第120話 聖剣の性能

 国王が千尋から聖剣を受け取った次の日の朝。


「皆の者、訓練御苦労! 今日は私も訓練に参加するのでよろしく頼む。それとな、朱王から受け取った飛行装備を持って来ておるから各々好きな物を選ぶがよい」


 聖騎士訓練場を訪れた国王が、聖騎士を集めて訓練に参加すると申し出た。

 昨日のパーティーとこの日の訓練の為に、毎日仕事を詰め込んで片付けていたのだろう。

 とてもいい表情でこの場にいる。

 そして朱王達が作った飛行装備も運ばせており、聖騎士達に好きな装飾の物を選ばせた。

 聖騎士達の装備はミスリルの鎧に白と青の耐火服。

 色味も合っているしとても似合う。

 背中のマントや腰鎧は今後邪魔になるので必要ないだろうと外す事にした。


 飛行装備を着用し、少しの間飛行訓練をしてその性能に驚く聖騎士達。

 飛行しながらの戦闘はまだまだできそうにない為、空での訓練も今後盛り込んでいく必要がありそうだ。


 まずは精霊魔導を使い熟せるようにならなくては。

 いつものように全員が距離を取り、精霊魔導の発動を訓練し始める。

 精霊と魔法陣による強力な魔導を自分の意思で威力をコントロールする訓練だ。

 対人での訓練であれば最も重要な訓練と言えるだろう。


 しかし聖騎士の精霊魔導訓練を見てしばらくすると、国王は実戦訓練こそ技が磨かれるのではないかと提案し、皆の力を確認するべく一人一人と模擬戦を行ったのだ。

 以前から国王の実力は飛び抜けており、複数の聖騎士と同時に相手にできる程。

 それが聖剣を改造し、精霊魔導を手に入れた国王はどれ程の力を手に入れたのかは計り知れない。


 聖騎士達の精霊魔導を相手に、聖剣の強化と自身の魔法で挑む国王。

 聖騎士達も国王相手であれば、千尋達を相手にするのと同じように手加減など必要はない。


 国王も最初の一撃を受け止める事でその強さを確認し、聖剣に付与した能力、火炎を発動する。

 相手の力量を見ながら魔力量を調整して聖騎士と対峙する国王。

 火炎を纏った聖剣は精霊魔導にも劣らない性能を持つ事に驚くと同時に、自分の精霊魔導が試せない事にも気付いてしまった。

 一通り聖騎士との模擬戦を終えた国王だが、その表情は少し不満そう。

 イアンはクリムゾンの仕事を手伝いに行っている為いないのだが、聖騎士長以上の実力を持つのは国王も知っている。


「毎日千尋達が訓練に来ると言っておったな。今から呼んでみるか……」


 とリルフォンでコールする国王。

 千尋達はリルフォン作りをしている最中だったが、嬉しそうな蒼真を始め全員で訓練場に来る事になった。




 空から舞い降りる千尋達と、朱王と朱雀もついて来た。


「こんにちわー。王様、聖剣の性能はどう? 満足できたかな?」


「うむ。期待を遥かに上回る程の性能だ。その上精霊魔導だろ? 相手がいなくて困っておってなぁ。誰か私の訓練相手になってはくれぬか?」


 全員に目を向ける国王。


「それならオレがお相手しますよ」


 と名乗り出るのは当然のごとく蒼真だ。

 顕現している上級精霊ジンであるランを見て驚き、そして嬉しそうにする国王もなかなかの戦闘狂なのかもしれない。

 蒼真と聖剣を持った国王の戦いとなれば訓練場だけでは範囲が足りないかもしれない。

 千尋達は二人の戦いの余波が貴族街に向かわないように警戒する必要があるだろう。


 魔力を練り上げ、サラマンダーを発動した火焔を聖剣から放つ国王。

 ランによる風の鎧を纏い、兼元を包み込む圧空刃で構える蒼真。

 青い暴風の蒼真と赤い焔の国王。

 同時に駆け出して目にも止まらぬ剣戟を放つ二人。

 爆発の如き衝撃が訓練場で起こり、剣戟を重ね合う二人の表情は遊び相手を見つけた少年のように嬉しそう。

 次々と繰り出される蒼真の斬撃は、これまで国王が対峙した誰よりも速く重い。

 国王の完成された剣術でも受けきるのは難しい。


「強いな! 蒼真とやら! これまで戦った誰よりも強い!」


「まだまだですよ…… もっと強くならないといけないんです!」


 全力で打ち合う国王と蒼真を中心に炎の竜巻が発生し、距離をとって下級魔法陣を発動。

 聖剣から豪炎を放つ国王と、体を浮かせるほどの暴風を纏う蒼真。

 一瞬で間合いを詰めた蒼真からの左薙ぎを国王は左逆袈裟で受け、再び剣戟を重ね合う。

 訓練とは言えない全てが必殺の一撃を繰り出す二人だが、今もまだその表情は楽しそうだ。

 戦闘狂二人が戦うのは危険過ぎる。

 二人が剣と刀を重ねる度に地面が抉られ、大気が震える程の爆発が起こり、すでに訓練場はボロボロになっている。


「蒼真ー!! 訓練場が壊れちゃうよーーー!!」


 千尋が叫ぶと蒼真は翼を広げて飛び上がる。

 続いて国王も空へと舞い上がり、お互い空中浮揚しながら次の出方を考える。


 国王は上級魔法陣インフェルノを発動し、それと同時にイメージする。

 数日前に朱王に見せてもらった記憶。

 魔貴族サディアス=レッディアとの戦闘の記憶だ。

 聖剣に宿った精霊サラマンダーを肉体に重ね、炎の化身となるイメージ。

 精霊サラマンダーを纏い、精霊騎士となるイメージ。

 精霊サラマンダーを体に宿し、竜騎士となるイメージ。

 イメージを固めて目を見開く国王。

 サラマンダーに与えられたイメージが、国王の様相を変化させた。

 まるで背中から炎を噴き出す竜魔人となったサディアスのようだ。


「すごいな、国王様。まるであの時の魔貴族みたいだ。できればオレも戦いたいと思ってたんだよ」


 蒼真も上級魔法陣エアリアルを発動すると、風の鎧が消えて淡く兼元が光を放つ。


「ぬぅ…… 魔力の消費は激しいが私のイメージ通りになったようだな。ではゆくぞ!」


 翼を羽ばたかせて一気に距離を詰める国王と蒼真。

 蒼真の斬撃を受けようとしたところで急遽回避する国王。

 蒼真の【断空】が一刃走り、空間そのものが斬り裂かれた。

 防御不可能な蒼真の斬撃は、その太刀筋を受けたとしても体は回避しなくてはならない事を意味する。

 聖剣であればその強度と魔力の密度で受ける事はできるが、その後ろにある自分の体は耐え切れないのだ。

 受けるとすれば蒼真の断空と同等威力の攻撃をするしかないだろう。

 蒼真の刀の軌道に合わせて聖剣を振るい、全力の業火で挑む国王。


 この世の頂上決戦かのような戦闘が貴族街の上空で繰り広げられ、そこに駆け付けたのはサフラとハクア、そしてイアンとダンテ。

 竜人と化した国王に気付かず蒼真とともに囲みこむ。


「蒼真! なんだこの化け物は!?」


「国王様だ。今いいところだから邪魔しないでくれ」


 言うと同時に唐竹に斬り込む蒼真と、断空を回避して業火を右袈裟に振り下ろす国王。

 あまりの出力にサフラ達も訓練場へと降り立った。




「朱王様! あの戦いは止めなくてもよろしいのですか!?」


「んー、まぁ国王から望んだ訓練? だから二人が満足するまでは放置かなぁ」


「そんな!? あれ程の戦いであれば怪我では済みませんよ!?」


 蒼真と国王の戦いを見て焦るのもわかるが、変に手を出して怪我をされても困るというもの。

 とりあえず放置を決め込む朱王だった。


「むっ? むぅーーー?」


 朱雀が訝しげな表情でサフラに近付いていく。


「んん? どうしたんだ? 朱雀」


 あまり話した事もない朱雀が近付いて来て、不思議そうに首を傾げているのを疑問に思うサフラ。


「サフラは炎を使うんじゃったか?」


「ああ。千尋のおかげでサラマンダーと契約している。それがどうかしたのか?」


「むぅ…… のぉ朱王。この間、ハクアが召喚したイフリートがおるじゃろ? 彼奴の気配がサフラからするのじゃ。もしかしたら精霊契約できるかもしれぬぞー」


 朱王の方を振り返って、ハクアの精霊召喚の時の話をする。

 契約したのはヴァルキリーだが、確かにあの時イフリートも召喚されていた。

 逃げたものだと思っていたのだがサフラから気配を感じるとは。


「気配だけって事は器がないから契約できないのかな? それだと魔剣作ればサフラもイフリートと契約できるか」


 明後日には映画の日。

 今現在お昼前だし魔剣制作も間に合うだろう。


「サフラ。今から魔剣作りをするけどどんなのが欲しい? 要望があれば盛り込むけど」


「朱王様に作って頂けるのですか!? で、では今のこの剣と同等の長さで作って頂ければあとは朱王様に全てお任せします!」


 サフラの要望は特にはないようだ。

 それもハクアの魔槍を見れば、自分が何も言わなくても朱王が勝手にとんでもない武器を作ってくれるだろうという期待ができる。


 蒼真と国王の頂上決戦は放っておいて、自宅に帰ってしまう朱王だった。

 ミリーはハクアが来たのでサフラ達と共にクリムゾンの職場見学に向かった。

 アイリも元クリムゾン隊員だし、みんなに挨拶がしたいとついて行った。




 それから三十分程して蒼真と国王の訓練? は終わり、満足そうな二人は肩を組んで語り合っている。

 まるで友達のように国王とまで仲良くなる蒼真もどうかと思う。

 周りの聖騎士達の顔が引きつっているのは気にならないらしい。


 そんな二人に近付くダンテ。

 サフラ達が帰って行ったのに一人だけ残ったらしい。


「蒼真君。このあと私にも稽古をつけてくれないかい?」


「構わないが今からやるか?」


「君が平気なら今からでも」


 国王は蒼真との訓練で満足したのか、今度は千尋とリゼを捕まえて話し込んでいる。

 聖剣を改造したのは千尋だけではなくリゼの協力あってのものだ。

 国王は礼を言い、千尋とリゼの報酬をあれやこれやと挙げているが、そう易々と城みたいな邸も爵位ももらえるものではない。

 追々貴族と話し合ってから報酬を決めるという事で話はまとまった。

 たぶん爵位と邸が貰えそう。

 そして蒼真を娘の婿に欲しいと言っていたが、本人には言わないでおこう。

 王女はまだ五歳のお子ちゃまなのだから。

 以前は朱王を娘の婿にとも考えていたようだが。




 蒼真とダンテの戦い。

 国王の時と同じく蒼真は風の鎧を纏い、圧空刃を発動して右に構える。

 ダンテは精霊ノームと下級魔法陣グランドを発動して左の拳を握り締め、右に剣を持って後方に構える。


 ジリジリと歩み寄り、お互いの出方を見る。

 蒼真の右薙ぎとダンテの右薙ぎが交錯し、ダンテの剣が弾かれ後方に回避。

 再び距離を詰めて左逆袈裟に剣を振るうダンテだが、蒼真の圧空刃に弾かれてしまう。

 精霊魔導を発動していても強化のみでは蒼真に対抗できない。

 ナイフから精霊サラマンダーと魔法陣ファイア。

 精霊シルフと魔法陣ウィンドを同時に発動するダンテ。

 三精霊を同時に発動し、その魔法を制御するとなると並みの集中力、魔力制御ではできないのだが、そこは天才ダンテ。

 威力を補う為に精霊魔導を駆使して蒼真に挑む。


 片手剣での火属性魔法、風属性魔法の組み合わせが爆裂魔法として発動する。

 蒼真の圧空刃に対抗できるだけの威力があり、剣での防御に打撃での攻撃に切り替える。

 だが蒼真は圧空刃だけではなく風の鎧を纏っている為攻撃は簡単には当たらない。

 朝の訓練とは違う、蒼真の魔法を発動した戦闘能力はダンテの予想を遥かに上回り、蒼真の速度についていくのもやっとの状態。

 連続した攻撃は爆裂魔法で防ぐものの、その速度に魔法の発動が間に合わない。

 なんとか回避と防御で耐えている。

 ナイフを地面に投擲し、ヴォルトの魔法で蒼真を一瞬怯ませて蹴りを放つダンテ。

 風の鎧と左腕でのガードでその蹴りを防ぎ、同じように右薙ぎの蹴りを放つ蒼真。

 屈んで回避したダンテは足払いで反撃。

 足を刈られた蒼真だが、回転して着地して左薙ぎに斬撃を放つ。

 爆裂魔導の剣で受け流し、回し蹴りを放つも足技で受けられる。

 左拳で殴り掛かるが腕を掴まれて背負い投げ。

 体を翻して着地したところで首元に刀を突き付けられた。


「ぐっ…… やはり強いね……」


 魔力を霧散させ、精霊魔導を解除したダンテを見て蒼真も魔法を解く。


「多彩な攻撃は武器にもなるが、一撃そのものが軽くなる。魔力練度が朱王さん並みにでも高ければ問題ないんだろうがな」


「戦い方も考えなければいけないね。私も今のままではいけないようだ…… だが、私にも譲れないものがある…… 君にも負けられない…… 今日は戦ってくれてありがとう」


 ダンテはそれだけ言って去っていった。




 国王に誘われて王宮で昼食を摂り、午後からは国王は仕事に戻って行った。

 午後からも千尋達は再び聖騎士との訓練に励むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る