誰が決めたこと?

真白 悟

第1話

 長い人生の中で、人々はいつもルールというものに縛られている。

 誰にとっても、ルールというものは大切で守るべきだ。なんてことをいう人間はたくさんいる。

 僕だってそれを信じて生きてきた。これからも、そうだと思っていた。

――人は不自由の中に自由を感じる。

 つまり、制限を設けられることによって、選択しやすくなるということだ。

 これを『ジャムの法則』という。


 まあ、どうでもいいことだが、選択肢が増えれば増えるほど選択出来なくなり、不自由になるのが現実だ。


「縛られることによって自由を得る……皮肉ですね」

「人っていうのは、不自由なことに自由を見出すからね」


 僕は研究室で一学年上の先輩と話していた。

 人類文化学部経済人類学科、それがこのゼミの専攻だ。

 長い人生の中で、学ぶ人間がほぼいない学問だろうと、ゼミの先生は言っていたし、僕もそう思う。

 ともかく、それほど人気のない学問だ。


「はぁ、じゃあ先輩も、不自由な選択肢の中でこのゼミを選んだんですか?」

「馬鹿にするなよ……あの先生はあんなでも、人類学の権威だぞ?」


 先輩の口癖だ。

 彼は先生のことをかなり尊敬しているらしい。

 だからだろう、僕の口からはため息が溢れるばかりだ。


「……それは何度も聞きました。それでも、人気は全然ないですよね?」

多数派マジョリティー少数派マイノリティー……どちらがいいかはわかるだろう?」

「僕なら多い方を選びますけどね」


 なんて言っても、選べてないんだけど。


「でもここを選んだんだろう?」

「大学のルールに則るしかないですからね」

「つまるところ、自由に選んだってことだ。ルールがなけりゃ、選択出来なかったわけだからな」


 屁理屈だけはすごい人だ。

 何でもかんでも、理屈で片付くと思っている。

 たしかに、選択肢が多ければ選べない人もいるだろう……だけど、僕にとっては、選択肢は一つだった。

 選びたいものがあるのに選べない。

――それは不自由だ。


「例えば、欲しいジャムが決まっているのに、それがなければ買えませんよね?」

「まあな……だけどそれも不自由のなかにある自由だろ?」


 考え方の違いというやつだろう。

 僕のにはまるでわからない訳でもないが、納得はまるで出来ない。

 ルールが自由をもたらすというのであれば、僕はもっと自由を感じているはずだ。

 結局、感じ方は人によって様々というわけだ。


「僕が欲しい『ジャム』はこれじゃないんだよな……」

「世界なんてそんなもんさ……欲しくもない『ジャム』の中から選ぶしかないんだよ。ルールの中で妥協する事、それがこの世界を生き抜くルールさ」


 かなり、ポジティブな考え方だが、僕は先輩みたいに楽天家じゃない。

 世界のルールがいかようであれ、僕にとっては邪魔なだけだ。


「……やっぱり、納得できませんね」

「それでいいんだよ。納得することに意味なんてない。妥協と納得は違うからな……でも、お前がもし本当にこのゼミに居たくないというなら、ルールの中でいかほどにも行動すればいい」

「いえ、納得はしてなくても理解はしてますよ」

「あーあ、嫌だね。大人になるってことは……少数派が、多数派によるしかないってことか……」


 先輩は大きな欠伸をしながら、部屋の窓を開けた。

 まだまだ暑さが残る中で、心地よい風が吹き込んだ。

 結局、問答すれど、ルールによって縛られた自由の中で生きることが幸せらしい。

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誰が決めたこと? 真白 悟 @siro0830

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