6.回帰

 中学校を出るとその足でバス停に向かう。

 しかし時刻表を見ると次のバスまで後一時間近く時間があった。

 仕方がないので昼食を取るために商店街へ向かう。


 商店街を歩いていて居ると一軒のパン屋が目に入った。中学時代によく昼食として買っていたパン屋だ。まだあるとは思っていなかった。

 ふと思い立ちパン屋に入る。サンドイッチとアンパンを手に取り、ついでに牛乳を買う。

 レジを済ませてそのまま店を出ると、郊外の淡嶋神社へ向かう。

 それなりの距離を歩くと小高い山の麓に淡嶋神社が見えてきた。

 参道の階段を上り朱色の鳥居をくぐる。左手に手水舎を構え、眼前に小さな広場と共に本殿がある。社務所や拝殿などはない小さな神社だった。

 賽銭箱に小銭を放り投げて参拝を済ます。

 広場にはベンチなど見当たらなかったため、仕方なく濡れ縁部分に座り持ってきたパンを広げる。

 井上先生の話に出てきた少年たちはこの様な状況だったのだろうか。そんな想像をしながらパンをかじる。

 周りには広い道路もなく交通量も少ない。また、周りを雑木林に覆われているためか、外部の音も聞こえず、丁度よい木陰になっていて涼しくもある。過ごしやすい環境に、学生時代この場所を知らなかったことを後悔した。

 そよそよと流れる風を肌に感じながら目を閉じると、鳥たちの鳴き声と風が草木を揺らす音のみが聞こえてくる。

 

 昨日は本当にここで怪異が有ったのだろうかと懐疑的になってくる。それほど清々しい空間が広がっていた。

 暫くぼんやりとしているとついついうとうととして来てしまう。これはいけないと持ってきた牛乳を飲み切るとゴミを片付け鞄に放り込むと立ち上がり神社の本殿の裏へと向かい移動する。

 

 神社の脇は雑木林と本殿に挟まれ、雑草が生い茂った空間を歩き裏側に回る。裏側は暗く寒々しい空気が流れていた。

 そこによく見なければ分からないほどの小さな獣道が存在した。

 獣道の入り口の前に立ち奥を覗くが、生い茂る草や木に阻まれて奥までは見えなかった。少しだけ先を見てみよう、そう思いそのまま奥へ一歩を踏み出す。

 ぐねぐねと曲がる獣道、多少の傾斜があるがきついと感じるほどでもない。木々の根や大き目の石などが有るが、足元をよく見て歩けば問題になる様なものでもない。しかし、全速力で駆けてた場合は恐らく足を取られてしまうだろう。

 

 少年たちが見たモノは、感じたモノは何だったのか少し興味がわいた。昨日から散々不可思議な目に合っているというのに、現金なモノである。

 オカルトは嫌いではない、むしろ子供の頃は良くそういうテレビ番組を観ていたものだ。いつの間にかそういったオカルト関連に自粛ムードが漂い、テレビ番組ではあまり見かけなくなった。それから暫くオカルトとは無縁でいたが、ここにきて少し興味が戻ってきたのかもしれない。

 

 暫く歩くと唐突に開けた場所に出た。丘の斜面の様なところで、草木も生えておらず見通しが良い場所だった。少年たちが言っていた様な雑木林の中に開けた広場の様なモノではなく、そこに社や人形の群れは見受けられなかった。

 この丘の斜面は見通しが良く、ニュータウンの街が一望できた。通っていた中学校も視界に入る。

 気持ち良い風が吹き肌を撫でる。少しばかり目を閉じ深呼吸をする。

 丘の斜面をよく見ると、何か積み上げられた石が崩れたような痕跡が存在した。それを見ていると少々気持ち悪い感じが湧き上がってくる。

 

 それ以上特に何も無いような場所であったので元来た道を戻る事にする。行きも帰りも獣道には特に分岐の様なモノは見受けられず、一本道であった。少年たちが行きついた広場へ行く道はこの獣道では無いのだろうか。そもそも入口が違ったのか、途中で獣道を外れてしまったのか。少年達は運よく(悪く)下手な場所に迷い込んでしまったのかもしれない。

 少年たちの弁を信じるならば、だが。


 程なく神社の裏側に帰ってきた。こういう場合、行きよりも帰りの方が時間的に早い気がする。

 ふと、違和感を感じ神社の外壁部分、最近では珍しくこの神社には千社札が山のように張られている。その一角に見覚えのあるお札が貼られていた。

 健介の部屋に貼られていたお札だ。赤い幾何学模様にその上に書かれた文字の羅列。背筋に冷たいものを感じながら一歩後ずさる。そこには千社札に隠れるようにパッとみる限りでも十枚近くのお札が貼ってあった。

 ちょうど目の高さにある一枚に顔を近づけてみる。それは草書体の様な流麗な文字で読みづらかったが、どうやら念仏かお経の様なモノらしい。

 嫌な予感を感じ神社の周りを観察する。すると、神社の四方に同じく隠れるように件のお札が貼ってあった。

 この神社にはご神体、なのかは分からないが真っ白い雛人形が祀ってあると先生は言っていた。まるでその人形を守る?閉じ込める?かのようにそのお札は偏執的なまでに神社の四方を覆っていた。

 気持ち悪さが湧き上がる。健介の家と同じだ、ここには居てはいけない。慌てて神社の敷地から逃げ出すように走り出した。

 参道の階段を転げるように降り走る。

 バス停に向かって全力で走ると丁度バスが到着するところだった。バスの扉が開くのをもどかしく感じながら、肩で息をする。整わない呼吸が胸を圧迫してくる。扉が開くと同時に中に滑りこみ、一番後ろの座席に倒れこむように座った。

 奇しくも行きと同じ座席だった。

 

 運転手の合図とともにバスがゆっくりと動き出し、ロータリーを抜ける。一息ついた私はおもむろに腕時計を確認する。

 午後三時、元々予定していた時間よりも遅くなってしまっていた。思いのほか神社で時間を使ってしまっていたらしい。ガタガタとゆられるバスの中で、今回の事を思い返す。

 

 色々と疑問点や奇妙な事は多い。

 

 まず胎伽の光と言う新興宗教の存在。

 隆敏の話だと信者は二百人程度と言っていたが本当だろうか。うちの代ですら二十人から三十人はいると言う四組の存在。他の代の生徒にも四組の様な存在はあるのだろう。そして井上先生に聞いた話などを総合すると中学校の多くに信者の手が伸びていそうな雰囲気がある。それだけでも二百人は超えてしまいそうな気がする。もしかしたらうちの代だけが信者率が高いだけの可能性もあるが、そこまで突っ込んだ話を聞ける相手はいなかった。

 

 次に健介の件だ。

 なぜ彼は自殺したのか。母親は病気と言っていたが、隆敏含めクラスメイトは自殺と言っていた。そして健介の部屋に貼って立ったあのお札。あれも胎伽の光関連のお札との事だ。健介の自殺に胎伽の光が関わっている可能性も否定できない。

 ふと思いついた。そう言えば、なぜ健介の母親は私が蓬田達雄だと気が付いたのだろう。二十年の成長で体格や人相などはだいぶ変わっている。現に同窓会では私が蓬田達雄と言う事は名札が有って初めて気が付いたのだ。何度か家にお邪魔をしたとは言え、それほど親しくしたわけでは無い健介の母親に私の事が分かるとは思えない。


 そして井上先生が話してくれた少年たちの体験。

 淡嶋神社の裏の獣道から不思議な広場へ行った話。お社と共に人形が大量にあったと言うが、淡嶋神社では人形供養も行っていると言うしその関連かもしれない。少年たちの帰還と宮司、謎の人物の存在。食い違う証言と、少年たちの手から消えが人形の存在。そして何かを守るように貼り付けてあったお札の存在。ここにも胎伽の光の影が見受けられる。

 

 最後に宿での隆敏の様子だ。

 彼は何しに来たのか。胎伽の光の事を私に伝えに来たと言っていたが、本当だろうか。美晴の事を伝えるにしても妙にあっさりしていた。私たち四人が一緒に遊び始めるようになる前から、それこそ幼稚園の頃からの親友だったはずだ。それなのに美晴の事はまるでただのクラスメイトの様に話していた。いまいち隆敏の本心が分からない。

 そして最後に怯えと共に口にした「おしろいさま」の事だ。彼は私の後ろに何かを見ていたそれは確実だろう。それがおしろいさまなのか、おしろいさまとは何なのか。淡嶋神社に祀られているという白いお雛様と何か関係が有るのか。


 分からない事だらけだった。一泊二日の同窓会、本来ならもっとリラックスしてこの時間を楽しめたようなはずなのに、何故このような事になってしまったのか。異界に紛れ込んだ、と言う表現が一番近い気がしてきた。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にか駅前の停留所が近づいてきた。慌てて停車ボタンを押すと、荷物を纏めてバスを降りる。そのまま駅に向かうと、後ろでバスが出発する音が聞こえる。

 

 駅の券売機で切符を買おうとすると、横の窓口に居る駅員から声を掛けられる。

 

「お客さん、申し訳ない。今ねトンネルが崩落事故が起こったらしくてね、列車動いて無いんですよ」

「えっ、崩落事故。大丈夫なんですか」

「いや、だから大丈夫じゃないんですよ。多分今日中の復旧は無理なんじゃないかなぁ」


 まさかここにきて列車が動いて無いとは思わなかった。


「ここから隣の街に行くとしたら、バスですかね」

「そうですね、バスしかないと思いますよ」


 次のバスまでどれくらいだろう。これなら先ほどのバスにそのまま乗っていれば良かったか。後悔しても仕方がない。急いで次のバスの時間を確認しようと移動しようとして思い出した。

 

「そうだ、タクシーありませんでしたっけ?」

「タクシー? 残念ですがタクシーはここには来ないですよ」

「えっ、昨日来たときはそこの駅前のロータリーに二台ほど止まっていましたが…」

「いやいや、そんなはずはない。この辺のタクシー会社はもう二年、三年前かな、倒産しちゃってねもう来てないんだよ。隣街のタクシー会社は電話かけてもこっち来るの嫌がっててね来てくれないんだよね。お客さんに尋ねられるたびに申し訳なくって」


 いや、そんなはずは。確かに昨日ロータリーに止まっているタクシーを二台見かけたはずだ。この駅員は何を言っているのだろう。もしかして私がおかしいのだろうか。


「バスで行くしかないねぇ。それか誰かに車乗せて貰うとかしないといけないかもな」

「分かりました、有難うございます」


 お礼を言ってその場を離れると、そのままバス停に向かう。隣街行きのバスは後一時間後となっていた。

 仕方ない、そう思いベンチに腰掛ける。改めて駅前を見回すと胎伽の光反対の看板が良く目立つ。来たときは茫然と見ていただけだったが、今になるとこの駅前の異常さが良くわかる。

 胎伽の光反対の看板をよくよく観察する。昨日の時点ではあまり気にしていなかったが、そこには昨日今日でもう見飽きたあのお札がそこかしこに貼ってあった。

 一体私の故郷はどこまでこの新興宗教に侵されているのだろう。


 できるだけ何も考えないようにただただ時間が経つのを待った。暫くすると遠くからバスの来る音が聞こえてくる。

 期待して立ち上がったが、方向から言うと逆方向のバスの様だ。がっかりとしながら再度ベンチに腰を掛ける。やってきたバスはやはりニュータウン方面へ向かう経路らしく、正面に大きくニュータウンの名前が躍っていた。

 圧縮空気が噴出する音が響きバス前方のドアが開く。私の他に乗客は無く、私も立ち上がらない事からそのまま扉を閉めて出発するかと思ったが、想像に反してバスの運転手がこちらに声を掛けてきた。

 

「お客さん、もしかして隣街行きのバス待ってる?」


 突然声を掛けられた事に驚き顔を上げる。見るとバスの運転手が身を乗り出してこちらを見ていた。

 

「ああ、さっき乗ってたお客さんじゃない。その様子じゃ電車もダメなの?」


 そう言うバスの運転手。バスの運転手の顔等全く意識していないので分からなかったが、もしかして先ほど駅え向かうために乗っていたバスの運転手なのだろうか。

 

「ええ、隣街に行きたいのですが、どうやら列車のトンネルが崩落事故か何かで動かなくて。仕方なくバスを待っているです」

「ああ、それならお客さん運が無い。こっちも同じだよ」

「こっちも同じ?」

「バスの運行道路の方にあるトンネルも崩落事故。恐らく同じ場所のトンネルなんだろうね、だからバスも向こうに行けない状態なんだよ。私も本社に電話して仕方なくニュータウンの方の営業所に戻るように言われてね戻ってる最中なのよ」


 バス通りも崩落事故?

 このタイミングで?


「え、それじゃ隣街には行けないんですか」

「そうなるね。営業所の話じゃ今日の復旧は無理じゃないかと言ってるよ」


 この場所から出られない?


「どうします、お客さん。バスの運行も乱れに乱れてるからもう暫くここにはバス来ないかもしれないよ」


 私は急き立てられるように再びバスに乗り込みニュータウンへ帰っていった。





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