ずっと
新月
第1話
僕がここに入れられてどれ位経ったのだろう。
じっと目を閉じたまま耳を澄ます。声も物音も聞こえない。気配もない。
僕を閉じ込めた人は、既にどこかへ行ったようだ。
そっと目を開ける。真っ暗だ。何も見えない。
ゆっくり体の位置を確認。どこに何があるか分からない。
音を立てないように、慎重に、体を起こす。
君のことを思い出す。
僕と君は約束した。ずっと一緒にいるって。絶対置いていったりしないって。
だから、行かなきゃ。
君の元へ。
今日は君の誕生日だった。
君はたくさんの人に囲まれて、幸せそうに笑ってた。僕は他人を押し退けることができなくて、離れたところから君を見てた。
「いくつになったの?」
だれかが訊いて、君が答えた。
僕は気付かれないよう溜め息をついた。
君は大きくなった。
記憶の中の君はいつまでも幼い。
毎日のように、僕の元へ遊びに来た頃。いまでもはっきり思い出すことができる。
斜めの屋根と灰色の壁。その前で手を振る君。
本を読んでくれた君の声。
窓を打つ雨の音に暖炉で薪がはぜる音。面白がって近付く君を危ないからと引き留めたこと。柔らかい日射しの中、駆けてゆく君の後ろ姿。
花輪を編んで僕の頭に載せた時のとびきりの笑顔…。
ハッピーバースデーの歌が、僕を現実に引き戻す。あの頃と変わらない君の笑顔。
君はもう、僕がいなくても、そうやって笑うことができるんだね。
僕はもう、君に必要ないのかもしれない。
燃えている暖炉に本を1冊投げ入れる。
ぼうっと燃え上がり、本は驚いたようにページを広げ、力尽きたようにぐったりする。
また1冊入れる。本はよく燃える。夜が明ける前には終わるだろう。
戸棚には本が詰まっていた。
全て、あの子が持ち込んだものだ。あの子は僕を前に座らせ、持ってきた本を読み聞かせた。
僕はいつでも黙って聞いていた。
つまらなくても、あの子が途中で飽きて投げ出しても、文句一つ言わなかった。
彼女はそのまま本を置いていき、僕の戸棚は一杯になった。
僕はそっと表紙を撫でる。
これは特に、あの子が好きだったものだ。何回も読み聞かされた。何回も、何回も…。
それも暖炉に投げ入れる。もう、必要ないものだ。
あの子にも、僕にも。
本を投げ入れる。
燃えてきたらもう一冊。それも燃えたらもう一冊。
火が消えないよう注意しながら、機械的に作業していると、揺らめく炎に照らされて、昔のことが思い出されてきた。あれはそう、僕と君の世界が、2つに別れだしたころ…。
ある日、君の友達が遊びに来た。
僕は部屋の隅っこで、君と友達を眺めてた。僕の他に友達ができるのは寂しいけど、君にとってはいいことだろう、そう思いながら。
友達は僕を見ると、指を指して言った。
「なにこの人形!気味悪い!
僕はその子が持っているのとは違う。
友達の人形のように可愛くはない。しかめっ面で、ノミで荒く削っただけの体。
だけど君は僕を大切にしてくれたから。僕と遊ぶのを、何よりも楽しみにしていたから。
だから、誰が何を言おうと、構わなかったのに。
君は僕を隠した。
恥ずかしいものでも見られたように、泣きそうな顔で、僕を自分の後ろに隠した。
薪がはぜて、一瞬、炎が大きくなる。
いつの間にか手は止まって、僕はぼんやり炎を見つめていた。
それから君は僕のところへ来なくなった。
寂しかったけど、それも仕方ないかと思った。いつまでも一緒にはいられないと、なんとなく気付いていたから。
だけど今日、君が欲しがったプレゼントの中身を見て、「ちゃんとした」人形を貰えてよかったねって言葉を聞いて、暗い倉庫へ移されて、思ったんだ。
君を置いていきたくないって。
ここにいたら、君は変わってしまう。そうなる前に、君をこの世界から引き剥がしたい。
ここにいれば、君も僕も、変わらなくてすむから。
僕は今まで、ずっと君に従ってきた。
だから一度だけ、わがままを言わせて。
約束通り、ずっと僕の傍にいて。
ずっと 新月 @shinngetu
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