとマーリンから全員にメールが届きます。
メイサ[大き過ぎます! 逃げましょう!]
マーリン[トビーがぎゃぁぁぁぁぁあ!! 出たぁぁぁぁぁあ!! と言っているようです]
…… 私もそうだと思いましたけど。
私からも返信しましょう。
カミン[もし襲って来るようなら逃げてください。私が引きつけます。とりあえず先へ進みましょう]
フィディック[カミン様は戦いたいだけでは!?]
レイヒム[今夜は蛇料理でしょうか。初めての食材ですが満足して頂けるよう頑張ります]
レイヒムはあれを調理する気なんですか…… 喜んで戦いますけど私も勝てるという保証はないんですけどね。
まだこちらの様子を伺っているだけのようですし手を出すつもりはありません。
ヒュドラの動きに注意しながら北の国へ向けて歩き始めましたが一向に動く気配はありせん。
私達のような人間では小さくて食料にもならないという事でしょうかね?
襲って来ないならこのまま進むまでです。
しかし……
滝壺と河に挟まれた陸地をしばらく進むと河から巨大な水柱が立ち上り、我々の目の前に大蛇が現れました。
ヒュドラとは確か多頭の大蛇だった筈ですので、あちらとこちらに二つ頭があってもおかしくはありませんね。
それにしても大きい。
遠くに見えるあちらの頭までは300メートル程も離れているんじゃないでしょうか。
そしてここにいる大蛇も同じ体から生えていると考えればとんでもない大きさと言えるでしょう。
カミン[命令です。逃げてください]
メール機能は便利ですね。
轟音で会話ができなくても思った言葉を相手に送ることができますから。
マーリンとメイサは即離脱するよう行動を開始しました。
北の国へはもうすぐですから隠れていてもらいましょう。
フィディックやレイヒムは逃走出来ずにいますが早いとこ逃げてくれませんかね。
巻き込んでしまう可能性があります。
カミン[レイヒム、フィディックはトビーを連れて逃げなさい。これは命令です]
視線をやるとようやく行動を開始してくれました。
しかしフィディック。
そんなに心配そうな表情をしなくても大丈夫ですよ。
私はそんなに弱くはありませんから。
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