01.The World Without the SUN

第四話 最初の受刑地

 むかしむかし、あるところに、とても奇妙な世界がありました。


 なんとその世界には、太陽がなかったのです。


 そこには真っ暗な闇と、凍えた山と雪原しかありませんでした。

 明けることのない夜を、人々は怯えながら過ごしておりました。


 そこにあるのは闇と極寒の環境。

 民を脅かすのは獣と魔物の脅威。


 そんなとてもとても、とーっても危険な匣庭の中に閉じ込められた人間達は、常に絶望や慟哭どうこくと共にありました。


 けれどもある時、彼等のもとに神の御使いが現れます。

 絶望を祓うべく、彼等の前に神の御使いが現れます。


 ―――太陽がないというのなら、それを創ってあげましょう!


 そう言って、御使い達は匣庭の中心に太陽を生み出しました。

 すると人間達を取り巻いていた環境が一変しました。寒さは消え、獣は森に帰り、魔物共は昏い地の底へと退散していきます。


 斯くして、世界は平和になりました。


 ハレルヤ、ハレルヤ!


 天上の盲目にして白痴なる我等が主に感謝を、そしてどうか彼等に多くの幸福があらんことを!


 * * *


 BBと卓を囲み、机上を見下ろす。


 艶やかな天鵞絨ビロード生地の上には、精巧な立体地図の模型が並んでいた。中央には発達した中世風の豊かな街並みがそびえ、それを取り囲むようにして、雪の積もった針葉樹が鬱蒼うっそうと生い茂る暗い森の山岳地帯が広がっている。

 その片隅には真鍮しんちゅう製のネームプレートが打たれ、そこにはこう書かれていた。


 ―――The World Without the SUN.


「ここが記念すべき最初の受刑地――通称、〈太陽のない世界〉です!」


 どどん、と見せびらかすように両手を広げて、BBが高らかに謳い上げた。


 ……さて、どう反応したものか。


 憮然とした感情が面に出ていたのだろう。BBは期待外れだというように頬を膨らませて、口を開く。


「どうしたのですかマスター。折角異世界にまで来たというのに、反応が鈍いですよ? もっと童心に返ってはしゃいでいただいて構いませんが? なんでしたら、ダークファンタジーなミームに汚染されたゴブリンの如く、股座をいきり立たせ、私に飛び掛かってきてもよいのですよ?」

「いや、はしゃごうにもこれでは……変化したことといえば、テーブルに模型の玩具が出現しただけで、外の景色は何も変わっていないように見えるのだが」


 ちらりと、檻の方へ目を向けつつ言う。


 鉄格子の向こう側は相変わらず闇に包まれており、そこに何があるのか窺い知ることは出来ない。あるいは、文字通りそこにはのかもしれないが。

 どちらにせよ、これでは肝心の太陽の有無が確認できない。

 そんなこちらの指摘に対して、BBはチッチッと舌を鳴らし、もったいぶるように人差し指を振る。


「よくお考え下さい。なにもないところから突然模型が出現する――これって、とっても不思議なことでは?」

「否定はしない。だが、それだけでは手品の域を出ないだろう」

「至極、生真面目な返答、痛み入ります。では私もそろそろ真面目なお話をすることといたしましょう」


 分かってはいたが、やはり今までふざけていたのか。


 口から出かかった文句を、溜息と共に飲み込んでおく。ここで妙なツッコミを入れれば、BBはそれをダシにしてまた暴走しかねない。この極短時間の内に学ばざるを得なかった教訓だった。


「いいですか、マスター?」と前置きして、BBが生徒を導く教諭のような口振りで言う。


「先程も申し上げた通り、この独房は異世界と異世界の狭間にある異空間に存在しており、そして囚人である貴方は一生ここから出ることが叶いません。これは我々に課せられた絶対の規則です。ですので、貴方様はこのテーブルに用意された世界の縮図ミニチュアワールドを通じて魔物を動かし、指定された資源の簒奪さんだつを行うのであります」


「……なるほど。それで先程TRPGが話題に出た訳か。こちらは本当にゲームとして異世界を侵略する、と」

肯定イエス。ですが、全くノーリスクという訳ではありません。この刑務ゲーム種目ジャンルはいわゆるタワーオブディフェンス……迷宮を敵対者から防衛することが肝要であります。もしも最奥にある迷宮核が破壊されるような事態に陥れば―――」

「―――即座にデッドエンド。つまり、俺の死刑が執行される訳か」


 ぞっとしない話である。


 あまりにも恐ろしいので、ほとんど他人事のように思えて仕方がない。……いや、事ここに至るまでの展開が急過ぎるので、単に頭の処理が追い付いていないだけなのだが。


 それはともかく。


「その通りであります。そうなる前に、刑務ゲームの達成条件となる資源を収奪してしまえばよろしいでしょう」

「なるほどな。では、その達成条件とは?」

「はい。今回、貴方がこの世界を侵略し、凌辱し、汚し尽くした上で奪い取るべき資源とは――即ち、〈〉であります」


「……なんだと?」

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