カオノナイハナシ ~ 怪異譚は眼帯の巫女とたゆたう ~

佐久間零式改

カオノナイハナシ 前日譚



 日が暮れると、あまり街灯のない山奥はひっそりとした闇に支配されていた。


 バンのフロントライトが闇をかき消しながら進む。


 すると、闇の中から漆塗りの鳥居がぬっと現れた。


 手はず通り、その鳥居の前で車を停める。


 鳥居の横には『鹿乃目神社しかのめじんじゃ』と刻まれた石の標識が置かれていて、車のライトで照らされていた。


 運転していた志野京都しの みやこが車の中に残り、僕達はさっと車から外に出て、鳥居、神社などには目もくれずに、宮司とその家族が住んでいる家へと足を向ける。


「……」


 僕はジャケットのポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、時刻を確認する。


 午後十一時を過ぎていた。


 この時間になると、宮司の一家は眠っている。


 今日ももう寝ているようで、消灯しているようで家は闇の中にあった。


 鹿乃目神社はW県の山奥にあるせいか、宮司達は十時半には眠ってしまうのだ。


 その事を調べ上げて、この時刻を僕達は選択した。


 鉄パイプを片手で持っている正田治樹まさだ はるきが僕を追い抜いた。


 僕を抜かした際、正田治樹の横顔をちらりと見ると、残虐な笑みを浮かべて、これから行う襲撃に期待を膨らませているような顔をしていた。


 宮司一家は、宮司、その妻、そして、今年で十一になる娘が一人。


 娘か、妻を人質に取って、鹿乃目神社に代々伝わる書物を人質と交換して渡してもらう計画を立てている。


 その書物を一千万円以上で買い取りたいと言っている研究者がいたので、そいつのために僕達がそんな計画を立てたんだ。


「お先に」


 正田治樹の後を追うように、鉄パイプを持った新田薫にった かおると、ナイフを隠し持っている依田咲良いだ さくらが僕を追い抜いた。


「おいおい」


 血気盛んすぎやしないか。


「ひゃっはー!」


 新田薫達が後ろから来たのを知った正田治樹が急に駆けだした。


 そんな正田を応用に、新田薫も走り出す。


 つられるように依田咲良も小走りで追いかける。


 気づいた時には、三人は宮司の家にたどり着いていた。


「……ヤバいな」


 嫌な予感がする。


 正田とかと手を組んだのは、失敗だったかもしれない。


 人をぶっ壊すのが好きな正田なんかを仲間に引き入れた事が裏目に出そうだった。


 新田薫も正田に負けず劣らず頭の足りない奴だ。


 ガシャン、と硝子の割れる音が宮司の家の方から響いた。


 そんな音がした後、どこかの部屋に明かりが灯った。


「ちょっと待てよ」


 嫌な予感どころか、自分の想定した状況以上の事を起こしていそうで、僕は全速力で宮司の家へと急いだ。


「……は?」


 窓硝子が何枚も割れていて、そこから靴も脱がずに中へと入る。


 そして、明かりが点いている部屋を目指すと、そこは寝室だったようだ。


「どういう事よ?」


 鉄パイプで殴られたのか、ぐったりとしている寝間着姿の宮司の妻、同じく寝間着姿の娘が布団の上でぐったりとしていた。


 気絶か何かさせていただけなら、まだ良かったのだろう。


「ああああ、楽しいな!! やっぱ、こうでなくなっちゃ!」


「ははっ! 抵抗しない女はいいな、おい!」


 正田は宮司の妻に、新田は娘に腰を激しく振っていた。


「おら、さっさと本を出しなさいよ。そうしないと、この人達、殺しちゃうよ?」


 依田咲良が寝間着姿の宮司の首筋にナイフを突き立てて、そう耳元で囁いた。


 本気である事を示すためだったのか、宮司の首筋にはナイフで斬った痕があり、そこから微かに血が出ていた。


 僕はその光景を見て、頭を抱えた。


 こんな奴らと組むんじゃなかった。


 もっと穏便に書籍を手に入れることができたはずだ。


 こいつらと組まなければ……。









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