第十六話 誘い

 マジパナは性的倒錯者だ。


 戦いを嗜好し快楽を見出す――のみならず。若く美しい娘の肉を斬り裂き、鮮血を浴びることを何よりも好む変態だ。

 武官である彼女の毒牙に掛かった者は数知れない。女の食屍鬼グールは言うに及ばず。訓練と称し、女性型戦闘用人造人ホムンクルスこともしばしばあった。


 その性質故か、男の存在を徹底的に嫌う。


 端的に言えば潔癖なのだ。

 相手が女であれば彼女は寛大だ。人造人ホムンクルスが粗相をしようが、食屍鬼グールに無礼な口を叩かれようが許容する。

 しかし、これが男となると完全に話は別だった。触れられることすら我慢ならず、癇癪を起こしてしまう。


「落ち着いたかね」


「……はい。騎士にあるまじき醜態を晒してしまいました。申し訳ありません」


 ゆっくりと溜息を吐き、冷静に振る舞うよう努める。


「差し当たって、先程の食屍鬼グールの追討に向かいたく。人造人ホムンクルスの兵を何体か連れて行きたいのですが、よろしいでしょうか」


「ふむ。まあ、よかろう。我々は一時、砦まで帰還する。飽きた。お前もあの食屍鬼グールを始末したら、直ぐに戻るように。も程々にしておけよ」


「承知致しました」


 下卑た含みを持たせた言い草に対し、マジパナの反応は表面上では平素そのものだったが、内心では不快感で一杯だ。


 マジパナの嫌悪の対象は、当然ながら上官であるゲヴランツも含まれる。副官として慇懃に振る舞いつつも、彼のことを内心で見下していた。むしろ大いに侮蔑している。彼のを知るが故に。

 ゲヴランツは好色な性質で、女は駄菓子だと公言して憚らない。一度美しい娘を見れば、相手が人間の既婚者や人造人ホムンクルスだろうと構わず手を出し、それどころか食屍鬼グールすら手篭めにする始末だ。

 あまりにも騎士らしからぬ振る舞いだが、有能な武官であるだけに、特に咎められたことはない。


 マジパナはゲヴランツと別れ、戦斧ハルバードを持った人造人ホムンクルス二体と長筒を携えた人造人ホムンクルス五体を従えて、逃走した食屍鬼グールの追討へ向かう。


 当然、二体の食屍鬼グールの死骸はそのまま放置された。


 その途中―――


「……む」


 ランプを携え、腰に肉袋を吊り下げた人造人ホムンクルスの娘と遭遇する。


 食屍鬼グールを釣るための餌として使っていた娘だ。


「なにをしているのです?」


「命令に従い、周囲を徘徊しております」


「……いいでしょう。なら暫定的に、貴方を私の隊に組み込みます。他の食屍鬼グールが釣れるかもしれませんし。着いてきなさい」


「畏まりました」


 深く頭を垂れる人造人ホムンクルスの少女。


 マジパナを先頭に、彼女達九人は深い森の中を歩き出す。


 点々と地面に残る、狼の血痕を道標として。


 * * *


 一先ず安全圏まで退避した所で、巨狼が倒れた。


「サラハヴァ!? どうした……―――って、お前、怪我してるじゃないか!?」


 口から乱暴に放り出されるが、そんなことには一切構わず、即座に相棒の許へ駆け寄って具合を診る。

 背中に穴が開いていた。

 逃走の際――木の上に上っていた人造人ホムンクルスが所持していた長筒の攻撃が被弾したのだ。弾は貫通しているが、内臓を損傷している。


「……いやだ。いやだ、いやだ! お前までいなくなるなんて、あたしには耐えられない! 絶対に見捨てない! 見捨てないからな、サラハヴァ! あたしと一緒に里に帰るんだ! あそこなら止血できる! それまで頑張るんだ!」


 懸命に励ましながら、狼の巨躯を右肩で担ぐ。そして戦輪の鎖でぐるぐる巻きにして固定した。

 相棒を右肩に担ぎ、左手に戦輪を持った状態で歩き出す。


 追手が迫っているのが臭いで分かった。


 一先ず、身を隠さなければならない。


(でも、どこに行けばいいんだ?)


 モニカは当惑する。しかし、それでも前に進まなければならなかった。

 身体に圧し掛かる相棒の体温が、どんどん下がっていく。荒く笛のような音を立てて乱れていた呼吸が、怖いくらい静かだ。急がなければならなかった。


 速足でがむしゃらに歩きながら、考える。


 頭の中はぐちゃぐちゃだ。


 死んだ兄弟達。人間から暴行を受けて、死にそうになっている姉。


 今まさに死にかけている家族。


 死んだ二人の食屍鬼グール


 隻腕の食屍鬼グールの名前はケント。


 山ノ狼翁シャイフル・ディウブに長く仕えた家臣の一人であり、まだ若いモニカに宛がわれた最初の部下だった男だ。忠義に厚い好々爺で、隊長として若輩だった彼女を支え続けた恩人である。


 盲目の食屍鬼グールの名前はイカトゥ。


 心優しい食屍鬼グールだった。人間と戦争をしているというのに、その人間を殺すことに酷く心を痛めていた。食事の際にも率先して祈り、人間を敵と見做しいきり立つ子供達を宥め、倫理を説き、人間と共存する未来を夢見ていた男だ。


 彼のその姿勢は、人間に両目を抉り取られても変わらなかった。


 その二人が、死んだ。

 モニカの軽率な行動のせいで。そして――人間のせいで。


「……こんなの、あんまりだ」


 嗚咽交じりに言葉が漏れる。


 救いはないのか、と。


「誰か……誰でもいいから、あたし達を助けて……」


 千年前に消えたという創造主。彼が復活すれば、食屍鬼グールは救われる。モニカはそう信じている。

 しかし、彼等の創造主が帰還することはない。永遠に。


 ―――けれど。


「……? なんだ?」


 モニカが呟く。


 第2鉱山山脈――その西側の麓。崩落した坑道がある方から、何か筆舌に尽くし難い気配を感じる。


「―――――」


 状況を忘れて、モニカはそちらに向かった。

 まるでマタタビを嗅いだ猫のような反応。生物的な本能によって、そこへ引き寄せられる。


 程なくして、坑道に辿り着いた。


 坑道の両端には、金色の模様の入った蒼い卵が置かれている。それが等間隔でずらりと並び、坑道の奥を指す道を作っていた。

 あまりにも不自然。

 何者かの意図を感じずにはいられない。まるで「来い」と誘われているかのようだ。


 罠かもしれない。だが。


「……行くしか、ないか」


 後方から迫る追手の気配を感じ取り、モニカは坑道へ足を踏み入れる。


 今日、この瞬間――食屍鬼グールの命運は決した。

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