3.同窓会

 あの後、旅館に駆け込み時間が来るまで部屋でじっとしていた。

 とてもじゃないが街を見て回る気は起きなかった。あの家で見たモノ、そしてそのモノ自体を気にしていない風の母親の態度に寒気がする。

 電気すら付け忘れてじっと固まっていると、いつの間にかスマートフォンにメールが来ていることが通知されていた。

 のろのろとスマートフォンを手に取りメールを確認する。見ると友人の隆敏からのもので、今夜の同窓会の場所と時間を再度知らせてくれたメールだった。有難うと返信する。時間を見るとそろそろ宿を出なければならない時間になっていた。

 

 もそもそと準備をする。と言っても特に大仰に何かすることも無く、財布とスマートフォンをセカンドバックに突っ込み宿を出る。商店街の裏側に位置する居酒屋に向かうとその前にはそれっぽい人達がめいめいたむろして時間が来るのを待っていた。

 二十年の歳月は人の容姿を随分と変容させる。見知った顔が無いかと窺ったがどうにも思い出せないまま時間になり、ぞろぞろと人々が居酒屋の中に入っていった。彼らの後に続き最後尾で居酒屋に入る。中に臨時の受付が置かれており、そこで名前を伝え会費を払う。すると、受付の中から明朗な声が響いた。


「達雄、お前良く来たな! 俺だよ、分かるか? 隆敏だよ」


 受付に座っていた一人は親友の武田隆敏だった。


「お、隆敏、メール有難な」

「おう! 先に中に入って待っててくれ、ちょっと受付の仕事してすぐ行くわ」


 識別用の名札を受け取るとそれを胸に付けて奥の座敷に向かう。

 めいめいが仲間同士で席を取り盛り上がっている中に、襖をあけて中に入ると一瞬中に居た全員の顔がこちらを向く。幾重もの目がこちらを向き一瞬息が止まる。近くに居た一人がこちらの名札を確認し驚く。

 

「もしかして蓬田か?」


 その一言を皮切りにして、友好的な言葉がこちらに投げかけられる。


「久しぶり」

「中学卒業以来だから二十年振りか?」

「すっかり変わってて全然わからなかったわ」

「まさか来るとは思わなかった」

「もっと頻繁に連絡くれよ」


 等々、会場は二十年ぶりに現れた珍客に寛容だった。

 あまりの反応に入り口でまごまごしていると、奥に居た女性にこっちこっちと促されて席に座る。名札を見ると声を掛けてくれたのは当時学級委員長だった山田佳子だった。

 

「蓬田君久しぶりー」


 屈託なく笑うその笑顔は、中学当時クラスの中心だった頃とあまり変わらないままの、えくぼが魅力的な容姿だった。

 直美は当時クラスのいわゆるマドンナ的存在で、クラス中の男子が彼女の一挙手一投足に一喜一憂していた。クラス内だけでなく、当時の学校内のヒエラルキーにてトップ集団に属していた。私を含めた悪ガキ四人組は当時あまり彼女らの集団とは接触は無かったが、それでもクラス行事等でそれなりに話す機会も持っていた。


「山田さんお久しぶりです。あの頃から全然変わりませんね」


 山田さんの正面に座りビールを注いでもらう。


「またまた。もう二十年経ってるんだからおばちゃんでしょ。蓬田君は結構変わったよねー。全然わからなかったよ」

「いやいや、まだまだ若い若い。お綺麗ですよ」


 場の空気に酔ったのか、普段は出てこないような浮ついたような言葉が口をつく。

 山田さんも満更ではないのかニコニコとえくぼを覗かせて笑顔を作る。


「よっ、さっそく口説いてるのか」


 横の空いている席に隆敏が席を下ろした。


「もぅ、武田君そんなんじゃないよ。挨拶していただけ」

「そうなの? 達雄もまだ結婚して無いみたいだし、二人とも付き合っちゃえばいいじゃん」


 も、と言う事は山田さんも結婚していないのか。とそんな事を思いながら隣の席に付いた隆敏を見やる。一応スーツを着てはいるがだいぶ着崩している。これで髪の色が金髪だったりしたらホストの様である。

 暫く談笑していると、同窓会の提案者である元学級委員長である成町吉郎が席を立ち声を上げた。

 

「それでは皆さん、時間となりましたのでM市第三中学校三年三組の同窓会を開催したいと思います。今回は卒業二十年の節目の年となります。残念ながら担任であった井下先生はご来席できませんでした、その代わりなんと二十年振りに蓬田達雄さんが参加してくれました」


 そう言いながら、成町がこちらに向かって指をさす。会場から拍手があがる。

 

「では蓬田さん、一言と乾杯の発声をお願いできますでしょうか」


 事前に打ち合わせ等無かった無茶ぶりをされる。ここでごねて場を白けさせる事もできないため、仕方なくコップを手に取り席を立つ。

 改めて周りを見回すと参加者は総勢十五名程度で男女比は半々。この様な会に参加したことが無いため多いのか少ないのかは判別できないが懐かしい顔ぶれがそろっている。

 三十五歳であるので、それなりに老けた者もいれば、まだまだ若く二十代でも通る様な者も居る。後者の代表は山田佳子だ。

 

「皆様お久しぶりです。卒業して直ぐに引っ越してしまったため、このようにご挨拶できるのは二十年振りになります。今日参加できていない方もおり残念ではありますが、あの頃の出来事を思い出しながら今日は盛り上がりましょう。かんぱい!」


 無難に挨拶をこなし、一息にグラスのビールを飲み干す。

 そのまま席に付くと、すぐに正面の山田さんがビールを注いでくれる。


「かっちかちだったな」

「いきなりこんなの振られたら緊張もするわ」


 肩に手を載せ嬉しそうにからかってくる隆敏。


「いやいや、なかなか良い挨拶だったよ」


 山田さん隣に座っていた女性が声を掛けてくる。彼女は当時から山田さんと仲の良かった田所きよみさんだ。当時からボーイッシュな見た目だったが、現在でもショートカットで男勝りな恰好をしている。しかし年齢を重ねたことによる色気も併せ持ち、ありていに言えば美しくなっていた。

 

「田所さん有難う。俺は二十年振りだけど、みんなは結構頻繁に集まったりしてるの?」

「狭い街だしなー。同窓会って格式張って集まったりはしてないけど、それなりに中の良い奴らとかはなんだかんだ集まって飲んでたりするよな」


 隆敏の答えに、正面の二人も頷く。


「そうだね。蓬田君みたいに街から離れちゃった人も何人かいるけど、残ってる人は結構仲良くやってるかもね」

「やっぱり出ていく人って多いのかな。そう言えば美晴の姿も見かけないけど?」


 美晴の名前を出すと、一瞬場の空気が止まった。何事かと周りを伺うが誰も口を開かない。

 仲良し四人組としてつるんでた最後の一人である美晴の姿はこの会場には見られなかった。そう言えばと思い質問したのだが、まさかこのような空気になるとは思わなかった。


「何言ってるんだよ、秋山は四組だろ。今日は三組の同窓会なんだから来るわけないだろ」


 席の反対端に居た成町が声を上げる。


「そうだよ、あいつ四組だったじゃん。今回は来てねえよ」


 隆敏が肩に手を回しながら同意する。

 

「いやいや、まてよ。中学は三組までしかなかったじゃんかよ。四組なんか無かったろ」

「やだ、蓬田君忘れちゃったの。うちの学校は四組まで有ったじゃん」

「そうそう、恵も信子も四組よ」


 何を言っているのか分からなかった。確かにM市第三中学校の私たちの代は三組までしかなかったはずだ。山田さんが言っている、恵と信子も恐らく下田恵と鈴木信子の事だろうが、彼女らも三組に居たはずだ。

 しかし私以外の全員が四組が居ると言い、今はそこかしこで四組が有った形での思い出話をしている。体育祭、文化祭、修学旅行、全ての思い出が四組が有ったことを前提で話が進んでいる。

 

 二十年と言う歳月がたっても流石にそこを忘れるような事は無いと思っている。

 いろいろと話を聞いていると、四組の面子はどうやら私の記憶上にある一組から三組までに所属していた面々がそれぞれ所属しているらしい。

 四組と言う存在は、突然降ってわいたモノではなく、私の記憶に合致する面子が集められている。

 

 私の知らない二十年の間に何かあったのか、それとも私の記憶がおかしいのか。


「そうそう、達雄。健介の事聞いたか?」


 混乱した頭でひたすらビールを煽っていると、唐突に隆敏が声を掛けてきた。


「ああ、今日健介の母親に偶々あって聞いたよ。病気で亡くなったんだってな」

「病気? 自殺じゃないのか、健介」


 自殺?

 確か母親は肺炎を拗らせてと言っていた気がしたが。


「なんかブラック企業に就職して、それを苦にして自殺って聞いたけど」

「お葬式の日、確かそう言ってなかったっけ?」


 母親の話しと食い違っている。

 健介は自殺なのか、それとも病死なのか。

 また、私が知らない二十年の空白がそこに横たわっている。

 二十年と言う空白は、その前の記憶をも侵食し、私の存在を希薄化させる。


 純粋に怖い、と思った。

 誰が正しいとかどうでも良いが、何かがおかしいと言う事が怖い。


 食い違う記憶、食い違う言葉。

 楽しいはずの同窓会が急に恐ろしいものの様に感じられた。

 私の知らない二十年を知っている級友たち。


 そのまま表面上の対応を繰り返し時間を消費させる。

 心は此処にあらずだった。

 

 二次会の誘いも受けた記憶があるが、私は調子が悪いからとそのまま宿へ帰った。

 

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