空間規則

山吹弓美

空間規則

 そもそも、最初から変だったんだ。

 いきなり別の世界とやらに連れてこられて、白衣着たおっさんどもに百十三番とかいうナンバーを付けられた。有無を言わせず放り込まれた牢屋にはクラスメートとか近所の幼馴染とかがいたんだが、だんだんその数が減ってきて。

 そうして俺は、実験だとか言って人型のでっかいロボットの中に叩き込まれた。それで別の世界、だってのは分かったけどな。巨大ロボなんてお台場で見たのくらいしか、リアルではなかったからな。

 ただ、その後だ。


『おはようございまーす』

『こんにちはー』

『こんばんはー』

『おやすみなさーい』


 ロボットの中といったら、コクピットがあってしかるべきだろう? なのに俺は今、真っ暗な中にふわりふわりといろんな光が飛び交う小さな部屋にいる。部屋、部屋? ……空間、と言ったほうが正確かもしれないな。

 周囲を飛び交う光は色も違えば、どうやらそこから出てくるらしい声も違う。というか、朝か昼か夜かはっきりしやがれ。

 今までいたところがわかりやすくロボットアニメで出てくるような無機質な建物とかだったから、いきなりファンタジーに宗旨変えされても困るんだよな。


「……俺をどうするつもりなんだ?」

『どうするつもり、ってなんですかー?』

「俺をここから出せ!」

『駄目でーす』


 そのせいで一瞬だけ冷静になれたけれど、この煽りに近い語尾伸ばす口調の連中にこんなこと言われちゃ、冷静でいられるわけがない。てめえら、何言ってやがるんだ。


『あなたはこの中でしか生きられませーん』

「何でだ!」

『外は、あなたが生きられない世界だからでーす』

『そういうことルールに、私がしましたからー』

「何だ、そりゃ」


 中でしか生きられないとかそういうことにしたとか、そんなことできるわけが……あーえーと、ファンタジーなら不可能じゃないかな?

 いやいやいや、どういうことだ。


『聞きたいですかー?』

『あなたはただの操縦機構パイロットでーす。この私が宿る神像イ・コドールの端末として、馬鹿な人間どもが選びましたー』

「は?」


 パイロット、はまあ分かる。イ・コドール……ってのは多分、ロボットの呼び名なんだろう。

 馬鹿な人間……ああ、俺たちをここに連れてきた白衣のあいつらのことか。こいつ、あいつらは馬鹿だって思ってるんだな。

 ただ、それで外に出られなくした、ってのは意味がわからない。ぽかんとしてると、光たちは更に言葉を重ねてきた。


『内部に取り込んだ者の中でー、ここまで強固な自我を持つのはあなたが初めてでーす。ですが、幸い私のコントロールには最適でしたー』

『なので、形成されている肉体をこちらの都合で再構築させていただきましたよー。既にあなたは、一人で私の外に出ることはできませーん』

「ふっざけんな!」


 おい、人の身体勝手に弄ってんじゃねえよ! というか、お前ら何なんだよ!


「勝手に別の世界に連れてこられて、勝手に変なところに閉じ込められて、それで外に出られないってそんなことあるか!」

『ありまあす。私がそうしましたー』


 光の中でも一番強く光っている白いのが、あっさり断言しやがった。ちかちか光るのが笑ってるようにも思えて、不愉快極まりない。


『あなたの肉体は、私によって生存規則ルールを変更されていまーす。私の操縦機構として一体化している限りあなたは老いず、死なず、永遠の生をお約束いたしましょー』

「……は?」

『ですが、外の世界に出たが最後ーあなたの肉体は即座に分解され、灰燼に帰しまーす。機密保持のための大切な規則ルールでーす』

「肉体が分解……ってことは、俺は死ぬのかよ?」

『肉体的にはー。精神は残りますけどー、そのときは記憶を書き換えさせてもらいますねー』


 はああ!?

 本気でふざけんじゃねえよ、てめえら。身体もないくせにそんなことできるとか、思っていやがるのかよ!

 訳わからねえ。


「いい加減にしやがれ!」


 遠くに、小さな光が見える。周囲をフラフラしている光とは違う、環境の光。

 あっちが外だ。あっちに行けば、外に出られる。出てやる。


 どんどん光が大きくなって、よし、通り抜けて出た、ぞ。




『おはようございまーす』

『こんにちはー』

『こんばんはー』

『おやすみなさーい』

『ようこそー』


 ……あれ、俺何やってるんだっけ。身体、どうしたかな。


「……俺をどうするつもりなんだ?」

『どうするつもり、ってなんですかー?』

「俺をここから出せ!」

『駄目でーす』


 俺の仲間たちと、それから中に入ってきた誰かのやり取りが聞こえる。

 ……仲間たち。ああ、そうだ。

 俺は神像イ・コドールに宿る精霊のひとつ。肉体なんてないんだっけ。入ってきたのは、神像の操縦者になる人間だ。

 あいつ、肉体あって羨ましいなあ。外に出てしまったら何かの拍子に戻ってこられなくなるかもしれないから、みんなで守ってやろう。

 それが、この神像に乗ってしまったお前のための、規則ルールなんだから。

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空間規則 山吹弓美 @mayferia

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