カオノナイハナシ




「これから現れる少女の霊はとても気難しい性格をしています。出現したとしたら、不要に立ったりせずにじっとしていてください。彼女はとあるお題を出します。そのお題を無事にクリアできたら、彼女は満足して元に戻り、あなたがたは救われる。解けなければ、魂を抜かれる……そういうルールだそうです」


 稲荷原流香いなはら るかという退魔師の巫女が、とあるハリウッド映画のような窓一つない、出る事ができないその部屋に閉じ込められているような形になっていた僕達の五人の前にどこからともなく現れてそんな事を言った。


 彼女の依頼主に言われて、ここに来たのだそうだ。


 うさんくさかったが、外部との連絡が一切取れなくなっていたので、彼女の言葉を信じるしか無かった。


 売却した数日後に、僕達の元に返品される古書。


 とある神社に所蔵されていた古書で、閲覧不可、門外不出な上、幾人ものが学者がその神社の宮司に閲覧を交渉するも、見る事さえ叶わなかったいきさつがある。


 僕達窃盗団はその神社の宮司を力で黙らせた後、その古書を持ち出して、欲していた研究者に売却した。


『これはとてもじゃないが常人では扱えない』


 だが、そんな理由で何故か返却された。


 他にも欲している学者はいたので売却するも、同じような理由で返却される事、数回。


 おかしいと気づいた時にはもう手遅れになっていた。


 数日前からその古書を保管していた僕達の拠点となっている部屋から僕達窃盗団は出られなくなっていた。


 あったはずのドアや窓が忽然と姿を消し、結界がはられてでもいるかのように出られなくなっただけでは無く、スマホなどの電波が一切届かず、外部から孤立してしまった。


 そのまま飢え死にさえしかねない状況であった事もあり、僕達は諸手を挙げて稲荷原流香の登場を喜んだ。


「部屋の中央に古書を置きます。その古書を囲むようにして正座してください。そうすれば、この古書に住んでいる少女の霊が出現します」


 僕、新田薫にった かおる依田咲良いだ さくら正田治樹まさだ はるき志野京都しの みやこは素直に従って、古書を囲むようにして正座した。


 何故か、稲荷原流香もその輪に加わった。


 すると、中央に置かれている古書から緑色に輝きだし、流香が言う少女の霊が出現した。


 部屋の中央に、着物を着た少女が顔を伏せて古書の上に正座していた。


 その顔は潰れてしまっているようで、表情そのものどころか、顔かたちを読み取る事ができないほどであった。


 僕達は息を呑んで、彼女が出す『お題』を待った。


「カ……オ……ノ……ナ……イ……ハ……ナ……シ」


 顔のない少女が明瞭な響きを持った声でゆっくりと言葉を発した。


 カオノナイハナシ。


 顔のない話。


 その後、顔のない少女は何も言わなかった。


 これが『お題』なのか?


 意味が分からない。


「おい、顔のない話ってなんだろうな? 分かる奴いるか?」


 新田薫が皆の顔を見回した後、呑気にそう問いかけた。


 誰かが答えようと口を開きかけた時だった。


「うっ?!」


 新田薫の顔が一瞬にして白くなるや否や、胸を抑えながら白い泡を吐いて、ばたりと倒れ込んでしまった。


 新田薫の身に何が起こったのか。


 僕達は当然理解できずにその場から咄嗟に動こうとした。


「ひぃっ?! か、薫?!」


 けれども、悲鳴を上げて、依田咲良が立ち上がって逃げようとした次の瞬間、


「うっ!?」


 苦悶に顔をゆがめて、喉を押さえるなり、新田薫同様、顔を青白くさせるなり、白い泡を吹いて、どさりと床に倒れて動かなくなった。


 声を出さないように口を手で抑えて、言葉が唇から漏れ出ないように注意しながら、倒れた依田を凝視した。


 依田もだが、新田も、生きているのか、死んでいるのかは分からない。


 立ち上がって安否を確かめるべきなのだろうが、そうすることができなかった。


 何故、二人が倒れたのか、理解の範疇を超えていたからだ。


 誰かに訊ねたのがルール違反だったのか?


 声を出した事がルール違反だったのか?


 悲鳴を上げたのがルール違反だったのか?


 分からない。


 今はどういうルールでこの部屋は支配されているのだろうか。


「どういうルールなのよ、これは!! どんな話をすればいいのよ! できるのって、のっぺらぼうの話しかないじゃない! ねえ! とっととこの幽霊を退治してよ! 退魔師の巫女!」


 痺れを切らしたのか、志野京都が顔のない少女を指さしながら、そう声を張り上げた。


 退魔師の稲荷原流香は、小馬鹿にしたような目で志野京都をみやる。


「何よ、その顔!」


 頭に血が上っていたようで、志野京都が稲荷原流香に飛びかからんばかりに前のめりになる。


 するとどうだろうか、


「ぐっ?!」


 志野京都は胸を押さえて苦悶の表情を浮かべて、唇の端から蟹のように大量の泡を吐き出し、床に爪を立てながら動かなくなった。


「カ……オ……ノ……ナ……イ……ハ……ナ……シ」


 顔のない少女が一言一言ゆっくりと読み上げるようにまたあの言葉を発する。


 どうやら僕達は話をしないといけないようだ。


 顔のない話を。


 僕は退魔師の稲荷原流香を思い出したように見やる。


 彼女はすまし顔をして、正座している顔のない少女をじっと見つめている。


 ん?


 気づくと、正田治樹の挙動は不穏になってきていた。


 こいつは頭に血が昇ったり、イライラし始めると悪い癖が出る男なので、不安に駆られてきた。


「しゃらくせェェッ!!!」


 常に隠し持っている折りたたみナイフを取り出すなり、刃を出した。


「お前を殺せば終わるんだろうが!! こののっぺらぼうが!」


 タッと床を蹴って、真っ向から顔のない少女へと向かって行く。


「この本を駄目にすれば終わるんだろうが!!」


 顔のない少女に向かっていったはずの正田治樹の身体が押し戻されるように元の位置へと返るように跳んでいた。


 汁なのか塵なのかよく分からないものをまき散らしながら。


「ッ!!」


 どうなったんだ。


 そう思って、飛ばされた正田を見やると、顔がなくなっていた。


 すりおろされたかのように顔そのものがすり潰されたように消え去っていた。


 汁に見えたのは血で、塵に見えたのは肉片だったのか。


 人の顔を失い、グロテスクになった正田の顔を正視できなくなって僕は目を反らした。


「……」


 残されたのは僕と退魔師の稲荷原流香だけだ。


 この退魔師はどうして動かない?


 やろうと思えば、顔のない少女なんてすぐに倒せるんじゃないか?


 いや、待て……。


 退治の仕方を知らないから動けないのかもしれない。


 そう考えると道理が通る。


 だとしたら、僕が答えを出して、この状況を打破するしかないんじゃないか?


 顔のない話。


 そこから導き出される答えは何だ?


『おい、顔のない話ってなんだろうな? 分かる奴いるか?』


 新田薫はそう言った後、泡を吹いた。


 次の依田咲良はどうだ?


『ひぃっ?! か、薫?!』


 そう悲鳴のように叫んだ後に泡を吹いた。


 正田は論外だとして、


『どういうルールなのよ、これは!! どんな話をすればいいのよ! のっぺらぼうの話しかないじゃない! ねえ! とっととこの幽霊を退治してよ! 退魔師の巫女!』


 志野京都はそう言って……。


 違う。


 志野京都は『何よ、その顔!』と言った後だ。


 なるほど。


 顔のない少女のルールが分かった気がする。


『顔』だ。


『おい、のない話ってなんだろうな? 分かる奴いるか?』


『ひぃっ?! か、る?!』


『何よ、その!』


 つまりは『かお』という単語の入っていない話をしろということなんだ。


 しかしだ、問題がある。


 稲荷原流香は『彼女はとあるお題を出します。そのお題を無事にクリアできたら、彼女は満足して元に戻り、あなたがたは救われる。解けなければ、魂を抜かれる……そういうルールだそうです』と言っていた。


 顔のない少女が出した『お題』とは何だ?


『顔』という単語が入っていない会話をしろという事なのか?


 というか、クリア条件とはいったい何だ?


 誰か教えてくれ。


 あの巫女なら知っているのかもしれない。


 僕は救いを求めるように稲荷原流香に目で訴えた。


「……時間切れじゃ」


 顔のない少女がぽつりと透き通るような声音で呟いた。


 時間!?


 そんなもの聞いていない!


 その言葉が耳に届くと同時に焼けるような痛みが僕の顔を襲った。


「あああああっ!!」


 何が起こった!


 何が起こったんだ!


 僕は焼けるような痛みを耐えかねて、顔に手を当てる。


 けれども、触れただけでひりひりとした痛みが顔から全身へと駆け抜けて、僕はもんどり打つようにその場に倒れ婚だ。


「おいたが過ぎますよ、鈴生姫すずなりひめ様」


「ふふっ、どうしてじゃ?」


「正解のないお遊びを課すだなんて、お人が悪い」


 ……正解がない?


 クリア不可能なゲームだったのか?


「この者達をただ狩るだけではつまらぬからな。ちょっとした余興じゃよ、余興。三人の友を傷つけた代償は死以外あるまい」


「罪には罪の報いがあります。罪の代償が魂だと感じているのであれば仕方の無いことです。この者達はそれだけの罪を犯しているのだから受け入れるしかないでしょう。人の理と、怪異の理は異なりますし」


 誰かの足音が聞こえてきた。


 顔のない少女か?


 それとも、あの巫女か?


「ゲームが始まる前にルールを確認すべきでしたね。もし、ルールの確認が事前にあったら、正解が存在しないゲームであると伝える予定でした」


 意識が薄れ行く中で、巫女の声が脳の中で響いた。


 この巫女は僕達が死んでもいいと思っていたのか?


 クリア不可能なゲームだと分かっていたのに、教えてくれなかったのか、この巫女は。


 鬼だな。


 だが、僕達も抜けていた。


 まず初めにルールを確認すべきだったんだ。


 ゲームはルールがあるからこそ成り立つはずなのに……。




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カオノナイハナシ ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~ 佐久間零式改 @sakunyazero

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