第2話アルバイト

 hero`sは夜は完全予約制で営業しているが、昼の時間帯は飛び込みの客も入れている。メニューも豊富とまではいわないが、日替わりのパスタやランチを提供することで、コース料理とともに評判はなかなかなものだ。

 しかし、その昼の営業が最近、あまりうまくいかなくなってきた。

「すいません!二番テーブルの料理できてますか!」

「悪い、もう少しお待ちいただいてくれ!」

 あまりの回転率に厨房もホールも動きっぱなしで、オーダーストップまで一切余裕がないという日が増えてきた。

 この日も最大で20分も待たせてしまい、ホールの方が嫌味を言われてしまったそうだ。テーブルの数が8席もあるのに対し、ホール二名、厨房三名で対応しているので、予約と飛び入りがかぶったりするとこういうことが起きてくる。

「重さん、やっぱり人を増やしましょう。この店もだいぶ名前が広まってきて、五人じゃとてもさばききれません」

「…そうだなあ」

 たしかに、これ以上客を待たせるようなことになれば、せっかく上がった評判が下がってしまうかもしれない。しかし、ここのスタッフは創業以来ずっと働いてくれている古株ばかり。そんな人材が簡単に見つかるものだろうか。

「よし、一応求人を出してみるか」

 そう簡単にいかないとは思うが、何もしないよりはいいだろう。バイトテロとかはごめんだが、皿洗いや簡単な作業ができる人間がいるだけでも少しは楽になるはずだ。

「そういえば料理長は、最近よく本を読まれていますよね?よければおすすめを教えていただけますか?」

「えっ!?ええっと…」

 たしかに、最近本は読んでいる。しかし、あれを山下さんにおすすめするのはちょっと、いやだいぶ気が引ける。山下さんは十中八九こんな本は読まないだろうし、もしすすめてもなにこれって顔をされるのは目に見えている。

「ミステリーとかお好きでしたらお貸ししますが。」

「いいですね!今度、ぜひ。」

 とりあえず実家にあるであろう元愛読書の話をすることでこの場を切り抜けることに成功した。この手の話題が今後出ないように気を付けておこう。

 とくに理由があるわけではないが、あの本のことはばれたくないので、しばらく持ち歩くことにした。

 そして、あまり期待はせずに、hero`sの求人広告を出すことを決めた。


 意外なことに、一週間もたたずに電話の呼び出し音は鳴り響いた。しかも、一人ではなく、四人もの応募があり、次の定休日には休日返上で面接を行うことになった。

「面接とか、俺やったことないんだけど」

 適当なことをいってほかのスタッフに代わってもらおうとしたのだが、そんな重要な仕事を押し付けるなと、至極全うな理由で拒否されてしまった。

 面接を受ける側には何度かなったことはあるが、まさか自分が面接官側になるとは思わなかった。

 コミュニケーション能力は高い方ではないという自覚はあるが、これも店主の務め。今後の営業のためにも、人材の確保は必須なのでこの四人のうちから二人ないし一人に絞り込まなくては。

 こんな感じで、ホールのテーブルを適当に動かして面接を始める。

 とはいえ、流石に質問事項くらいは考えてある。

 調理の経験はあるのか。

 飲食店での仕事の経験はあるのか。

 時間の都合はある程度つくのか。

 この三問くらいと、自己PRをさせればなんとかなるだろう。

 そうこう、悩んでいるうちに一人目の就職希望者が現れた。

 一人目、

 正装で来るのが当然の面接だと思っていたが、どくろの描かれたTシャツに革ジャンと、穴だらけの耳を見て俺はだいぶ面食らった。

 どうみてもやんちゃしてそうな子供にしか見えないが、とりあえず質問を始めることにした。

 質問一、A.「チャーハンを家で作ってました。」

 質問二、A.「マックで二か月間働いてました。」

 質問三、A.「土日は基本無理です。ほかの日ならいつシフト入れても大体大丈夫です。」

 自己PR、根性だけは自信あります。どんなガラの悪い客が来てもビビらないで対処してやります。

 感想を言わせてもらえば、いろいろびっくりした。家庭での料理を調理の経験と呼んでいいものかは微妙だが、彼のは明らかに自分用のお昼ご飯だ。飲食店での経験にしたって、まさかマックを出してくるとは。しかも二か月で辞めているので、根性に自信があるって言うのもかなり疑わしい。

 そして、まさかの土日NGとは、この人は本気で働くつもりがあるのだろうか。金が目当てのバイトはすぐにやめてしまうので、最初から雇わないというのがもっとも賢い選択だと思っている。

 不採用。

 二人目、

 割烹着に身を包み、わしゃわしゃのパーマをかけたおばちゃんが草履をぺたぺた言わせながら登場した。

 質問一、A.「和食全般、とくに煮物が得意です。」

 質問二、A.「最近まで近くの弁当屋で、パートで入ってました。」

 質問三、A.「毎日何時まででも大丈夫です。」

 自己PR、「弁当屋で培った経験を生かして、手早く作業ができます。」

 この店の雰囲気にそぐわない格好であることを除けば、なかなかにいい人材かもしれない。料理の経験も豊富そうだし、なにより現場を知っている人間というのは重要だ。なにをしていいのかわからなくなって、慌てるだけならいいのだが、邪魔をされてはなんのために雇ったのかわからなくなる。

 一つ、気になることがあるとすれば、弁当屋という作業効率のみに特化した場所での経験がこの店でどう生きてくるのかだ。

 西欧料理とは、手間をかけ、どれだけ食材の真価を引き出せるかが重要になる料理だ。たんに早く作業をすればいいというものではないので、注意が必要になってくる。

 まあ、それを差し引いても現場で十分に活躍できそうだし、愛想のよさそうなこの人ならばすぐに打ち解けるだろう。

 採用。

 三人目、

 きちんとしたスーツを着込み、髪もきっちり整えいる真面目そうなお兄さんの登

 場。ようやく面接らしい格好というものにふれあい、少し安心した。最近はこういうものなのかと、自分の中の常識まで疑い始めていたのでほっと胸をなでおろした。

 質問一、「専門学校卒で大抵の知識は身についています。本場の味も知っていますので、舌は肥えていますよ。」

 質問二、「星を獲得したあのBECKで、二年間厨房に立っていました。自分専用の包丁もあるのでどんな作業でもOKです。」

 質問三、「いつでも大丈夫です。なんなら今からでも下処理を手伝いますよ。」

 自己PR、「専門高校卒で高卒とは一線を画す知識の差があり、一つ星レストランでの経験もあるので、現役のシェフにも劣らないという自信があります。スーシェフになるのも、そう遠くない話かもしれませんね」

 あまりにも自分のことが大好きすぎるあまり、最後はかなり調子に乗ったことを口走ってしまったね。

 専門学校卒で本場の味を知ってるって、まさか研修でフランスのコースを一食食べただけとは言わないよね?

 そういえばBECKの店長が最近、二年間様子を見たけどどうしようもなく使えないやつがいたからクビにしたとか言っていたような。

 性格に難ありなうえに、プラスと思えるポイントが時間にある程度無理がきくだけでほかはだめだめ。ポジティブな発想は大事だというけれど、これはポジティブというよりもただの馬鹿なんじゃないだろうか。

 自慢の知識を試すために、彼には一つプラスの質問をしてみた。

「レードル、フエ、お玉、このうちうちの店に置いていないものはどれかわかるかな。」

 彼は鼻で笑いながら偉そうに腕を組んでいった。

「フエに決まっているでしょう」

 残念でした。さようなら。

 不採用。

 フエとは一般的に言う泡だて器やホイッパーのことだ。こんなことを専門学校で習わないわけはないので、残念なことにこの子は頭まで残念な方だった。

 四人目、

 ようやく最後の面接になり、少し気が緩んできた。

 二人目のおばちゃんを採用することはほとんど確定しているので、もしこれで一人目や三人目みたいなのが来ても、無理して雇う必要はない。

「失礼します!」

 次に扉をたたいて入ってきたのは学生服をきた女の子だった。よく見かけるものとはデザインが違うが、雰囲気からして高校生だろうか。

 しかし、残念ながら面接を始める前から彼女にはあまり期待はしていなかった。

 面接に学生服で来るのは、学生だからしょうがないことではあるのだが、問題は学生であるということだ。

 学生ということは平日の昼は絶対に来れないし、最近の子たちはシフトの変更をぎりぎりに報告するのでどうにも安定しない。

 少数精鋭でやってきたこの店のスタンスを守るためにも、できるだけ学生や素人を雇うことは避けたい。近くの専門学校から何度も就職のお願いが来ているが、それもどうようの理由でお断りさせてもらっている。

 まあ、こんなえり好みしているせいで人手不足に陥っているわけだが。

 とりあえず何もせずに帰ってもらうわけにもいかないので面接を始めることにした。

 質問一、「父が飲食店を経営しているので、昔からそのお手伝いをしていました。」

 質問二、「正式に働いていたわけではないんですが、先ほど申しました父の店で魚料理を担当させてもらっていました。」

 質問三、「高校在学中はどうしても時間に都合が付きにくいですが、土日は朝からだ入れます。あと、家が近いので急な呼び出しにも応じることができます。」

 自己PR、「調理の経験は浅いですが、魚に関する知識だけはだれにも負けないという自負があります。これを生かし、少しでも御社に貢献できればうれしいです。」

 髪は肩の位置に切りそろえられているが結べば衛生的にはOK、化粧をせずとも十分に整った顔立ちとあくのない笑顔は接客むきで意外といい人材かもしれない。

「ちなみに実家のお店もこの近くに?」

「はい、店名はレストランBECKといいます」

 なんと、あそこの料理長の娘さんだったのか。ん?でもたしかあの料理長は、俺とあんまり歳が離れていなかったような…考えるのはやめよう。

 BECKで魚料理を任されるくらいだから腕は十分だし、高校生でなければ即採用でいいのだが、今欲しい人では昼に働ける人だ。

 BECKの魚料理は何回か口にしたことがあるが、もしあれも彼女の作だとすれば、高校生だというのに目をつぶっても余りある働きをしてくれるのではないだろうか。

 悩ましい。

「あ、あの…」

「ん?」

「面接の方は…」

 そういえばまだ面接の途中だった。彼女は俺の質問に答えてくれたのに、俺の方がその言葉に反応を示さないので不安になったらしい。

 そうだ、そもそも答えを今ここで出す必要もない。前の三人が極端すぎただけで、彼女の雇用の是非をいまここで出してしまうのは時期尚早というもの。

「すみませんでした。では、これで面接を終わります。結果は後日メールで通知しますので、本日はお帰りになって結構です。」

「はい!ありがとうございました!」

 落ち着いているように見えていたが、どうやらかなり緊張していたらしく、勢いよく席をたった彼女は勢い余ってテーブルにぶつかり、テーブルの上に置いていた俺のカバンを床にぶちまけてしまった。

「あああ、すいません!」

「いいよ、いいよ気にしないで。」

 とは言いつつ、このような慌てがちな性格は現場において厄介だったりするので、マイナス一ポイントといったところだ。

 ぶちまけられたカバンだが、ケータイと財布くらいしか入っていなかったので散らかることもなく、ケータイの画面も無事だった。

 本当に気にするほどでもないことだったのだが、律義にも彼女はテーブルを回ってカバンを拾い上げ、申し訳なさそうに頭を下げている。

「すいませんでした。」

「大丈夫。本当に大したものは入れてないから。」

 最近の若い子にしてはかなり礼儀正しい。BECKの料理長は実直で真面目すぎるところがあったが、その遺伝子はどうやらしっかりと受け継いでいるらしい。

 深く下げた頭はなかなか持ち上がらず、謝られている俺の方が悪いことをしたような気持になるほどだ。

 ・・・・もういいんじゃないかな。

 下がった頭はもう十秒近くも上がらず、視線は縫い付けられたかのように真下を見つめ続けている。

「あの、早瀬さん…」

 頭を下げ続けられて耐えかねたというのは、あまりいい表現ではないかもしれないが、実際気まずくなってしまった俺は声をかけることにした。

 そんなカバンを落としたくらいでそんなに落ち込まなくても。

「すいません、このカバンは店長さんのものですよね。」

 落ち込んでいたのかと思えば、彼女の顔はむしろ興奮気味で目が輝いていた。

 ようやく頭を上げてくれたかと思えば、顔を下げる前と表情が全く違い、今日一番の笑顔がこちらを向いている。

「そうだけど…」

 このカバンは安売りで買ったもので、高校生が興味をもつようなブランド品ではないし、財布もおなじで学生の時から同じものを使い続けているせいでだいぶ擦れている。

 このカバンになにをそんな興味をひくものがあるのだろうか。

 なにもないと思っているだけで、なにか間違えて入り込んでしまっているのではと思い、俺もカバンをのぞき込んでみることにした。

 そして、そこには確かに普段なら絶対に入っていないものが入っていた。

 カバンのなかに入っていたのは一冊の本。しかし、その表紙には現実には存在しない容貌の男女が印刷されていて、三十過ぎたおっさんが持っているには痛すぎる一冊だった。

「こ、これは、違うんだ!そう、これはお客様の忘れ物で、決して俺の私物などではなく!」

 なぜかはわからないが、この本が自分のものであると思われるのが非常に恥ずかしかった。実際自分のものではないのだが、学生ならまだしも、いい歳したおっさんの、しかも独り身がこんなものを読んでいるなんて、なぜだか非常識に思えてならなかった。

「そうなんですか。この本、私ももっているので少しうれしかったんです。」

 彼女の笑みが少し暗くなり、声のトーンも通常通りに戻ってしまった。

 たしかに、自分と同じ趣味を持っている人と語り合うことの楽しみは俺もよくわかっている。一人で楽しむのもいいが、それを共有できる誰かが見つかったときは同じくらいの胸の高鳴りがするものだ。

 もう一度すいませんと謝罪をし、カバンを手渡した彼女はすたすたと店を出ていこうとする。その背中が言いようもなく寂しそうで、同時に自分の心に嘘をついてしまった自分に腹が立った。

 好きなものを好きじゃないなんて、口が裂けても言いたくない。

 あの頃はそういきり立っていたはずなのにな。

「変じゃないでしょうか。」

 驚いたように振り向いた彼女に、抑えきれなくなった言葉を俺は投げかけた。

「こんな三十過ぎたおっさんが、こんな漫画みたいな本を読んで恥ずかしいと思いますよね。」

 思った言葉とは少しばかり違った言葉がでてしまったのは、まだ自分を傷つけたくないという嘘つきな自分がいるからだろうか。

 そもそも、今日初めて会った高校生にこんなことを言うなんて、今日の俺はどこかおかしい。

「おかしくなんかないですよ。」

 自分を否定するような俺の言葉を否定するように、凛とした声で彼女は言い放った。

「ごめんね。へんなことを言った上に、気を使わせて。」

「いいえ!気なんて使っていません。」

 さらに否定の言葉を重ね、さっきまでおどおどと頼りなかった彼女は一切目をそらさず堂々と言い切った。

「私がずっと、これだけは曲げられないという信念があります。」

 カーテンから漏れた光が、スポットライトのように彼女を映えさせる。しかし、そんな光でも敵わないほどに彼女の目は光輝いていた。

「好きなものは好き!誰に何と言われようと自分の好きなものは絶対に嫌いにはなりません!」

 緩み切っていた弦がピンと張られるように、俺の心も弦が張りなおされたかのように引き締まったような気がした。

「だから、私は料理もライトノベルも大好きです。」

「…俺もだ」

 歳が一回りも違う女の子に今更こんなことを教えられるなんて、俺もだいぶ社会という逆らい難い波に毒されていた。

「それでは、御縁があれば今週からにでも」

 そういった彼女は、扉の向こうへと去っていった。

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凄腕シェフはラノベ作家志望 広川咲 @hirokawasaki

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