第三十二話 通過儀礼
先頭を行くのは当然、モニカとサラハヴァだ。
「こっちだ! みんな、あともう少しで着くから! がんばれ!」
狼竜に騎乗した
無理もない。
つい先程まで戦場にいたのだ。
全員が
更に、ここは迷宮だ。
だが、逆にそれが不気味なのだ。
迷宮を歩く
「……ははぁ。こいつは驚いたねぇ」
コナもまた同様。
目隠しを取り、琥珀色の瞳をきょろきょろと巡らせて辺りを見回しながら、感嘆とも
他の者達と同様に重傷を負っている彼女だが、その振る舞いは実に自然体だ。突き刺さった矢を引き抜き、止血帯を巻いただけの応急処置しか施されていないにも関わらず、誰の手を借りるでもなく普通に歩いている。
他の
ただしカトゥーラのみ、右眼が碧いオッドアイだった。
やがて、
客人の到着を察知し、重々しい音を立てて隔壁が口を開く。
解放された空間。
その先に――魔王が、いた。
「―――――」
玉座に腰掛けた黒い男。
その姿を目にした瞬間、一切の例外なく、全ての
視線を、外すことが出来ない。
「―――お帰りなさい、モニカ。それに母様。戦士の皆も」
「姉さん!?」
姉妹の声。
それを聞き、魔王のオーラに気を取られていた
脇に目を向ければ、コナの娘――長女パーピュラシナの姿があった。
傍らには給仕の恰好をした
サラハヴァの背から飛び降り、モニカは姉の許へと駆け寄った。
「顔色はずいぶん良くなったみたいだけど……大丈夫なの? まだ寝てた方がいいんじゃ……」
「ええ、大丈夫よ。私も魔王様の〈洗礼〉と〈祝福〉を受けたの。おかげで熱も下がったし、体力も戻ったわ。心配してくれてありがとう、モニカ。貴方も無事でよかった」
熱く抱擁し、妹の頭を愛おし気に撫でる。
モニカと同様、パーピュラシナの様子も随分と変わっている。体調が戻っただけではない。その身が生命力で満ちているのが一目で分かった。少し前まで死に体の傷病者だったとは思えない。
「パーピュラシナ……アンタ、一体……」
「母様」
ゆっくりとモニカから離れ、パーピュラシナはコナの許へ近付いた。
「私はモニカと同様、魔王様のお力で、このお腹の子ともども命を救われました。
あのお方は新たなる創造主。私達を生んだ創造主とは異なる存在ですが、眷属としてお仕えするに値する方であると――私は判断しました。里に残っていた他の
慎ましく丁寧な口調だが、しかしパーピュラシナは
コナは眉根を寄せ、目を眇める。
「―――へぇ」
実に獰猛な、鋭い犬歯を剥いた獣そのものの笑み。
新たな魔王を主として仰ぐ。
それは
むしろ罰は必須。
追放か、あるいは裏切り者として処理するか。いずれにしても、そのままでは何らかの叱責は免れ得ない。
コナは青いカーペットの上を歩き、魔王の御前――その手前まで迫る。
足を止め、コナは不遜とも取れる泰然とした構えで魔王を見上げた。
そして、おもむろに口を開く。
儀式が、始まった。
「―――アンタかい、アタシの娘達を誑かしたのは」
「―――頭が高い。しかし、善いだろう。特に赦す」
それは、会話とは言い難いやり取りだった。
だが、それも当然。暫定的とはいえ、コナは
無論、それは魔王とて同じだ。
モニカとパーピュラシナ、エルノイン。そして魔物達。彼女等の主として相応しい
「如何にも、貴様の娘と
「オイオイオイ、ちょっと待ちな。アンタが只者じゃないってのは分かるさ。ウチの娘を助けて貰ったことにも感謝はしよう。だけどね、長であるアタシの頭を飛び越えて仲間を引っ張ってこうってのは聞き捨てならないね。それが可愛い娘となれば猶更だ! その上、言うに事欠いて駒だぁ!? 魔王だか何だか知らないが、随分と横暴じゃないか! ええ!?」
「ちょっと、母さん!?」
「アンタは黙ってなッ!」
あまりに不敬な言い草に、モニカは母を止めようと身を乗り出すが、制される。
モニカはそれでも食い下がろうとしたが、パーピュラシナとカトゥーラに肩を掴まれ、完全に止められてしまった。
「―――ふむ。であれば、何とする?」
足を組み、玉座の肘掛けに頬杖を突いた態勢のまま――微動だにせず、魔王が静かに尋ねる。
コナは獣の如き笑みを深めた。
彼女は背負った武器を抜き放ち、大仰に一閃する。
「そんなの決まってらぁ! 娘が欲しいんなら、アタシを倒してから持って行くこった!
「―――戦いは避けられぬ、と。善かろう。特に赦す」
石像の如く座したまま動かなかった魔王が、ゆっくりと立ち上がる。
手袋を外しながら、壇上から降りる。露わになる鉄の左手。漆黒の鉤爪を悠然と掲げて、魔王は
「掛かって来い。相手をしよう」
「ハッ―――!
傷んだ身体に鞭打ち、精一杯の気を吹いて――コナは戦鎌を構えて、魔王へと挑み掛かった。
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