ルールは破るためにある

九芽作夜

第1話 ルールは破るためにある

 


 突然であるが、僕には少々厄介なルールが課せられている。

 それは、《高校を卒業するまで誰とも付き合わない》というものだ。

 さて、どうしてそんな青春の半分を壊すようなルールが課せられているのかと言うと、ひとえに幼馴染の存在が大きい。

 僕には幼稚園の頃から一緒に育った幼馴染の女の子がいる。その子とは10数年、疎遠になる事なく仲良くやってきた。普通思春期を迎えた男女ならばどうしても距離が空いてしまうのに、僕らは不思議と一緒にいる事が当たり前のようになっていた。


 さて、そんな仲良し幼馴染と過ごして数年。中学を卒業した直後のことだった。

 幼馴染が突如、僕に対してこう述べた。


「いい! アンタは絶対に高校卒業するまでカノジョ作ったらダメ!」

「えっ、なんで?」

「なんででも!!」


 なんででも、と言われても理由を言われなければ納得も出来ない。しかし、怒ると怖いので僕は渋々そのルールを飲む事になった。

 だけど___


「だったら、お前も高校卒業するまでカレシ作るなよ」

「えぇ! 上等じゃない!」


 こうして、僕たちの謎のルールが完成したのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そうして時は流れ、僕たちは高校二年生を迎えていた。同じ高校に入学した僕と幼馴染は、今も変わらず仲良くしている。

 朝は一緒に登校し、放課後は一緒に帰宅。その後は、どっちかの家に行きダラダラ過ごす。もはやルーティンとなっているその習慣に疑問を抱くことなく僕たちは今日も今日とて本を読んでたりゲームをしたりしていた。


「……ねぇ、この5巻どこ?」

「自分で探してくれ」

「動きたくない」

「そこ、僕のベッドなんだけど?」


 最近買ったライトノベルを読む幼馴染に文句を言いながらも、本棚へと足を運ぶ。全く、ここ僕の部屋だと言うのに。

 5巻を取り、渡す。一応お礼を述べるが、実際感謝している様子はない。

 ていうか、こいつ読むの超早いんだけど。何、ちゃんと内容頭に入ってるの?


「……そういえばさ」

「なに?」

「……アンタ、ルール破ったでしょ」

「はい?」


 唐突な言葉に、思わず素っ頓狂の声が出た。

 ゲームの画面から顔をベッドに向け、幼馴染を見る。

 しかし、幼馴染は僕に背を向けたまま寝転び目を合わせようとしなかった。


「……いや、身に覚えがないんだけど」

「だって、この前女子と一緒に歩いているの見たってクラスの子が言っていた」

「あっ……」


 思い当たる事があった僕は、つい、言葉を零してしまった。


「……やっぱり」

「いや、あれは違う。そういうのじゃないんだよ」

「嘘つき」


 否定するも、たった一言で僕の発言が虚無になる。今の彼女に、どう言葉を取り繕っても無駄だと理解した。

 あ~あ、拗ねちゃった。

 こうなったらもうテコでも動かない。こういう時は時間を空けるしかない。

 そう思い再び視線をゲームへと戻す。 


「……でもさ、なんでそんなルール決めたの?」

「………」

「そもそもさ、そんなルール決めたのが問題なんじゃないのかな」

「……どういうこと?」

「だってさ、ルールって言うのは秩序を守るためにあるものであって、人の行動を制限するものじゃなんだと思う訳ですよ」

「………」

「だからさ、もうそのルール撤廃しない?」

「……」


 ピコピコ、と画面に映るキャラを操作しながら僕は提案する。

 大体、おかしな話なのだ。高校卒業まで誰とも付き合ってはいけないだなんて。高校生活を灰色に染めろと言っているようなものじゃないか。

 そんな青春、酷く悲しい。


 暫く、沈黙が部屋を包み込む。気にせず、ゲームを続けていくと。


「バカ」


 と、小さいながらもしっかりとした声が耳に入った。気にせず、ゲーム続行。

 

「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ」

「バカ多くないかな?」

「阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保阿保」

「いや、言葉を変えればいいという問題でもないよ」

「だって、ルール破るのが悪いんじゃん」

「知ってるか? ルールって破るためにあるらしいぞ」


 直後、僕の脳天に強い衝撃が伝わった。手元が狂い、キャラが死んだ。あぁ、もう少しでクリアだったのに。

 ゲームの邪魔をされて、少し恨めしそうな目で僕は幼馴染を見る。

 しかし___


「……バカ」


 視界に映ったのは、目の端に涙を溜めた女の子の顔があった。

 予想外の顔に呆然となる。


「……帰る」


 呆然とする僕の耳に、彼女の声が届く。彼女は、ベッドから降りると部屋の扉に手をかけた。

 体が勝手に動いていた。


「待ってよ」

「待たない」


 こいつ、話聞く気ないぞ。

 こうなったら面倒だと知っている。だから、時間を置こうと思ったりもした。

 でも、もうそれも辞めよう。


「いいから、聞け。いいか? 僕は君の決めた勝手なルールを守ろうとした。でもさ、いい加減うんざりしてきたんだよ」


 幼馴染が僕の手を振り払おうと暴れるが、絶対に離したりしない。


「だってさ、高校卒業まで誰とも付き合わないなんてルール初めから無理だったんだよ」


 話はちょっと変わるが、僕の幼馴染はかなりの美人だ。近所でもまるで天使のようだとおばさんたちに言われてきたほど。

 そんな幼馴染の容姿は、昔と変わる事なく今まで生きてきた。そんな彼女は高校ではちょっとした人気者だったりもする。


 そんな状況で、ルールなんて決めるんじゃないよ。


「だから僕は、今君とのルールを破る」

「もういい」

「良くない」

「いいってば!」

「良くないって言ってるだろ!」


 ビクッ、と幼馴染の体が跳ねる。今まで僕の怒鳴り声なんて聞いた事などないから驚いたのだろう。

 幼馴染の顔がゆっくりと僕に向けられる。驚きと怯えが半々の顔だった。


「大体、君のルールは大雑把だ。そのルールだったら僕は付き合えないじゃないか」


 それまで驚きと怯えの顔をしていた幼馴染の顔が、驚きだけのものへと変わった。

 あ、顔が熱くなってきた。けど、もう止められない。恥ずかしさを必死に抑えて僕はハッキリと口にした。


「だから、僕と一緒にルールを破ろう」


 あーーー! もっとカッコいいこと言えないのか僕はーーー!!

 もっとハッキリと言うつもりだったのに、何故か遠回りな言い方になってしまった。クソ! 再チャレンジするのも無理だからこのまま押し通す!

 目を真っすぐに幼馴染に向け、返答を待つ。

 

 見れば、幼馴染の顔も真っ赤に染まり上がっていた。パクパク、と何かを訴えようと口を開け閉めしている。

 気まずい沈黙が、数秒続いた。

 そして、ようやく彼女の声が発せられた。


「あ、そ、その……だって、アンタ一緒に歩いてた女子は?」

「君の友達だ。君との事を相談したんだよ」

「えっ、じゃ、本当に……?」

「そう言ってるだろ」

「あ、う、その……」


 顔を逸らす彼女。このままでは逃げられてしまいそうなので、腕を掴む力を強くする。

 幼馴染も、僕の逃がさないという意思を感じたのか真っ赤に染まる顔をゆっくりとこちらに向ける。

 やがて、その口が開く。


「じゃ、じゃぁ、い、一緒に、ルール破ろ……うか」


 ぎこちなくも、しっかりと紡がれた言葉に僕はとうとう耐え切れずにその場に腰を落とした。

 腰を抜かした僕を見て、彼女はようやく本来の調子を取り戻したのか可笑しそうに笑った。つられるように、僕も笑いかける。



 こうして、僕らが決めたルールは1年程度であっけなく破られたのであった。




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