第69話 カルハの役所

 ムクリと起き上がる千尋。

 目を擦りながら辺りを見回す。

 左隣のベッドには蒼真が寝ている。朝が弱いしまだしばらく起きないだろう。

 右隣のベッドには朱王が寝ている。初めて見る朱王の寝顔だ。

 魔族と同質の魔力をもち、とんでもない強さをもつ朱王も寝顔は普通だなと思う。

 顔を洗って歯を磨き、部屋を出て階段を登って行く。


 屋上に出て朝のひんやりとした空気を吸い込んで深呼吸をすると、とても気持ちがいい。

 そして屋上を見る。

 この宿の屋上テラスだ。

 テーブルと椅子が置かれ、全部で十五組分あるようだ。

 この宿は三階建てとなっており、他の建物よりも高い為とても景色がいい。

 カルハの街の景色を楽しんでいると背後から声をかけられる。

 宿の従業員がお飲み物はいかがですかと問いかけてきたのでコーヒーをお願いする。


 コーヒーを受け取って八人座れる席に着き、いつものように魔力球を作り出す。

 今作れる魔力球の最大数が三十二個。

 以前より数量が減っているが、これは一つあたりの魔力量を増やした為だ。

 以前の魔力量500ガルドの魔力球から少しずつ増やそうと思ったが難しく、しばらく訓練してもできない為最初からやり直す事にした。

 一つの魔力球を1,000ガルドとし、隠蔽して無意識下で制御できるまで数日を要したが、慣れてしまえば数量を増やすのには苦労しなかった。

 今日もまた一つ増やす事にし、魔力球を隠蔽したまま意識の外へと向けていく。




 六時を過ぎた頃にリゼとミリー、アイリが起きてきてコーヒーをもらう。

 千尋は挨拶をされる事で魔力球を完全に意識から切り離す。

 という矛盾した考えだが、声をかけられる事で意識が覚醒し、無意識の中にというイメージを置いてくるようにしている。

一度増やした魔力球は使用しても作り直す事は簡単で、数量を増やす事は自分の魔力量を増やす事と同義だ。


 挨拶を交わして普段通りの他愛もない会話をし、朱王と蒼真が起きるのを待つ。


 七時を過ぎた頃に朱王と蒼真が起きてきて、全員で朝食にする。

 高級な宿ならではの豪華な料理。普段とは違った味に舌鼓を打つ。

 朱雀も朝食を食べているが、宿泊客というわけではない為別に料金を支払った。






 この日はこの街で過ごす事にし、全員で街を見て回ろうと決めのだが……


 まず向かったのは役所。

 やはり冒険者だからだろうか、クエストの内容が気になるようだ。

 この街の冒険者達も、初めて見る千尋達パーティーに注目している。


 まずはグリフォンの魔石を提出し、街でクエストが発注されているかを確認。

 やはり難易度10で発注されており、三体討伐で報酬が9,000,000リラとなった。

 今受け取る必要もないのでグリフォンを倒した千尋、蒼真、アイリの口座に全額預けた。


 さすがに役所に来て早々報告したのが難易度10。グリフォン討伐クエストという事もあって、所内が騒然となった。

 受付の女性も驚いていたが、ゴールドランク冒険者という事で納得していた。


 側から見れば若い冒険者の七人パーティー。

 身形は良いが全く強そうには見えない。そのうえ子供までいる。

 周りの冒険者が注目する中、全く気にする事なくクエストボードへと向かう一行。




 クエストボードを見ると、高難易度クエストが多く貼り出されている。どうやらこの街の周辺には強い魔獣モンスターが多いらしい。

 役所の職員さんに聞いてみると、高難易度クエストを達成できる程の冒険者がいないとの事。

 街の高ランクの冒険者でブルーランクだそうだ。


 千尋と蒼真がそわそわと朱王の様子を伺う。

 たぶんクエストを受けたいんだろうなと察した朱王は、近場のだけ今日明日で受注しようと提案する。

 別に急ぐ旅でもないし問題はない。




 蒼真は手頃なサイクロプス討伐を受注する。

 普通のサイクロプスと戦うのは初めてとなるのでどれ程のものか。

 どうやらサイクロプスは近くの森に住んでおり、農作物や食用となる魔獣を食い荒らしているようだ。

 サイクロプスによる被害は大きく、農村や狩人達の生活に大きなダメージとなっているようだ。

 しかし、農村や狩人も高い報酬は支払えず、役所がある程度上乗せしていてもそれ程報酬は高くない。


 報酬など気にせず早速受注する。


 クエスト内容:サイクロプス討伐

 場所:カルハ西部草原

 報酬:一体につき100,000リラ

 注意事項:群れで生息する

 報告手段:魔石を回収

 難易度:8


「これはオレとアイリで行くから千尋達は他のな」


 蒼真が勝手に決める。

 確かにこのメンバーでは過剰戦力もいいところだ。


「蒼真さん、私と一緒でいいんですか?」


「アイリの実力は知っているが実戦は危険だからな」


 アイリも蒼真と討伐に向かうので構わないと言う。




 千尋とリゼはまたクエストボードから選ぶ。


 クエスト内容:ハーピー討伐

 場所:カルハ北部草原

 報酬:一体につき100,000リラ

 注意事項:群れで生息する

 報告手段:魔石を回収

 難易度:8


 千尋達が別のクエストを受注しようとするのだが、一つのパーティーで複数のクエストを受注する事を受付の女性も許可できない。

 しかし同じパーティーメンバーだが別行動をとる事、この街に滞在するのも僅かな期間である事を告げると、職員さんは所長に相談してくると奥の部屋に入って行った。


 少し待つと所長がわざわざ出向いて来て、是非頼むと言ってきた。

 サイクロプスもハーピーもクエストが発注されて半年以上も達成されていない為、その被害は甚大だと言う。


 ハーピーによる被害は街の外を出歩く街人や行商人、低ランクの冒険者にまで至るという。

 ハーピーは肉食の魔獣モンスターで、鳥と人間を掛け合わせたような姿をしている。

 物凄いスピードで飛び回り、並みの冒険者では歯が立たない。

 高ランク冒険者であればハーピーの攻撃に対応できるが、数十体もの群れに襲われてはひとたまりもない。


 千尋達パーティーはグリフォンを三体も倒して来た事から、所長もただのゴールドランク冒険者ではないと予想。

 通常であればグリフォンは一体でもゴールドランクのパーティーで相手取る魔獣モンスターだ。

 しかも受付嬢から聞いた話では、倒した者の口座に報酬を全額預けたそうだ。

 それは個々にグリフォンを倒したという事に他ならない。

 高難易度クエストを受注してくれるなら是非ともお願いしたい。


 千尋とリゼはハーピーの討伐が決まった。




 残るはミリーと朱王。そして朱雀。


「ねぇ朱王。何かクエスト受けますか?」


「私は冒険者じゃないから受注できないよね。ミリーが受けたいのなら一緒に行こうかな」


「我もやるぞー。ジェイドで戦ってみたいっ!」


「じゃあ私が選びますね!」


 ミリーが選んだクエストはコカトリス討伐。


 クエスト内容:コカトリス討伐

 場所:カルハ北東部草原

 報酬:1,000,000リラ

 注意事項:毒性のブレスを吐く

 報告手段:魔石を回収

 難易度:9


 この世界でもファンタジー世界のように毒性の魔法はある。

 人間に使用する者はいない、できない為あまり知られてはいない。

 毒性の魔法は水属性であり、水魔法の知識と毒についての知識が必要となる。

 リゼは毒や水の性質について深くは知らない為、精霊を通しても使用する事は出来ない。

 そしてこの毒性の魔法。

 人間の体内には魔力があるにもかかわらず作用する。

 普段から強化された肉体では他からの魔力の影響をほぼ受け付けないのだが、毒性の魔法は対象の魔力へ干渉する。

 魔力を侵食して肉体へ直接ダメージを与える為、防御が難しいのが毒性の魔法だ。

 防ぐ為には毒を浄化する程の熱量、または風属性での防壁、耐毒性の水魔法による中和などがある。


 コカトリスのブレスは毒性の霧状のブレス。

 風魔法に乗せて毒のブレスを吐く為、相当危険な魔獣モンスターと言える。

 その毒性も強く、全身の激痛と吐き気、発熱、麻痺が発症し、五分もせずに死に至る。

 体内の魔力をも侵食する為抗うこともできず、毒を受けてしまえば解毒魔法を使用しない限りは回復は見込めない。


 まぁミリーがいるので問題はないが、ミリーを前衛で戦わせるわけにもいかない。

 朱王が戦えば一瞬で終わるだろうとは思うが、朱雀がやる気を出しているので任せてみよう。


 このクエストの受注も所長が許可をだしてくれたので向かう事にする。




 観光そっちのけでクエストに向かう三組に別れたパーティーメンバー。

 蒼真とアイリは西部へ。

 千尋とリゼは北部へ。

 ミリーと朱王、朱雀は北東へと向かった。


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