第68話 出発

 今日アルテリアを発つ。


 車に荷物を積み、工房に鍵をかける。

 まずはクイースト王国に向かうが、一日では着く事ができない為、途中にある街カルハに一泊する。

 アルテリアからカルハまでは車で八時間ほどでたどり着ける予定だ。

 すでに全員分の魔力登録も済ませてあり、一時間交代で運転していく事とする。


 朱王の車はオフロード車。

 車幅二メートルを超える巨大な車。

 車内も広く、前列三人、二列目四人、三列目もシートを起こせば三人が乗れる。

 朱雀を入れても七人なので、前後二列を使用して後ろには荷物を積む。

 荷物は魔剣を四本とゼスの工場に運ぶドロップの材料。貴族用のドロップなど主に朱王の荷物だ。




 朱王の車は運転席が中央にあり、左右のダッシュボード内は冷蔵庫と冷凍庫となっている。

 エアコンなどの装備も魔石をセットすると利用できる。

 音楽は朱王の魔石で再生する。

 音を発生する装置も魔石の組み合わせで作り出したそうだ。


 旅に出ようと決めてから出発までの二週間。

 朱王は準備と同時に自分の構想と魔石の組み合わせから、あるものを作り出していた。

 前席左右のシート背面に取り付けられたミスリルのプレート。

 両端に複数の魔石が埋め込まれた真っ黒なミスリル板だ。

 運転席のシート背面にはミスリルの嵌め込める穴がある。

 大量の魔石が用意されており、朱王のイメージが込められた魔石だ。


 各々自分の荷物を積み込む、といっても着替えや武器のみなのでそれほどの荷物はないが。

 武器はルーフに固定できるようになっているし、着替えなどの荷物は車の後ろに積んだ。

 食料は弁当と二日分程の非常食。砂糖や塩などの調味料も積んである。




 全員に車の運転方法や機能を説明し、最初は朱王が運転して出発する。


 車内は前席では音楽が流れ、後席ではミリーがセットした映画が映し出される。

 再生される音は前席、後席で分けられており、会話はできるが再生される音は前後で干渉しないようになっている。


 全員ドリンクホルダーには甘い炭酸水を果汁で割ったジュースを用意。お菓子もたくさん買ってある。

 異世界の車とは思えない快適さだ。

 え? ナビ? そんなの必要ないんです。

 舗装路がないから。


 車で流れる音楽は千尋が用意した。

 映像ではなく音楽だけであれば、千尋のイメージでも記録が可能だった。


 後席では映画を再生しているが、黒いミスリルの板に鮮明に映し出されている。

 画面も大きくて迫力がある。

 前回皆んなに見せたような切り出して編集した映像ではなく、一つの魔石で映画一本分の映像だ。


 朱雀は初めて見る映画を食い入るように見つめ、「我は朱王と契約して良かった!」と、ジュースを手にご機嫌だった。




 走り出してしばらくは森林地帯。

 千尋も自分の記憶から引き出した音楽とはいえ、直接耳で聴く曲は懐かしさを覚え、あっという間に一時間が経った。


 次に運転するのはジャンケンで勝った蒼真だ。女性陣と朱雀は映画に夢中なので、運転は後でいいそうだ。


 車で走って行くと大抵の魔獣モンスターは逃げていく。

 初めて見るエンジン音のする巨大な金属の塊に、魔獣モンスターも脅威に感じるようだ。


「車もいいな。バイクで走るのも風を感じて楽しいが、車もまた違った楽しさがある」


 初めて車を運転する蒼真。

 その乗り心地や操作感に満足しているようだ。


「朱王さん。この車作るのにいくらかかったの?」


 千尋は車の制作費が気になるようだ。


「いろいろ研究しながら作ったから部品代だけでも30億リラくらいかかったかな。最初にバギーを作っていたから開発にはそう時間はかからなかったけどね。これと同じのを作るとしたら10億リラくらいあれば作れると思うよ」


 実はバギーを作るのにも三十億リラ近くかかっている。

 希少な魔石の組み合わせでその性能も大きく違い、その中でも最も良い組み合わせで魔石を組み込んである。

 バギーは開発の施策エンジンが組んであるわけだ。

 また、バイク二台はある程度組み合わせの良かったものを使用して、必要充分な性能のエンジンとなっている。

 ちなみにお値段ヴェノムが8億リラ、ゼノンが10億リラだ。

 今後材料さえ手に入れば5億リラもあれば作れるかもしれないと朱王は考える。


「まだオレ達の貯金じゃ二台は作れないか……」


 どうやら千尋は作るつもりだったらしい。

 蒼真も欲しいと言うだろうから二台分を考えている。


 次に千尋、また朱王と順番に交代で運転していく。




 お昼を過ぎたところで車を停めて昼食にする。

 弁当を買ってきたので温めて食べることにする。


 車から日除けのパラソルを引っ張り出し、テーブルと椅子を設置して弁当を並べる。

 魔石で使えるコンロを設置してポットでお湯を沸かしてお茶も淹れた。


 今日の弁当は魚のフライがメインのようだ。

 甘辛いソースがフライに染み込んでいてとても美味しい。

 彩りを添える野菜にもソースが絡んで美味しかった。


 この世界に来てから海を見たことがない千尋と蒼真。

 海に面した国は西のウェストラル王国らしい。

 魚介類はウェストラルの特産という事で冷凍の魔石を使用して各国に運搬されているそうだ。


 今回の旅は東の国クイーストから周る事にした理由だが、魔族の国は遥か東にあるらしい。

 その為、最も東寄りなクイースト王国の戦力強化を目的として最初に向かう事にした。


 次に中央の王国ゼスに向かう。

 クイーストから北に向かう街道がない為というのもあるが、ゼスは最大の王国で朱王の本店もある。

 朱王が二ヶ月に一度は工場の見学に向かう必要もあり、この旅では二度訪れる予定だ。


 その次に北の王国ノーリス。

 ノーリスは寒い国ならではの料理があるので楽しみだ。

 そして火山地帯という事で温泉もある。

 また、ノーリスよりさらに北に向かうと竜族が住む谷があるという。

 朱王も用事があるので竜の谷にも向かう予定だ。


 そしてノーリスから西の王国ウェストラルに向かい、魚介類の食べ尽くしツアーとなる。

 海の魔獣モンスターも存在し、超高難易度クエストも多数あるという事で期待も高まる。


 最後にゼス王国に戻り、二度目の工場見学と各国の今後の方針を決める為の会議を予定している。

 もちろん会議の後はゼスでまた観光だ。

 観光と言いながら高難易度クエストはどこの国でも受けるつもりでいるのだが。




 昼食を終えてお茶を飲み、少し休憩した後はまた車に乗って出発だ。


 蒼真が運転して草原にできた道を車で進む。


 時々竜車とすれ違うが、ドラグバードが驚いて街道から逃げだす事があった。

 御者さんにはとても迷惑かもしれない。

 今後すれ違う際はスピードを落として走ろうと思う蒼真だった。






 拓けた草原の道をひたすら走り続ける車。

 千尋が運転して進む車の前に巨大な魔獣モンスターが道を塞ぐ。


 空から舞い降りて来た魔獣モンスターはグリフォン。

 クエスト難易度は10の強敵だ。


 三体のグリフォンが車を囲むように降り立つ。


「千尋君、止まろうか。あの大きさの魔獣モンスターだとさすがに車がひっくり返っちゃうし」


 仕方なく車を停車させる千尋。

 せっかく気分良く運転していたのに邪魔をされて少し機嫌が悪そうだ。


「オレ一体もらうねー」


 じゃんけんで残り二体は蒼真とアイリが戦う事になった。




「リク、シン。やるよ!」


 千尋はエンヴィとインヴィを手に持ち、肩元に浮かせたエクスカリバーとカラドボルグにはリクとシンが掴まる。


 下級魔法陣グランドを発動させ、魔法陣が魔剣のガード部分に展開される。


 グリフォンに駆け寄る千尋は地属性強化のみ。

 右のエンヴィで袈裟に斬り込む千尋と同じようにエクスカリバーを持ったリクが斬り込む。

 

 千尋の新たな戦い方。


【四刀流】


 左右の攻撃に加え、リクとシンの成長によって多彩な攻撃を可能とする…… 予定だ。


 魔術師団団長のマールを真似して始めた戦闘方法。

 精霊に剣を持たせて戦わせようというマールの考えを丸パクリ。自分も両手に剣を持ったら四刀流じゃん! と気分よく始めた方法だ。

 しかしマールも本当は千尋の真似。近接戦闘をできないマールは、精霊に戦わせちゃえ! と千尋の物理操作に精霊をくっつけたのだ。

 リクとシンがまだ自分で考えての攻撃ができない為、千尋の左右の攻撃に合わせて魔剣を振るう。

 今後千尋の戦い方を覚えればリクとシンが独自に攻撃をするだろうと予想する。


 千尋の袈裟斬りにグリフォンは嘴で跳ね除けるも、続くリクの持つエクスカリバーが胸元を切り裂く。

 魔剣とはいえ武器だけでは軽くなってしまう攻撃も、リクを支点にして剣先にグラビティを乗せる事で斬撃の威力を上げる。


 悲鳴をあげるグリフォンにさらに追い討ちをかける千尋。

 左右と精霊の連撃に防御できないグリフォン。

 風魔法を発動して空へと逃げようとするが、千尋はリクとシンにグリフォンの翼を貫かせて地面に落とす。

 続け様に左右の翼を切り刻むリクとシン。

 羽根がボロボロになり飛び上がれなくなったグリフォン。

 

 千尋は上級魔法陣グラビトンを発動。

 グリフォンは立つ事もままならない程の重力を全身に受ける。


 しかし魔法陣を発動した狙いはそこではない。


 およそ50センチほどに巨大化したリクとシンに魔力を渡し、魔剣を持った精霊は空へと舞い上がる。

 

 天空へと舞い上がったリクとシン。

 エクスカリバーとカラドボルグに上級魔法陣を通した重力操作グラビティを乗せる。

 質量の増大した魔剣は50キロを超える重さだ。

 質量を増した魔剣は重力の元、大地へと落ちていく。

 リクとシンの物理操作グランドによる加速、そして重力加速度によりその速度は時速1000キロを超える。

 リクとシンは照準を定めながら落下する。

 

 グリフォンの真上から突き刺さるエクスカリバーとカラドボルグ。

 その威力は容易くグリフォンの体を突き抜ける。

 グリフォンを貫いただけではなく地面が10メートルほど陥没し、クレーターができていた。

 グリフォンが動かなくなった事を確認し、魔石に還す千尋。

 

 どう考えても過剰な威力。

 

 千尋の様子から魔法の実験のつもりだったのだろう。

 魔剣の突き刺さった穴を覗いている。


 千尋の地属性魔法でもなかなか引き上げる事が出来ず、下級魔法陣グランドを発動して引き抜いていた。

 リクとシンも埋まっていたが、精霊なので何ともなさそうだ。




 蒼真はランを呼び出…… さなくても出ているので風を纏ってグリフォンに向かう。


 まずは小手調べ。

 風刃を放ち、風の刃がグリフォンの首筋を襲う。

 風刃に対してグリフォンは口から吐き出した爆風で相殺する。

 相殺されると同時に胴体に斬り込む蒼真。

 前足を上げて回避するとともに蒼真の頭上から爪を振り下ろす。

 巨大なグリフォンの爪を刀で受け流し、腹下から風刃を放つ蒼真。

 悲鳴をあげて飛び退くグリフォンだが、風に耐性があるのか切り傷がない。


 蒼真は下級魔法陣ウィンドを発動。

 暴風が蒼真の体を浮かび上がらせる。


「ねぇ蒼真。エアリアルは使わないの?」


 ランが問いかけてくる。


「いろいろと試したいからな。ランの全力も見たいしとどめはエアリアルで刺そうか」


 わーい! と嬉しそうに飛び回り、兼元に飛び込んだラン。

 蒼真は魔力を練り、離れた位置からグリフォンに向かって刀を振り下ろす。

 グリフォンを中心に爆風が吹き荒れ、空間が収縮される。

 どうやらランがレミリアの放った風のミキサーを真似したようだ。


 風の耐性があろうとズタズタに切り裂かれたグリフォン。

 原型は留めるものの、翼は引き裂かれて全身からは多くの血を流している。


 とどめに上級魔法陣エアリアルを発動。

 兼元は青い光を放ち、光の刃が薄っすらと伸びる。

 

 蒼真にも予想がつかないエアリアルを発動しての上級精霊魔法。

 グリフォンから離れた位置だが、ランが刀を振るように念を送る。

 蒼真はそれに従い刀を両手で振り下ろす。


 兼元から放出される風の刃。

 数十メートルに渡って風の刃が伸び、空を裂き、敵を斬り、大地を割る。


 その斬れ味は凄まじく、グリフォンが自ら動いてズルリと崩れ落ちるまで気付かないほどだ。

 蒼真にとっては何の抵抗もなく大地まで切り裂いた。

 ただ刀を振り下ろしただけでこれ程の威力。

 さすがに蒼真も顔が引き攣った。


 兼元から出てきたランは地面にできた裂け目を見てニンマリとしている。

 ランも満足する威力のようだ。

 上級魔法陣だが全く派手さはなく、静かな魔法となった。




 アイリは魔剣クラウ・ソラスを抜く。


「イザナギ! イザナミ!」


 顕現するヴォルトは放電するたてがみのある狼。


 さらに下級魔法陣サンダー、そして迅雷を発動するアイリ。

 魔剣だけでなく全身から紫色の放電を始める。


 駆け出すアイリは地面が縮んだかのような感覚を受ける。

 10メートル以上も離れた距離をわずか一歩で到達し、グリフォンに向かって右のサーベルで切り上げる。

 グリフォンは反応出来ずに左前足を深く切られた。

 そして流れる高圧の電流。

 悲鳴をあげるグリフォンは跳ねるようにその場で倒れ込む。

 ビクビクと痙攣を起こし、わずかな時間麻痺状態になっていた。

 体表もプスプスと焦げがある。

 相当な電圧が流れたと予想される。


 アイリは首を傾げながらグリフォンを観察していた。


 下級魔法陣に迅雷を通したヴォルトの魔法。

 アイリが思う以上の身体能力の上昇、そして麻痺という追加効果。

 自分の動きが速すぎて意識がついていかないほどだ。

 

 グリフォンが立ち上がるのを待ち、もう一度駆け出すアイリ。

 跳躍してサーベルを頭めがけて振り下ろす。

 嘴で受けるグリフォンに再び電撃を食らわせる。

 悲鳴をあげるグリフォンに追撃で切り刻み、一撃ごとに電撃を流し込む。


 血を流し黒く羽毛を焦がしたグリフォンは、地面に転がったままビクビクと痙攣している。

 電撃による麻痺効果は高く、なかなか動けずにいる。


 しかしダメージは与えられても倒せていないのも事実。

 すでに千尋と蒼真の戦いは終わっている。


 アイリも上級魔法陣ボルテクスを発動。

 イザナギとイザナミは放電しながら巨大化する。

 肉体を持たない精霊は魔力次第で大きさも変化するようだ。

 中型犬程の大きさとなった雷を纏った狼。

 鬣が紫電を放ってアイリスの攻撃指示を待つ。


 アイリはグリフォンに向かって右のサーベルを振り下ろす。

 同時にイザナギが消え、グリフォンを紫色の雷が襲う。

 サーベルの動きに合わせて空へと舞い上がったイザナギが、雷となって轟音と共にグリフォンに落ちた。

 残ったのは真っ黒に焼け焦げたグリフォンの死体。


 困った事にイザナミがアイリの攻撃指示を待っている。

 仕方なく何もないところに向かって放つ事にする。

 下から切り上げるようにサーベルを振るうと同時にイザナミが姿を消す。

 同時に紫色の雷が轟音と共に地面から突き上がる。


 アイリの足元に座るイザナギとイザナミ。

 全力の雷を放って気分が良かったのか太い尻尾をブンブンと振っていた。

 



 あっさりと三体の高難易度魔獣モンスターを倒したが、全員が上級魔法陣の試し撃ちをした為魔力が欠乏気味になる。


 千尋も蒼真も運転を諦めて後部座席に乗り込む。


 代わりに前席に乗り込んだのはミリーとリゼ。

 リゼが最初に運転し、ミリーが目的地のヨルグまで運転する事にした。


 リゼはスピードを出すのが好きなようで、アクセルをベタ踏みで走るせいで乗り心地が悪かった。

 





 十七時を過ぎた頃にカルハに到着した。


 カルハはアルテリアよりも小さな街だ。

 ザウス王国とクイースト王国を繋ぐ街道沿いにある街の為か土産物なども多く売られている。


 宿も多くあり、予約がなくても宿泊が可能だ。

 蒼真の希望でこの街の最上級の宿をとる事にした。

 部屋割りは男女で別れる事にし、三人部屋を二部屋とした。

 朱王は一人部屋でも良いと言うが、千尋や蒼真が同じ部屋にしようと言うのでそうした。

 

 車は倉庫を借りて停車。

 行商人も多く利用する為、魔力鍵のついた倉庫も多数貸し出されている。


 夕食は宿の料理を堪能する。

 高級宿なだけあって食事も豪華だ。

 やはりアルテリアの味とは少し違うこの土地ならではの味を楽しんだ。




 せっかく来たのだから街を見たい気持ちもあったが、移動や戦闘で疲れたこの日はゆっくり休む事にした。


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