第48話 馬の骨

 ドロロロロロロロロロ…… ガチャリ。


 朱王が運転席から降りて来る。


「ただいま! やっと着いたよー」


 笑顔で話しかけてくる朱王。


「お帰りなさい朱王さん! っわぁ!?」


 リゼに突き飛ばされたミリーは朱王の手に支えられる。

 赤面するミリーに「大丈夫?」と笑顔で問う朱王。




 再びガチャリ。


 車の左側の席からも誰かが降りて来た。

 歳の頃はリゼと同じくらいであろう一人の女の子。

 薄紫の髪を腰まで長く伸ばし、黄緑がかった目は凛としてミリーを見つめている。

 白いローブを羽織り、身長は165センチほどのとても綺麗な女の子だ。


「アイリ。ご挨拶をしなさい」


「皆様はじめまして。私はアイリと申します。皆様お見知り置きを。ところであなたは…… 朱王様とはどういう関係ですか?」


 ミリーに向かって問うアイリ。


「私はミリーです。朱王さんの…… ゆ、友人です!」


「今はね」


 笑顔で朱王が付け足す。


「朱王様。御自分の立場をお考えください。我々の主人である貴方様が何処の馬の骨ともわからない娘にうつつを抜かすなどあってはなりません!」


  はぁ…… と溜め息を漏らす朱王。


「馬なんてこの世界にはいないけどね。ゴメンね、ミリーさん。アイリがどうしてもと言うから連れて来たんだけど、ミリーさんに迷惑をかけてしまいそうだよ」


「朱王様。貴方様に好意を寄せる部下が大勢いる中、何故そちらのミリーさんなのですか!?」


「何故? …… 何故だろうね。好きになるのに理由がいるのかな?」


 顎に手を当てて考える朱王。


「な、なんだか恥ずかしいですね……」


 顔を赤くしたミリーは少し期待した表情で朱王を見る。

 ニヤニヤと傍観をきめ込んでいるリゼは放っておく。


「そうだね、一緒にいて楽しいからかな。まぁ見た目も好みだけどね。顔も可愛いしスタイルだって鍛えられてるのかすごく良い。腰がキュッと引き締まってて、胸のかたっ…… むぐぐっ」


「うわぁ!? それ以上はやめてください!」


 余計に顔を赤くして朱王の口を押さえるミリー。


「立ち話も何だしとりあえず中に入ってよ」


 リゼが工房に入るよう促す。

 笑顔で言うリゼはなんだか普段よりもご機嫌な様子だ。




 ソファに座り、コーヒーを受け取る朱王とアイリ。

 ゼス特産のお土産、チョコレートの詰め合わせを人数分差し出す。

 あとは今食べる分としてもう一つテーブルに出す。


「ゼスはチョコレートで有名なんだ。この辺には売ってないでしょ?」


 甘党のパーティーが喜ばないはずはない。

 お礼を言って早速テーブルに置かれたチョコに手を伸ばす。


「朱王さん、刀完成してるよ!」


 千尋が工房に置いてあった刀を持って来て手渡す。

 渡す瞬間に刀に溜まった自分の魔力を一気に引き抜く。


「わぁ。これは見るのが楽しみだね!」


 嬉しそうに受け取る朱王。


「朱王様が武器を頼んだんですか!?」


「うん、そうだよ。あれ? なんかすごい魔力を吸われたような…… あと長いし大きいような……」


 鞘から刀を抜き取る。


「おお…… すごい綺麗に仕上がってるね! ただ図面よりもかなり大きいよね?」


「うん! せっかくのミスリルの塊だったから目一杯大きくしてみたんだ! あと今まで見てきたミスリルとは違う性質もあったから、その部分だけで作り込んでみたよ!」


「さすが千尋君だね。見た目も良いが、あの塊の一番魔力の高いところを使ってる。完璧だよ!」


 満足そうに刀を眺める朱王。

 アイリもじっくりと朱王の刀を見つめている。




「あ、そうだ。朱王さんさぁ、魔力の色はそのブレスレットの能力なの?」


 千尋は朱王の手首を指差して問いかける。


「あの一瞬で気付いたの? そう、これは発売前の新作で魔力に色を付けられるアイテムだよ」


「オレは青があったら欲しい」


 蒼真も気付いていたようだ。

 朱王が以前蒼真やリゼと戦った際に一瞬だけ魔法を発動したのだが、剣に緑色の炎を纏っていた。


「そんなのあるんですか!? 私も欲しいです!」


 ミリーは身を乗り出して手を挙げる。


「私あの時頭に血が上ってたのよね…… 朱王さん、良ければ見せてくれないかしら?」


「いいけどまた攻撃してこないでね?」


 笑いながら答える朱王は、外に出て刀を抜いて魔力を練る。


 風魔法を発動して剣から放出すると、刀身から輝く緑色の刃が現れる。


「少し癖があるけど…… すごいねこれ。加減が難しいかも」


 朱王も驚くほどの性能だ。

 試しに刀を振るってみる。

 朱王の剣舞はとてつもなく速い。

 風魔法を発動してるのも相まって朱王を中心に爆風が舞う。

 緑色の光の乱舞は美しく、見る者を魅了する。


「うん、いいね。重さも大きさも気にならない。バランスも良いからか振られる感じもしないし魔力も安定してる」


 乱舞を終えた朱王は刀を鞘に収める。


「ありがとう千尋君、リゼさん。最高の刀だよ! ところで名前は? つけてあるんだよね?」


「あはは。気に入ってくれて良かった! 銘は朱雀丸。魔力を吸い上げる妖刀だよ!」


「魔力に色が付くとすごく綺麗ね…… 私も一つ欲しいわ」


 リゼも欲しくなったようだ。


「今はこれしか無いからね。皆んなの分を作ったらプレゼントするよ」


「朱王様。その剣…… カタナ? は彼等が作ったんですか?」


 マジマジと刀を眺めたアイリが問う。


「そうだよ。すごい良い腕だよね!」


「少し見直しました。でもミリーさんの事はまだ認めてませんよ!」


「認めないって言ってもねぇ……」


「朱王様のお側にいるのなら、まずは強くないといけません!」


「たぶんうちの組織の誰よりも強いと思うよ?」


「そんなはずはありません!」


「蒼真君やリゼさんと以前剣を交えてみたけど、魔族相手でも問題なく勝てるレベルだったよ?」


「ミリーさんとは交えてないんですよね?」


「ミリーならオレ達と同等の強さだぞ」


 蒼真が口を挟む。


「それに性格も良いよね」


 千尋も口を挟む。


「可愛いしスタイルもいいわよ」


 リゼも口を挟む。


「もっと褒めて欲しいです!」


 さらに要求するミリー。


「口では何とでも言えます。証拠を見せて頂けないと納得できません!」


「それじゃあミリーさん。申し訳ないんだけどアイリの相手してくれないかな?」


「はい、良いですよ!」


「え!? ちょっと待っ!? 朱王様がミリーさんと模擬戦お願いします! 組織には私より強い者もおりますので!」


「…… まじですか!?」


「ミリーなら大丈夫だ」


 蒼真が勝手に決めつける。


「ゴメンね、ミリーさん」




 以前と同じ西側の岩場に立つ朱王とミリー。


 ミリーはメイスを構えて魔力を放出する。

 朱王は刀を持って強化する。




「朱王さんは朱雀丸だけどミリーは平気かな?」


「エンヴィの比じゃないわよ?」


「もしかして早まったか?」


「朱王様の強化は魔法攻撃以上ですからね」




 朱王がゆらりと駆け出し、横薙ぎの一撃を打ち込む。

 ミリーはメイスで防御するが弾き飛ばされる。

 普段通りの魔力では受けきれない。

 そう判断したミリーは防御にも魔力量を増やす事にする。


 再び駆け寄る朱王の攻撃。

 袈裟斬りに振り下ろし、ミリーはメイスで受ける。

 しっかりと相殺できている事を確認し、朱王は次々と斬り込んでいく。

 朱王に操作された刀は恐ろしく速いが、全てを捌き受けきるミリー。

 そこからさらに反撃を繰り出す。

 朱王の攻撃に反撃をする事は容易ではない。

 速いだけではない、魔法攻撃並みの重い連撃。

 ミリーは全ての攻撃を爆破で相殺し、さらに反撃の際には空気中の爆裂魔法でメイスを加速させる。

 スピードのないミリーが自ら編み出した戦い方だ。

 ミリーの攻撃は千尋達他のメンバーに比べて攻撃力が高い。

 防御以上に爆破も強く、反撃を受ける朱王も刀を弾かれる程の威力だ。


 お互い距離を取ることもなく打ち合う事数分。


「もういいんじゃない?」


「そうですか? アイリさん納得しますかね?」


「私とこんな長時間張り合える人はそうそういないからね。充分だと思うよ?」


 魔力を収める朱王。

 ミリーも戦闘状態を解く。




「ミリーって体力あるわよね……」


「パワーもあるよな」


「精霊なしであの強さだもんね」


「朱王様とまともに戦えるだけでも普通じゃないです。認めざるを得ませんね……」


 落ち込むアイリ。

 アイリは今回、組織の女性陣の代表として朱王について来た。

 ミリーの事を楽しそうに話す朱王。

 組織内では抜け駆けが禁止されていたのにも関わらず、余所者であるミリーの存在が浮かび上がった。

 これは一大事。

 誰かミリーという人物の調査をしなければ!

 そんなわけでアイリがついて来たのだ。


 アイリはゼスを拠点とする幹部の一人。

 実力も組織内では上位であるものの、朱王が相手では戦いにすらならない。

 今見たミリーの実力は、アイリの知る限り朱王を除いては最強と言えるほどのものだった。

 そのミリーと同等の実力を持つという四人の冒険者に、アイリは戦慄を覚える。


「アイリ。せっかくアルテリアに来たんだ。ゼスはサフラ達に任せてしばらく滞在するか?」


 落ち込んで俯くアイリに声をかける朱王。


「い、いいんですか!?」


 少し涙目だったアイリに笑顔が戻る。


「まぁ私の仕事を手伝ってもらうけどね」


「ありがとうございます!!」


 満面の笑みでお礼を言う。


「で、ミリーさんの事は認めてくれるんだね?」


「はい…… 実力だけは申し分ありません」


 言って視線を逸らすアイリに、朱王は頬を摘んで引っ張る。


「なかなか強情な子だなぁ。少し稽古をつけてやろうか?」


 笑顔で頬をグイグイ引っ張る。


「いひゃい! いひゃいれふ!」


「わぁ! ダメですよ朱王さん! 女の子の顔を痛くしてはいけません!」


 朱王の手を払い、アイリの背後から頬に回復魔法をかけるミリー。

 回復するほどの事ではないのだが。


「ミ、ミリーさんはヒーラーなんですか?」


 驚いた表情で問うアイリ。


「そうなんですよ。親がヒーラーなので!」


 アイリの頬を揉むミリー。


「まさか…… ヒーラーであの強さとか反則ですよ……」


 力なく嘆くアイリの頬を揉むミリー。


「何という手触り! すごく伸びます!」


 すべすべでモチモチで伸びる頬のアイリ。

 リゼもアイリの頬に触ってみる。




「朱王さん、アイリはどこに泊めるの?」


「エイルはまだ空きあるよね? 今日は私も話があるから泊まっていこうと思うし、そのままアイリは宿をとればいいかな」


「ええ!? 朱王様のご自宅じゃないんですか?」


「それは許せません!」


 とりあえず宿泊できるか確認をする為、エイルに戻る事にした。




 空き部屋は幾つかあり、一人部屋、二人部屋、三人部屋がある。

 アイリは朱王と二人部屋と言っていたが却下され、リゼとミリーがチェックアウトしてアイリと三人部屋を借りる。

 三人部屋の料金は一泊80,000リラ。

 二人部屋をさらに広くし、ベッドのサイズも大きい。

 ソファやテーブルも大きく、千尋達が集まってもゆっくりとくつろげるだけの広さがある。

 お風呂場の湯船もまた大きく、三人一緒に入る事も可能な大きさだ。


 朱王は今日だけの宿泊という事で一人部屋。


 車は倉庫が空いていたので入れさせてもらった。

 別に外に停めてあっても盗難などの心配はないのだが、とにかく目立つ。

 とりあえず閉まっておこうという事になった。


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