額縁

勝利だギューちゃん

第1話

絵を描いている。

普段はアトリエにこもって絵を描いているが、

描きたまると、近くの公園で広げる。


誰も、興味を示さない。

僕も売れるとは思っていない。


そんな物好きはいない。

客観的に見て、売れる魅力はないだろう。


でも、それでよかった。


こうして見ると、人というのは面白い。

それぞれに、ドラマがある。

普通の人生なんて、ありはしないのだ。


「今日も来てるんだ」

ひとりの女性から、声をかけられる。

僕が公園に来た時はいつもいるが、声をかけられたのは初めてだ。


「まあな」

「初めてだね。話すの」

「そうだったな」

オウム返しの返答をする。


「私は、麗亜・・・加藤麗亜(かとうれいあ)。20歳。おじさんは?」

「零雄、黒土零雄(くろどれお)・・・。25歳だ」

「ウソ。老けてるね」

「悪かったな」

初めての会話だが、そんな感じがしなかった。


「お兄さんの絵だけど・・・」

「ああ」

「これじゃあ、売れないね」

「その通りだ」

「否定しないの?」

「しない」

「どうして?」

「さあな」

口にすれば惨めになるので、しなかった。


「じゃあ、私が1枚買ってあげる」

「ボランティアか?」

「うん」

「正直だな」

「私のいいところ」

疲れてきた・・・

でも、人との対話はいつ以来だろう?


麗亜と名乗る女は、僕の絵をしばらく見て・・・

「じゃあ、これもらうね、いくら?」

「500円」

冗談だった。

僕の絵は、10円の価値もない。


「はい、500円」

これは?札・・・

岩倉具視なのは知っていたが、初めて見た・・・


「法律上は使えるよ」

「知ってるけど・・・」

「じゃあね」

茫然とした。


麗亜が持っていったのは、空を飛ぶマンボウの絵・・・

僕の絵の中で、一番の駄作だ・・・


「わからないものだな・・・」

僕は、絵をかたずけて、帰路に就いた。


「この500円札は、残しておこう」


その後も公園で、絵を広げていたが、

麗亜と名乗る女性とは、もう会う事はなかった・・・


数年後


僕は個展を開いた。

描きためた絵を飾る。


もうけるつもりも、名を売るつもりもなかった。

平たく言えば、「思い出作り」だ。


「やあ、お兄さん、久しぶり」

「麗亜ちゃんか・・・しばらくだな」

「あっ、覚えていてくれたんだ」

「そりゃあな。で、どうした?冷やかしか?」

「うん」

「相変わらず正直だな」

「うん」

麗亜は、まじまじと見る。


「お兄さん、変わってないね」

「悪かったな」

「褒めてるんだよ」

「どうして?」

「生き生きしてる」

「そっか・・・」

まあ、確かに生きがいだしな。


「お兄さんに、一つ仕事を頼みたいんだけど」

「ああいいよ。暇だし・・・」

どうせ、子供に描いてくれとかだろう。

それでも、よかった。


「私を描いてくれる?今ここで・・・」

「ここでか?」

「うん。ここで」

「似顔絵になるぞ」

「いいよ」

キャンバスを手渡される。


僕は、麗亜を見ながら、さらっと描いた。


「はい。出来たよ」

「ありがとう、お兄さん。大事にするね」

「いや、捨てていいよ」

「はい。ギャラ」

一万円札を渡された。


これは・・・聖徳太子?

初めて見た。


「法律上は使えるよ」

「知ってるけど・・・」

「じゃあ、またね」

麗亜は、去って行った。


「なんなんだ?」

わからなかった。


ただ、その個展では、僕の絵は全て売れた。

物好きもいるんだな。


でも、素直に喜べなかった。


それから数十年の時が経った。

今でも絵を描いている。


あの個展以降は、1枚も売れていない。

でも、それでよかった。


麗亜は今、どうしているのかわからない。

ただ僕は、描けなくなるまで描き続けようと思う。


部屋には、絵を飾っているが、その中の額縁の一枚に、

麗亜からもらった、500円札と一万円札を飾ってある。

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額縁 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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