君なんか大嫌いだ!
観月
第1話
ある日僕はひどく怒られた。
父兄呼び出しまでされてさ。
「いったいどうしてこんなことをしたんだ!」
って先生は怒りながらも、ものすごく困った顔をしていたよ。
僕はもう、先生にとってのいい子じゃなくなったんだ。
母さんは「何かの間違いです」だって。
「そんな事する子じゃないんです」って言うから、僕は心の中でこう言ったんだ。
『それは、あなたの考えている僕でしょう?』
校則違反なんて一度もしたことがなくて、いつも真面目な生徒だと思われていた僕が、どうして煙草を学生服のポケットに忍ばせていたのか。
それを説明するためには、まず、榎本のことから話はじめなくちゃいけないと思う。
榎本というのは、僕と同じクラスの男子生徒だ。
そして、僕のだいっきらいな男だった。
榎本を見ると、ムカムカしてきて、胸をかきむしりたくなった。
もうそのくらい、嫌いで嫌いで仕方なかった! この目に映ることすら、鬱陶しかった。
金色の髪も、耳に小さくきらめくピアスとかいうアクセサリーも、だらしなく着崩された制服も、授業中によだれを垂らして寝ている姿も、女子と普通に話せることも、遅刻してくることも、遅刻してきたくせに、へらへらしてることも、そんなあいつを周囲の大人が「しょうがないなあ」のひと言で片付けてしまうことも、どうしようもなく嫌いだった。
ルールというものをことごとく破るのである。
信じられない。
遅刻は常習。
もちろん金色の髪の毛なんてものも、校則違反間違いなしだ。
授業中寝るのだって、いけないことに決まってるじゃないか。
それに比べ、僕はきちんとルールを守る。
あいつみたいな問題行動は、絶対に起こしたりしなかった。
それなのに、あいつはいつも教室の中心にいて、皆に声をかけられる。みんなが榎本の意見を聞きたがる。
先生だって、あいつのことをとても気にかけていた。
好き勝手やってるくせに。ルールなんて守らないくせに。
そんなふうに思っていたら、面談の時に先生がこんな事を僕にいったんだ。
「草薙みたいに良い子ばっかりだったら、先生、楽なんだけどなあ。榎本にお前の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ」ってさ。
なぜなのかはわからないけれど、その言葉を聞いた時、全部気がついちゃったんだ。
今まで上手に見えないようにしていた真実ってやつに気がついた瞬間だった。
要するに、いい子っていうのは都合のいい子って意味だったんだ。でなけりゃ、クラス全員が僕みたいだったらいいなんて、言うわけないじゃないか。
僕はその時いい子という名の安っぽい量産ロボットの一体になってしまった気がしたのさ。
気づいちゃったんだよ。
やりたいようにやっている、榎本のほうが、僕よりよっぽど愛されてるんだって。
そんなの頭に来るじゃないか。
だからちょっと悪いことがしてみたくなったんだよ。
父さんの煙草をこっそり盗んで学生服のポケットに入れて学校へ行ったんだ。
あっという間に見つかって、それから大騒ぎだった。
きっと榎本だったら「しょうがないなあ」で、済まされるんだ。
だけどぼくはいい子でなけりゃあ存在意義がないんだから、先生も母さんも慌ててるのさ。
いい気味だ!
僕は泣いていた。喉がヒリヒリするぐらい涙が出てて、止めたくても止まらなかった。
反省してるわけじゃないよ。
僕が信じていたものが全部ひっくり返ったからだ。
大人たちは、僕を見てくれてはいなかったんだ。
あいつらは、僕という存在を抹殺しようとしてたんだ!
「おおーい、いいんちょ」
それからしばらくした、ある日のことだった。榎本が、僕を呼び止めた。
「なんだよ」
振り向くと、困ったような顔をした榎本が、すぐ目の前にいた。
「なあ、どうして髪の毛脱色しちゃったんだよ」
「どうでもいいだろう」
「煙草。体に悪くね?」
「お前に言われる筋合いはないね」
「まあ、そうなんだけどさ。制服もさ、前はビシッとしてたじゃん? 前のいいんちょの方が、俺好きなんだけどなあ」
榎本がそんな事を言うから、僕の中で、何かがぶちっと切れたんだ。
「お前なんか、好き勝手やってるくせに、なんでぼっ……俺に意見するわけ? 金髪だし、服装だらしないし、遅刻してるし、授業中寝てばっかで、規則破ってばっかりいる君の言えたことかよ!?」
胸の中に溜まっていたガスが爆発して、それまで押えていた心の蓋が、勢いよく吹き飛んでいった。
拳を握り、ゼイゼイと息をつく僕を見つめる榎本の表情は、いつもとまったく変わらない。
「俺、規則を破りたくて破ってるわけじゃねえもん」
「はぁ!?」
わけがわからない。
「俺は好きなことやってたら、結果として規則を破ってたみたいな感じ? だから、楽しいよ。でも。いいんちょ、ちっとも楽しそうじゃないじゃん?」
わかったふうなことを!
「なあ、いいんちょ、一緒に遊びに行かない?」
榎本が僕の手を掴んだ。いかにもいいことを思いついたと言わんばかりの満面の笑みで。
手を振りほどくこともできただろうに、結局ぼくは榎本の手から逃れることはできなかった。
どのくらい歩いただろうか、気がつくと榎本に手を引かれて、堤防の上を歩いていた。
僕たちの住む町は海が近いから、川幅は広く、流れは緩やかで、水面は小さくさざめいている。
「いい天気だな。ねえ、いいんちょ、水切り出来る?」
振り返った榎本の髪が陽の光に透けて光っていた。
君なんか大嫌いだ! 観月 @miduki-hotaru
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