第三話 執行

「―――――……ここは、何処だ?」


 辺りへ、大まかに視線を走らせながら口にする。


 そこにあるのは見慣れない風景――ではない。すっかり既視感を植え付けられてしまった、馴染みの独房だった。

 建材が剥き出しの、ひどく殺風景な小部屋。あるものといえば、今自分が腰かけている簡素なパイプベッドと、あとは小さなゴミ箱、洗面器と鏡に、薄汚れた洋式の便座くらいで―――


 ―――いや、そういえば見慣れないものがある。


 先程から視界の端を掠めていた物体へ、ちらりと視線を向ける。


 独房の中央には、巨大な卓が設置されていた。


 恐らくはゲーム用なのだろう、雰囲気そのものはカジノテーブルやビリアードテーブルに近い。黒檀で造られた机上には縁に沿って掘られたくぼみがあり、そこにはワインレッドの上質な天鵞絨ビロードが敷かれていた。


 机上の隅には、三つの砂時計が置かれている。


 総じて、こじんまりとした薄汚い牢屋には不釣り合いな代物だ。ただでさえ狭いのに、これが部屋の半分を埋めているので閉塞感がより強くなったように感じる。


 そして卓を挟んだ向こう側――牢屋と外とを分断する鉄格子の先には、。ただのっぺりとした濃密な暗闇が、暗幕のように張り付いていた。


「ここは異世界と異世界の狭間にある異空間――迷宮管理室テーブルトークルームであります」

「テーブルトーク……?」

肯定イエス。名前の通り、異世界内部に建築した迷宮をボードゲームの形で管理・運営する場です。―――マスターはTRPGというものを御存じですか?」


 BBが小首を傾げて尋ねる。俺はそれに首肯を返した。


 TRPG――即ち、テーブルトーク・ロールプレイングゲーム。


 ゲーム機などのコンピューターを使用せず、予め決められたルールに則って司会役ゲームキーパー参加者プレイヤー等が、直接的な対話やダイスの振り目の結果によってイベントを処理し、役割を演じるという、いわゆる盤上遊戯の一種だ。


 実際にやったことはない。

 なので、以前に見聞きしたにわか知識を並べ立てる。


 それを聞いたBBは満足気に微笑み、概ねその通りです、と頷いた。


「私達がこれから行うのはそれと同じ形式のものです。この卓は世界の縮図であり、私はこの刑務ゲーム司会役ゲームキーパーを。貴方様は悪役ヴィラン側の参加者プレイヤーを演じ、この小さな独房から異世界を侵略するのです。そして原住民NPC達を相手に、生存を賭けた遊戯ゲームを仕掛けるのですよ」


 迷宮を築き、拡張し。魔物を生み出し、育み、人々を襲撃して資源を強奪する。

 それこそがダンジョンマスターの使命。異世界迷宮追放刑の神髄であり、労役であり、更生のための永遠に続く罰則ライフセンテンスなのであります。


「―――ですので、貴方は一生ここから出られません」


 花のような眩い笑顔を咲かせて、BBは暗黒の言葉を吐く。


 あまりにも絶望的な事実――しかし、実のところ心的な動揺は少ない。人生最大の修羅場は裁判所で既に通過済みなのだ。一度は絞首台へ送られることを覚悟した身だ、今更こんな小娘の台詞一つで動じたりはしない。

 そんなこちらの毅然とした態度に感心したのか、それとも何か不満でもあるのか。BBは口笛でも吹きそうな勢いで唇を尖らせる。


「やはり貴方は変わっていますね。物分かりが良過ぎるであります」

「それはどうも」


 肩を竦め、軽薄に応える。するとBBは口元に軽く握った手を当て、くすくすと艶やかに笑った。


「ふふっ、強かな御方。それでこそ我がマスターです。―――では、残りの細々した部分の説明は、実際に刑罰ゲームを進めながら解説することと致しましょう」


 それでは、と言を鋭く切り、俺を真っ直ぐに見下ろしてBBは堂々と宣言する。


「受刑囚五-〇四二号。

 ―――これより、ダンジョンマスターの刑の執行を開始いたします」

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