No Name

黒い怪物

1-1-1 what you are name?

 Trigger、そう呼ばれる超能力が発現したのは今から2年前の事だった。


 現在に至ってもTriggerの発現条件、発現する人としない人の違い、Triggerの副作用、いずれにしても確証されたものは無く、世界はTriggerに対する処理を迫られていた。


 犯罪率が上昇する一方でTriggerを発現した者による自警団の結成もあり、かろうじて2年前の治安を維持し続けてきた国、日本。


 ここでもまた、Triggerは連鎖していた。












『まずは最初のニュースです。


 昨日未明、10代後半と見られる男性の遺体が**川河川敷で発見されました。


 遺体の頭部は酷く損傷しており、身元の確認が急がれています。


 警視庁Trigger対策本部はこの事件を殺人事件を視野に調査しており、既にNo Nameが関与している可能性が高いと関係者が報告しています。』


「……なんか不気味だよねー、No Nameってさ、お兄ちゃん。」


「確かに、Triggerの殺人鬼と言えばって感じだもんな。」


 ホットコーヒーを飲み干し、そのまま立ち上がる。


「お兄ちゃんはTriggerを持ってないんだからさ、気をつけてね?」


 最愛の妹の頭を撫で、荷物の入ってないリュックを背負う。


「んじゃ行ってくるわ。」


「んにゃー。行ってらっしゃい。」


 妹に見送られて家を出る。


 変わり映えのしない1日、いつも可愛い妹、一向に散らない桜。


 本当に超能力なんて存在するのかと、不思議になるような平和さ。


 Triggerを持たない僕には丁度いい、静かさだと思った。












 家に帰ってすぐに、異常に気が付いた。


 昔バイトしていたスーパーのバックヤードのような、魚部門のおじさんが横切ったあとのような、そんな血なまぐさい匂いが僕の鼻に突き刺さった。


 妹に魚を捌けるほどの家庭力は無かったはずだし、今日は親戚のお姉さんも来る予定は無かったはずだった。


 不審に思った僕は匂いがするリビングの前に立った。


 物音ひとつ聞こえない。


 僕はゆっくりとドアノブに手を掛ける。


 扉が軋む音だけが僕の頭に響く。


 開けた先に見えたのは、紛れもない、僕の妹だった。


「……一二三?」


 ぐったりとした様子……どころか目はどこかを虚ろに見つめ、衣類は明らかにはだけていた。


 下腹部から白と赤が混ざった液体が流れており、直感的に匂いの元はそれだと悟った。


 そして、


 なによりも。


 僕は扉のすぐ真横に居るソレに心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った。


「…………一二三に何したんだよ。」


「そっか、キミの妹なのかな?……まぁ別に特別な関係でも無かったみたいだし、うーん……兄妹、ってだけだろ?祝ってやりなよ、俺みたいな男で一皮剥けたんだからッーー」


 僕の拳がその男に突き刺さる。


 倒れた男に馬乗りになり、そのまま立て続けに頭を殴り続ける。


「……ぐっ、ぐっ、ぐっ…………ははは、どうしたんだい?……Triggerを使いなよ。」


 男は血が滲んだ口の口角を釣り上げる。


 その汚れた目は僕ではなく、まっすぐ一二三を見つめていた。


「一二三ちゃんでも、もっと抵抗したよ?」


 その声は


 その目は


 僕の理性を容易く剥ぐ。


「ッ!!」


 近くにあった灰皿で男の頭を全力で殴る。


 鈍い音が、男に致命的な傷を負わせたことを静かに告げる。


 僕は手を止めることなく、ただただ殴り続けた。


「一二三がァッ!!何をしたって言うんだよッ!!何をッ!!何をッ!!」


「…………はっはっ、キミはッ!!……自分の性欲を発散する時に、何故このネタを選んだのかなんて気にしたことがあるのかい?」


 頭を殴り続けたはずなのに、男は多少傷を痛む素振りは見せるが傷の見た目に反してまだ余裕そうなまま。


 僕はそれでもひたすらに、男を殴り続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る