第127話 晩御飯の獲物《カミン視点》

 ゴーストを倒しながら進む事三時間程。

 時刻も十五時半を回りましたし、そろそろ晩御飯用の獲物が欲しいところです。

 ここまで食べられる野草を摘みながら来てますので、あとはお肉が欲しいですね。


 ゴーストだけでなく、近付いては来ませんが小型の魔獣も所々にいるようです。


「雑木林が見えますのであの近くで野営をしましょう。獲物を見つけ次第捕獲してください」


 とは言ってみたものの、雑木林まで獲物を発見する事は出来ませんでした。

 代わりにゴーストは数体倒してもらいましたけど。

 仕方ないので野営の準備をしてからそれぞれ狩りに行きますか。

 テントを設営してレイヒムには留守番してもらいましょう。

 随分と魔力を消費したようですのでお腹も空いているでしょうしね。

 フィディックも魔力を消費しているでしょうけど、元々の魔力量が多いですから余裕があります。

 レベルアップとはならないでしょうが戦闘慣れできたと思えばいいでしょう。

 狩りも頑張ってもらいましょうか。


「では魔獣を発見、捕獲次第リルフォンのグループ通話で知らせてください」


 それぞれ獲物を探しに向かいましょう。




 十分程でマーリンから着信があり、ほぼ同時にメイサからも捕まえたとの報告。

 獲物が二体となりましたがまぁいいでしょう。

 どちらを食材に使うかはレイヒムに任せます。




 持ち寄った獲物を見て私は愕然としました。


 メイサが捕獲して来た獲物はクロウラビットです。

 複数種いるラビット系魔獣の爪が大きなタイプですね。

 穴を掘る事が得意で普段は隠れているんですが、地表に出るとその爪は武器となります。

 動きも素早くてなかなか捕まえる事が出来ない魔獣なんですが、メイサ相手では部が悪いでしょう。

 食材はこちらで決定です。


 マーリンが捕獲して来た獲物? が問題なのです。

 この子は仕事も出来てとても素敵な女性だとは思いますが少し変わっていますね……


「たっ、助けてくれぇっ!」


 捕獲して来た獲物? はそうなんです、言葉を喋れるんです。

 髪の毛を掴んで剣を突き付けるマーリンは少し怖いですねぇ。


「貴方はあんなところで何をしてたんですか?」


「え、獲物の調達だよぉ! それよりもこんな所に人間がいる方がおかしいじゃないかぁ!」


 すごく怯えていますが彼は魔人族なんです。

 あまり体は大きくないようですが肌の色や目の色から魔人族である事は間違いありません。


「魔人の貴方。抵抗しないと約束できますか?」


「は、はいぃ! 命だけはお助けくださいぃ!!」


「マーリン、剣を引いてください」


 剣を納めるマーリンですが何故かこちらを笑顔で見ていますね。

 なんでしょう、何か求められているような?


「あれ? お前トビーじゃないか?」


 と、問いかけたのはフィディック。

 知り合いか何かでしょうか。


「うぅ…… えっと、目や髪の色が違うけどフィディックさんに似てるな……」


「ああ、フィディックだ。皆さんこいつは危険じゃないから安心してください。私が住んでいた村の少し気弱な奴ですので危険性は少ないです」


 魔人族が危険ではないと言われてもあまり説得力はないですね。

 フィディックの事は信用していますが、他の魔人族をそう易々と信用などできません。


「フィディックさんがなんで人間と一緒にいるんだ!? あの勇敢なフィディックさんがなんで!?」


「オレは人間達に会っていろいろなものを見て考えが変わったんだ。今お仕えしている方は人間なんだが、人間と魔人が共存する世界を望んでいると言うんだ」


 フィディックは国王暗殺計画から仲間の死、そして朱王様に出会い今に至るまでの説明をしました。


「人間がフィディックさんの部下を殺したんでしょう!? それで何故人間側につくんですか!?」


「我々魔人族は仲間意識が低い。命に対する意識も薄い。強い魔人が死ねと言えば死ぬのが魔人だろう。そして過去に我々魔人族は人間を殺しすぎている。オレの部下を殺した人間も過去に親と慕った人間を殺されていたしな。殺し、殺され、どちらかが滅びるまで戦う必要はあるのか?」


 しばらくフィディックはトビーに自分の考えを話して説得し、私達に敵意をまだ残しながらも一応は納得してくれたようです。

 まぁそうですね。

 これまで歩み寄ろうともしなかった種族同士が理解し合えと言ってもそう簡単な事ではないでしょう。

 とりあえず食事や映画で懐柔してみましょうか。

 フィディックも映画に号泣してましたからね。




 レイヒムの待つテントに戻ってトビーについて説明すると、思いの外あっさりと魔人族である彼の事を受け入れてくれました。

 私達でさえ抵抗があったのですがね、彼はなかなかの大物かもしれません。

 おや? マーリンもトビーを捕獲して来たわけですから大物と言えなくもないですが……

 少し違う気もしますね。


 レイヒムにクロウラビットを渡して血抜きをしながら少し話をしました。

 フィディックはこの西の国北部の村の出身ですが、三十年程前から魔貴族領で兵士として務めていたようです。

 その為この北部の現在の状況をあまり把握しておらず、トビーはこの辺りの地形や状況などを詳しく知っているとの事。

 そして彼は村を離れてこの辺りを転々としながら暮らしているはぐれ者だそうです。

 理由は知りませんが村での生活があまり合わないのだとか。

 もしかしたらいい拾い物をしたのかもしれません。

 マーリンを少し褒めたところ、すごく喜んでましたね。

 もしかして褒めて欲しくてこちらを見ていたんでしょうか。

 まぁ結果が良さそうですから褒めておきます。

 今後わからない場所を進むより知っている者がいれば安心して進む事ができますし、もし彼が良ければ道案内をお願いしたいところですね。




 さて、レイヒムの調理の時間です。

 血抜きが終わったラビットの毛皮を剥ぎ、水精霊による洗浄をするとやはりトビーは驚いていましたね。

 レイヒムからは三種もの精霊が出てきて調理を手伝うのですから、精霊を見る事がない魔人であれば驚くのも当然でしょう。

 調理をするレイヒムの動きをジッと見つめるトビー。

 フィディックから聞いていたように調理自体あまりする事のない種族なのでしょう。

 それ程大きくはありませんが鍋に野草とラビットの切り身を入れて煮込みます。

 味付けをして少し待つようです。

 あとは我々が狩りに行っている間に採取したと思われる根菜と肉を交互に串に刺して串焼きを作っています。

 クロウラビットもなかなかに大きな獲物でしたからね、大量の串焼きを用意してくれています。


 この敵地かもしれないこの場所で火を焚く行為は大丈夫なのかと心配でしたが、トビーは普段からこの辺りで野宿をしているので火を焚く事はよくあるそうです。


 しかし気になるのは…… 匂いですね。

 食事をするのにこの匂いは不快なものです。


「トビーは汚れが酷いですね。食事をする前に何とかしましょうか」


「な、何をする気だ!? 頼むから命だけは!!」


「安心しろトビー。カイン様はお前を傷つける事などしない」


 水魔法と風魔法を織り交ぜた洗浄魔法に、千尋様から頂いた魔法の洗剤を使用しました。

 上半身裸に皮の腰布を巻いただけのトビーですがとてもいい香りになりました。

 バサバサに伸びた髪もバッサリ切りましょう。

 朱王様から私もカットを習っていますからね。

 旅立たれる前に朱王様の髪も切らせて頂きました。

 髪の毛も千尋様から習ったブロー魔法とマーリン達が貰ったというヘアオイルを使用して、サラサラでとてもいい香りになりました。

 この香りや手触りにトビーも嬉しそうです。


 あとはできれば服も欲しいですね。

 そろそろ寒くなってきますし裸の人と食事をするのもあまり気分のいいものではありません。

 先程剥がしたクロウラビットの皮で簡単に作ってみましょう。

 ある程度大きな獲物でしたからね、上半身の分くらいなら作れそうです。

 まずは皮にまだ残っている脂肪や肉片を刮ぎ落とします。

 次に魔法の洗剤と洗浄魔法で念入りに脂肪抜きをし、レイヒムの調味料から鞣し材に使われるものがあるので、水球に溶かして毛皮を入れてひたすら回転させました。

 マーリンとメイサに魔法を発動してもらい、熱と風の渦で皮を乾燥させつつ時々引き伸ばしたり叩いたりして柔らかく加工してもらいます。

 あとはナイフで切って形を整え、熱溶着をして毛皮のジャケットが完成しました。

 細く切った皮で紐を作り、前も閉じられるようにしたので暖かいでしょう。


「こ、これをオレが貰ってもいいのか?」


「ええ。夜は冷え込みますから毛皮は暖かくて良いでしょう?」


「何が狙いなんだ!? オレは何も持ってないぞ!」


「とりあえずは友好の証と思って頂ければ構いませんのでどうぞ」


 恐る恐るといった感じですが受け取ってくれましたね。

 体のサイズよりも少し大きく作りましたのであとは魔力を流せば丁度よくなるはずです。

 マーリンが前紐を結んでくれてますがトビーはものすごく怯えてますね。

 本人は良かれと思ってやっているんでしょうが少し可哀想な感じもします。

 ふむ、グレーの毛皮のジャケットですがなかなかの出来ですね。

 トビーも暖かそうにしてますので良かったです。

 髪も切ったので薄汚れた感じも全くしませんしこれで良いでしょう。




 ラビットの串焼きとスープが完成したようなので全員で食事です。

 絶妙な塩加減と肉の弾力が素晴らしい。

 根菜もまた肉の合間の舌休めとなってとても良いです。

 スープに入ったラビット肉はとても柔らかくてまた違った肉の味が楽しめます。

 暗くなってきて少し冷えてきましたからね。

 暖かい食事がとても美味しいです。


 そしてトビーはというと。

 やはり涙が目に浮かんでいますね。

 フィディック同様魔人族は涙脆いのかもしれません。


「トビー美味いか? レイヒムさんの料理はすごく美味いからな。たくさん食っていいんだぞ」


 トビーと会ってから以前の会話口調になったフィディックですが、こちらの方が自然な感じがしますね。

 朱王様もいませんしこれからは普通に話してもらいましょうか。


「こんな美味い食事は初めてだ! たくさん食べても……」


「まだまだありますのでお腹いっぱい食べてください」


 レイヒムが笑顔で返すと嬉しそうに串焼きに齧り付くトビーですが、やはりまだ警戒の色は解けませんね。

 ちらちらとこちらの様子を伺っているようです。

 まぁ気持ちもわからなくもないですけどね。


 食事の後はディミトリアス大王への手土産に持って来た小型モニターで映画でも観て楽しんでもらいましょう。

 いつもの蒼真様が作るポップコーンがないのは少し寂しいですがしばらくは我慢ですね。


 映画を映すと飛び跳ねる程に驚いたトビーでしたが、しばらくフィディックの隣で観ていて涙を流し始めました。

 恐竜が人々を追いかけ回すという泣けるシーンのない映画だったのですが涙を流すのは何故でしょう。

 ですが楽しんでもらえたようですので良かったですね。




 夜は交代で見張りをします。

 現在二十一時前ですから二時までは私が起きている事にして、二時から朝まではフィディックにお願いしましょうか。

 明日はマーリンとメイサに担当してもらいましょう。

 レイヒムはレベルアップしている間はゆっくりと寝てもらった方がいいですからね。


「それでは皆さん、おやすみなさい」

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