第8話
(見つからない……!)
舌打ちをすると彼は壁に手を付いた。
念の為にあのカフェにも一度戻ったが、見つからない。結局、手掛かりすらないまま出入り口まで戻ってきてしまった。
青年は魔術師ではあるが、魔術とは本来それほど便利な物でもない。名前以外彼女について何も知らない青年の魔術では少女を探す事は不可能だった。魔術の無力さを呪ったことは幾度となくあるものの、よもやこんな事で悔やむ日が来るとは思わなかったものである。
そして他でもない、己自身の無力さも。
もう別れてからどれくらいの時が経つのかも分からない。
迷子じゃないとすれば誘拐? でも誰に? 目的は?
焦燥感だけが膨らんでいき、諦めかけた──丁度その時だった。
「だから!! 私は帽子を探しているだけだと言っているだろう! 離せこの年増!!」
……何だか覚えのある声が聞こえてきたような気がするのは気のせいだろうか?
「……嫌な予感、」
彼はこめかみを押さえながら声が聞こえてきた方へ向かう。
事務室らしきそこは、扉が開けっ放しになっている。扉に書かれていたのは『迷子センター』という文字。要するに一人でふらふらしている子供を保護しておく迷子預かり所である。
「名前が分からないとアナウンスができないのよ、帽子なら探してあげるからお名前は?」
「迷子じゃない! 約束している男がいるんだ!」
「どうしますか?」
「どうもこうもずっとこの調子で……困るのよねぇ」
数人の職員に羽交い締めにされているのは見覚えしかない少女だった。
噛み付くように叫びながら離せだなんだと大暴れしている。元気そうだ。目を疑う程度には。
「…………、」
安堵やら怒りやら、何だかよく分からない感情に駆られた彼はとりあえず手近にあった職員用の事務机らしき物を叩き潰した。
心配して損した。まさにその一言。
突如机がひしゃげ、ぎょっとする職員や係員達を他所に彼はつかつかと『そこ』へ歩み寄って行く。
何でも良いから一言怒鳴り付けようかと思った。どうしてそんなに腹が立ったのかは分からなかったが、その一瞬確かに彼の頭には血が昇っていた。
それがとうの昔に捨て去った『人としての感情』だと、一体誰が気付いただろうか。
「……っ、椥!」
そんな事は何も知らない少女は、彼を見つけると一瞬だけ顔を輝かせた。
それすらもどうしてか腹立たしくて。
ああ、一体どれほど心配したと思っているのか。
「一体何処に行って、」
係員を押し退けて、青年は声を荒らげた──否、荒らげようとした。
それが叶わなかったのは、彼の顔を見た途端に少女が飛び付いて来たからだ。
「……、」
青年のコートに顔を埋めて、縋り付くようにしがみ付いて。
よく見ると彼女は小さく震えていた。決して顔を上げる事なく掠れた声で少女は恨み言を吐く。
『何処へ行っていたんだ』と。
いなくなったのは自分のくせして、それでも彼が今ここにいる事実を確認するかのように。
「……ごめん、寂しかったんだね」
こくりと頷く少女を見て彼は静かに息を吐く。
彼は手に持っていた帽子を少女に被せると、彼女の体を抱き上げた。
こんな事なら無理にでも付いて行けば良かった。そう思いながら。
「……帰る?」
「……、」
「そう。行こうか」
彼は困惑する係員達に軽くお礼を言うと少女を抱きかかえたまま外へ出た。
晴れやかな空は彼を嘲笑うかのように陽の光を照り付けている。
二人で過ごす最後の日。
彼は自分の中に燻る感情の正体が分からないままホテルへ戻った。
今度は、片時も彼女の傍を離れずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます