第十六話 誘い
マジパナは性的倒錯者だ。
戦いを嗜好し快楽を見出す――のみならず。若く美しい娘の肉を斬り裂き、鮮血を浴びることを何よりも好む変態だ。
武官である彼女の毒牙に掛かった者は数知れない。女の
その性質故か、男の存在を徹底的に嫌う。
端的に言えば潔癖なのだ。
相手が女であれば彼女は寛大だ。
しかし、これが男となると完全に話は別だった。触れられることすら我慢ならず、途端に
「落ち着いたかね」
「……はい。騎士にあるまじき醜態を晒してしまいました。申し訳ありません」
ゆっくりと溜息を吐き、冷静に振る舞うようマジパナは努めた。
「差し当たって、先程の
「ふむ。まあ、よかろう。我々は一時、砦まで帰還する。飽きた。お前もあの
「承知致しました」
下卑た含みを持たせた言い草に対し、マジパナの反応は表面上では平素そのものだったが、内心では不快感で一杯だ。
マジパナの嫌悪の対象は、当然ながら上官であるゲヴランツも含まれる。副官として
ゲヴランツは好色な性質で、女は駄菓子だと公言して
あまりにも騎士らしからぬ振る舞いだが、有能な武官であるだけに、特に咎められたことはない。
マジパナはゲヴランツと別れ、
当然、二体の
その途中―――
「……む」
ランプを携え、腰に肉袋を吊り下げた
「なにをしているのです?」
「命令に従い、周囲を徘徊しております」
「……いいでしょう。なら暫定的に、貴方を私の隊に組み込みます。他の
「畏まりました」
深く頭を垂れる
マジパナを先頭に、彼女達九人は深い森の中を歩き出す。
点々と地面に残る、狼の血痕を道標として。
* * *
一先ず安全圏まで退避した所で、巨狼が倒れた。
「サラハヴァ!? どうした……―――って、お前、怪我してるじゃないか!?」
口から乱暴に放り出されるが、そんなことには一切構わず、即座に相棒の傍へ駆け寄って具合を診る。
背中に穴が開いていた。
逃走の際――木の上に上っていた
弾は貫通しているが、内臓を損傷している。
「……いやだ。いやだ、いやだ! お前までいなくなるなんて、あたしには耐えられない! 絶対に見捨てない! 見捨てないからな、サラハヴァ! あたしと一緒に里に帰るんだ! あそこなら止血できる! それまで頑張るんだ!」
懸命に励ましながら、狼の巨躯を右肩で担ぐ。そして戦輪の鎖でぐるぐる巻きにして固定した。
相棒を右肩に担ぎ、左手に戦輪を持った状態で歩き出す。
追手が迫っているのが臭いで分かった。
一先ず、身を隠さなければならない。
(でも、どこに行けばいいんだ?)
モニカは当惑する。しかし、それでも前に進まなければならなかった。
身体に圧し掛かる相棒の体温が、どんどん下がっていく。荒く笛のような音を立てて乱れていた呼吸が、怖いくらい静かだ。急がなければならなかった。
速足でがむしゃらに歩きながら、考える。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
死んだ兄弟達。人間から暴行を受けて、死にそうになっている姉。
今まさに死にかけている家族。
死んだ二人の
隻腕の
盲目の
心優しい
彼のその姿勢は、人間に両目を抉り取られても変わらなかった。
その二人が、死んだ。
モニカの軽率な行動のせいで。そして――人間のせいで。
「……こんなの、あんまりだ」
嗚咽交じりに言葉が漏れる。
救いはないのか、と。
「誰か……誰でもいいから、あたし達を助けて……」
千年前に消えたという創造主。彼が復活すれば、
しかし、彼等の創造主が帰還することはない。永遠に。
―――けれど。
「……? なんだ?」
モニカが呟く。
第2鉱山山脈――その西側の麓。崩落した坑道がある方から、何か筆舌に尽くし難い気配を感じる。
「―――――」
状況を忘れて、モニカはそちらに向かった。
まるでマタタビを嗅いだ猫のような反応。生物的な本能によって、そこへ引き寄せられる。
程なくして、坑道に辿り着いた。
坑道の両端には、金色の模様の入った蒼い卵が置かれている。それが等間隔でずらりと並び、坑道の奥を指す道を作っていた。
あまりにも不自然。
何者かの意図を感じずにはいられない。まるで「来い」と誘われているかのようだ。
罠かもしれない。だが。
「……行くしか、ないか」
後方から迫る追手の気配を感じ取り、モニカは坑道へ足を踏み入れる。
今日、この瞬間――
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