第130話 ヒュドラ《カミン視点》

 さて、フィディック達を逃すまいと視線を向けるヒュドラでしたが、魔力を練ってこちらに注意を向けました。

 この巨体が相手ですので空中戦を挑むべきですね。


 飛行装備を広げてヒュドラの眼前へと舞い上がりましたが、こうして見るととんでもない大きさです。

 河から出た胴体が塔のように見える程ですからね。

 長い舌とこの巨体に対して小さな目。

 厚みのある鱗に覆われた全身鎧の魔獣といった様相です。

 超級魔獣に認定されるでしょうが何となく負ける気はしません。


 体を後方に引きましたね…… 仕掛けてくるようです。




 !!!!!!!!!!!!!




 なんとか躱しましたが、巨大な水弾が放たれ断崖の一部を破壊しました。

 油断すると一撃でやられそうです。


 次弾が放たれる前に私も反撃しましょう。

 飛行装備を羽ばたかせて加速し、左右にフェイントを…… 河の底から何か来ますね。


 魔力を練り上げてティルヴィングに流し込み、下級魔法陣ウォーターを発動。


「サキル、行きますよ」


 私の初の精霊魔導戦闘を始めましょうか。


 顕現したのは水の精霊ウィンディーネです。

 青い髪を長く伸ばした女性の姿をしており、何故か肌が真っ黒で顔の作りがわかりません。

 私のイメージがそうさせたのかもしれません。


 河の底から飛び出して来たのはやはりヒュドラの頭の一つ。

 超特大の水柱が私に向かって襲い掛かってきました。


 サキルに私のイメージと爆水を乗せて魔力を渡し、口の中に水弾を放ちます。

 飛び出して加速されたヒュドラの頭に向けて放ったのは

 放たれた水弾はヒュドラの口内に入り、その衝撃が引き金となって爆発を起こしました。

 塔を思わせる程の巨大な大蛇も体内で爆発が起こっては一溜まりもありませんね。

 大蛇の胴体部分から吹き飛び、頭と口が裂けて河へと落ちて行きました。

 私の攻撃ですがとんでもない威力ですね…… 爆水だけでも並みの魔獣相手なら一撃ですし、下級魔法陣と爆水では剣を覆う程度のニトロしか作れませんでしたがそれでも威力は絶大。

 それを精霊魔導として発動すれば水量を数倍にする事が出来ました。


 続いて先程から出ていた大蛇へと翼を羽ばたかせて向かい、ティルヴィングをニトロで覆って切り掛かり、噛み付こうとするヒュドラの牙に刃を当てて爆破。

 水弾程の威力はありませんが鼻先を破壊するだけの威力はあります。

 苦しむヒュドラにとどめの斬撃。

 唐竹に振り下ろした剣からのニトロの水刃。

 切れ味、爆発力共に素晴らしい威力です。


 中心から…… 何と表現すれば良いのでしょう、爆発によって裂かれた状態…… そうですね、切り爆ぜたヒュドラはその体を傾かせて河へと倒れていきました。


 そして遠くに見えていたヒュドラへと向かうと、そこには河底に蠢く大量の大蛇の体。

 私を囲むように飛び出してきた大蛇郡に全方位を取り囲まれてしまいました。

 数は…… 三、四十程でしょうか。

 とんでもなく長い大蛇ですが絡まないんでしょうかね?

 それに一つの胴体から生えた多頭の大蛇では体を動かせないんじゃないでしょうか。

 それともどれか一つの頭が体を動かすのか。

 まぁ数が多いだけでそれ程不利とは思えませんね。

 このように私を取り囲んでしまうと水弾も放てませんし、自分の他の頭が邪魔になって戦いづらいでしょう。

 如何に大きく成長しようとも所詮は魔獣といったところですか。


 四体が一斉に襲い掛かって来ましたが問題ありません。

 水刃を纏ったティルヴィングでお相手しましょう。


 一体に的を絞って斬り掛かり、噛み付かれる瞬間に爆破。

 斬撃による衝撃と水刃による爆破は相性が良くて最高ですね。

 サキルによるニトロの再錬成も早く、超破壊力を持った必殺とも言える一撃が何度でも放てます。


 ただ比べるとすればミリー様の爆裂魔法程の早さはないですね。

 威力だけで考えれば上回れるかもしれませんが、彼女は私から見ても化け物です。

 私のこの水刃並みの破壊力を通常攻撃のような速度で振るってきますからねぇ。

 朱王様もとんでもない方を見つけてきたものです。


 噛み付こうとしていたヒュドラの口内からの連続した爆破で貫き、私を見失っている次の頭に斬り付けます。

 四体を全て屠り、またヒュドラの様子を見ましょうか。




 私を取り囲んでいたヒュドラの首も体の方に集まってこちらを見ています。

 何をしてくるんでしょうかね?


 口内に魔力が集中しています…… まさか……


 水弾の一斉放射ですか!!


 直径5メートル程もある水弾が私目掛けて一気に放たれて来ました。

 この規模だと避け切れませんので水刃による爆破で全て捌くのですが…… 


 キリがないですねぇ……


 一撃に乗せる水刃の魔力量がおよそ200ガルド。

 あまり長くは持ちませんがいつまで撃ってくるつもりでしょうか。

 水弾のせいでこちらの水刃爆破の威力も低減していますしこのままではジリ貧かもしれませんね。

 ヒュドラのあの大きさから考えても魔力量は数百万ガルドはあるでしょうしどうしましょう。




 !!!!!!?




「…… ぐぅっ!! ガボッ……」


 真上から!? 正面からの水弾だけでも手一杯だったのですが、真上から放たれた水弾に撃ち落とされてしまいました……

 直撃の瞬間にサキルが防御膜を作ってくれたのですが困りましたね。

 水中戦では部がありませんので空中に…… ぐっ!!

 水弾ではありませんがヒュドラの数多の首が襲って来ました。

 そしてそのうちの一体に飲み込まれたようです。


 これだけ大きな魔獣ですから、飲み込まれても体内は広いので圧死するような事は無さそうですから助かりました。

 魔剣を突き刺して奥に落ちないようにはしていますが消化液が出されたら厄介ですね。

 夜も近いですしそろそろ倒してしまいますか。


「サキル。全力でいきますよ」


 暗い場所でも精霊は僅かに光っています。

 これまで表情の見えないサキルでしたが、言葉に反応したのか嬉しそうに白い歯を剥き出しにして笑いました。

 サキルの表情が凶悪に見えるのは何故なんでしょうね。

 私は上級魔法陣アクアを発動し、サキルは私よりも大きな精霊へとその姿を変貌させます。


 水刃を薙いでその首を落とし、水中から飛び出してヒュドラに向き直ると、思った以上に奥まで飲み込まれていたらしく本体のすぐ側まで来ていました。


 さて、上級魔法陣の威力はどれ程でしょうね。

 と思ってたらサキルが私から魔力を引き出して魔法を発動します。

 ヒュドラの本体を中心とした河の水が失われていき、超巨大なヒュドラの全貌が河底に姿を現しました。


 河底もとんでもない深さですね…… それよりもヒュドラの動きが随分と鈍くなりました。

 本体には四本の足が生えているようですが自身の体重を支えきれずに伏せていますね。

 水の浮力で移動する事も可能なのでしょうが水が無ければそれも叶いませんか。

 それと体に水が接していない状態だと水弾も放てないようです。

 となれば後は倒してしまうだけですね。

 水をヒュドラに触れないように押し退けるだけでも相当な魔力量を消費しますし一瞬で終わらせてしまうべきでしょう。


 私が放出できる魔力の全てをサキルに注ぎ込み、サキルは頭上に手を翳して水球を錬成し始めました。

 襲い掛かってくるヒュドラの首を躱しながらサキルの魔法の完成を待ちます。

 それ程時間も掛からずサキルから笑い声があがり、頭上を見ると直径10メートルを優に超えるほどの水球が作り出され、それが全てニトログリセリン として錬成されていると考えるとその破壊力も想像がつきません。

 ニトロを完成させてサキルはとても良い表情をしていますねぇ。

 普段閉じている目を見開いて、耳まで裂けているのではないかと思える程に口角を上げています。

 本当に精霊なのか疑わしくなる程に禍々しい笑顔ですよ。


 ティルヴィングを頭上から振り下ろし、身動きの取れないヒュドラへと水球が放たれる。

 楕円形に形を崩しながら高速で放たれた水球は、その衝撃を引き金として大爆発を起こしました。


 大爆発という表現でいいのでしょうか……

 私を中心にサキルが水の防御膜を形成してくれましたが上空に弾き飛ばされてしまいました。

 爆発の規模としては3キロ程もあるのかと思えた河幅でしたが、全ての水が弾き飛ばされて地形が変わってしまっていますね。

 より深い河となりましたが、滝からの水が全て埋めてくれるはずですからまぁいいでしょう。

 そしてヒュドラは首を全て破壊する事が出来ましたが本体はまだ形状を残してますね。

 爆発によって河底に深く沈んでいますが倒せたと思います。

 それにしてもあれ程の巨体を魔石に還せるんでしょうか。

 すでに水に沈み始めているのでそのまま放置しますが、私一人の地属性魔法では魔石に還し切れない気もしますね。


 それよりも問題なのは弾き出された河の水ですか……

 北の国と西の国のどちらの領地にも撒き散らしてしまいましたから、これ程の規模の水が辺りに飛び散ったとすれば魔人族も集まってくる可能性があります。

 ヒュドラの食料にする分だけ持って早々に退散しましょう。




 元いた滝付近に最初に破壊した頭部が落ちていましたので、これから必要分だけ切り出して持っていきましょうか。


「「「カミン様!」」」


「皆さん無事でしたか。ヒュドラは無事倒せましたよ」


「見ていました! さすがはカミン様です!」


「カミン様の勝利を信じておりました!」


「な? トビー。カミン様も化け物だろ?」


「も、もう人間が怖えよぉ……」


「カミン様。食料の調達ありがとうございます」


 皆さんそれ程心配はしていなかったようですね。

 私の事を信頼してくれていると思えば嬉しいものです。




 ヒュドラから鱗を剥いで皮と肉を切り出します。

 骨の隙間の肉を切り取って全員で運びましょう。

 魔法の洗剤があるので装備が多少汚れるくらい全然平気です。


 私が河の水を弾き飛ばしてしまったので魔族が集まって来る可能性がありましたので、今夜は山の断崖の切れ目に野営地を設けましょう。

 すでに暗くなって来ていますので林の中からでは見えないでしょうしね。


 飛行装備で荷物や食材を運んで、トビーの事はその後でフィディックと私で宙吊りにして運びました。


 レイヒムには食事の支度をしてもらい、私達はテントを設置します。

 食事の支度が済むまでに洗浄魔法で体や服を綺麗にし、日が落ちかけている魔族領を眼下に見据えながらその景色を楽しみました。

 まぁ見張りの意味もあったんですけどね。


 河の水は下流の方も水嵩を減らし、滝からの水がその水量を少しずつ増やしていくでしょうね。




 この日はヒュドラの料理を食べましたがこれはすごい。

 魔力が大きく回復するんですよ。

 この日戦闘をしなかった皆さんは魔力量の上限値が上昇したと驚いていました。


 魔人族には人間族を食べると強くなるという伝承があるそうですが、もしかすると実際は魔力量の多い種族を食べると強くなれるのかもしれませんね。

 ただ人間族は魔人族よりも魔力量は低いですから食べても強くはなれないでしょうね。

 その辺の魔力量の低い魔獣を食べるよりはいいといったところでしょう。


 話が逸れましたね。

 ヒュドラの肉は淡白な味でしたが弾力があってとても美味しいです。

 レイヒムの調理のおかげもあるのでしょうけど食材としては悪くないと思います。

 魔力量が上昇する上に美味しいとあれば、ディミトリアス大王に食べさせても喜ぶんじゃないでしょうか。

 ヒュドラの肉も今後の保存食用にと大量に運んでいますので、フィディックに冷凍保存しておいてもらう予定ですからね。

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