第7話 冒険者登録

 翌朝、ついに研究所から出る事となった。

 研究者達にお礼を言い、またすぐ遊びに来ると言って研究所を後にした。


 まさか当日に戻る事になるとは、この時は誰も予想はしていなかったが。






 街を歩く千尋と蒼真。


 今は十時。


 向かうは役所、冒険者としての登録が目的だ。


 役所は街の中心部から少し北側に位置し、大通りを抜けた広場前にある。

 役所ではクエストが発注され、それを冒険者達が選んで引き受ける。

 もちろんこちらからのクエストの発注もる。

 報酬を出せばいいだけだ。


 役所では各登録他、クエストの受注発注も行なっている為受付窓口が三つある。

 三番目の受け付けに冒険者登録を申し出ると書類を渡された。

 地球での書類だと住所やら何やら書く事が多いが、冒険者登録の書類は名前、性別、年齢、武器の四項目のみ。


 名前:千尋

 性別:男

 年齢:十七

 武器:銃


 名前:蒼真

 性別:男

 年齢:十七

 武器:刀


 この世界の文字で記入して不備はなかったようだが、武器がわからないという事なので机に置いて見せる。


「初めて見る武器ですね」


 と言ってまじまじと見るが、特に問題はないらしい。


 続いてレベルの確認と魔力測定となる。


 奥の部屋に案内され研究所と同じ測定器を渡されるが、魔力の低さから冒険者登録は危険とみなされた。

 しかしこの世界にも魔力が低い者がいないわけではなく、そういった場合の審査もある。

 審査員同伴での魔獣モンスター討伐となるが、審査員というのも役所で契約している冒険者となる為すぐにはできないとの事。

 少し待つよう言われ、奥の部屋から出て来て待合室で座って待つ。






 なんだか騒がしい。


 受付のところで何か揉めているようだ。

 男二人と女一人のようだが、女は口元から血を出し座り込んでいる。


「クエストの受注は早い者勝ちです!」


 と言う女に対し、オレ達が一緒に受けてやるなどと言っている。

 報酬が少ないクエストだから自分一人で受けると断る女性。


「なんだとコラ。お前ヒーラーなんだろぉ? 多少痛めつけても回復できるよなぁ?」


 そう言い放った男が剣を手にする。

(脅しにしてはやり過ぎではないか?)と千尋が思った時には蒼真は走り出していた。


 蒼真もやはり地球人。

 いきなり相手に刀を突きつけたりはせず、男達の前に立ち塞がる。

 そして一言。


「殴ったのはどいつだ?」


「あ?」


 と返した男を容赦なく殴り飛ばした。


 もう一人の男が剣を抜いた瞬間に蒼真も抜刀。

 相手の剣を根元から斬り落とし、そのまま腹部を蹴り飛ばす。


 すると待合室のテーブル席から立ち上がった男が魔力を練り出した。


 その直後に銃声。


 千尋が天井目掛けて発砲。

 そしてドスの利いた声で脅す。


「蒼真の邪魔するんじゃねぇよ。オレが怒られるだろうがっ!」


 千尋は気付いてないようだが全然締まらないセリフだった。

 あまり脅しは通用しなかったようで、男は武器を手に取り千尋に向き直る。


 再度魔力を練る男だったが、再び銃声。

 千尋は魔力を練る男の脚を掠めるように、銃で撃ち抜いた。


 声を出し悶える男。


 この世界では武器を相手に向けるという事は殺される可能性が十分にあるとリゼに言われていた為だ。

 冒険者という職業をしていれば常に死と隣り合わせ。

 他人の命を軽視する者が少なからずともいるらしい。


「やる?」


 と問うと男は首を横に振っていた。


 千尋は蒼真の方に歩み寄る。


「大丈夫か? 」


 と女性に手を差し伸べる蒼真。

 コクリと頷き立ち上がるのはピンク色の髪に赤目の女性だ。

 お礼を言う女性に千尋は頼む。


「君はヒーラーなんだよね? 彼を回復してやってくれないかな」


 と、銃で撃った男を指差す。

 少し怯えた表情を見せるが頷く。






【ヒール】


 女性の手がキラキラと光り、徐々に傷口が塞がっていく。

 男が妙な動きをしないか念の為銃を突きつけていた千尋だったが何もなかった。


 傷が治った男は慌てて他の二人を置いて逃げだした。

 剣を折られた方の男が座ったまま言う。


「オレ達の街、セテナの冒険者に喧嘩売るって事でいいんだな? 」


 なんかザコっぽい脅し文句を出してきた。


「うーん…… まだ弾は沢山あるしこっちにはヒーラーも居るしな」


「そうだな。指斬り落としてもくっ付くかもしれないし、とりあえず一本ずついくか」


 悪い顔をしながら物騒な事を言い出した千尋と蒼真。


 震え上がる男達。


「それともこのまま立ち去る?」


 と言うと定番の捨て台詞を吐いて男達は逃げ去った。

 蒼真は舌打ちしていたがまぁ気にしないでおこう。






 男達が去ったあと、役所の職員が数名出てきて千尋と蒼真は注意された。


 千尋達と揉めたのは隣街から来たという素行の悪い冒険者。

 これまでもここアルテリアの街で複数のトラブルを起こしていたらしい。

 ギルド職員も彼等の事を快く思っていなかったのも事実であり、今回は注意だけで済んだ。


 そして彼等はレベル6とレベル7の冒険者だったという事もあり、千尋と蒼真も十分な強さを持つと認められて冒険者登録は完了した。






 助けた女性、名前はミリーと名乗った。


 ヒーラーという事だが、リゼからは聞いた事はなかった。

 理由は冒険者にヒーラーはほとんどいないとのこと。

 ミリーは医師の家系の娘らしく、いずれは兄が家を継ぐ事となる為ミリーは自分のやりたい事をやろうと冒険者になったらしい。


 大規模な合同パーティーでの魔獣モンスター討伐の際に魔法医側への協力依頼があり、一緒になった冒険者達の話に興味が湧いたという。


 しかしヒーラーであるミリーは攻撃魔法が使えない。

 武器を使う事もできないため戦う事ができない。

 その為受けられるクエストも限られてくる。

 そして見つけたクエストを受注しようとしたところで絡まれてしまったらしい。


 彼女は一人だ。

 リゼからパーティーを組むよう言われていたのでミリーを勧誘してみる。

「是非お願いします」と頭を下げられた。


 先程絡まれていた際に断ったのは、彼等が危険な冒険者である事を知っていたとの事。

 街で一般人相手に暴力を振るったところを見たそうだ。






 パーティーを組む事になったので、先程のミリーが受けようとしていたクエストを見てみる。


 クエスト内容:配達

 場所:アルテリア北部森林

 報酬:30,000リラ

 注意事項:魔獣モンスターが出現する事がある

 報告手段:受け取り主のサイン

 難易度:2


 注意事項に魔獣モンスター出現と書かれているが、攻撃手段がないという彼女は大丈夫なのだろうか?

 不思議に思っていたのを感じとったのだろう。


「この装備を使えば何とかなるんです」


 と、取り出したのは一枚のマント。

 隠密効果が高く、滅多に魔獣に襲われないらしい。

 もし襲われて怪我をしても回復できるし、隠密して隠れればそうそう見つからないとの事。

 もし魔獣に囲まれて見つかってしまった場合はどうしたのだろうか。

 リスクが高過ぎると思うのは自分達だけだろうか。


 クエストを受理され、地図と荷物を受け取ってミリーとともに街道へ向かう。






 千尋や蒼真にとっての初めての冒険となるためか二人はややテンションが高い。


 


 うん、魔獣モンスターが沢山いる。

 というか千尋も蒼真も魔獣を見るのも初めてだ。


「あの二足歩行のトカゲはなぁに?」


「あれはリザードマンですね!」


「あっちの色違いはなんだ?」


「たぶんメスじゃないですか!?」


「ふむ、どっちかわからん」


「まぁやるか」


 軽いノリで近づき瞬殺するが、千尋の銃声を聞きつけ、これまで見えていなかった魔獣が大量に押し寄せてきた。


「なぁミリー、あの二足歩行の犬なんだ?」


「わわわっ、ワーウルフですよ! 沢山きましたよ!?」


 刀を抜き構える蒼真。

 あっという間に多くの魔獣に囲まれてしまった。


「ねぇミリー、あの鳥なぁに? 美味いの?」


「どれですか!? 沢山いて…… きゃーー!」


 ミリーに向かって飛んでくるのは大きな鳥型の魔獣。

 千尋が銃で撃ち落とす。


「あっちの…… 二足歩行の魚? キモいけどあれなに!?」


「いいから倒してくださいよー!!」


  蒼真が斬り、千尋が撃つ。






 しかし倒しても倒してもキリがない。

 理由は単純、千尋の撃つ銃声が魔獣を次から次へと魔獣を呼び寄せていた。


「このクエストをミリーは一人でやるつもりだったのか? さすが冒険者だな」


「ミリーはやればできる子!」


「そんなわけないじゃないですか! 千尋さんですよ原因は!! それ撃つたびに集まって来てるんですよぉ!」


「ふむ、サイレンサーはやっぱ必要かな?」


 と銃をホルダーに収めて魔力を練る。






 千尋の見つめる先にワーウルフが一体。


 突然痙攣してそのまま倒れた。泡を吹いて絶命している。


「距離感が難しいな」


 言いながら目線を他のワーウルフに向ける。

 また泡を吹いて倒れる。

 何体もそれを繰り返すのを見て、蒼真は千尋に問いかける。


「毒ガスかなんかか?」


「いや、酸素濃度を落としてる」


「なるほどなぁ」


「たぶんだけどあいつらは魔力を補足できてないみたいだね」


「補足されたら避けられるのか?」


「少なくとも警戒はするでしょ」


 ミリーは驚愕の目で千尋を見つめ、全身震え上がるような恐怖を覚えた。

 少なくとも蒼真は理解しているが、この世界の住人であるミリーには何が起こっているのかわからない。


 本来ワーウルフは鋭い爪と牙を持ち、素早い動きで襲ってくるため決して弱くはない。

 噛みつかれようものならば身体を引き裂かれ、あっという間に餌になってしまう。

 ただ見つめるだけで絶命するワーウルフなど見た事も聞いた事もなかった。


 千尋がワーウルフを十三体駆逐し、残るはリザードマンが七体。


 蒼真が魔力を練り、刀を地面に突き刺す。

 蒼真に襲いくる複数のリザードマンだったがすぐに動きが止まった。

 冷気が辺りに立ち込め、身動きの取れないリザードマンを斬っていく。


「所詮は爬虫類か」


「ん、オレも寒いんだけど……」


「さささ寒いですぅぅぅ」


 ミリーは蒼真にも別の意味で震え上がらせられた。

 戦闘が終わって辺りを見回すと数十体の魔獣の死体が転がっている。


「なかなか凄惨な現場だがオレ達はこのまま行っていいのか?」


「いやいやいやいや、魔石を回収しましょうよ!」


「どうするんだっけ?」


「魔力に地属性魔法を乗せて死体に向けるんです」


「ふむっ」


 千尋は手を凪いで地属性の魔力を拡散すると、魔獣の死体が淡く光り、虚ろになって消えていく。

 血だまりも消えて残るのは魔石のみ。


「土に還るって感じで魔力の塊に還るのかな? 」


 わからないがとりあえず結論づける。


「多いね、集めるのがめんどい……」


「魔法で集めよう」


「できるわけないじゃないですかぁ。ってなんでできるんですか!?」


「魔石も石じゃん!」


「頭固いな」


「盲点でした……」


 項垂れるミリーを尻目に魔石の回収もすぐに終わった。


「一、二、三…… 七十六個! クエスト報酬よりも稼げちゃいますよ!?」


 驚愕するミリー。


「ん? 魔石は売れるの? 」


「今倒した魔獣がクエストになっていればクエスト報酬がもらえますよ」


 クエストを受注してから達成するのが普通だが、クエスト途中で他の魔獣などを討伐した場合は、その分のクエストも受注して達成したという扱いになる。


「問題は荷物より重くなった事だよね……」


「そもそもこんな魔獣狩りのクエストじゃないはずなんですが!」


「普通はどれくらいの魔獣と戦うんだ?」


「えーとですねぇ。このレベルのクエストだと、だいたい五体も戦えば多い方だと思いますけど」


「ゲームだとそれじゃレベル上がらないよね」


「私は戦わずに行くつもりでした!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら目的地へ向かう一行だったが、その後魔獣に遭遇する事はなかった。






 無事に荷物を配達する事ができ、受け取りのサインをもらって帰る事にした。

 帰り道に気になった事を聞いてみる。


「受け取りがサインだけだと、配達せずに捨ててしまう者もいるんじゃないか?」


「サインなんて自分で書けばいいしねー」


「サインを書くためのペンがあるじゃないですか。これは魔力を込めないと書けないんですよ。インクに相手の魔力が残るので役所で確認できるわけなんです」


「役所でその相手の魔力がわかるの? 」


「冒険者などは配達物の受け取りがない為必要ないんですけど、自身の住居や店を持つ場合は役所に届け出なければならないんですよ。その際に魔力登録をしてるってわけです」


「そういえばリゼが同じ魔力の人はいないって言ってたな」


「魔力も指紋みたいだねー」






 クエストの報告をしに役所に到着。


「配達完了しました。あとついでに魔獣の魔石もあるんですが……」


「では受取証書の提出と魔石を出してください」


 証書と魔石を渡してしばし待つ。


「確認できました。こちらのクエストも達成となりますので確認してください」


 クエスト内容:魔獣五体以上討伐

 場所:アルテリア北部街道沿い

 報酬:五体につき30,000リラ

 注意事項:リザードマン、ワーウルフ他

 報告手段:魔石を回収

 難易度:3


「それとこちらが報酬の45万リラとなります」


「…… ありがとうございました」


 一連のやりとりをして戻ってくるミリー。


 待合室のテーブルを囲んで座ると、45万リラの入った袋を千尋と蒼真に渡してきた。


「ん? 分配しないのか? 」


「私は何もしてませんから」


 と苦笑いするミリー。


「でもこれミリーのクエストじゃん。ミリーが分配するのが筋でしょ」


「何もせずに受け取れませんよ」


「いろいろ情報をもらったが?」


「それにおもしろかったよねぇ」


「私もお二人に会えてとても楽しかったです」


 言葉の割に元気がないミリー。

 不思議に思う千尋と蒼真。


「ミリーはこの後予定あるのか?」


「え? な、無いですけど」


「じゃあミリーも一緒に行こうよ! オレちょっと必要な物があるから!」


「どこ行くんですか?」


「研究所だ。暇なら行こう」


 と報酬の入った袋をミリーに渡す蒼真。


「あ、あのっ! 私も行っていいんですか?」


「ん? なんで?」


「私…… 全然役に立てないので」


「一緒に来るのは嫌か?」


「嫌じゃないですよ!」


「んじゃ行こうよ」


「だって…… 仲良くなると…… 置いていかれるのは辛いですから」


 今までにそんな事があったんだろうと察するが。


「来いよ。間違いなくミリーはオレ達に必要だから」


「そそ、誘うならミリーしかいないよっ!」


「でも……」


 なかなか首を縦に振らないミリー。


「んー、じゃあさ。今日は研究所来てよ」


「そうだな、そこで少し様子を見て判断してもらおう」


  ミリーは自分が足手まといになるのを恐れているようにしか見えないが。

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