1-1-2 my name is……
「さて……そろそろしっかり部屋を見渡してみたらどうだい?」
無我夢中で男を殴り続けていると、顔面がボロボロになってもなお男は挑発を続けた。
「まさか、膜が破けた程度でここまで血なまぐさくなると思ってるのかい?……ははっ!!本当は気がついてるんだろ?」
僕は灰皿を振り下ろすのを止めた。
「なんでキミ、さっきから俺しか見ないんだい?いや、正確には俺と一二三ちゃんだけしか見てないよね……もっと愉快なオブジェが俺の後ろにあるじゃないか。」
その一言をきっかけに、僕は男の後ろ、この部屋の匂いの元凶に目を向けてしまった。
赤い槍に四肢を固定され。
とめどなく流れていたのであろう血は固形化し。
その表情は苦痛と恐怖に歪められていて。
親戚のお姉さん……神楽さんの姿がそこにはあった。
「ッーー!?」
「……愉快だねぇ、その女の子……やばかったよーほんと。Triggerは確かに強力だったけどね……一二三ちゃんが大切で大切で大変だってさーー」
僕は仰向けに倒れたままの男の腹部を横から蹴りあげた。
「はぁ……はぁ……お前は、お前はっ!!」
灰皿を男の目に向けて振り下ろす。
灰皿の淵が直撃した男の左目は赤黒い血を流す。
「うーん……もしかしてキミ、Triggerを持ってないのかな?こんなにも煽り続けても怒りに身を任せて俺を殴るだけだもんね。」
男は僕を押しのけ、ゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ俺のTriggerの自慢でもしようかな……」
男は潰れた左目を隠す瞼を手で無理やり開いた。
そこにはぐちゃぐちゃに潰れた眼球であろう何かが血をとめどなく吹き出している。
「俺のTriggerは"Self regeneration"……分かるか?自分を自分で治せるんだよ。」
男はそう言いながらニヤリと笑う。
それを皮切りに男の左目が蠢き出した。
「ッ!?」
徐々に眼球が本来の形を取り戻し、それとほぼ同時に頭の傷も塞がっていく。
圧巻すること数秒で男の傷は完治していた。
「俺は死ぬこともないんだ……だから羨ましいんだよ、再生しない何かを持ってる奴らが、死ねるそこの女の子とか。」
男は横目で一二三と神楽さんを見る。
その目には色が無く、奥深く濁りがあるだけだ。
「……お前のエゴで、たったそれだけで……こんな事を、したのか。」
「たったそれだけ?……そうだよな、キミからしたらその程度としか思えないよな。Triggerを持たないキミからしたら。」
男が拳を突き出す。
反応が遅れた僕はその拳を正面から顔面で受け止める。
ふらつく僕に、男は間髪入れずに拳を続けて突き出す。顎、鳩尾、右頬、足で太ももに。
徐々に思考が停止していくような、現実を受け止められず、パンクしてしまうような、気が遠くなっていく。
僕にTriggerなんてない。
僕は引けないから、2人を守れなかった。
"What you are name?"
誰かの声が、不意に頭に響く。
「……僕の名前は……
僕の意識が引き戻される。
誰かに手を掴まれる。
倒れた僕の体を、そいつは起こす。
「やぁ、"Emperor"。俺は"No Name"、正義の執行者だ。」
白いスーツ姿、まるでスレンダーマンのようなそいつは僕を抱きしめた。
「辛かっただろう、今にも逃げ出したいだろう……だが、君には、"Emperor"には守るものがある、そうだろう?」
そうだ、一二三はまだ生きてる。きっとそうだ。
「だから、今一度立ち上がろう、俺と一緒に正義を執行しよう。」
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