第121話 映画祭
映画の日を翌日に控えた今日、ここまでの進捗状況について簡単にまとめる。
モニターの設置はクリムゾン隊員の働きのおかげで全て完了し、映像の通信も問題なく接続が出来ている事を確認済み。
そして街中に映画の日を告知し、映画祭として広場と大通りに出店が立ち並んでいる。
すでに昨日の夕方からはお祭り騒ぎとなっているが本番は明日だ。
この日も日中は皆が仕事の為出店もやっておらず、夕方になったら夜店に出歩く人達でいっぱいになるだろう。
おかげで夕方からもサフラ達幹部は仕事に出なくてはならなかった。
昨日から朱王はボルドロフと一緒に魔剣作りをし、千尋達は聖騎士達につきっきりで訓練していた。
朱王が作る魔剣は、今回は一枚のミスリル板から切り出すとの事。
ミスリル業者を呼んで、魔力を溜め込む事ができる素材を大量に購入。
さすがは金持ち、一枚4千万リラもするというのに作業部屋の一角を埋め尽くす程に購入していた。
素材から溜め込める部分を大きく取れる素材を選んで切り出したようだ。
昨日の午後から素材の購入と選別、デザインを考えて切り出しを行うところまで進めたそうだ。
この日は朝から夕方までかけてほぼ完成まで手掛けている。
鞘は必要のない巨剣なので明日は色付けをして完成だろう。
映画の日当日。
朝早くから朱王は魔剣の色付け作業を行い、サフラの出勤前には完成させた。
「サフラ。これが君の魔剣、ナーゲルリングだ。少し幅を広くして薄刃の大剣にしてみたけどどうだろうね」
「これをオレにですか!? 大剣でも構いませんが…… 本当によろしいんですか!?」
「それがないと折角のイフリートがいなくなっちゃうからね。早速契約しちゃおうよ!」
朱王が作った魔剣ナーゲルリングは、大剣と呼べる程の大きさだがこれまでの剣と長さはそれ程変わらない。
ガードは作らずにショルダー部分を広く取り、剣先に向かって緩いカーブを描きながら細くなっていく。
剣身の装飾はシンプルながら面を多く取る事で輝きを増し、白銀に輝く装飾と黒の剣身と刃が一層映える。
剣身の装飾の中央には宝石のようなデザインが彫り込まれ、色は七色で着色されている。
ショルダーからグリップに繋がる部分には円環の装飾を入れて黒と白銀で着色。
握りやすく加工されたグリップも白銀とし、ポンメルにはまた黒の装飾に白銀を配し、宝石のような装飾をまた七色に着色している。
黒い部分も鏡面仕上げの為、白銀と黒の剣が光を反射してとても美しい。
魔力の溜め込める量は朱王の調整もあって7,000ガルド。
火炎をエンチャントして下級魔法陣も組み込んである。
魔剣を受け取ったサフラは地面に魔法陣を描いて呪文を詠唱する。
これまで見えていなかった精霊、上級精霊イフリートがサフラの前に顕現した。
サフラのミスリル剣から飛び出したサラマンダーがイフリートの体内へと吸い込まれ、白緑の炎を立ち上らせてサフラの魔剣ナーゲルリングへと納まった。
サフラの上級精霊との契約も無事終え、あとは今夜の映画祭の開催を待つだけだ。
聖騎士訓練もなく、暇を持て余した千尋達は街へ繰り出す事にした。
この日は日中からお祭り騒ぎとなっており、街へ出ると人で溢れかえっている。
出店ではさまざまな食べ物が売られているので朱雀もご機嫌だ。
お金には困っていないので食べたいと思った物は全て買い食いし、繊細な一流の料理とは違う大味な庶民の味を楽しんだ。
広場に行くと大道芸をする一団が奇怪な服装をしたまま曲芸を披露しており、魔法を組み合わせた曲芸が広場を盛り上げる。
ボールに乗りながらの火の玉のお手玉は、右へ左へとその危なっかしさが笑いを呼び起こす。
長いズボンを履いての風魔法を利用した跳躍では、まるで足が伸びたかのような錯覚をする。
長い棒の先で回る水の入ったお椀では、噴水のように隣のお椀へと飛び移り、隣へ隣へと噴水が続いていた。
簡単な魔法ではあるが、全てが曲芸をしながらの魔法の為見応えも充分だ。
魔法の曲芸が続く間は拍手喝采で盛り上がっていた。
「ねえ、これだけお客さんいるんだしスピーカーから音楽流したらもっと盛り上がるんじゃない?」
「そうだな。夜には映画も映すんだ。地球の音楽を流すのも良いかもしれない」
「千尋君と蒼真君がステージに上がってダンスでもしたら皆んな盛り上がって踊りだすかもよ?」
折角盛り上がっているんだし、千尋や蒼真、朱王も映画祭を大成功に納めたい。
もっと盛り上げるためにどうするかと考えて、音楽やダンスを提案した。
「オレ達がか?」
「まぁ、クラスの皆んなと練習したりはしたけどねー。さすがにこんな大勢の前だと恥ずかしいかも」
「恥ずかしいとか言ってたら楽しめないでしょ! この世界でこんなに楽しめる機会はそうそうないんだよ?」
「じゃあ朱王さんも一緒にな! イメージの魔石あれば朱王さんならいけるだろ」
と、蒼真が過去の
朱王と千尋のリルフォンに送信する。
受け取ったMVを脳内画面で観始める朱王は、全て記憶する為に集中力を高める。
才能や能力の無駄使いだがどうせやるなら本気でやるべきだ。
千尋も蒼真も復習の意味で映像の再確認。
「よし、覚えたよ! ミリー達はここから見ててよ! じゃあ二人とも行こうか!」
「「おう!!」」
朱王と千尋達はステージ上にいたアルドに声を掛け、許可をもらってリルフォンをスピーカーに魔力で繋ぐ。
音楽が流れ始め、曲に合わせて三人が踊りだす。
この世界にはない地球の音楽とダンス。
人々はそのリズムとメロディに心を鷲掴みにされ、三人のダンスに魅了される。
心を揺さぶる音楽にキレのいいダンスを見ていたらじっとはしていられないのが人の性。
曲に合わせてリズムを刻み、体を揺らして全身で音楽を楽しむ。
自分達の思うままに踊り出し、会場も一層盛り上がりをみせる。
三曲が終わった後も、機材に音楽の魔石を突っ込んで会場のBGMとしてステージを降りた。
このプチ企画も成功したと言っていいだろう。
ミリー達の元へと戻った三人。
「なんですか今のは!? 皆さんダンスができるなんて知りませんでしたよ!」
「もぅ千尋ったら…… かっこよかった……」
「皆さんかっこよかったです!!」
若干驚かせてしまったようだが、女性陣も楽しんでくれたようだ。
大いに盛り上がる会場だが、今後はもっと人が増えて帰れなくなるかもしれない。
お土産や出店の料理をたくさん買って帰る事にした。
朱王城の放送室。
時刻は十八時五十分。
上映開始まで残り十分となった。
王宮にいるイアンにリルフォンで合図を送り、王国中のモニターが起動する。
ゼス国王が映し出され、王国にいる全ての人々がその映像に驚愕した。
「我が国の民達よ。私を初めて見る者もおるだろう。私はゼス王国国王、ウィリアム=ゼスである。この国が豊かで暮らし良い国となっているのは其方ら国民達のおかげだ。礼を言う。今夜からこのモニターを使って映画というものを放映する。とても面白い物語を観る事ができるのだ。期待してほしい。このモニターの設置と映画の日を設けようと提案、準備をしてくれたのは他でもない、クリムゾンの者達だ。国を代表して感謝の言葉を伝えたい。ありがとう。私はな、これからも幸多き国となるよう努力していくつもりだ。その一歩がこの映画の日でもある。クリムゾンの者達だけに任せるだけではない。我々王族が、貴族が、そして国民の全てが協力し合い、助け合っていくことでまた一歩、また一歩と踏み出して行きたいと考えておる。幸多き国とは夢のような話かもしれぬ。しかし今宵映画を観ることで、其方らの心に新たな夢が広がる事となるだろう。その一つ一つの夢が重な……」
「国王様、長いです!」
「むぅ…… わかった。では楽しんでくれ!」
国王の演説を一言で遮ったのはイアン。
あまり長いと放映開始の十九時に間に合わなくなってしまうのだ。
次に朱王城放送室から送信。
「皆さん、はじめまして。クリムゾン総隊長サフラです」
「はじめまして! 副隊長ハクアです!」
今日の担当はこの二人。
明日はダンテと聖騎士長バルトロにやってもらう予定だ。
「これから週末の二日間は映画の日となります。日頃の疲れや鬱憤を晴らし、存分に楽しんで頂ければと思います」
「尚、しばらくの間は私達の知らない異世界の物語を放映しますが、将来的には我々クリムゾンで作った番組を放送していきたいと考えています。私達は楽しい番組を作りたい。ですがクリムゾンだけでは限界があります。皆様にご協力を頂き、いい番組を作っていけたらと考えております」
「まずは映画を観て、協力して頂けるか否かを判断してください」
「「それでは上映を開始します!!」」
息ぴったりに挨拶を終えるサフラとハクア。
モニターが真っ暗になり、映画が開始される。
およそ二時間でエンディングを迎えた映画。
王国中の人々がその物語に引き込まれ、感動と興奮の連続に涙した。
これほどに満たされる事など人生において早々あるものではない。
この映画の素晴らしさに惹かれ、クリムゾンへの協力を申し出る者が後を絶たなかったのは言うまでもない。
映画の日、初日が大成功に終わり、お祭り騒ぎは日付が変わっても続いていた程だ。
放映が終わって皆んなで一息つく。
「無事に成功したみたいですね」
「頑張った甲斐があったな……」
大成功に終わったこのイベントに、ダンテやサフラこれまでの苦労も報われるというもの。
千尋やリゼ、蒼真やアイリも成功を疑ってすらいなかったものの、やはり終わってみれば感動も一頻りだ。
朱王が皆んなに労いの言葉を伝えながら、ミリーは「お疲れ様です」とお菓子を配っている。
この成功に誰もが安堵と嬉しさがこみ上げてきた。
静かな放送室を出て、街の盛り上がりを肌で感じようと屋上へと登り、煌々と輝く街の灯りを見つめながら成功の余韻を楽しむ。
「アイリ、話がある……」
アイリに声を掛けるのはクリムゾン本部社長ダンテ。
その表情は普段の笑顔ではなく真剣な表情だ。
「はい、なんですか?」
「私はアイリが好きだ。君に側に居てほしい」
突然のダンテの告白に驚いたアイリ。
すぐに言葉が出ず固まってしまう。
「アイリを想う気持ちは今も昔も変わらない。あの日告げた言葉は私の本心だ。君は朱王様とともに今後も旅を続けるんだろう? だが私は朱王様のお力となる為ついて行く事はできない…… そして自分が今のままではアイリに相応しくない事もよくわかっている。強くなる…… 私は強くなってアイリを迎えに行く。それまで待っててくれないか」
ダンテの真剣な言葉にアイリも戸惑う。
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