第49話 朱王

 夕飯を食べてリゼ達の三人部屋に集まった六人。

 ソファに座り各々コーヒーや紅茶を飲みながら朱王の話を聞く。


「私は組織の事を彼等に話すからね。アイリは黙って聞いてるんだよ?」


「はい。皆さんミリーさん程の実力があるなら話しておいて良いと思います」


 朱王の話が始まった。


 組織名はクリムゾン。

 朱王を長として各国に隊長と隊員が総勢三千人程いるとの事。

 各国には聖騎士として国に所属しているクリムゾン隊員もおり、ここザウス王国ではバランがそれにあたる。

 主な仕事は国内の情報収集と調査。

 もちろん聖騎士長達もその事は知っている。

 朱王の命令があればクリムゾン聖騎士を介して聖騎士長も動かす事が可能だ。

 なぜ聖騎士に部下を置くかというところだが、貴族の中には魔族と繋がる者がやはりいる。

 権力を欲する者は国を滅ぼしてでも成り上がろうと考えるようだ。

 魔族との繋がりが疑われているとしても、国の重鎮である貴族に一般市民である朱王の組織が攻撃を仕掛けるわけにはいかない。

 聖騎士という立場からそれを可能にしたという。


「思った以上に大きい組織だね」


「朱王さんには言ってなかったけど、ロズさんから少し話は聞かせてもらってるの。王国内にいた魔族も掃討してあるわ」


「うん、それはね…… ごめん。予想してたんだ」


 朱王が再び話し始める。


 朱王はミリーや蒼真と知り合う前に、バランから千尋達の事を聞いていたそうだ。

 作った武器を王国の武器屋に卸しているなら、バイクを手に入れたらそれに乗って行くはず。

 千尋の工房に寄った際に多くの武器が完成していた事が引っかかり、これは王国に行く為の竜車に乗るのを嫌ったのではないかと考えたとの事。

 バイクを手に入れたら近い内に王国に行くのではないかと。

 そしてバイクは目立つ。

 朱王の部下が発見して接触するだろう。

 そしてリゼが魔族の話を聞いて放っておくとは思えなかった。

 千尋達の実力なら問題なく倒せるだろうと予想し、もしまだ王国に行ってないとしたなら今日ここで話して明日にでも向かうつもりだったそうだ。


「なるほど。まぁ旅から帰ったら説明すると言ってたし、オレ達の行動を予測するのも頷ける。だがオレ達が行かなくても大丈夫だったんじゃないか?」


「ロナウドさんやレオナルド君、レミリアさんあたりは戦えると思ってたけどね。私が知るのはバランの強さを基準としているから少し危険と判断したんだ」


「ロナウドさん達には魔剣渡したからねー」


「聖騎士にも何か与えたんだろう? バランが随分と強くなったと手紙を寄越したがどれ程のものか判断つかなくてね。できるだけ危険な目には合わせたくなかったんだよ」


「聖騎士で魔族になんとか勝てるくらいだな」


「それはすごい! 相当強くなったと言えるね!」


「では今回の旅は何をしてきたんですか?」


 ミリーが話を変える。


「まずはゼスに行ったのは工場があるからなんだ。ドロップのペンダントトップを製造してる。そこに魔石の在庫を納めに行ったんだよ。あとは聖騎士のイアンと幹部のサフラ、ダンテ、アイリと会って報告会をしたね。その後聖騎士長とともに王宮に行って国王に挨拶してたんだけど、随分と歓迎されてね…… 丸二日拘束されてしまったよ」


「ゼスの王女様の結婚相手にと国王様はお考えのようです」


「…… まだ子供じゃなかったか?」


「五歳だそうです」


「勘弁してくれ…… ま、まぁ次の日からは、ゼス周辺の街から呼び寄せていた部下からの報告を受けて魔族の動向を調べていたんだ。ゼスからかなり遠い村だが魔族の住処になっているところもあったね」


「魔族の方はどこまでわかってるんだ?」


「魔族に関しては未だに均衡を保っているようだね。魔族にも貴族は存在するんだけど、強さも我々の知る魔族をはるかに超えるらしい。私もあった事すらないからどれ程かはわからない。ただ人間に接触してくる魔族はいずれも末端。下級魔族らしい。まあそれでも数が多ければその分戦力となるわけで、部下として配されているみたいだね」


「末端の魔族で聖騎士と同等って危険だね」


「そうなんだよね…… 私の部下も強化しないといけないんだけどね」


「王国の聖騎士は今後強くなると思うが、他の国が危険だな」


「聖騎士にはまだ何かあるのかい?」


「ロナウドさんが許可すれば武器に魔力量2,000をエンチャントするよー」


「千尋君のエンヴィと同等か。それならかなりの強さになるかもしれないね」


「朱王さんの刀にも何か能力付与させる?」


「お願いするよ。どうするかはまだ何も考えていないけどね」


「朱王さんは組織にオレ達を勧誘しないのか?」


「ふふ。それも考えたんだけどね。やはり君達とは対等な立場に居たいからね。私の部下としてではなく友人として協力してほしい」


「…… うん。だいたいわかったわ。今後私達はもっと強くならないといけないわよね」


「良ければ私の魔石も使うかい? 少し限定的だが千尋君のとは別に何か付与させられると思う」


「限定的ってどういう事?」


「千尋君の魔石は簡単な能力であれば何でも付与させられるみたいだけど、私の魔石は視覚的な変化を見せるようなものだね。例えばこのドロップなんかもそうだが髪や目の色が変わるだろう?」


「それは戦闘には使えないんじゃないか?」


「うん。普通に使えばそうかもしれないけど他にも使い道があるんじゃないかな?」


「視覚的な変化か。面白そう!」


「千尋さんはまたおかしな事するんでしょうね!」


「幻術なんかもやれなくもなさそうだよね!」


「そうだね。今まで戦闘目的で使用した事がなかったからどんなことができるかわからないけど、私も何か考えておくよ」


「あの…… 何の事ですか?」


 話についていけないアイリ。


 千尋が事細かに説明してくれたので理解できたが、アイリにとっては驚くべき内容だった。


 アイリは朱王の魔石についても知らなかった。

 組織内でもカラーの魔石については入手方法を知らされておらず、朱王が直接運んでくる為高難度魔獣モンスターの魔石の加工品と思われていた。


「千尋君。アイリにも魔石もらえないかな。今後この子にも強くなってもらわないとだし。クエストにも少し参加させたいんだけど……」


「魔石は部屋にあるから持って来るね! クエストは蒼真やミリーと一緒すれば良いし」


「ありがとう。アイリは武器を用意して」


「はいっ!」


 千尋は魔石を部屋から持って来て、アイリの剣に魔力量2,000でエンチャントした。


 朱王の魔石での付与はイメージが固まったらという事で後日になった。


 今日はこれで解散。

 各々部屋に戻って行く。






 朱王がシャワーを終えてくつろいでいると、部屋のドアがノックされる。


 部屋の扉を開けてみるとリゼが立っていた。


「リゼさんどうしたの?」


 首を傾げて問いかける。


「ねぇ、朱王さんはアイリをどうして連れて来たの?」


 実はクエストの話が出た際にニヤリとした朱王に気付いたリゼ。


「あの子は美人だろう?」


「まさかとは思うけど……」


 訝しげに朱王を見るリゼ。

 コクコクと頷きながら笑顔を見せる朱王。


「リゼさんやミリーさんが居るのにも関わらず好意を見せなかったからね。好みが違うのかなと思って試しに連れてきたんだ! 正解でしょ?」


「よくわかるわね…… ほんと驚いたわよ」


 呆れ顔で朱王を見るリゼ。


「まぁ付いて来るって言う子が何人かいて、一応反対はしたんだけどね。アイリだけ仕方なく連れて来たんだよ」


「言葉がおかしいのは気のせいかしら……」


「組織内でも選りすぐりの美人さ。少し強情なところもあるがとても良い子だよ」


 バタバタと足音が聞こえる。


「あ! リゼさん! どうして朱王さんのところに来てるんですか!?」


「ミリーさんを差し置いて抜け駆けですか!?」


 リゼを疑うミリーとアイリ。


「え!? 違うわよ!?」


 焦ったように否定するリゼは余計に怪しい。


「あはは。リゼさん誤解されてるね」


 笑顔で言う朱王を見て少し涙目のミリー。


「うーん、言って良いよね。リゼさんは恋愛の相談に来たんだよ。やはり男の意見も聞きたいだろう?」


「リゼさんは好きな人がいるんですか?」


 アイリは知らないので問いかける。


「千尋さんを好きって言いながら朱王さんのところに来てます……」


 疑いが晴れない為ミリーは拗ねている。


「うーん…… 困ったね。私の部屋じゃ狭いから君達の部屋にまた行こうか」


 場所を再び三人部屋に戻す。




「ミリーさんは何を疑ってるのかな?」


「むぅ…… 旅に出る前にも仲良くコソコソ話してましたし…… さっきも……」


「朱王様…… それは疑われても仕方ないです」


「そうだねぇ。旅に出る前か…… リゼさんに呼ばれて少し離れた場所で話したのはね、出発前にミリーさんに会いに来てくれと頼まれたんだよ。まぁミリーさんが私に好意があるのを気付いていたからね」


 リゼの顔を驚いたように見るミリー。


「そこでリゼさんの好きな人が千尋君でしょ? と言った事から相談に乗る事にしたんだよ」


「むぅ…… 今すごく恥ずかしい気分です」


「誤解は解けたかい?」


「はい…… 疑ってごめんなさい」


「だから言ってるじゃない……」


「誤解も解けたし部屋に戻るね。おやすみ皆んな」


 クスリの笑って席を立つ朱王。

 手を振って挨拶をするリゼとアイリ。

 ミリーは朱王と一緒に部屋を出る。




 しばらくして真っ赤な顔をして部屋に戻って来たミリー。

 顔を押さえてクネクネし始める。


「な! 何があったんですかミリーさん!?」


「ちょっとミリー! 話を聞かせなさい!!」


 アイリとリゼがミリーに問い詰める。


「嫌です! 絶対に言いませーん!!」




 この後アイリを交えた三人での女子会が行われ、アイリの朱王に対する気持ちは恋愛感情ではなく憧れめいたものである事が判明した。


 ここしばらく千尋と一緒に工房に篭っていたリゼは、関係が進展しない事への不満からただの惚気話へと変化していく。


 ミリーはアイリに朱王の事で質問する。

 表情をコロコロと変えながら少しでも朱王の事を知ろうとするミリーは、アイリから見ても好感が持てた。




 アイリは朱王について話をする。


 朱王はクリムゾンとしてではなく、表向きは商人として生活しているらしい。


 この世界で初めて会ったのが魔王。

 そして数百の魔族と戦いながら人間族の王国へたどり着いた朱王。


 魔力が枯渇して傷を負っていた朱王は、クイースト王国で商人の老夫婦に助けられ、そこから人間族の中で暮らし始めた。

 老夫婦はゼスの商人という事で、朱王も護衛ついでにゼス王国へと渡った。

 商売を老夫婦から学び、自分の作る商品を売り始める事で商人になったそうだ。


 朱王の部下の多くは、元は奴隷として売られていくはずだった孤児達だという。

 ここ数年、奴隷商人を見る事がなくなった理由が朱王の組織の存在だった。

 この世界にはたくさんの魔獣モンスターが存在する為、街から出た所で命を落とす可能性は大いにある。

 親を亡くした子供は奴隷商人に拾われ、金のある者に買われていくのが常だった。

 泣き叫ぶ子供を檻に入れて運ぶ奴隷商人。

 親を求めて泣く子供達。

 放っておけば子供達は死んでしまうのだろう。

 奴隷として生きていくのであれば食事は与えられ、生きていく事だけはできる。

 だが親を亡くした事で道具としての扱いを受けなければならなくなる子供達に、何の罪があるのだろうか。

 気が付けば朱王はゼス王国で見かけた奴隷達を全て買い取っていた。

 毎日勉強や訓練を行い、一人で生きていけるだけの能力を身に付けさせた。

 しかし小さな子達はまだ一人で生きていく事は難しい。

 大きな子達は小さな子達の面倒を見る事。

 もうすぐ大人になる年齢にある子達には朱王の商売の手伝いをする事を命じる。

 全ての子達に食事を与え、仕事の手伝いをする子には給料を払う。

 奴隷としてではなく普通の生活を朱王は与えていた。

 組織の人間は家族という名の元に成り立っているという。




 アイリは奴隷から組織に入ったわけではない。

 自ら望んで朱王の部下となった。

 命を助けられた事で朱王と出会い、次の日からは朱王の仕事を見に行った。


 商人としての朱王。

【緋咲宝石】と【緋咲美容】という店をもつ。

 その下で働くのは自分と同じくらいの子供達。

 朱王を慕う子供達は生き生きと仕事をし、楽しそうに暮らしていた。


 緋咲宝石は宝飾品やドロップの販売店だ。

 礼儀や立ち居振る舞いをしっかりと教え込まれ、制服を着て商売をする様はその辺の商人達とは一線を画す。

 貴族達もこの店の対応を気に入り、どこの国でも人気のある宝石店となる。

 ドロップは緋咲宝石でしか購入ができない為、売れ行きも好調…… 常に売り切れる程だった。


 緋咲美容は美容院だ。

 朱王は地球では元美容師。

 その技術を子供達に教え、一定の基準を満たした子達は店に立つ事になる。

 ヘアカラーやパーマなどはやらないと決め、ヘアカットをしっかりと教え込んだ。

 シャンプーも洗浄魔法をする事でなしとする。

 練習用のウィッグなどはこの世界にはないが、伸ばし放題の髪をした人達はその辺に溢れている。

 モデルとして人を集め、練習が終わったら朱王が手直ししてそのままお帰り頂く。

 噂が噂を呼び、練習する為のモデルには困らなかった。




 程なくして子供達と仲良くなるアイリ。

 そこで子供達は親を亡くし、奴隷として売られていくところを朱王に買い取られたと知る。

 奴隷と聞いて違和感を覚えたアイリ。

 自分が知る奴隷とは全く違い、楽しそうに毎日を過ごしている彼等は奴隷には見えない。

 自分の疑問を朱王に問いかけると、朱王がいた国には奴隷はいない。

 親を失ったからといって彼等が不幸な人生を送る必要はない。

 彼等にも幸せな人生を望むと言う朱王を尊敬した。

 そして自分も朱王の力になりたいと思った。




 クリムゾンはアイリが入ってから立ち上げたものだ。

 朱王の店が繁盛し、わずか一年で各国の貴族からも注文を受けるほどとなった。

 強い部下達も育ってきた事と他の国の奴隷となる子供達を救いたいと、各国に店舗の展開を決めた。


 各国に連れて行く強い部下や頭の良い部下を五名ずつを幹部とし、各国クリムゾン隊長を筆頭に、聖騎士に一人と店の社長、マネージャー、施設長を幹部として指名した。

 他の子供達もクリムゾンの隊員として、店で働く店員として、施設の子供達の教育係として複数名ずつ連れて行った。


 各国に店舗を展開する際には朱王も同行し、上客である貴族を通して聖騎士長に面会。

 朱王の話の重要性から、国王とも謁見。

 国の重鎮を集めて魔族に関する情報と危険性を伝え、聖騎士と国内へのクリムゾンの配置を認めさせた。

 店の展開についても説明し、奴隷制度の廃止と子供達の受け入れを申し出た。

 国からは身寄りのない子を預ける施設を建設。

 管理や子供達の教育を朱王の組織で行う事を約束し、施設長を配する事とした。

 また、子供達の教育する施設である為、街の子供達の教育も請け負う事とした。


 当然ながら、素性の知らない朱王の話を鵜呑みにするわけにはいかないと、反対する意見もあった。

 反対意見を述べた貴族は朱王を叩き出せと、聖騎士長に命令する。

 朱王は困ったように頬をかき、朱王の部下は爆弾発言をする。

 まだ幼いが故の挑発に対する反発だ。

 貴族と朱王の部下とで揉めるが、国王の采配で物事は決まる。

 全ての国で朱王は聖騎士長と一戦交える事になった。

 素手で戦う朱王は防具すら着けていない。

 それどころか魔法も使わずに聖騎士長を上回る実力を持つ。

 唯一まともに戦えたのがザウス王国聖騎士長ロナウドのみ。

 その際にも剣を叩き折られて戦闘を終えた。




 アイリの話しにミリーもリゼも聞き入っていた。


 話が終わるとリゼがベッドに顔を埋める。


「くぅぅぅ…… 過去に戻れたらあの時の私を殴りたい!」


 リゼは自分の過去の行いを後悔する。

 ミリーは「さすが朱王さんです!」と嬉しそうだった。


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