3秒ルールは絶対無敵なんです!
チクチクネズミ
第1話3秒ルールは絶対無敵なんです!
ブルーベリーがフォークに刺されずクルクルと舞いながら、白の舞台から飛び降りた。
皿の上からの飛び降りを図ったブルーベリーはテーブルの上を転がりその勢いのまま崖に落下した。だがブルーベリーは潰れなかった。床に落ちたブルーベリーは、食されるはずの持ち主の手によって口の中に運び込まれた。
「いやー危なかった。セフセフ」
千佳は落ちたブルーベリーを頬の中で転がしながら、床に落ちたそれをおいしそうに咀嚼している。
「千佳、それ床に落ちたやつだろ。汚いだろ」
「セーフだよ怜。まだ菌ついていないもの、三秒ルール三秒ルール。三秒以内なら菌がつかないから絶対無敵なの」
千佳は指を三つ出して元気そうに笑う。俺は心配だ。大学で衛生学を学んでいるものとしては、そういう不衛生的なものを本当においしそうに食べているのを見てその人の将来まで心配になってしまう。
俺は注文した黄色とホイップクリームの白が良く混ざったイチゴのショートケーキの先をフォークで掬い取りながら、三秒ルールについて指摘する。
「三秒ルールなんて迷信もいいところだ。すでに三秒ルールについての論文が発表されて、三秒でも一秒でも菌は付着するものだと証明されている。そもそも、ブルーベリーが皿からテーブルに落ちた時点で菌が付着しているからして」
「……怜さ、もしかして潔癖症?」
「ちゃうわい!」
まったくこの文系脳は……どうして理解しようとしないのだろうか。
千佳は、コロコロとベリーソースがけワッフルに乗っているラズベリーをフォークで転がしながら相手を頬に添えた。
「だってさ。大学生活ってこうも忙しいなんて思わなくてさ。もっとデートとかできると思ってたのに、せめてお昼ぐらいは一緒に食べたいもの。ブルーベリー一つも怜とのデートした思い出の一つだもの取りこぼすことなんてできないもん」
俺は千佳と高校卒業まじかから付き合っている。しかし同じ大学に進学したもののの、学部が異なり直接顔を合わせる機会がめっきり減った。加えて、一年生という講義が最も多い時期というのもあるのも拍車をかけている。
さすがに買い物にも付き合えないのはさみしいと、千佳が言うのでお昼の構内のカフェでランチをおごることにしたのだ。確かに、こういう時間でないと時間は取れないものだ。
「まあ、今は我慢だ。学年が上がればデートできる時間も取れるだろ。その時にはちゃんとデートはする。しかし、三秒ルールなんてマイルールはまやかしだ。少し慎んだ方がいい。だいたい、いい年した女性が床に落ちたものを拾うこと自体が」
「はいはい、分かりました。せっかくのデートが衛生学の講義とお説教になるのは勘弁して」
千佳が耳を塞ぎながら、デザートに手を伸ばす。今考えると、俺と千佳は性格も嗜好もかなり異なる。男と女の脳は根本的に異なるのだが、どうして千佳は俺に付き合おうと告白したのか未だに謎だ。
最後に残したイチゴを刺して口の中に運び込む。
「でもね、そういう怜の世話焼きなところに惚れちゃったんだよね」
「あっ」
ふいに出た言葉に、口に含みかけたイチゴがころりと落ちた。三角錐のイチゴは横に転がりながら皿の上を滑り落ちた。千佳はそれを見逃さず「いただき」と突き刺して口に放り込まれ、俺のイチゴは食べられてしまった。
「くそっ、そのイチゴは俺が最後に取っておいた奴なのに」
「残念でした。最後まで取っておかず最初に食べとけばいいのに」
「それでは、最後の余韻としてイチゴの甘味が損なわれるんだ。甘ったるいスポンジとクリームからの」
「そんなの気持ちの問題でしょ。三秒ルール云々講釈垂れていたけど、怜もマイルールに従っているじゃない」
ケタケタと勝ち誇ったように、フォークを俺の前に突き出している。論理的にはは俺は間違っていないのだが、イチゴを取られた屈辱感が勝ってテーブルに顎を乗せて歯ぎしりを立てた。
……いや待てよ。俺はあることに気付いた。
「……千佳いいのか?」
「何が?」
「さっき食べた俺のイチゴ、俺の食べさしだぞ」
千佳の細い喉からゴクリとイチゴを飲み込んだ音が鳴ると、見る見るうちに千佳の顔が変色した。
ちょうど、千佳が食べているベリーソースワッフルのラズベリーと同じ色合いに。
「さ、三秒ルール! 三秒以内ならセーフだから! 唾液とかもついていないから」
「いやすでに歯までばっちり入れていたのだが。というかそれ間接キス」
「ならないから! 三秒ルールは絶対なんです!」
騒がしいカフェの中で、千佳はそれに負けないように声を荒げている。
その後、千佳が三秒ルールをすることはなくなった。絶対無敵の三秒ルールというものも、床よりも多く菌がいる口内では形無しのようだ。
3秒ルールは絶対無敵なんです! チクチクネズミ @tikutikumouse
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