駆ける赤色

 その赤色は、溶けるような、燃えるような、とにかく、人ひとりの足を止めさせるには十分な美しさだった。

 「あ。」

 狩りの帰り、エリンは荷物の重さを忘れ、山を向こうを見つめていた。夕と夜のはざま、沈みゆく太陽が青みを帯びた赤色で山際を染めていた。刺すような眩しさは鳴りを潜めていて、こうして滲んだ赤色を見つめていても、目が痛くなるような感覚はない。見上げると、空は夜に向かって色の深みを増しつつあった。雨が降ったばかりだからか空気は洗われて、青と赤のコントラストをよりはっきりと見せた。

 腕を掲げれば、照らされた腕の半分が熟れた木の実のような赤色になり、面白くて何度も手を裏返す。胸踊る感覚に頬をゆるませ、エリンは自分の先を歩く広い背中に呼びかけた。

「ねぇー!ギル!見て、あれ見てよ!」

「何だ、どうしたんだー」

ギルは顔だけ少しこちらへ向けると、間延びした声で返事をした。エリンより一回り大きい歩幅の彼が、その歩幅を縮める様子はない。

 エリンは荷物を背中に回すと、赤く染まった山際を横目に走り出した。彼女の厚い足の裏が何度も地面を踏みしめ、はねあがった砂利は赤くきらめく。

 息が荒くなる前にはギルの背中にたどり着き、エリンは彼の服の裾をぐいと引っ張った。

「っと……急にどうした、何なんだ」

「すごいよ今日の夕焼け!なんかすごい赤いの!」

背中を反らし、ようやくギルが足を止めた。エリンはつま先立ち、走っていた頃より息を荒げて何度も空を指差した。 

「夕焼け?あぁ確かに赤い……かもなぁ」

「そうでしょ…………って、あれ」

 ギルが眉をひそめている。返事もなんだかちぐはぐしていて、違和感を覚えたエリンは自分が指さす先を見た。

 空を指さす人差し指には、もう熟れた果実のような色は映っていなかった。その先に太陽の姿はなく、あの滲んだ赤色は山際にほんの少し残るばかりとなっていた。エリンが駆けたのと同じように、太陽も駆けていたのだ。太陽が山を越すのを見計らったように、底なしの黝さと小さく輝く一番星を連れて夜が下りてきていた。エリンのかかとはぺったりと地面につき、胸躍る感覚も薄れていた。

「こんなことなら走らないで見てれば良かった。」

「まるで俺のせいみたいな言い方だな」

 エリンがぼそりと呟いたのを、耳の良いギルが聞き逃すはずもなかった。エリンは苦笑いを浮かべ、決まり悪そうにぽりぽりと頬をかいた。

「もう暗くなるからさっさと帰るぞ。ほら、荷物持ってやるから」

 エリンの抱えていた荷物をひょい、と持ち上げると、彼はごそごそと中を漁り出した。そうして取り出されたカンテラに火が灯る。ギルは「ちゃんとついてこいよ」と、カンテラ片手に歩き始めた。その後ろ姿は、エリンから受け取った荷物でもう一回り大きくなっていた。

 空にはぽつぽつと灯りがつき始めたが、地上に見えるのはギルの持つカンテラの柔らかな光だけ。エリンは歩幅をいつもより気持ち多めにとって、たった一つの灯りを追った。

 胸の内に残ったのは、子供みたいに一人ではしゃいでしまったことに対するちょびっとの恥ずかしさと、立ち止まらなかったことに対する後悔。それと、理由もなく走り出した自分に対する、なんともいえない不可解さだった。

「なんで走っちゃったんだろうなぁ……」

 そう呟くエリンの瞳には、あの空が色移りしたような鮮やかな赤色がゆらゆらと揺れていた。

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