第122話 本当の気持ち

「私は強くなってアイリを迎えに行く。それまで待っていてくれないか」


 戸惑うアイリと返事を待つダンテ。

 ダンテは蒼真に向き直って言葉を続ける。


「蒼真君、君が相手だとしてもアイリは譲れない。アイリを護るのは私だ」


 真剣なダンテだが蒼真も言葉を返せない。

 蒼真の表情を見つめ、少しの間考えたアイリがダンテに向かって言葉を返す。


「私は…… ずっと朱王さんの事を想ってきました。朱王さんの力になりたい。お側に居たいといつも想い続けていました。しかし朱王さんがミリーさんとお付き合いを始めて、私は自分が朱王さんに抱いている感情は恋ではなく憧れなんだと気付かされました。

 そして蒼真さんからは様々な事を学びました。私の知らない事を多く知り、強く、優しく、かっこよく、愛しいと感じる事さえありました。一緒に旅をし、冒険を共にしながら楽しさと嬉しさを感じていました。ですが…… また私は気付かされたんです。私が感じている蒼真さんへの想いは…… 尊敬と憧れ。朱王さんに感じていた想いと似たようなものでした。

 そしてここゼス王国に戻って来て、久し振りにクリムゾンのみんなと共にいて…… 私はまた新たな事に気が付きました。以前私に好意の言葉をくださったダンテ、貴方と一緒にいるだけで心地良く、とても安心している自分がいる事に。

 私は…… この気持ちが恋であるかどうかはわかりません。ただ、貴方の側には安心して居られる。それだけは確かです」


 ダンテに対するアイリの返事。

 はっきりとした答えではないがダンテを想う気持ちもあるのだろう。


「ですが、ダンテ。私は朱王さん達とのこの旅を続けるつもりです。そこはお許し頂けますね?」


「ああ。私が必ず迎えに行く」


 アイリと見つめ合うダンテを見て蒼真は何を思うのか。


「悪い…… 千尋、折角作ってもらったのにオレにはこれしかないしな…… ラン、出ろ」


 呼び出されたランは蒼真が作り出した魔力球内にその姿を留め、蒼真はダンテに近付いていく。

 腰に下げた兼元を外して差し出す。


「ダンテ。妖刀、孫六兼元まごろくかねもとだ。オレのこの刀をお前にやる。アイリを護るんだろう? この刀で強くなれ。誰にも負けないくらい強くなれ! そしてアイリを迎えに来い。ただし、半端な強さでは迎えに来るなよ…… その時は本気で叩き潰すからな」


「…… いい、のか? 私は君に……」


「受け取れ」


 蒼真はダンテに兼元を渡し、屋上を後にした。

 千尋と朱王は蒼真の後を追う。




「蒼真! 待てよ! あれでいいのか!?」


 部屋の前で蒼真を呼び止める千尋と、一緒について来た朱王。


「ああ。それより千尋、悪いな。兼元を千尋の許可もなくダンテにやってしまった」


「兼元は蒼真に作ったんだから別にいいよ!」


「そうか。あ、朱王さん。何か魔剣を貸してくれないか? ランの器がないのは困るからな」


「うん、部屋から持って来るよ」


 と、朱王は魔剣を取りに自分の部屋へと戻って行った。






 蒼真の部屋に通された千尋。


「蒼真。アイリの事はいいのか?」


「ああ。いいんだ」


「でも!!」


「オレはな千尋、自分がまだこの世界で生きていく覚悟ができていないんだと思う。いつかは元の世界に帰れるんじゃないかと心のどこかで思っているんだろう」


「確かに戻れないという確証はないけど…… 戻れる可能性は限りなくゼロに近いよ」


「ああ。オレももう戻れないというのは頭では理解してるんだ。ただ理解しても受け止めてきれてないんだよ。情けない話だがオレはそんなに強くはない」


「情けなくなんかねーよ」


「本当はな、アイリの事を好きなのかもしれないと感じた事は何度かあったんだ。抱きしめたいと思った時もあった。でもな、クイーストでのデヴィル戦。あの時に気付いたんだ。死にかけたあの瞬間、会いたいと思ったのは美春。オレは自分が思ってる以上にあいつの事が好きだったらしい…… 情けない…… 未練がましくてかっこ悪りいな…… 強さを追い求める事で自分の気持ちを誤魔化していたんだ」


「蒼真はかっこ悪くなんかねーよ! いつだってかっこいいオレの親友だ! 人をそれだけ想えるんだ! 誇っていい事だろ! だから情けないとか言うなよ。お前はオレの自慢の友達なんだから!」


「ははっ。オレにとっても千尋は自慢の友達だ。またオレは悩んだりするかもしれないからな。これからもよろしく頼むよ」


「おー、任せてよ!」


 珍しく本音で語り合って、少し気恥ずかしさを覚えた二人だった。




 少しして蒼真の部屋にやってきた朱王。

 手に持っているのは見た事のない剣だ。


「蒼真君。これを使ってみないか?」


 差し出したのは改造された精霊剣、サディアス=レッディアの剣だ。

 装飾されたミスリルの鞘に納められたその姿は、以前の精霊剣とはまるで別物。

 反りのある片刃両手剣が朱王の手によって磨かれ、歪で禍々しかった魔貴族の精霊剣は面の整ったつばのない日本刀のようだ。

 幅が広く厚みのある刀身は重さを感じる鈍色をし、ハバキ元には精霊剣の形状を残した装飾が施される。

 柄には黒い革が巻かれており、柄頭の部分には剣でいう装飾されたポンメルが取り付けられている。

 日本刀と西洋剣の中間のような刀剣。


「精霊剣か…… しかし朱王さん、いいのか?」


「うん、蒼真君の兼元をうちのダンテが貰ったんだし君が良ければそれを使ってよ。サディアスの精霊はサラマンダーだったみたいだけど、精霊剣は精神のない魂といったところかな? たぶん精霊としての積量だけが残ってるからシルフでも問題ないと思うよ」


 器を移す前に念の為、魔力球内にいるランに精霊剣を確認してもらう。


『…… ねぇ蒼真! この剣すっごいよ! 早くこれを器にして!』


 ランの要望に応えて精霊剣に魔力球を重ねると、一回り大きくなったランが眠そうな表情で出てきた。


『うぅ…… ちょっと馴染むまで寝るねぇ』


 どうやら急な成長に精神がついていかないようだが、次に目覚めた時の成長が楽しみだ。


「これをサフラとかダンテにやれば良かったんじゃないのか?」


「残念ながら下級精霊だと精神が成長に耐えきれないんだって。サフラは武器が全然違うから扱えないだろうしさ。本当は私の予備に使おうと思ってたんだけど、朱雀いるし別に要らないからね。蒼真君が使ってくれるならそれでいいよ」


「そうか。ありがとう朱王さん」


 お礼を言う蒼真だが、やはり元気はない。

 やはり大人の男として蒼真を元気付けてやらないといけないかもしれない。


「蒼真君、千尋君。ちょっと出掛けないかい?」


「別にいいけどどこに行くの?」


「ふふっ。楽しいところだよ! ちょっと待ってね、案内頼むから…… コール」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 屋上で待機しているボルドロフに着信。


「はい、朱王様。いかがなさいましたか?」


『ちょっとこれから蒼真君達と出掛けようと思うんだけどボルドロフに案内して欲しくてねー』


「夜に案内する場所といいますと…… 歓楽街、と言う事でしょうか」


「んな!? 朱王からですか!? なんで歓楽街とか言っちゃってるんですか!!」


『あ、やば…… そこにミリーも居るのか。今の無し! 無かった事にしておいて!』


「はい、畏まりました。では失礼します」


 通話を終えたボルドロフ。


「ボルドロフさん!? 朱王はなんて言ってたんですか!?」


「いえ、なんでもないと仰っておりました」


「ぬおぉぉぉお! きっと蒼真さんと千尋さんを連れて遊びに行くつもりだったんですね! ちょっと問い詰めてきます!」


 怒りのミリーは大正解。


「なんですって!? 千尋と蒼真も!? 絶対にそんな所には行かせないわ!! みんなで引き止めに行くわよ!!」


「私としても蒼真さんにはそんな所には行って欲しくありません! ダンテ、私達も行きましょう!」


 大事になってしまった。

 蒼真の部屋に向かって駆け出すミリーとリゼ。

 アイリもダンテを引き連れて、そしてサフラ達をも巻き込んで走り出す。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「やばいね。ミリーにバレてしまったよ」


「歓楽街…… ちょっと行ってみたかったなー」


「今はそんな気分じゃないんだが……」


 バタバタと聞こえる足音が近付いてきて、鍵の掛かった部屋の扉をボルドロフが開く。

 主人を売るとはなんという不敬な執事だろう。

 まぁ今はそんな事を言っている場合ではない。


「朱王、どういう事か説明してもらいましょうか!」


「今日はどこにも行かないよ? もうお風呂入って寝るし」


「誤魔化さないでください! 白状するまでこの部屋からは出しませんよ!」


 魔力を放出してジリジリと歩み寄るミリーはかなり怖い。


「ふんっ。蒼真君に元気になってもらおうと提案しただけだよ! ミリーは蒼真君が元気なくてもいいっていうのかい?」


 あっさりと開き直る朱王。


「むっ! むぅ…… 蒼真さんには元気になって欲しいですけどね……」


「だろう? だから私達は少し歓楽街で遊んで来ようと思ったまでだよ」


「それならまぁ仕方な…… そんなわけないでしょう!!」


「ミリーは歓楽街を少し勘違いしてないかい? 歓楽街と言っても劇場や飲食店があったり、女性が接待してくれる酒場があったりする場所だよ?」


「それなら私も行きます!!」


「え、えぇ…… そしたら楽しめない……」


「ふおぉぉぉお!! やっぱり何か別の事をしてくるつもりだったんですね!? そんな事絶対に許しませんよ!!」


「あぁ、もうわかったから! 行かない! もう行かないよ!」


「行かないのは当然です! んん!? もう行かないって事はこれまでは行ってたって事じゃないんですか!?」


「ご安心くださいミリー様。朱王様はミリー様とお付き合いを始めてからは歓楽街に一度も足を運んではおりません!」


 何故かハクアが朱王の行動を知っている。


「私と付き合う前は行ってたんですか!?」


「時々ボルドロフさんと遊郭に行っていたのを確認しております」


「おふっ…… 完全に黒じゃないですか……」


「聖騎士の方々に誘われてイアンもここ最近では確認されていますし、ダンテは昨年から友人となったメリテラ男爵と行っておりました」


「ええっ!? ダンテどういう事ですか!?」


「ハクア! なぜその事を!?」


「暗部としての活動の一端です。サフラお兄ちゃんがおかしな女性に引っ掛からないように徹底的に監視しているのです!」


「暗部はちゃんと仕事してるの!? そんな指示はだしてないけど!!」


「最重要事項ですので他を犠牲にしてでも徹底しております」


「ちゃんと仕事してよ!!」


「オレが国王のお忍びに付き添って行くあの店か? 部屋に入ってすぐに女性にから酒を貰うんだが、あれを飲むと眠くなるんだ。すぐに眠れるから国王が日頃の疲れも取れると言っていたのはわかるんだが、お前も楽しんで来いという意味はわからなかったな」


 あ、それ一服盛られてます。

 目を逸らしたあたり、ハクア達暗部の仕業だろう。


「ダンテ…… 貴方には少しお説教が必要なようですね」


「ま、待ってくれアイリ!?」


「あ、言うのを忘れいました。ダンテとアイリは今後お付き合いなさるのでしょうか? もしそうでしたらおめでとうございます!」


「「今このタイミングで言う事!?」」


「わ、私もこの際ですから…… 告白してしまいます! サフラお兄ちゃん!」


「サフラ隊長な」


「むぅ、サフラ隊長! …… 好きです! 私をサフラ隊長のお嫁さんにしてください!」


 ダンテとアイリを放っておいて告白しだすハクアはかなりの自由人だ。

 これまで右手の傷やアルビノ種という事にコンプレックスを感じ、ずっと自分の気持ちを押し殺していたのかもしれない。

 最初会った時とは別人のように明るく、そして可愛らしくなった。

 発言が自由過ぎるのが問題ありだが。


「…… ん? オレもハクアは好きだがお嫁さんにはできないな。オレは大人だしハクアはまだ子供だ。お前が将来大きくなっていい男と結婚して幸せになってくれたらオレは嬉しい」


「んな!? 私は大人ですよ!!」


「何を言ってるんだ。今いくつになったんだ?」


「もうすぐ十六歳です!!」


「十…… ろ、く?」


「そうですよ! ハクアを子供扱いしないでください! こう見えて出るところは出てるんです! ガネットさんより大きいんですから!!」


 この場にいないガネットを引き合いに出すミリー。


「ちょ、ちょっとミリー。やめてあげなさいよ」


「リゼさんと同じくらいあ…… むぐぉあ!?」


「コラッ!! やめなさいミリー! 何言っちゃってるのよ!?」


 すでにカオスとなった蒼真の部屋。

 部屋の主である蒼真はジッとその光景を見つめる。

 溜め息を漏らし、受け取った精霊剣を床にドンッと打ち付ける。


「はぁ…… 悩んでるのがアホらしくなってきた…… おいダンテ。今度オレを歓楽街に遊びに連れてけ」


「任せてくれ!」


「任されるな!!」


 パァン!! とダンテにアイリがツッコんでこの騒動も終了。


「なんだかゴメンね蒼真君」


「蒼真、オレも行きたい」


「千尋は絶対ダメよ!!」


「えー」


 こうして映画祭初日を無事? 成功に収める事ができたのだった。

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