Mission complete 

ポムサイ

Mission complete 

 自分ルールというモノがある。靴は必ず右から履くとか横断歩道の白線しか踏まないとか人それぞれ意識無意識に関わらず1つや2つはあるだろう。


 そんな自分ルールが俺にもある。決して人には言えない自分ルールが…。


 それは『お風呂で屁をこいたら必ずタオルでキャッチする』というモノだ。

 引いた?引いたよね?でも、誰にも迷惑はかけてないし、子供の頃からやっていたから今更止めるのも何とも気持ちが悪い。


 今日も風呂に入っているといつものように屁をこきたくなった。不思議な事に『お風呂で屁をこいたら必ずタオルでキャッチする』という習慣が出来てから風呂に入ると必ずもよおす。

 自分で自分を褒めてやりたかったのは高校の修学旅行での風呂だ。連日大浴場でみんなと入るのだが、その全てで俺は誰にも気付かれる事なくミッションをやりとげた。それに相当する達成感はその後味わっていない。だから俺の修学旅行の最大の思い出は歴史ある寺社仏閣でも人気の観光地でも友達との夜中の恋の話でもなく、『屁』だった。

 …と、屁をこきたくなってから長々と語ってきたのにも理由がある。出来るだけ我慢して放つ屁は質、量、そして勢いが違う。たまに我慢し過ぎて引っ込んでしまう事もあるが、その場合、屁はすぐに戻って来てくれる。屁は期待を裏切らないのだ。

 

 さあ、今日もそろそろ…来た!!

 水中で鈍い音が鳴るとゆらゆらと空気の塊が揺らぎながら上がって来る。それはまるで海を漂うクラゲの様に美しかった。

 俺はタオルでそれを迎え撃つ。水面とフラットだったタオルの中央に空気が溜まる。よし、今日も成功だ。


 その時、大して広くはない風呂場に大きなファンファーレと共に金髪の女が現れた。


「おめでとうございます!!ミッションコンプリートです!!」


 女は駄目押しとばかりに俺に向かってクラッカーをパンッと鳴らした。


「え!?あ!?あ、ありがとうございます!!」


 突然の事に俺は取り敢えず礼を述べた。


「いや~、まさかこのミッションをクリアする人間が現れるとは思いませんでしたよ。」


 女は腕を組んでウンウンと頷いている。


「あの…ちょっと状況が飲み込めてないんですけど…。」


 俺はさりげなくタオルを股関に移動させながら女の返答を待った。


「あ、ああ、そうですよね。訳分かんないですよね。私こういう者です。」


 女は懐から名刺を取り出し差し出した。俺はびしょびしょの手でそれを受け取り目を落とす。


「え~と…『天使局天使課任務係ミニュエル』さん…ですか?」


「ええ、天界からやって参りましたミニュエルと申します。」


 俺は新手の宗教の勧誘か霊感商法のヤバい奴が来たと思った。何とか刺激しないようにしてお帰り頂こう。


「そうですか。何だか良く分かりませんがありがとうございました。」


 俺は深々と頭を下げ、股関を隠したまま風呂の扉を開け帰るように促した。


「あっ、その感じ…信じてませんね。ほらこれ見て下さい。」


 ミニュエルはクルリと反転し背中を見せる。そこには純白の翼があった。本当に天使なのか?…いやいや、こんな翼なんて『東○ハン○』や『ドン○ホーテ』で売ってるじゃないか。


「後、ほら。」


 ミニュエルは頭上に輝く光の輪を指差した。これだって『○急ハン○』や『ド○キホー○』で…いや、どう見ても頭の上に浮かんでいる…。輪郭もぼやけて光だけそこに存在している。どんなトリックだ?


「トリックでも何でもないですよ。」


 ミニュエルは俺の心を見透かすように笑みを浮かべながら言った。まだ信じた訳ではないがとにかく話を聞こう。


「…で、何ですか?そのミッションコンプリートってのは?」


 俺は再び湯船に浸かりながら言った。


「はい。貴方は『連続10000回お風呂でおならをキャッチする』ミッションを達成しました。おめでとうございます!!」


 ミニュエルはどこからか出したクラッカーを再びパンッと鳴らした。


「連続10000回?」


「ええ、単純計算で1日1回ですと27年ちょっとかかるんですけど、貴方の場合1日に何度も成功した事が多々ありましたからね。圧巻だったのは13年前の7月12日の連続8回!!あれには感動すら覚えました。」


 見てたの?


「はあ。でもそれってそんなに凄い事なんですか?」


「人類の歴史は600万年…ってそれは大袈裟ですね。お風呂の歴史は3000年ちょっとなんですけど、貴方が人類史上初です。250年程前に8500回を超えた方がいたんですけど、残念な事に重大な反則行為がありまして失格となったんです。」


「反則行為?」


「ええ、おならと共に出してはいけないモノを出してしまったんです。」


 ああ、誰かは知らないけどやってしまったのだな。


「出したらリセットなんですか?」


「リセットじゃありません。失格です。その後何万回成功しようが権利はありません。」


「そうなんですね。で、そのミッションコンプリートすると何があるんですか?」


 話が長くてお湯が冷めてきたので、俺は『おいだき』のボタンを押した。


「難易度Sのミッションですからね…。何でも1つ望みを叶えて差し上げます。もちろん不可能な願いもありますけどね。」


「ちなみにその不可能な願いって何があるんですか?」


「う~ん…。『世界平和』とか?」


 なんか凄くブルーな気分になった。


「なるほど…。じゃあ、俺は……。」



※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「ふう…。」


 俺は風呂に入っている。

 あの時、ミニュエルに俺は大金持ちになる願いを叶えてもらった。え?普通過ぎるって?だって俺、普通だもん。あなただって願いを1つ叶えてやるって言われたら真っ先に思い付くのはこの願いでしょ?

 まさか『お風呂で屁をこいたら必ずタオルでキャッチする』の自分ルールでこんな生活が送れるなんてな…。そんな事を考えながら大理石で出来た大きな風呂で俺は屁をこいてそれをタオルでキャッチした。


 何だこの話……。

              終

 





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