第×話

 彼が息苦しいのは―――生き苦しいのは。


 問答無用で弱者を刈り取るその力でも、他者と歩む事を許されない永遠の肉体でも何でもなく、本当はただ彼の異常なまでの理想の高さ故ではないかと。

 数千に及ぶ彼が生きた年月の中で、そう表現した者は幾人も存在していた。


 彼は妥協を許さないし、諦めを受け容れないし、理想を捨てる事を認めない。

 子供が夢に描くような絵空事。誰しもが、そんなものは現実にはならないのだと遅かれ早かれ自覚する。


 


 だってそんなの、理不尽だろう。

 世界はきっと、思う以上に優しくなくて、世の中はきっと、思うよりずっと不条理で満ちている。だけど。

 抱いた理想が手に入らないなんて、そんな事は許されない。


 だからこそ彼は理由無き己の性質不死性を認める事が出来ないのだろう。

 その潔癖さゆえ、彼は行動にそれを起こす理由と、そして正当性を求めていた。曖昧な行動指針では動けない分、根拠も無く手に入った自身の性質も、初めから備わっていたであろうその力も素直に受け容れる事が出来なかった。


 不老不死の体など、奇跡などでなくただの呪いだ。


 そんな、他人には絶対に理解出来ないであろう潔癖を身の内に宿した青年はやがて暴論へと辿り着く。

 どうあっても自分の理想は叶わなくて、どう足掻いてもそこに自分の理想が存在しないのなら。


 この力で何もかもを排除したその先に、求めるそれはあるのではないか? と。


 それは誰の目から見ても間違っていた。小さな子供でもいつか気付くような間違いなのに、『小さな子供』のまま歪んでしまった彼にはその善悪の判断がつけられなかった。

 だって、

 幼くしてその理論を己の中で正当化し、“常識”として定義付けてしまった彼にとって大きな目での善や悪というものは意識の中に最早存在していない。

 彼にとっては“それ”こそが正義だったのだ。


 理想から外れたものは一つ残らず排除する。そして奇しくも、それを可能にするに足る力を彼は所有していた。


 そうやって理想から程遠いものを排除して排除して排除して排除して――ふと、後ろを振り返った時。

 背後の道には何も残っていなくて、それは理想などではなくただの絶望で。

 やはりどうやっても理想には近付けない事実に彼は恐怖した。死を許されない肉体より、強過ぎる力より、それだけの力を宿しながら命の一つも救えない己より何より、求める理想も希望も結局は世界中をひっくり返したって見つからない事に彼は絶望した。


 だけどそれに気付いた時、彼にはもう後戻りする術が無かった。だから進むより他なくて、その頃にはすっかり壊れていた彼はただ狂ったように命を奪った。


 そんな理想主義者の青年が。

 化け物と呼ばれた、孤独な青年が。


 生という永遠の牢獄の中で見つけたのは、たった一つの──。







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